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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蓄え歩道 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやの休みの日の過ごし方って、どんな感じだ? 大方、取材、ゲーム、執筆〜ってところじゃないか? ちゃんと身体を動かしてるかよ?

 何かと働き過ぎと言われている日本人だが、日本の年間休日はイギリスとほぼ同じ、140日弱なのだという。最も休日が多い、ドイツやフランスでも年間150日足らずの休日……と、休みそのものは極端に少ないわけじゃないんだ。デスマーチが当たり前の仕事を、引き合いに出されると困るけどな。

 そうして貴重な休みを確保したとして、だ。俺たちはいつでも有意義かつはつらつとした状態で、休みを明かしていけるとは限らない。

「せっかくの休みなんだ。動かずにごろごろして、身体を休ませたい……」。そいつは、多くの人が思うこと。だが実際にごろごろし続けて、気分爽快といくか? たいていはだるさを覚えるばかりじゃないか?

 このだるさ解消に関して、最近、友達からある不思議な話を聞いてな。お前も耳に入れておかない?


 2年目社員となったあいつは、早くも自分の下に部下をつけられる立場になった。

 だが、友達は生来のスペシャリスト気質。自分の能力を高めることには強い関心があるものの、他人を育てることに対しては、あまり興味のない性格をしていた。

 部下がミスをするたびに、内心では猛烈にいらつく。ほんの1年前、自分も同じ立場にいたにもかかわらず、あの時の気持ちを思い出すことができない。ひたすらに自分が上に行きたい友達にとって、部下の失態と尻拭いは、足を引っ張る不快な事象に過ぎない。

 世間体もある。友達は表向き、善良な先輩を演じながら、家では怒りのシャドーボクシングをしていたらしい。あのようなミスをした部下に対してと、スムーズにフォローできなかった自分、双方に対する憤りを込めてだ。正直、部下のことより、自分へのいたらなさゆえに腹が立っていた。

 やがてシャドーボクシングを止める友達。その時間があるなら、家に仕事を持ち帰り、こなしながら過ごした方が、何倍も意義があると感じ出したんだ。

 会社でも家でも座り仕事。運動といえばまれに席を立ち、トイレに行くことと、夜食を買いに近くのコンビニへ向かうくらい。部下の面倒以外の自分の仕事もこなさねばならず、疲れに押されるまま、休みは一日中、布団の中というのも珍しくなくなっていったとか。

 

 その休日も、目が覚めた時には午後4時になろうかという時だった。とはいっても、寝入ったのは午前8時のこと。次の日が休みとなると、ついつい夜更かしの魔が頭に忍び込んでくる。パソコンを打つついでに、ラジオや音楽を聞いたり、テレビやパソコンの別ウインドウで、ビデオや動画を垂れ流したりする。

 明らかな「ながら」作業。時間がもったいないあまり、同時に楽しみ、やりとげようとするこの試み。その時は気持ちよくても、後になったらいずれの内容もうわの空でした、とはよくあること。

 ひとつに取り組むより、同時進行で酷使され続けることに五感にとって、拷問のごとき行為。あるのはひと時の満足感と、空っぽな実態。これも頭が疲れをごまかそうと、作り出している快楽だとしたら、ほぼ麻薬もいいところだろう。

 

 数値上はじっくり8時間睡眠。だが、まぶたを初めとする身体中が重く、油断するとまたすぐに寝入ることができてしまいそう。寝る時にはさほど感じなかった、掛布団の重さ。それが今では、上部から身体中を圧迫する、拘束着か何かのように思えてしまうんだ。

 いつもならここからどうにか起き出し、ジャージに身を包んで、近くの坂道を登ったところにあるカレー屋へ行くところだ。そして朝昼夜のご飯を兼ねた、大盛チーズささみカツカレー、サラダ付きを堪能する。

 だがその日、友達は漂う倦怠感に敗れた。布団の中でもぞもぞといくらか動き、横を向いたところで意識を喪失。またはっと目覚めた時には、午後6時を回っていたらしい。

 相変わらず、血管を圧してくる力は止まず。外の薄暗さも手伝って、眠気もいまだ止まない。このまま一日を寝て過ごせと、猛アピールしてくる。

 だがそれを超えるのは、腹の虫。「ぐうう〜」と、大きく響いた後、さほど間隔を置かずもう2回。短めのうなりを布団の中へ広がらせ、陳情を友達の脳に提出してくる。三大欲求のうちの二つがせめぎ合い、今回は食べる方に軍配があがった。

 

 いつもより2時間遅れで出た、外の世界。すっかり暗くなり、車も街灯もライトをつけている。勝手知ったる道とはいえ、この時間は交通量が多い。慎重にカレー屋を目指す。

 途中、何度か両足のふくらはぎの裏に、痛みが走った。なかなかに強いもので、友達は足を止めて、何度もさすらざるを得なかったという。

 痛みはものの数十秒から数分で収まり、また足を動かせるようになる。ケガとかではないようだが、こう繰り返すと不快極まりない。「とっとと消え去れや」と小声の恨み節と共に、痛んだところを拳で叩き続けたとか。

 

