105話:ゆるキャラと反面教師
「ぬわーーーー魔獣の襲撃じゃーーーー」
「違う違う魔獣じゃないぞ、落ち着てくれガスター爺さん。俺だよ俺、トウジだよ」
突然出現したゆるキャラとその他大勢を目の当たりにして、驚いたガスター爺さんが杖を構えた。
慌てて前に出てゆるキャラのラブリーな姿をアピールする。
着ぐるみ時代に培った子どもウケするコミカルな動きをしていると、ガスター爺さんは眉を寄せてこちらをじっと観察してきた。
そしてようやく思い出したのか、短い杖を握っている拳を反対の手のひらでポンと叩く。
「なんじゃ、〈神獣〉のお前さんかい。ずいぶん長い早い帰りじゃのう」
「いや、帰ってきたわけじゃないんだ。こいつらを引き取って欲しくてね」
ゆるキャラはそう言って背後の連中を見やる。
そこにはアナと数名の気を失っている月華団員の姿があった。
そう、ここは城塞都市ガスターの軍事施設内に張られた結界の中である。
ゆるキャラたちはアナの転移魔術によってガスターへと戻ってきたのであった。
「レンは……お、いるな」
結界の外で部下と話し込んでいるレンを見つけたので、アナたちを置いて一旦外に出る。
「〈神獣〉様!?いったいどうされたのですか。何故結界から……」
「実は盗賊団に襲われてさ」
かくかくしかじかとゆるキャラの説明が進むにつれて、何事かと緊張感を漂わせていたレンの顔つきが呆れたものに変わっていく。
「それで転移魔術を使ってまで盗賊どもを連行してきたのですか。しかも定員の都合これから三往復すると。報酬がいらないなら盗賊など捨て置けばよいではありませんか。盗賊団を更生させる慈善事業でも始めるのですか?それなら〈混沌の女神〉ではなく、慈悲深い〈地母神〉の〈神獣〉様に鞍替えされてはいかがですか」
うう、ゆるキャラのお人好し加減に呆れてレンが説教モードだ。
「為政者として甘くてもよいから堂々と、とは言いましたがいくらなんでも甘すぎます。これから出会う全ての悪党に慈悲を与えるおつもりですか?」
「いや、さすがにそれはない。ただ今回の盗賊団の首領の身の上には思うところがあってだな」
勝手な共感ではあるのだが、ゆるキャラにもし〈コラン君〉としての加護が無ければ、もしフィンやシンクといった強力でかけがえのない仲間が居なければ、ザーツのような転落人生を歩んでいたかもしれない。
ザーツは冒険者ギルドの受付嬢に手を出そうとした貴族をボコボコにしたことを発端に、最終的に貴族殺しにまで発展して罪人となった。
今後似たような状況にゆるキャラが置かれる可能性もゼロではない。
フィンやシンク……だとちょっと想像しにくいか。
仮にリリエルやルリムが貴族の目に止まって、無理やり手籠めにされそうになったとする。
ゆるキャラなら貴族どころか王族や守護竜の後ろ盾があるから、退くことは難しくない。
不埒者はその場でとっちめてやる、ぎったんぎたんだ。
一方で一介の冒険者でしかないザーツの立場なら、自分のすべてをなげうつ覚悟が必要になる。
実際の動機はむしゃくしゃして貴族に喧嘩を売ったとか、受付嬢としても折角貴族様のお手つきになれそうだったのに邪魔しやがって、とか身も蓋もなかったかもしれないが。
真相がどうだったかはさておき、常々慢心することなかれと気を付けているつもりだが、人とはすぐに慣れてしまうものだ。
なのでこうやって失敗例を目の当たりにすると改めて気が引き締まる。
というわけで個人的で結構失礼な理由なのだが、反面教師として学ばせてもらった分の恩は返しておこうと思う。
「それに農奴が足りないって言ってだだろ?捕まえた盗賊団の首領が逸材なんだよ」
「気を使って頂けるのはありがたいのですが、ここは職業斡旋所ではありませんので……」
「引き取ってくれたらあの盾をあげるよ」
「全員で何人ですか?すぐに〈隷属の円環〉を用意します」
「それじゃあ連れてくるから」
ふっ、ちょろいもんよ。
興奮して顔を近づけてくるイケメン美女を押し戻して結界に戻る。
深淵魔術についてアナがガスター爺さんに質問されているので、そのまま相手をしてもらってる間に団員たちを運ぶ。
全員で十六名いるわけだが、《長距離転移》の定員がおよそ大人八人分とのことなので、三回に分けて転移することになった。
転移のコストは距離及び転移対象の重量と体積が影響する。
思い浮かぶのは運送業者の運賃表だ。
北海道は海挟むから運賃高いんだよなあ。
重くて大きいものを遠くに運ぶほど費用がかかるのは、地球も異世界も同じようだ。
転移方法が〈押しのける〉と〈交換する〉ので分かれるのもそうだが、転移対象の認識もなんだか曖昧だった。
着てる服は?手に持っているものは?周囲の空気は?
アナやルリムに聞いてもぼんやりとした回答しか返ってない。
ゆるキャラにパソコンの動くしくみを説明しろ、と言われても出来ないのでそれと同じか。
どうやらガスター爺さんもアナに似たような質問をしているようだ。
結界の魔力圧に負けて気絶している団員たちを、ずりずりと引っ張って結界の外に出す。
「全員負傷してるから治療してやってくれ」
「なんだか崖から突き落としたかのように傷だらけですね」
「まあだいたいあってる」
「遭遇したのは街道沿いの森のでしたよね……?」
あと二往復しなければならないので急ごう。
アナを連れだって新たに登録した転移地点へと戻る。
ルリムと冒険者たちに周囲の警戒を頼んだが異常はないようだ。
一往復して魔力を使い果たしたアナがぐったりしていたが、〈ハスカップ羊羹(一本)〉を用意してやると目を輝かせて食べ始めた。
「ゆっくり食べないと喉に詰まるぞ。急激な魔力回復もしんどいらしいしな」
「んっぐ、大丈夫。僕も〈神獣〉様の役に立ちたいから」
物欲しそうに凝視してくるフィンとシンクに背を向けて、羊羹を食べながらアナが殊勝なことを言う。
半分は魔力回復という名目で食べれる羊羹が目当てかもしれないがそれでもよい。
忍者男に捕まってからは碌な食事が与えられなかったのか、見た目が完全に欠食児童だった。
育ちざかりなのでこれからはしっかり食べてもらいたいものだ。
聖杯に魔力を込めて聖水を生み出しフィンガーボール代わりにして、羊羹でべとついたアナの指を洗わせる。
第二陣の団員たちを周囲に並べたところで、アナが《長距離転移》を唱えた。
『狂い刳る外淵の星辰よ 縁に邂逅せし彼の地へ 身魂の変位を誘え』




