101話:ゆるキャラと軍団
【3章のあらすじ】
・帝国に入る手前、城塞都市ガスターで闇の眷属サハギンに遭遇
・領主の娘レンの依頼で、サハギンの発生場所の調査をすることに
・軍の施設の端に、認識阻害の結界が貼られた怪しい場所を発見
・中にいた闇の眷属の闇蜘蛛、邪人で闇森人の子ども、謎の忍者と交戦
・毒を盛られて死にかけたトウジであったが、ギリギリで解毒が間に合い生還。忍者こと〈影の狩人〉は無意識のうちに倒していたようだ?
・闇森人の子どもアナを事情聴取。アナは母親のルリムと共に忍者に無理やり働かされていた
・ルリムも救出。邪人は敵性種族ということなので、トウジの奴隷にすることで身の安全を保証することに
・ルリムとアナを仲間に迎え、今度こそ帝国へ、と思ったら盗賊団に襲われた
ゆるキャラたちの旅の目的地は、亡国ラディソーマだ。
そこにあるとされている〈混沌の女神〉の本神殿の祭壇で《神降ろし》を行ない、祀られている神本人であるあの猫を呼び出し文句を言う……じゃなかった。
色々と確認したうえでゆるキャラを人の姿に戻してもらえないか交渉する予定だ。
レヴァニア王国の端、城塞都市ガスターまでは守護竜であるシンクの背中に乗ってひとっ飛びと快速だったが、ここから先は馬車等での鈍行となる。
何故ならこの先は樹海の竜族の縄張りではないからだ。
リージスの樹海及びその周辺より外側には別の支配者が存在する。
それはシンクたちを同じ竜族であったり、亜神であったり、巨大な海洋生物だったりするそうだ。
ちなみに人種は支配者たり得ない。
版図を広げ続けている帝国であってもだ。
例えるなら道端で勝手に巣食っているいる蟻が人種で、その周辺に住んでいる人が支配者だろうか。
道端で蟻が他の蟻の巣を侵略していようが人は気にしないが、家の中に侵入してきたり道路を埋め尽くすくらいに繁殖していたら駆除するだろう。
人種の存在感などその程度なので、支配者からは基本的に放置されているが、稀に人種に執拗に干渉してくる支配者もいるそうだ。
砂遊びで蟻の巣を弄る子どもとかかな?
蟻はともかく他の地域の支配者、知らない人が道端に立っていたら不審人物認定間違いなし。
支配者直々に排除に来る可能性が高い。
というわけで帝国領ではシンクには大人しく、蟻に擬態してもらうことにする。
女王蟻よりめちゃくちゃ強い兵隊蟻が紛れていても、素人目には分かるまい。
すると当然竜の姿で飛び回ることなど出来ないので、必然と馬車の旅になるというわけだ。
蟻と人という関係性を考えると、人種の貢ぎ物も竜族にとっては有難迷惑だったのだろう。
樹海の宝物庫にぎっしり詰まっていた、使い道のない金銀財宝を思い出す。
これを例えるなら狩った鼠を得意げに家主に献上する家猫だろうか。
駆除はありがたいが持ってこんでいい、というやつだ。
戦争中でも経済活動は平常運転。
王国と帝国間にはいくつも馬車の定期便が走っていて、四台編成のうち一台を貸切り帝国に向けて出発。
小一時間程走ると左右を森に囲まれた見通しの悪い街道に差し掛かる。
そこへ最後尾の馬車がすっぽり収まったところで、先頭の馬車を引く馬が大きく嘶いた。
ゆるキャラたちの馬車は三台目だったので、何事かと外の様子を伺おうとしたら馬車が急停止。
窓の外をずっと眺めていたアナが転がってきて、ゆるキャラの腹にぶつかり埋もれた。
反対側の窓からやはり外を見ていたシンクも同様に転がり、こちらはルリムの豊かな胸に飛び込んだ。
羨ましい……じゃなくて「なになに、何事よー」と言いながら、ゆるキャラのマフラーに潜って寝ていたフィンが顔を出したので、一緒に窓からひょっこり顔を出して外の様子を伺う。
「わあ、馬の首なくなっちゃった」
「……だな」
フィンの言う通り、嘶いたはずの馬の頭部は切断され無くなっていた。
