表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/21

第7話 銀色のアムネシア

 知らないというのは何よりも怖い事だ。

 故に、無意識の死をもたらす毒殺を恐れ、自殺した。


 これを何度も反芻して、自己理解を深める。

 なぜなら、俺は自らの理性を徹底的に疑っているからだ。

 いつ、どこで制御不能になるかわからない。


 欲と恐れ、二つの死に惑わされぬよう、自己認識を常に更新するのだ。





 とりわけ、彼女がいるのだから。身勝手に壊れるわけにはいかない。

 けど、負のスパイラルだ。

 いけない、と思うほどに、その螺旋を下ってしまう。


 だから、夜になったら一人で外に出よう。 

 そして、ルーティンをこなすのだ。


 目を閉じ、歩く。耐えきれず視界を取り戻すまで、決して目を開けない。

 そうして生を求める自分を認識する。

 それは、腹式呼吸を会得するのと同じ手法。

 ひたすらに息を吐き続け、吸うべき時を身体に委ねる。


 あるべき形を認識する為に、本能を駆り出すために、極限まで自らを追い詰めるのだ。

 これが日課。

 端から見れば病的だが、言葉にするとひどく俗的で、普遍的だと思う。

 かの学者が言う、いわゆる普遍的無意識みたいなものなのだろう。


 ただ、常人というのを真に理解していないので、どういった位置づけになるのかはおぼろげにしかわからない。
















 ともあれ、一つ、俺に言えることがある


 それは、このヒトガタを作った人形師は、姿を認識された時点で敗北しているという事だ。

 他でもない、諦観の毒魔術師に対して、それは致命的だ。





「先輩、見えるだけで6体います。たぶん術者にクナイを当てるのは困難かと。」


「ああ、でも、みんなただのパペットだ。そうだろ、人形師。」


 ヒトガタから伸びる糸を辿った先で待っていたのは、銀髪で、比較的長身の少女。

 守るのは男のヒトガタ達。そして、先程と同形の、少女のヒトガタ達。



 諦観。糸の先、収束点は、彼女の子宮。



「・・・解せないな。自分の子供を戦闘に駆り出すなんて。」


「違う。この子達は私の両親。いつだって、守ってくれる。」

 彼女が右手を前に突き出すと、ヒトガタが行進を始めた。


「あはは、倒錯しているなぁ、君。なかなか見込みがあるよ。嫌いじゃない。」


「先輩、どうしますか?」


「子に連帯保証してもらおう。華佗は、一体だけでいいから、親の動きを止めてくれ。」


「じゃあ、あいつにします。」

 指したのは、一人だけ、足の速い男。

 あと数秒で、その右手の剣は俺の首を跳ねるだろう距離まで近づいていた。


「ふっ!」

 地面を蹴り、一気にクロスレンジまで。

 そして、細い身体をしならせ、クナイを振りかぶる・・・武器を持った腕を切り落とした。

 その勢いで一回転。軸を傾けさらにもう一回転。

 左手を床につき、両足の腱を息つく間も無く削り取る。

 全ての動作が終わった後、血が、吹き出すのを思い出したかのように、赤い雨となり降り注ぐ。





「次は、親子の絆の堅牢を試してやろう。」


「っ!」

 唇を噛む。不知は怖かろう。その恐怖を一番良く知るのは俺だ。


 無抵抗のヒトガタの核に毒を注ぐ。


「なんで殺すの?お父さんはもう倒れたのに!」


「殺す、か。でも、彼の生命は君の頭の中、もっと言えば、記憶にあるんじゃないのか?」


 諦観。理由も根拠も無く、理解した。

 ヒトガタの原型は、彼女の肉親。

 微かに残る記憶の発露。 


「それは・・・。」


「だとすれば、俺は偶像を壊しているに過ぎないだろう。」


 笑っているのか、泣いているのか。もしくは発狂しているのか。

「残酷すぎる・・・こんな世界、壊れちゃえばいいのに。あははは。」


「それは同感。」

 華佗に会う前の俺もそうだった。





 毒は満たされ、その糸は魔力の供給を止めた。

 そして、悲劇は訪れる。

 毒は糸を逆流し、彼女の子宮から全身へ広がっていく。

 

