11話:ゆるキャラと樹海の試練
というわけでいきなり試練である。
スローライフを満喫しているなと思っていたら急展開だ。
舞台を再び妖精の里の広場に移し、たくさんの妖精たちと守護竜(の代理の代理)の幼女シンクが見守る中、俺は広場の中央である人物と対峙していた。
その人物とは紺色の髪を編み込み豹柄を纏った女性だ。
豹柄とは服の柄の事ではない。
女性の肘と膝から先が本物の豹のそれで、淡い黄色の毛が生え黒い斑点が花模様のように入っている。
手足の指は人間と同じ五本だが掌には肉球があり、足の踵は地面に着かず浮いていた。
もちろん豹柄の耳と尻尾も生えている。
服装は袖なしのシャツとショートパンツで、その上から使い込まれた革製の部分鎧を着込んでいる。
露出度が高く大きな胸が皮鎧から零れ落ちそうな、ザ・女豹といった感じのお姉さんである。
そしてクールビューティーなご尊顔は、俺という謎の生物を見て胡乱げに呟いた。
「シンク様、なんですかこの変な生き物は。鼠人にしては丸々と肥えてるし、鳥の羽みたいのも生えてるし……」
「うーん、モフモフ種?」
「正確に答えるならエゾモモンガとオジロワシのキメラだな」
「えぞも……なんだって?」
律儀に答えてみたが、女豹のお姉さんを更に困惑させただけだった。
厳密にいえばそれらをモチーフにしているだけで、体の大きさや性能もかけ離れている。 実際のエゾモモンガとオジロワシとの遺伝子的な関係性があるかも怪しいだろう。
結局のところ種族はゆるキャラの〈コラン君〉だということになるのだが、その説明はもっと難しい。
「まー細かいことは置いといて、これよりトウジの〈樹海の試練〉を始める。試練官は豹人族の長イレーヌ」
「はっ」
女豹のお姉さんことイレーヌが短く答えて、両刃の片手剣を構える。
試練の趣旨は事前に聞かされていている。
要約すると戦闘能力のテストだった。
このリージスの樹海は大昔から竜が支配、守護しているのだが、外から来た者はその強さを測るしきたりがある。
それが〈樹海の試練〉だという。
なんでも大昔ここは原初の樹海と呼ばれていて、竜族が我が物顔で大暴れしていたそうだ。
そこにとある中柱の神が現れて好き勝手に暴れる竜たちを成敗すると、原初の樹海に住む他の生物を守るよう竜族から代表を選出して命令した。
それが守護竜の始まりである。
そしてそれ以降、樹海に平和をもたらした神の名を讃えてリージスの樹海と呼ばれるようになった。
〈樹海の試練〉はリージスの樹海を守護する守護竜の使命だった。
敵意のあるものであればそのまま排除するが、敵意のないもの、もしくは将来敵になりうるものはその戦闘能力を確認しておくというわけだ。
「それじゃあはじめ」
「まずは小手調べだ」
イレーヌがそう言って俺に向かって疾駆する。
豹らしくしなやかな足取りで、十メートルほどあった彼我の距離が瞬く間に詰められた。
肉迫したイレーヌが真っすぐに剣を振り下ろす。
丸腰の俺が後ろに下がって躱すと、鼻先を剣の切先が通り過ぎた。
ちなみに俺はリージスの樹海に敵対しているわけではないので、イレーヌの剣の刃は潰してある。
とはいえ当たれば痛いで済まされない。
フレイヤからは「骨折や欠損程度なら治せますから、心置きなく戦ってくださいね」などと言われたが、勘弁してほしい。
イレーヌは猫足を踏み込んで俺に追随すると、横薙ぎに剣を振るう。
俺が再び下がって避けると、背後はもう広場の隅だ。
広場を円形に取り囲むの妖精たちの応援、というか野次が聞こえてきた。
見た目は可愛い妖精たちだが、なかなかの罵声…ワイルドな声援を浴びせてくれる。
日頃ストレスを溜めているのではないかと心配になるな。
イレーヌに再び近寄られる前に、俺は外周に沿って走って距離を稼ぐ。
その速度は人間では到達不可能なくらいに速く、地球なら世界記録更新間違いなしだ。
丸っこい体が高速で動く様は傍から見ると滑稽かもしれない。
この三日間、フレイヤの授業以外はずっとぐうたらしていたかと言えばそんなことはない。
妖精の里の外で体を動かし、自分に何が出来るかを色々検証していた。
色々と検証したが、結果の一つに驚異的すぎる身体能力というものがある。
狼にも食らわせた鳥足の爪は鋭すぎて、岩を切り裂いても爪には傷一つ付かなかった。
更に岩の切り口を観察する時になんとなくやってみて気が付いたのだが、自身の体より大きいその岩を持ち上げることもできた。
おそらく数百キロはあると思われる岩をだ。
どんなにマッチョでも、人間サイズの筋肉量で持ち上げるにはさすがに無理がある。
まぁ驚異的すぎる身体能力の理由は分かっている、それは……。
「戦いの最中に考え事か?余裕があるなら一段上げるぞ」
そう言った瞬間、俺を追いかけるイレーヌの姿が霞む。
「うおっ」
加速したイレーヌが一気に目の前に迫る。
掬い上げるように振るわれた剣に対して咄嗟に手を翳すと、金属同士が擦れ合うような耳障りな音が周囲に響き渡る。
イレーヌは流れるような動きで弾かれた剣を手首を捻って切り返すと、そのまま真っすぐ俺に向かって振り下ろす。
立ち止まって両手の爪で剣を受け止めると、互いに押し合う鍔迫り合いのような膠着状態となった。
押し合っている時間は一秒にも満たなかった。
俺が更に力を加えて押しやろうとすると、イレーヌはこれに抵抗せず引き下がる。
「ふむ、両手だったとはいえ押し負けるか。お前は相当強い【加護】を持っているようだな」