斜めに出来た首の断面から大量の鮮血を迸らせながら、首無し馬の胴体が地面に倒れる。
泣き別れした頭部は先に地面に転がっていた。
馬を殺害したのは街道を塞ぐようにして立つ、髭面の大男だ。
二メートルはあるかという巨体に、何かしらの動物の毛皮で作ったベストを身に纏っている。
無造作に伸ばした髪の毛は縮れていて、風呂に入っていないのかてかてかしていた。
筋骨隆々な肉体の持ち主で、丸太のような太い腕で巨大な両手斧を肩に担ぎ、黄色い歯を見せて不敵に笑っている。
そんなザ・山賊といった風貌の大男が、空いている腕で力こぶを作りながら大声で叫んだ。
「月華団の首領ザーツ様とは俺の事よ!」
いや知らんし。
大男の名乗りと共に左右の森から似たような恰好の男たちがぞろぞろと出てくると、馬車の一団はあっという間に包囲されてしまった。
「ようしお前ら全員馬車から降りろ!抵抗したらぶっ殺すからな!」
殺された馬が引いていた馬車の御者が、青ざめた顔で客室を振り返る。
すると客室からこの一団の護衛を引き受けていた冒険者たちが出てきた。
みんな御者と一緒で顔が青く、代表して片手剣と盾を携えた青年が話し出す。
「げ、月華団のザーツ殿とお見受けする。古式に則って決闘を申し込む。も、もし俺が勝ったなら見逃して欲しい」
「ああん?いいぜ。俺様に勝てるならいくらでも見逃してやるよ。なんなら近くの街まで月華団で護衛してやるよ。どいつもこいつも荒くれ者だが、俺の言うことは聞くからな。なあに安心しろ。俺が負けて死んでも化けて出てこいつらを指揮してやっからよ」
明らかな侮蔑を込めた物言いに、周りの月華団とやらの団員たちも笑いだす。
男たちの笑いに囲まれると、冒険者たちの顔色が更に悪くなった。
ふうむ、一方的な蹂躙は回避できたが、この様子だと冒険者の青年があのザーツとかいうおっさんに勝つ見込みは無いに等しいようだ。
おっさんがどれだけ有名で強いかはゆるキャラは知らないが、冒険者側は知った上で一か八か、決死の覚悟の様子。
ゆるキャラたちが乗る一つ前の馬車の窓から、商人の家族連れだろうか。
不安そうに外の様子を伺う若夫婦と抱きかかえられた赤ん坊が見えた。
「トージどうするの?ぱーっとやっちゃう?」
「ぱーっとやるのはこの決闘の結果次第だな。フィンたちは馬車の護衛に回ってくれ。決闘は俺のほうでなんとかする」
「えーずるいー」
「特にシンクは暴れたら駄目なんだから、ちゃんと見ててくれよ。お姉ちゃんだろ?」
「オネエ、チャン……」
フィンが突然カタコトになったが、これは効果ありなパターンだ。
前にシンクがアナ相手にお姉ちゃん風を吹かせていたのを、フィンが羨ましそうに見ていたのゆるキャラは知っている。
何故かお姉ちゃんという立場にご執心だったので誘導しやすくてありがたい。
馬車内に戻ってルリムたちにも状況を説明する。
「承知しました。あの〈影の狩人〉を倒したトウジ様ですから大丈夫かとは思いますが、お気をつけください」
「ああ任せてくれ。代わりに馬車側を頼む。フィンがやり過ぎないように見ててくれ」
「ちょっとやりすぎってなによ!」
「むう、つまんない」
「え、ええと僕は何をすれば……」
ごちゃごちゃと返事が聞こえてきたが、それには答えずに馬車を出る。
逆上がりの要領で馬車の縁を掴んで屋根に乗ると、一足飛びで最前線目掛けて飛び立つ。
馬車が突然揺らしながら謎の生物が飛び出したので、包囲していた男たちが慌てていたが無視である。
ひと羽ばたきの滑空で距離を稼いだ後、無事に冒険者たちの背後あたりに着地した。
「その決闘ちょっと待った!」
突然の闖入者に対して唖然としている面々の前で、ゆるキャラは某紅鯨団のように声高らかに宣言するのであった。




