103話:ゆるキャラと煽りと風
「だいいち月華団ってネーミングセンスはなんだよ。お前らに華なんてひとつもないじゃないか」
字面を確認しなくても「月下」ではなく「月華」だということは、毎朝フィンにかけてもらっている《意思伝達》の魔術を通して理解できている。
《意思伝達》によりゆるキャラが受け取る言葉は日本語に自動翻訳され、逆に発する日本語は聞き手の理解できる言語に変換されるわけだが、なんとそこには言葉に込められた意思がある程度含まれていた。
例えば「怒ってないよ」とゆるキャラに対して発言した人がいたとして、本当に怒っていないのか、それとも実はまだ怒っているのかがなんとなく分かるのだ。
それってプライバシー的にどうなんだ?と思ったが文明レベルの低いこの世界では、そもそもプライバシーという概念がなかった。
一応貴族や王族は《意思伝達》に限らず魔術全般に対して防御策を講じているそうだ。
他にも「しばれる」や「しゃっこい」といった方言をフィンたちに使っても、意味自体はちゃんと通じる。
正に意思の伝達であるが、言葉の音までは拾ってくれないので「げっか」で被ったのは偶然で、ザーツ的には「つきはな」団かもしれない。
ファンシーさが増してより気色悪いな。
「今は昼間で月も出てないぞ。一旦帰って夜に出直したらどうだ?ああ、雲って月が見えないのに出てきたら駄目だぞ。もちろん雨天中止な」
適当に煽りながら反撃の隙を伺っていると、ぶんぶん巨斧を振り回していたザーツの動きが突然止まる。
「……まれ」
「え?なんだって?」
「黙れああっ!おああ!」
おおう、大した煽りでもないのに更にキレた。
茹でだこのように顔を赤くさせて、目が据わり呂律も回っていない。
煽るたびに知能が低下するみたいでちょっと面白いな。
ザーツの怒りのボルテージが上がるにつれて巨斧の速度も上がっていくが、直線的な軌道は変わらない。
鋭い攻撃が更に鋭くなった。
新幹線が旧型から新型に代わった感じか。
まあレールに侵入しなければ当たらないので新旧の差に意味は無いのだが。
ここまで煽って怒らせておけば、変なフェイントを入れられたりもしないだろう。
樹海の部族長イレーヌのように技があるわけでもなく、王都の冒険者シナンのように足癖が悪いわけでもなく、実に愚直な攻撃スタイルである。
エゾモモンガの広い視野で周囲に目をやれば、ザーツの猛攻で街道は耕されたかのようにあちこちが掘り起こされまくっていた。
山賊なんか辞めて農民になればいいのに。
料理をしてくれと呼び出して荒地に連れていって、まず野菜を作るので開墾してくださいと言えば、怒りのパワーで存分に耕してくれそうだ。
皿は焼かなくて済むように用意するので安心して欲しい。
ザーツの巨斧の破壊力と防戦一方のゆるキャラを目の当たりにして、畑の向こう側の冒険者たちの表情は絶望に染まっていた。
一方で近くで決闘を見守っている団員二名は、ゆるキャラが予想以上に粘っているので焦りの表情を見せている。
決闘を反故にされないうちに決着を付けたほうがいいな。
何度目か分からない腰の入ったスイングをスライディングで掻い潜ると、加速と巨斧の風圧でマフラーが水平になびいた。
間合いの内側に入ると、ザーツは巨斧を振り切った状態で硬直している。
いわゆる死に体、ボディががら空きだぜというやつだ。
シナンなら膝や足、もしくは空いている片手が飛んできそうだが、ザーツはゆるキャラの接近にすらまだ気付いていない。
滑り込んだ体勢から立ち上がりつつ、運動エネルギーを殺さずにオジロワシの翼でアッパーカットを打つ。
「ごぱあっ」
ゆるキャラの翼がザーツの鳩尾に深々と突き刺さると、鈍い衝撃音と共にザーツの巨体が一瞬浮かび上がる。
巨斧が手から零れ落ちて地面に刺さると、続けて体をくの字にしたザーツが地面に崩れ落ちた。
ザーツは地面でくの字のまま、つまり尻を持ち上げた状態で殴られた腹を押さえながら悶絶している。
喋りたくても喋れないのか、ぱくぱくと動かす口の端からは涎と胃液が混ざったような、酸っぱい匂いのした液体がだらだらと流れている。
自分でやっておいてなんだけどばっちいなあ。
「て、てめえら、やっちまえ!」
ボスが一撃でのされて慌てたのは近くにいた団員だ。
声を張り上げて他の団員に馬車を襲うよう命令する。
まあやっぱりそうなるよね。
一連の出来事に唖然としていた冒険者たちも、馬車の護衛に回るがいかんせん多勢に無勢だ。
四台編成のうち前から二台を守るのが精一杯の様子。
ゆるキャラもその場にいる団員を置き去りにして急いで戻るが間に合わない。
前から三台目のフィンたちが乗る馬車にも団員どもが群がり、そのうちの一人の男が窓から中を覗くと、にたりといやらしい笑みを浮かべたのが見えた。
ルリムあたりを見つけて低俗な想像でもしているのだろう。
下品な笑みを貼り付けたまま、馬車の扉に手を掛けたところで……ごうと風が吹いた。
「えっ」
突如発生した突風に煽られ、その男は空へと打ち上げられた。
何もない上空に放り出されて、男が恐怖に絶叫しながら手足をばたつかせる。
そして放物線を描いて飛んで行った先は街道沿いで茂っている森だ。
重力の影響を受けて自由落下を始めた男の体が、森の木の枝をばきばきと折りながら落ちていく。
地面に到着する頃には、全身骨折と切り傷だらけの男のできあがりだ。
気を失ってはいるが一命はとりとめた様子。
森の木々より高く飛ばされていたので、木の枝がクッションにならなければ確実に死んでいただろう。
仲間を襲った突然の出来事に、他の団員の動きが止まった。
全員が吹き飛ばされた男に注目していて、騒然としていた場が一気に静まり返る。
「ふっふっふ」
静寂を打ち破ったのは馬車の窓から出てきたフィンだ。
不敵な笑みを浮かべながら、腰に手を当てて空中で仁王立ちをしている。
「おねえ、ちゃんにっ、まかせなさい!こんな、やつらはっ、けちょんけちょんよ!」
「ぎゃあっ」
「ぐえっ?」
「ひい!」
言葉の合間に手を振りかざす度に、月華団の団員たちが次々と突風に煽られ上空へと打ち上げられた。
どうやら相変わらずの、詠唱をおろそかにした精霊魔術を放っているらしい。
相当に張り切っているご様子。
二重の意味でお姉ちゃん風を吹かせている。
途中からは残った団員たちも蜘蛛の子を散らすように逃げ出したが、間に合わない。
きっちりザーツを除く十五名、全員を器用に森の木々の根元目掛けて吹っ飛ばしてしまった。
枝にぶつかり弾かれながら落ちていく様は、さながら人間パチンコである。
……合掌。