「・・・そういうことね。どこまでも、ヒトを殺す為の・・・。」

 抵抗を諦めたのか、全てのヒトガタの動きが止まる。


「成りたくて成ったわけじゃないさ。君もこんな洞窟に居るのは不本意だろう・・・自分の意思とはいえ。」



「ええ、喪失した記憶を呼び戻す為に、手段を選ばなかっただけ。その末路を、受け入れられないだけ。」


 はっきりとした言葉。だが、涙は止まらない。

 彼女は、こんないびつな表情でしか、自分を発露させられないのか。


「あの、先輩・・・彼女、殺さなくてもいいですか?」

 可愛そう、か。確かにそうだ。


 しかも、彼女は俺と同じ不幸の匂いがする。

 華佗にとっては大好物だろう。


「良いよ、仕方ないな。」


 我が儘を言えるようになった華佗。

 それが、何よりも嬉しくて、ついオーケーしてしまった。





「じゃあ、こっちまで歩いて来い、銀髪。」


 返事は無いが、言われた通りにこちらに来る。


「不滅の毒を以て、お前の命を握った。下手な事は考えるなよ。」


「ええ、わかってる・・・あなたたち、なんで私を許すの?」


「私も・・・両親に悩みを持っていたから。」


 初耳だ。だが、色々繋がった。

 華佗が故郷を飛び出したのは、親との不和が原因なのだろう。

 

「・・・そう。」


「で、ですね。私は医師なので、あなたの記憶喪失を治そうかと。」


「治せるの?」


「本格的な治療は、じっくり分析してからです。でも、とりあえず私をお母さん、先輩をお父さんって呼んでみてください。」


 あ、なるほど。

 俺は味付き海苔を食べると学校に行く前の朝を思い出す。毎朝食ってたから。

 それと同じく、「お父さんお母さん」という口の動きや、それを他者に向けて言い放つという行為で、失われた記憶を呼び起こす作戦か。





「え・・・と、お父さん」

 

 次に華佗に向き直る。

「お、お母さん。」


 見た目は君の方が歳上だけどな。明確に。色々と。


「はい、お母さんですよ。ふふ、どうです?」


「・・・あ、ああ!」

 目を見開く銀髪。


「まじか。」

 思わず驚きが溢れてしまった。華佗、マジ名医。


「私の名前は・・・アル・・・アル・・・。」


「アルジェンティア?」

 

「なんだよ、それ。」


「花ですよ。女の子に名前を付けるなら定番ですよね。」

 この世界でもそうなのか。本名呼び禁止ルールのせいで知らなかった。


「アル・・・ジェンティア・・・アルジェンティア。」


「気に入ってくれました?でも、本名を気安く名乗ったらいけませんからね。」

 お母さんごっこに興じる華佗の誇らしい顔が、どこか滑稽で可愛らしい。


「うん、お母さん。私の事は、アルって呼んでください。」


「アルちゃんか・・・ふふ。ねえ先輩・・・。」


 言いたいことはわかる。どう見ても彼女には身寄りが無い。

 だから、つまりはそういうことだ。



「アル、もし良ければ、俺たちと旅に出ないか?」
















 景色は変わらず。故に、出口に近づいているのか、甚だ疑問である。

 銀髪を真ん中に、洞窟を並んで歩く。2人から3人になり、一気に賑やかになった。

 あれ、この洞窟、こんなに明るかったっけ。


 ・・・うん、訂正しよう。確かに景色は変わっている。

 




「じゃあ、お父さんって、結構ピンチ?」


「まあ、指名手配犯だし、一応。」


 王都からは任務を投げ出した戦犯。

 魔王軍からは捕獲対象。

 さらに心の問題もある。今に始まった事では無いが。


「アルちゃんって、なんでここに住んでいたんですか?」


「え?だって、ここ追憶の洞窟だよ。そりゃ、名前の通り記憶喪失治るんじゃないかって。」


 華佗の言う忘却のなんちゃらは、追憶の洞窟だった。





「ふうん。で、人を襲う理由は?」

 理由によっては危険人物とみなす。

 

「それは・・その、背に腹は代えられないと言いますか・・・ごめんなさい。」

 どこかで聞いたことのあるセリフ。きっとそれは・・・。


「ふふ、まるで先輩みたいですね。」

 

 確かに。この点に限れば俺にそっくりで、本当の娘だと思い込めそうだ。


「でも、見た目は華佗そっくりだろ。ほら、青い眼とか。」


「あ、お揃いですね。」

 ぱっ、と明るくなる華佗の表情。


「本当だ。あはは!」

 

 良く笑う娘だなぁ。

 やかましくて、さっきの人形師とは完全なる別人に見える。

 

 ・・・というより、華佗に似ている。

 もしかして、本当に血が繋がってたりして。
















「そろそろ出口か?」


 下り続きだった道が、登りに変わって一時間。

 取り留めの無い話しに終わりは見えず、俺の鼓膜は崩壊寸前だ。

 ・・・言うまでも無く、アルの笑い声が原因だ。


 そんな中、気づいた。

 青い光の中ではわかりづらいが、微かに日光が感じられる。


「わかんない。もう覚えてない。」


 彼女は何年間ここに住んでいたのだろう。

 魔物も出るって噂だし、危険だろうに。


 