 やがてカレー屋手前、最後の横断歩道。車の通りが多いためか、ここの歩行者信号は短い。あまりにのんびり過ぎると、点滅に急かされることさえあった。

 今、友達の前に立ち、信号を待つ歩行者はひとりだけ。杖をつき、腰の曲がったご老人だ。先の足の痛みを思い出し、「あんな風になりたくねえな」とぼんやり考えてしまう。

 青信号。さっさとスタートを切った友達に対し、ご老人は明らかに出遅れたる。歩む速さも遅く、友達が渡り切った時、まだ横断歩道の半分に差し掛かるかどうかというところだった。

 見ると、ご老人は真っすぐこちらへ歩いていない。左へ寄っている。一歩ごとのずれはかすかだが、きっと渡り始めてからずっと「ヨレて」いたのだろう。もう道路の縞模様から何十センチか外れている。

 

 ――じいさん、危ねえよ。

 

 友達はその姿に、自分の部下の姿を重ねている。自分が尻拭いをしなくてはいけない、面倒ごとを抱えている、その時そっくりの気持ちだ。

 いざとなれば助ける。だが、できれば俺の手を煩わせるな。自分で乗り越えてみせろ。つい、そう思ってしまう。

 そして信号が点滅。老人は完全に横断歩道を外れ、なおこちらまで数メートルの距離を残している。小さく舌打ちしながら、友達が一歩を踏み出しかけた。

 

 だが老人が、残す縞模様7つと6つの間、その真横まで来た時。彼は陸上でゴールテープを切る時のように、胸を広げて前へ押し出したんだ。

 杖を握ったまま、ぐわっと張り出す胴体部分。距離にして数十センチ。時間にして一秒にも満たなかっただろうが、そこから老人の動きが変わった。

 これまでの頼りない歩みはどこへやら、杖を握ったまま小走りでこちらへ向かってくる。点滅が終わった時にはすでに渡り終えていて、友達の出る幕はなかった。老人が間近にいることもあり、今度の舌打ちは心の中だけ。

 

 ――なんだよ。やればできるじゃねえか。初めからやれ。遊んでんじゃねえよ。

 

「遊んでなぞおらん。わしは常に精いっぱいじゃ」


 友達は口に出していない。気配を察したとばかりに、厳しい表情のままで老人がにらんでくる。


「あそこを通ると、元気になるでな。それを使わせてもらっているのみじゃ。あんたに心配されたり、不満に思われたりする、いわれなどないわ」


 老人は引き続き杖を使わないまま、カレー屋のある方向へ早足で歩いていく。友達の早歩きと大差ないスピードで。どうにも並んで歩くには決まりが悪く、友達は今一度振り返り、今や盛んに通る車に塗りつぶされる、先の空間をしばし眺めていた。


 次の休みの時も、友達は夜ふかしし、遅くに起きて老人に合った。向こうも友達のことを覚えており、この日は友達のやつれ具合を指摘してきた。

「試してみるか? 元気を取り戻せるかもしれん」と、提案してくる老人。友達も覚えている、例の元気が出る地点の話だろう。

 まず老人が渡り、友達はそこで見ているように言われた。前半の老人はやはり歩みがのろい。今にも倒れてしまいそうな頼りなさだが、あの地点までくると、もう一度胸を前へ投げ出す。結果、走り出しての無事横断。

 次の信号で友達も真似をしてみる。本来なら問題ない距離のはずが、渡り始めに、また例の足の痛み。今回は数秒で消えたが、この信号を前には致命的。引き返そうかと考えたところで、「戻るな。進め!」と老人の檄が飛ぶ。


 ええい、ままよと、未だ痛みが残る足を運んで突撃。向かいから見て7つ目と6つ目の縞の横へ来ると、胸を投げ出した。

 とたん、足の痛みが消えた。そのうえ全身が風呂に浸かっているかのように、ぽかぽかと温まってくる。ここに来るまで溜まっていただるさが締め出され、ここ数ヶ月なかった身体の軽さを感じた。

 弾むようにして渡った歩道。老人はその姿に「良かったろ?」と、笑みを浮かべたそうだ。


 それから友達にとって、カレー屋に行くまでの楽しみが増えた。何度も試した結果、ここは短いスパンで訪れると、効果が半減してしまうということを知る。老人がどれほどの頻度で訪れているか知らないが、我慢を覚えなくてはいけなかった。調整の末、半月に一度くらいがベストと判断し、友達はその度、爽やかな心地を覚えていたらしい。

 だが友達が初めて利用して、一年半が経ったころ。久々に楽しもうと現場へ向かったところ、パトカーが停まり、交通整理をしている警官の姿があった。立ち入り禁止のロープは、あの縞模様7つ目と6つ目の周辺に、しっかり張られている。そこには広く地面を濡らす、液体の姿もあった。友達はその日、そこを通るのを諦めざるを得なかったという。

 聞いたところ、どうもあの老人が事故にあったらしい。しかしどの病院にも運ばれた記録はないとのこと。

 ウソかまことか、一部の者は「あの地点に老人が差し掛かったとたん、瞬く間に弾けて、残されたのは血だけだった」と語ったらしい。

 


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