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第8話 桃園の誓い

 ああ、長い旅になった。


「白い!」

 住処の洞窟を出て開口一番。


 銀髪の少女は、日光を一身に受け、力一杯伸びをする。

 漫画なら大なりと小なりの記号で描けるほど強く目を閉じている。


 そして、平和な道中をひたすら歩く。

 小鳥がちゅんちゅんと、あからさまにのどかを演出する。 





 ああ、本当に長い旅になった。


 「光陰矢のごとし」なんて、今では全く信じられない。


 幸せな時間はあっという間に過ぎるというのであれば、転生してから今まではきっと不幸に満ちていたのだろうか。


 それとも、記憶が薄れて来ると共に、かつての世界を恋しく思っているのか。

 文字通り死ぬほど辛かったのに。

 だとすれば、人間というのはなんと業が深い・・・いや、たくましいのだろう。


 だが、もう世界間の比較に意味は無い。

 命のやりとりが非日常であったあの世界はもう帰ってこないのだから。 

 この異世界中を探しても決して見つからないであろう贅沢。

 失ってから気づくのも、また人間らしいというか。


 なんというか、自分の平凡さに安心してしまう。




 

「お父さんって、案外優しいよね。」


 でも、なぜだろう。

 やっぱり俺は変人だと"諦観"してしまう。

 心配で死んだくせに、危険な方を選んでしまう気がしてならない。

 ・・・いや、間違いなく、彼女達を選んでしまう。


「なんで?」


「だって、あんな格好悪い決め台詞聞いたこと無いし・・・ねぇ、私を安心させる為だったんでしょ?」

 

 決め台詞・・・「不滅の毒を以て」、のやつか。


「かっこ・・・わるい?恥ずかしい・・・。」


「せ、先輩。」

 崩れ落ちそうになる身体を、最愛の人は小さな手で支えてくれた。

 

 確かに俺は、理由無く自分の能力を公開するなどという暴挙を、決してしない。

 だから、理由があったんだろう。そう、彼女の言う通り・・・ああ、恥ずかしい。

 

「じゃ、じゃあ、かっこいい決め台詞を聞かせて貰おうか!」

 とっさの照れ隠し。下手な演技。

 羞恥の極みで頬に血の暖かみが広がっていく。


「あ・・・うーん、決め台詞ね・・・無いかな、あはは。」

 申し訳なさそうに笑われる。

 察して気を遣う様が余計に俺を傷つける。


「そうか、ダサいのか・・・。」


 本格的に落ち込んでしまった。

 だが、ちょっと待って欲しい。大事なのは万人に好まれる事ではないはずだ

 よって、俺は最愛の人を見つめる。


「・・・あ。」

 熱い視線に気づいて、はっとこちらを向く。青い短髪を翻す勢いで。


「先輩はいつでもかっこいいですよ。ふふ。」

 すかさず欲しい言葉をくれた。

 

「あ、ありがとう・・・。」


 言わせた褒め言葉なのにほころぶ顔を隠したくて、つい目を伏せてしまう。





「二人とも、またいちゃいちゃする気なの?」


 苦笑い・・・だが、少し寂しそうだ。

 そんな顔をされたら、どうにかするしかなくなる。


「アルも俺といちゃいちゃすればいいよ。」

 スッと近寄り、耳元で囁く。

 びくんと震わす初心な肩。


「な、何を言ってるの?」

 背中ごしでも緊張が伝わる小さな声。


「ああ、その長い銀髪はまるで・・・。」


 五感の愛撫。

 籠絡させるつもりで甘い言葉と後ろ髪への手櫛を食らわせる。


「や、やめて。もう!」


 弱々しい手のひらのプッシュで距離を離そうとする。

 力士の適性は無さそうだ。

 

「先輩、やっとアルちゃんと仲良しになりましたね。」


 嬉しそうな華佗。

 ・・・ちょっとぐらい嫉妬してくれてもいいのに。


「な、仲良くない!」

 ぷいっ、と顔を逸らされる。


「あはは。スラッとしてるのに、中身はやっぱり子供なんだな。」


 いたずらして喜ぶ俺も中学生男子だが。





 まあ、確かに、洞窟内ではあまりアルと交流していなかったな。

 なんというか、あの湿度の高い空気が、人見知りを加速させるというか。


 今は見渡す限り開けた平野。

 人の踏み固めた道を歩く

 うん、気分も疑いなく晴れやかで、オープンマインド。

 隣には美少女二人。陽光に照らされ、銀と青は輝きを増す。


 だから、前方不注意になるのも仕方の無い事だろう。


「あ、先輩、町が見えてきましたよ。」


 青の視線に促され、久しぶりに前を向く。

 だが、視力が悪いせいか、変わり映えしない草原が広がっているように見える。


「え?・・・あ、ほんとだ。お母さんって視力良いね。」


 頑張って目を細めるも、まるで見えない。

 ・・・なんだか疎外感。どうにかしなければ。

 ここは、「華佗の事詳しいんだアピール」をしよう。


「まあ、忍者だからな。」


 発した瞬間に違和感。

 この違和感は"疑問"だ。


 ・・・華佗は、忍者なのか?