「あ、そういえば魔物が出るって噂だったけど、結局遭遇しなかったな。」


「先輩・・・フラグ建てるのやめてください。」


「お父さん・・・よく今まで生き残って来れたね。」


 思い出してきた。

 仲の良い女が二人以上いると、俺は必ずこういう立場になる。

 だから、二人きりの時にだけ饒舌になる忍者の気持ちがわからなくもなかったり。


「はいはい。悪かったよ。」





「ねえ、アルちゃんの人形って、自分で作ったんですか?」


「うん。趣味が高じて、魂まで込められるようになったんだ。」


 華佗に見せる屈託の無い笑顔。

 さっきまで敵だったなんてもう思い出せないほど、無垢な乙女。

 その顔を崩したくなくて言葉に詰まる。

 俺の言葉は大抵、良い雰囲気を台無しにしてしまうからな。





「ねえ、お父さんは私に興味無いの?」


「ん・・・ああ、もちろん興味持ってるよ。人形師なんて、王都には居なかったし。」


「そうじゃなくて、"私"に興味が無いの?」


 鋭い突っ込み。自称勇者を想起させる。

 結局、いつまで経っても慣れなかったなぁ。


「あ・・・う・・・アルは美人だし、華佗がいなかったらデートに誘ってるよ。」

 案の定だ。とっさに本音を口にしてしまった。


「うう・・・誰が口説けって言ったの!」

 あからさまにあたふたするアル。


「違う、そんなつもりじゃなくて・・・その。」

 似たような動きをしてしまう俺。


「あはは!変な動き!」

 そんな二人を見下す華佗。


 まるで本当の家族のような団欒。


 ・・・なるほど、確かに。

 この世界の本名呼び禁止ルールを馬鹿にしていたが、人の呼称というのは存外に重要なのかもしれない。





 そんな気の抜けた俺たちだから、洞窟の出口に注意が向かなかった。

 そこに、巨大な魔物が鎮座しているのに気がついたのは、相当近づいてからだった。


「あ、先輩。謝った方がいいんじゃないですか?」


「フラグ建ててごめんなさい。」


 アルは重心を低くして構える。

 すっかり戦闘モードに入ったようだ。

 だが、やはり先程の人形師には見えなかった。

 何というか、憑きものが取れたような、そんな感じ。


「人形をおとりにしてどかせられないか?」


「厳しいと思う。あのゴリラの敏捷性だと、逃げる前に壊されるから。」


 ゴリラ、か。確かに言い得て妙だ。

 黒色の巨大類人猿型モンスターは、その図体に似合わず、小刻みにきょろきょろと周囲を警戒していた。





「じゃあ、戦うか・・・なんとかして不滅の毒を奴に食らわせる方法を・・・。」


「ねぇ、お父さんの毒って、いつから使えるの?」


「いつから・・・うーん。」


 難しい質問だ。

 忍者に毒魔術を教えてもらったのは事実だが、それ以前から確実に"あった"ものでもある。

 でも、いつからあったのかはわからない。


「なんで使えるの?」


「それは・・・恐怖は死ぬまで残留し続けるものだから・・・あっ、そうか。」


 自分で言ってて驚いてしまった。

 俺の毒は、そういうものなのか。

 あまりにも自然で、無意識のものだから、上手く認識できていなかった。





「うん、ならいける。リスクは取らなくて良いよ、お父さん。人形師の力を見せてあげる。」


 何らかの魔術様式に魔力を通したのか、どことなく、彼女の空気感が変わった。


「こっちに来て。」


「あ、ああ・・・。」


 言われるがままに近寄る。

 悪意は感じない。というより、これは・・・色気?


「ふう・・・じゃあ、じっとしててね。」

 身体に腕を回され、そのまま抱き寄せられる。


「うわっ。」


 きつく、きつく抱き締められる。そして、流れる魔力。

 ・・・これは、分析術?


 いや、そんなことはどうでもいい。ああ、鼻血が出そうだ。


 華佗とは対照的に、女性的で柔らかな肉体。

 コンパクトにまとまってはいるが、確かな温もり。

 その控えめな豊満に包まれ、興奮を通り越して、眠気を感じるほど入りこんでしまった。

 

 これも、幸せの形か・・・。















「先輩?」


 はっ、と息を飲み、気がつく。

 気がつくと、目の前に華佗。


「あ、ああ、どうなった?」


「あれ、見てください。」


 指した先には、俺・・・の形をしたヒトガタが、ゴリラに引っ付いている。

 驚くべきは、そのヒトガタが毒魔術を使っている事だ。


「さあ、覚悟しなさい、ゴリラ。不滅の毒を以て、毒魔術師があなたを殺す。」


 彼女の言葉を忠実に、必死で抱きつき毒を注ぐも、結局振り払われるヒトガタ。

 吹き飛ばされ、ごろごろと地面を回る。

 

