106話:ゆるキャラと土いじり
《長距離転移》による月華団のピストン輸送も順調に進み最後の三回目。
殿をつとめる首領のザーツが納得いかない様子でゆるキャラに問いかける。
「なんで情けをかけた?まさか俺のくだらねえ身の上話に同情したとでもほざくのか?」
「そうだけど」
「はん、お高くとまりやがって〈神獣〉様がよ。妖精の大魔術師だけでなく転移魔術を操る邪人まで侍らせて……お山の大将気取りってわけか」
言いながらシンクにちらりと視線を向ける。
今回は活躍してもらっていないが、額から飛び出している角を見てある程度察してるのかもしれない。
「お山の大将だったのはお前も同じだろ。上には上がいるからね。調子に乗ると痛い目を見る、という失敗例としていい教訓になったよ」
「ちっ、貴様より上なんて神ぐらいなもんだろ。精々神と喧嘩しないように気を付けるんだな」
憎たらしく舌打ちをしたザーツだったが、情けをかけられる理由を聞いて納得がいったようだ。
それにしても相変わらず口も態度も悪いが、出会い頭の頃と違ってまともに会話ができるどころか、皮肉交じりだが忠告までしてきた。
テレビ版から劇場版になったくらいの変わりようである。
まさか神に喧嘩なんて売りませんよ、って言うとフラグにしか聞こえないか。
喧嘩するつもりはないが苦情なら沢山あるぞ。
「生涯農奴かもしれないけど、真面目に働くなら悪いようにはしない」
「殺されないどころか、逃げ回らなくてよくなるなら十分だ。むしろ揃いも揃って悪人だってのに、部下を含めて丸ごと救ってもらったんだ。文句はねえよ」
犯した罪を考えれば甘い罰なのかもしれないし、そうでもないかもしれない。
忍者女と結界師の時と同様に正しい罰の量なんてゆるキャラには分からないから、主観でしか量れないのだ。
「まさか二十八にもなって人生ががらりと変わるとは思わなかったぜ」
年下…だと…。
そのおっさんみたいな見た目で二十代なのかよ。
衝撃を受けて表情が固まるゆるキャラをよそに、すっかり改心モードのザーツが声高に宣言した。
「必要ないかもしれんが、戦力が必要ならいつでも言ってくれ。俺の命なら露払いだろうが肉壁だろうが何に使ってもらっても構わん」
「転移先を結界の外に登録し直せばよかったのか」
「あ、確かにそうだね」
結界の魔力に当てられて白目を剥いて気絶しているザーツを見ながら、今更な事に気が付いた。
そうしたなら今後転移してくることがあっても、アナ及び守護竜御一行以外の面子が一々気絶しなくて済む。
アナが長距離転移先として登録できるのは三か所までだ。
現在登録しているのは結界の中と、馬車の一団が待機している森に囲まれた街道。
少し前までアナの故郷も登録してあったが、忍者男の指示で消されてしまっていた。
早速レンに相談して備蓄倉庫の一角を間借りすることにする。
『狂い刳る外淵の星辰よ 縁と邂逅する楔を 此の地に穿て』
アナが三メートル四方の空間の中央に立ち詠唱すると、地面に一瞬魔法陣のようなものが浮かび上がってすぐに消えた。
そう、登録用の魔術もちゃんとある。
当たり前だがネトゲみたいに「/memo」で座標登録が済むわけではないのだ。
座標といえば結界師が潜伏していた拠点に襲撃した際、転移先を封鎖していたにも関わらず忍者女とルリムが転移してきた件だが、あれは単にアナとルリムで登録した座標がずれていただけだった。
しっかり封鎖しようと思うなら、座標登録の魔術の痕跡をしっかりと確認し、広めの範囲を物理的に封鎖する必要があるというわけだ。
ちなみにサハギンや闇蜘蛛を召喚したのは《亜空門》という深淵魔術で、闇の眷属限定で遠方から呼び寄せる効果がある。
あくまで忍者男が用意していた闇の眷属を呼び寄せるものであって、自由自在に無から召喚できるわけではなかった。
かなり用途の限られる魔術なので、今後アナが使うことはなさそうだ。
有効的な闇の眷属でも現れない限りは。
「それでは月華団とやらも〈神獣〉様の奴隷として登録しますね」
「えっ?いや別に俺の奴隷でなくてもいいんだけど」
「拾ってきた責任は果たしてもらいます。人族なのでこちらで預かること自体は問題ありません。また〈隷属の円環〉での拘束力はこちらに委任して頂ければ結構です」
ゆるキャラ王国民が増えてしまった。
といっても王国は住所不定なので直ちに城塞都市へ出向となる。
転移魔術は秘術中の秘術なのでレンとしても欲しかったが、使い手が邪人ということで諦めたそうだ。
あと迂闊に人前で使うのは控えるよう釘を刺された。
国によっては禁呪認定もされているとか。
ゆるキャラとしても無用なトラブルは御免なので素直に同意しておく。
馬車の乗客と護衛の冒険者には知れてしまったので、口外しないようお願いしなければ。
「おじい様も兵士の手伝いだと嫌がりますが、専属の農奴で〈神獣〉様からの提案なら受け入れて頂けるでしょう」
「ああ、元首領の開墾力はさっき伝えてきたから気に入ってくれるだろうさ」
一通りの段取りを済ませて街道に戻ってくると、冒険者の魔術師の女が耕されてしまった道を整地していた。
このままだと馬車が通れないからな。
いつぞやのガスター爺さんの荷車みたいに立往生してしまう。
『万象の根源たるマナよ 遍く大地に 変容を齎せ』
節くれだった杖をでこぼこの地面にかざすと、土がひとりでに動き出した。
そして四メートルほどある道幅の右側半分だけが平らに整えられていく。
おお、面白い。
近づいて観察してみると多少の凹凸は残っているが、従来の道と変わらない程度の硬さで均されている。
「どうだ?魔力はもちそうか」
「全部は無理だけど半分ならいけそうね。霊薬もあるけど温存しておきたいから、馬車が通れる幅で勘弁してもらいましょう」
仲間の青年に問われると、魔術師の女が魔力を失った青白い顔で答えた。
ふむ、魔力の消耗が大きいのか。
整地の逆で開墾にも使えるかと思ったが、これなら体力お化けの元首領のほうが効率は良さそうだ。
魔力回復と言えばそうこれ、〈ハスカップ羊羹(一本)〉である。
と思ったがいきなり人様に切り分けてない羊羹は勧めにくいので、〈コラン君饅頭(八個入り)〉にしておこう。
フィン調べ(というか体感)によると羊羹のほうが魔力回復量は多いのだが、饅頭でも十分効果があるらしい。
何なら皆さんにお土産として饅頭を進呈して、転移魔術の口止め料にさせてもらおうか。
どこまで口止めになるかは分からないが、何もしないよりはましだ。
饅頭自体が口止め対象じゃないか?と思わなくもないが今更だよな。




