いざ、カリフォルニア!
「たいへんだ、たいへんだー!」
日曜日の朝。みおちゃんはふすまを開けると、こんもりとふくらんだ布団の上へ飛びこみました。おなかに衝撃を受けたお父さんが「ぐう」と声をあげます。
「お父さん! たいへんだよ!」
みおちゃんの大きな声に、布団の中に詰まっていたお父さんは、押し出されたあんこのようにもしゃもしゃの頭をだしました。
「早く! お庭がカリフォルニアになってるの!」
「なんだって?」
目をこするお父さんの手をひっぱってリビングに連れてくると、みおちゃんは窓を指さしました。片方に集まったカーテンの向こうに、雪がきれいに積もった小さな庭が見えました。
昨日の夜から降った雪は5センチほどの高さになっていました。今年初めての景色に感心するお父さんの横で、みおちゃんは「カリフォルニア!」と歌いながら足ぶみをしていました。
「どこがカリフォルニアなの?」
「えー? お父さん、わかんないの?」
首をかしげるお父さんに、みおちゃんはほっぺたをふくらませます。その様子を見ていたお母さんが、にこにこしながらタネあかしをしてくれました。
「この前、学校でカリフォルニアロールを作ったんだって。ほら、ごはんとのりが反対になったお寿司があるでしょう?」
ようやくお父さんにも、みおちゃんの言っていたことがわかりました。確かに、雪が積もったへいや葉っぱは、さかさまになったお寿司にも見えます。
お父さんは、ふむ、としばらく考えて、みおちゃんに言いました。
「朝ごはんを食べたら、散歩に出かけようか。ほかにもカリフォルニアがあるかもしれないよ」
みおちゃんは顔をかがやかせてうなずくと、きちんとイスに座って「いただきます」と手を合わせました。
朝ごはんが終わると、お母さんにみじたくを手伝ってもらって、みおちゃんは良く晴れた外に出ました。
ツンツンとつつかれるような空気に、思わず目をつむります。
先に外で待っていたお父さんを見つけると、みおちゃんは指さし点呼をはじめました。
「うわぎよーし。てぶくろよーし。ながぐつよーし!」
お父さんも同じように、みおちゃんのピンクの上着、赤い手ぶくろ、黄色い長ぐつを指さしました。
「いざ、カリフォルニアをさがしにしゅっぱーつ!」
みおちゃんはお父さんと手をつないで、白くなった町にくりだしました。
家から一番近くの三叉路で、みおちゃんは足を止めました。
「カリフォルニア、みーっけ!」
みおちゃんが見上げた先には、オレンジ色のカーブミラーが、帽子のようにちょこんと雪をのせて立っていました。
「本当だ。どんな味だろう?」
「あれはきっと、サーモンだよ! みて! とってもおいしそう!」
鏡を支える柱には、うすくまとわりついた雪が、魚のあぶらのようにすじになっています。
お父さんもなんだか楽しくなって、足取りが軽くなっていきました。
山のすその神社の前で、みおちゃんは足を止めました。
「カリフォルニア、みーっけ!」
みおちゃんが見上げた先には、みどり色のするどい葉っぱが集まった松の木が、お皿のように雪を受け止めていました。
「本当だ。どんな味だろう?」
「あれはきっと、きゅうりだよ! かみさまはやさいが好きだもんね!」
風が吹くと、松の木はシャキシャキと葉っぱをこすって雪を落としていきます。
まるできゅうりを食べているようで、みおちゃんとお父さんは笑ってしまいました。
みんなが遊ぶ公園の入り口で、みおちゃんは足を止めました。
「カリフォルニア、みーっけ!」
みおちゃんが指さした先には、赤いポストが、寝起きのお父さんの髪のように雪をかぶっていました。
「本当だ。どんな味だろう?」
「あれはきっと、まぐろだよ! みんな大好きだから、もう食べられちゃったんだね!」
ポストの上に積もっていた雪は、ちいさな手でかき集められたあとがいくつもあります。
おいしいものはよく知っているんだな、と、お父さんはうなり声をあげました。
たくさんの車が行きかう交差点のすみっこで、みおちゃんは信号を待っていました。
「カリフォルニア、みーっけ!」
みおちゃんが両手を広げた目の前を、てっぺんに雪を乗せた車が、右へ左へ走りさって行きました。
「本当だ。あれは……もちろん回転寿司だね?」
お父さんがたずねると、みおちゃんはうなずいて手をつなぎなおしました、
「なんだかおなかがすいてきちゃった。お父さん、そろそろ帰ろう!」
青信号で手をあげて、みおちゃんとお父さんは家へ帰っていきました。
家で留守番をしていたお母さんは、車庫の前で、シャベルを片手に集めた雪をたたいていました。
「ただいま! お母さん!」
みおちゃんとお父さんが帰ってくると、待ちわびた顔で手招きをします。不思議そうに近づいたみおちゃんは、お母さんのうしろの雪山を見てはずんだ声をあげました。
「わあ! かまくらだ!」
そこには、みおちゃんがやっと腰かけられるくらいの、小さなかまくらがありました。
みおちゃんが、まるめた体をうしろ向きに押しこんで座ると、お父さんはカメラを向けました。
「おやおや。これは……」
お母さんもいっしょにカメラをのぞいて、たちまち笑顔になりました。
「あらあら。みおちゃんが、おいしそうなカリフォルニアロールみたいだわ!」
お気に入りのピンクの上着に、赤い手ぶくろ、黄色い長ぐつをはいたみおちゃんが、白い雪にぐるりと囲まれている姿は、まさしく「カリフォルニアロール」なのでした。
撮れた写真に満足そうにうなずいて、みおちゃんはお父さんに言いました。
「こんどは、本当のカリフォルニアに行こうね、お父さん!」
えへへ、と歯を見せて、みおちゃんは家へ入っていきます。
お父さんは、玄関で待っていたお母さんと目が合うと、ふたりで思わず笑ってしまいました。
雪が積もる冬の日。
みおちゃんは今日も、カリフォルニアをさがしに出かけます。
読んでいただきありがとうございました。
小学校低学年~中学年を対象にした児童書をイメージして書かせていただきました。
楽しんでいただけたら幸いです。