 クナイ。体術。和国出身。

 諦観するまでもなく推測できる。問う気も無くすほどだ。 

 でも、そもそも俺にとっては・・・ああ、そうか。そうだよな。

 

 言うまでもなく、問う必要の無いどうでもいいことなんだ。


「え、忍者なの?だからさっきあんなに凄かったんだ!」


 お前は来日観光客かと言いたいくらいに、忍者という言葉にテンションが上がる。


「ふふ、そうでもないですよ。」

 

 否定しないのか、華佗。

 彼女の笑顔は自然で、嘘をついているようにはとても見えない。

 

「忍術見せて!」


「はい、ではそのうち。」


 二人の和気藹々への嫉妬を我慢していると、ようやく町らしき茶色いモヤが見えてきた。

 目を凝らすと、その茶色が予想以上に大きく広がっていた。


 あれは、壁か。


 この世界においては珍しくもない光景。いわゆる大陸国家に良く見られる城郭都市だ。

 バレルにも壁は有ったが、こちらの方が重厚で本格的。

 これだけ危険が潜んでいるにも関わらず、商業重視で防衛軽視のバレルが例外なのだろう。

 あの町は本当に異質だった。首都でも無いのにあんなに活気溢れる町は、他では見たことがない。


 ともかく、この町全体を防壁で囲い、外敵を退けているのだ。

 外敵には人間だけでなく、モンスターも含まれる。

 なんたって、ここは異世界なんだから。





「町なんて久しぶりね。」

 すました顔が、尚更不安を呼ぶ。


 見た目に反して、彼女は子供だ。

 だから、俺が守れる所は、絶対に守らなければ。

 

