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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
3章 猫をたずねて三百里

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100話:ゆるキャラと遥かなる旅路

「それじゃあね、レトリちゃん。また遊びに来るね」

「うん、約束だよ」

「ん、やくそく」


 フィンとシンクがレトリちゃんに別れのハグ、ではなくもふもふを堪能していた。

 あの犬耳と尻尾を見ていると、確かにレトリちゃんを無性に撫でまわしたくなる。


 もちろん某動物王国の麻雀王のように、動物的な意味でだ。

 しかし中身がおっさんであるゆるキャラが、レトリちゃんを撫でるわけにはいかない。

 彼女は犬っぽい女の子なだけであって決して犬ではないのだ。


 ゆるキャラが撫でた瞬間に逮捕されて、〈神獣〉の名声も地に落ちるだろう。

 名声はどうでもいいが、前科持ち及びセクハラ変態野郎というレッテルは小心者にはつらい、耐えられない。


「トウジも尻尾なでたいの?レトリのが恥ずかしいなら、代わりにわたしのなでる?」


 いいだけ撫でまわしてほくほく顔で戻って来たシンクが、何故かゆるキャラの心情を看破する。

 そしてお尻を向けて自分の竜の尻尾を差し出してきた。

 ワンピースの裾から紅い鱗に覆われた爬虫類系の尻尾が、ゆるキャラの目の前でゆらゆらしている。


 いやいや、ゆるキャラが撫でたいのはもふもふした尻尾である。

 であるが、この尻尾もつるつるしていて手触りが良さそうだ。

 やはり変温動物のようにひんやりしているのだろうか。


 思わず手を伸ばしてしまうが、ぐっと堪えて尻尾は素通りしてシンクの頭を撫でた。

 撫でる対象が少女の尻尾から幼女の尻尾に変わったところで、変態度数が増すだけだ。


「気持ちだけもらっとくよ。さあそろそろ出発しよう」

「むう、なでていいのに」


「それじゃあお世話になりました」

「おう、お前たちならいつでも歓迎するからまた来いよ」


 店主のおっちゃんやレトリちゃんをはじめ、〈樫の膂力〉亭の面々に見送られてその場を後にする。

 ゆるキャラとフィンにシンク、新たに旅の仲間となったルリムとアナの五人で歩いて目指すのは馬車の停留所だ。


 ぞろぞろと歩いているとやっぱり目立つようで、通行人視線をこれでもかというくらい集める。

 邪人であるルリムとアナは、従者の証であるメイド服に王家と公爵家の紋章入り〈隷属の円環〉を身に着けているので、そうそう問題にはならないと思うが……。


「あれって妖精族かな。初めて見た」

「蜥蜴の尻尾に角って、もしかして王都で話題になっていた守護竜様!?」

「なんだあの毛むくじゃらな亜人は。鼠人族にしては変な翼がついているが」


 あ、はい、そうですよね。

 2Pカラーみたいな森人族の見た目の邪人よりインパクトのある面子ですよね、ゆるキャラたちは。

 普段から注目を浴びている自覚はあったが、邪人の二人が霞むほどとは予想外だった。


 でもこれは嬉しい誤算だ。

 ゆるキャラたちと一緒に居れば邪人母子は目立たないのだから。

 今後も出来るだけ行動は共にすることにしよう。


 すすきの通りで下働きの翼人族の女の子を見た時は、無責任に手を差し伸べるべきではないと言った側からこの様だ。

 だが良いとは言えなくても生活できる環境にいる女の子と、居場所を作らなければ命の保証が無い母子を同列には語れない。


 ならばもし今後も命の危機に瀕した誰かがいた時に、ルリムとアナのようにゆるキャラは助けるのだろうか。

 そんなことばかりしていると、自分自身の首が回らなくなりそうだ。


 ここではないどこかにゆるキャラ王国でも作ろうかね。

 国技は麻雀だな。


「待っていましたよ皆さん」


 馬車の停留所に到着すると、軍馬に乗ったレンと護衛部隊が待ち構えていた。

 停留所を()()の娘に占拠されて、待機している馬車の御者も他の客も言葉には出さないが迷惑そうだぞ。


「もう一日待って頂ければ父が戻ってくるのですが」

「別に会っても話すこともないからいいよ。宜しく言っておいて。ところで本当に大丈夫なのか?ルリムたちをこのまま帝国に連れて行っても」

「ええ、問題ありません。帝国内であってもメイド服も〈隷属の円環〉も効果を如何なく発揮するでしょう」


 不思議なことに敵国である帝国内でも、王国の王族や貴族の威光が通用するというのだ。

 何故かと問うと色々説明してくれたが、いまいち理解できなかった。


 戦争状態といっても数十年も続いていて、民間だけでなく国家同士でも弛緩しきっていること。

 軍でなく個人であれば例え所属が敵の王家や貴族でも尊重される慣習があること。

 帝国の領土の大半は侵略して手に入れた植民地で、帝国への帰属意識が低いこと。


 この辺りが作用しているんだそうだ。

 かといって侵略行為が全く無いわけでもなく、数年に一度帝国の侵攻があり軍同士が正にこの場所、ガスターで衝突するのだとか。


 もう半分ビジネスかスポーツみたいな戦争なのかね。

 そしてスポーツに政治は持ち込まないとか?でも今回みたいなこともあるわけだし……。

 まあ有効なら文句はないので納得しておこう。


「丸投げしちゃって悪いけど、結界のこと宜しくな」

「お任せください。皆様は城塞都市ガスターの英雄です。また訪れた際には大々的に歓迎させて頂きます。パレードでもしましょう。それでは全員敬礼!」


 またそうやって訪れたくなくなるようなことを言う。

 心臓を捧げそうな王国式の敬礼を全員ですると、レンたちは颯爽と去って行った。


「それでは私は馬車の手配をしてきますね」


 引き止める間もなくルリムが停留している馬車の御者と交渉を始めてしまった。

 昔人種に紛れて生活していただけあって手慣れている。

 ゆるキャラたちは樹海からでてきたばっかりの田舎者なので助かるが、そんなにメイド然として働かなくていいのに。


 今朝もルリムが起こしに来て驚いた。

 何度も呼びかけたそうなのだがゆるキャラが起きなかったため、体を揺すって起こしてくれた。


 目が覚めると前かがみになってこちらを覗き込んでいる、闇森人(ダークエルフ)で奴隷でメイドで子持ちで未亡人で巨乳という属性過多なお姉さんがいたわけだ。

 体と心が成人男性からはほど遠いゆるキャラでなければ即死していた。


 色々あった直後だし働いていたほうが気が紛れるだろうか。

 それで今晩エゾモモンガの耳を閉じる必要がなくなるのであれば良しである。


 アナは初めて乗る馬車を不思議そうに見上げている。

 ぽかんと開いている口が微笑ましい。


 さすがに彼女に働いてもらうつもりはないので、子ども用メイド服は完全なコスプレになっていた。

 故郷の森の外を知らないアナには、様々な事を経験してもらって気を紛らわしてもらうとしよう。


 ルリムが調達した馬車に乗り込んだゆるキャラたちは、帝国に向けて順調に出発して……。


「ようしお前ら、全員馬車から降りろ!抵抗したらぶっ殺すからな!」


 国境を越えたあたりで早速盗賊団に襲われるのであった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

次話から4章となります。

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