「・・・辛くないか?俺は別に野宿でもいいけど。」


「あはは、何心配してるの。本当のお父さんみたい。」


「う、うるさいな。俺は"心配病"なだけだ。」

 腕を組んで防御体勢を取ってしまう。もちろん顔はそっぽを向いてやる。


「はいはい。じゃあ、町に入るとしますか。」
















 門番に軽く会釈を交わし、旅の者だと伝えると、あっさりと通された。

 壁の立派さとは対照的だな。


「まずは宿ですね。」


 王都と比べると見劣りするが、大きな町だ。

 だが、バレルの活気が恋しくなるほどにのどかな雰囲気。

 都市というより「大きな村」というのが正しい表現なのかもしれない。


「それなら、私の家に泊まろうよ。」

 どうやらアルはこの町に住んでいたらしい。


「えぇ・・・人形に見つめられて寝るのはぞっとするなぁ。」


「贅沢言わないの。これからお金が必要になるかもしれないんだから節約しないと。」


「先輩、私もアルちゃんに賛成です。」


「仕方ないな。」


 大人しく銀髪に先導されよう。

 はぐれないよう華佗と手を繋いで歩く。





 道行く人は、王都同様豊かそうだ。

 昼だというのにテラスで酒を飲むおっさんや、デートに勤しむ野暮ったいカップルが目についた。

 まるで現代だ。中流が生業から解放され、生きる意味や、素敵な何かを求めて日々を生きている。


「平和だなぁ。」


「そうですねぇ。」


 縁側の熟年夫婦の様に。


「二人とも、もう少しで家だから、歩きながら寝ないでよ。」


 確かに眠い。休み無しに連戦し、歩き通し。

 疲労困憊は必然。


 脳を醒ますために景色に目を向ける。

 人が少なく、町並みが良く見える。


 ・・・あ、良さそうな店。


 本屋の上にカフェらしき飲食店。2階全体が見える大きな窓から、テーブル、イスが確認できる。

 なによりも、微かなコーヒーの香りが、俺を誘う。


「華佗、あの店行こう。」

 華佗の細い腰に腕を回し、空いた手でびしっと人差し指を指す。


「あ、はい。」


「ちょっと、寄り道するの?」


 後ろから何か聞こえるが、無視して華佗を店へ攫っていく。


「もう、仕方ないなぁ。」


 その声は、どこか楽しそうで。

 心配性な俺は一安心するのだった。





 店に入ると、出迎えたのは長いピンク髪の少女だった。


「見ない顔だね。初めて?」


「あ、3名で。」


「見ればわかるよ。メニューは左手。本は汚したら買い取りだからね。」


 どうやら、本が読み放題らしい。これは当たりだな。

 コーヒーを飲みながら文章を貪る事が出来るなんて、考えただけで至福だ。


「いや、今日は読まないかな。」


 二つ折りのメニューを手に取り、開く。

 そして、横目で二人を見る。

 無表情の華佗に、おどおどのアル。


「アル、何にする?」


「あ、え、っと、こんな店、来たの初めてだから・・・。」

 ロボットダンスのようにカクカクした動作。


 それを見て華佗がクスクスと、彼女の後ろで堪え笑いしていた。


「そっか。甘いのは好き?」


「う、うん。」

 適当に選んでやるか。


「じゃあ、フレーバーコーヒー3つ。風味はカカオナッツ1つと・・・バニラ2つで。あとチョコワッフル3つ。以上で。」


「はい。では二階へどうぞ。」


 返事をするやいなや、店長は奥へ消えていった。

 紙のメニューをカゴに戻す。


「え?お母さんには聞かないの?」


「あ、いえ。私は先輩と同じものが良いので。」


「そういうことだ。さあ、早く座ろう。」


 聞いたってどうせ気を遣わせるだけだ。

 アルもいずれわかるだろう。





 階段を昇り、窓際のラウンドテーブルへ。

 座り心地の良さそうな背の高くない3つのイスに腰掛ける。


「ふぅ、やっと落ち着けるな。」


「ふふ、そうですね。」


 と、息をついた瞬間、驚きで息が吸えなくなった。


 アルが、涙を流していた。


「ど、どうした?お父さん、何か悪いことでも・・・。」


「・・・私、あなたたちにどう感謝したらいいのか、わからない。」


 ああ、びっくりした。くだらない理由で良かった。


「じゃあ、身体で払って貰おうか、なんて。」

 指でお金のマークを作る。


「先輩?」

 最愛の人に膝をつねられる。

 笑顔なのになんて圧力だ。内から漏れ出る迫力。


「あはは、またいちゃついてる。」


 いつもの俺たちを、いつものように笑う。

 涙はこぼれているが、心の雨には傘をさせたようだ。


「わかってる。もう聞かないって約束するから。」


「はい、約束ですよ。」 


「私、二人の子供で良かった。」


 優しい顔。かつての人形師は、見る影も無く。

 不滅も諦観も消し飛ばされるような衝撃。


 これが、生きてて良かったと思える瞬間なのか。





 ・・・ああ、認めよう。俺は変わった。


 華佗を愛する事で、俺は救われた。

 そして、今度は愛される喜びを、必要とされる幸福を知ったんだ。


 もう、戻れないよな。

 心配なんかに命をくれてやるわけにはいかなくなったんだ。





「気づくのが遅いんだよ、ばーか。」

 彼女への言葉と見せかけた、自分に対する言葉。


 アルの中の不滅の毒を取り除きたい。

 もう、耐えられない。

 俺は自分の気質に何度振り回され、何度命を奪われるのか。



 何度失えば気が済むんだ。



 一人じゃないんだ。


 ・・・もう、死に逃げるのはやめた。


 一人の命じゃないんだ。


 もう、そんな致命的な失敗は許されない。

 これだけは"無謬"でなければならない。




 さあ、今こそ生の苦しみを受け入れよう。




 視界がぼやける。身体が置いていかれる感覚。

 この感覚は・・・。  

 

 毒魔術師、第三の能力。

 

 ・・・受け入れよう、とうとう次のステージへと進んだ事を。 

 その第一歩として、これを言語化しよう。 



 無謬。



 "無謬の毒"





「アル、忘れていた宿題を、終わらせるからな。」


 そして、"諦観"という決めつけを、その始まりである"不滅"すなわち"無為"の恐怖を乗り越えてみせる。


 これは"解毒術"ではなく、"毒魔術の相殺"。

 唯一無二の対抗魔術。

 不滅の毒が唯一である以上、自明だ。


 毒魔術の様式に魔力を通す。


「先輩、それ、毒魔術ですけど・・・こんなところで大丈夫ですか。」


「ああ、心配いらない。今までごめんな、アル。」


 アルの下腹部に手のひらを置き、一気に毒を注ぎ込む。

 子宮から身体全体に広がっていき、魔術様式さえ無謬で満たされていく。


 そして、諦観が不滅の滅びを告げる。


 ・・・まあ、華佗の分析術でもいずれは解毒できただろうが。


 でも、そういう事じゃないんだ。

 他でもない、アルの事なんだ。

 俺がやりたかった。絶対に俺がやらなければならない事だったんだ。





「・・・あ、これって。」


「アル、もう君は自由だ。俺の毒は無い・・・さあ、どうする?」


 彼女は笑顔で首を振る。


「でも、私だって約束したんだから、二人もしてよ。」


 つられて、口角が上がってしまう。

「わかった。もう二度と聞かない。」


「はい。じゃあ、指切りですね。」


 華佗の提案で、3人の小指を絡める。

 まるで桃園の誓いのように。


 死ぬときは一緒、か。

 その気持ち、今なら良く分かるよ。




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