 ああ、あんなに転がされて。もう壊れたんじゃないのか。





「アル、戦況は?」


 振り向く彼女の顔は、どこぞの名医のように誇らしげだった。

「当然、勝ち確定。後は発動させるだけ。あなたにしか出来ない仕事。」


 頷き、ゴリラへとゆっくり歩む。

 ある程度距離が近い方が確実にムラ無く発動できるからだ。


「先輩、気をつけてください。」


「バリアがあるから大丈夫だ。」





 ぐるる、と低い音を喉で鳴らすゴリラ。

 安全だと分かっていても怖い。

 だが、歩みは止めない。

 その先に俺たちの幸せが待っているという確信があるからだ。



「不滅の毒を以て、毒魔術師がお前を殺す・・・何度も聞かせて申し訳ないな。」

 毒魔術師たる所以。

 俺にしか発動できないそれを、全力で!



 唸りを上げて身体を床や壁にこすりつけ、痛みに耐える怪物。

 細胞が死んでいく感覚というのは、さぞ絶望的だろう。


 だが・・・。


「先輩!」

 立ち上がり、迫る巨体。

 太い腕。

 俺の身体めがけて振るわれる。


「ぐっ!」

 何重ものバリアが一気に破られる。

 そして、生身に残った衝撃が襲いかかる。

 体勢を崩さぬよう、その威力を後退する事で逃がす。


「そんな!」


「先輩!」

 華佗の声に身体が動く。


 反射的に背を向け、ひたすら遠ざかる。

 そして俺の方に向かって走る華佗のクナイが光る。


 ・・・何やってるんだ!


「馬鹿!一旦退却だ!」


 振り向くと、俺とすれ違った彼女は、まるでバレエでも踊っているかのように優雅に太い腕を避けていた。

 そして、高く宙返りすると、いつものごとく空中で更なる回転を繰り返し、その勢いで首筋を削ぐ。





「まずいな・・・アル!総力戦だ!出せるだけの人形を出せ!」


「はい!」

 複数の糸を魔力が伝う。

 岩陰から、地面から、天井から。

 10体ものヒトガタが姿を表し、ゴリラに向かって走る。


「華佗!戻ってこい!!」


 気づいたのか、一歩一歩、とてつもなく長い飛距離のステップでこちらへと戻る華佗。





「なんで毒が効かないの!お父さん!」


「ごめん、上手く説明できない。」

 でも、わかってる。

 要は"諦観"が足りないんだ。

 

 諦観。

 ゴリラの脳内に、力の収束点が見える。

 当然、脚に巻き付いて毒を注いだって効果は薄い。

 少なくとも、俺にとって、それは自明。

 まあ、ヒトガタに同じレベルを求めるのは酷というものだが。


「ごめん、なさい。」


 アルの瞳が潤む。悲しみの嗚咽が声をミュートにする。

 俺は、なぜか彼女を憎めなかった。華佗を危険に晒したというのに。


 それは、単純なことだ。本当にただの親子関係なんだ。 

 この娘と旅をすると決めたのは、他でもない、俺たちだから。

 連帯責任を負うよ。君の両親を象った人形がそうであるように。


 かりそめでも、確かに君は俺たちの子なんだから。

 




「失敗から学べばいいさ。それより、この状況をなんとかしないとな。」

 

 と、目視すると、状況は意外にも好転していた。


 ゴリラの攻撃は空を切り、その敏捷性にも関わらず、ヒトガタに当たらない。

 それどころか、いいように斬られまくっている。

 

「ふむ。文明的ってのも考え物だな。もっと野蛮であれば、勝機も有っただろうに。」


 それもそのはず。

 奴の目は血を流していた。不滅の毒にやられて、視力を失ったのだろう。


 俺の毒は、それ自体に諦観の性質を帯びている。

 だから、適当な場所に注いでも、最終的に本質に集合する。

 外傷から見るに、きっと奴は、脳の視覚野と眼球をその本質としたんだろう。

 大人しく心臓とかにしていれば、まだ苦しまずに逝けただろうに。


 ともあれ、結果オーライ。あの巨体は、いずれ動きを止めるだろう。





 しゅた、という音と共に華麗に着地する最愛の少女。

 開口一番は、やはり気に入らないものだった。


「先輩、大丈夫ですか?」


 ああ、もう。彼女のこういう所に、いつもいらいらさせられる。


「こっちの台詞だ、馬鹿。華佗を大事に思っている人の気持ちを少しは考えろよ!」

 興奮して顔を近づけてしまう。


「それは先輩です。気をつけてくださいって言ってるんですから、気をつけてください。」

 負けじと目を合わせてくる。


「不確定な要素は必ず生じるものだろう。気をつけてたって、こういう事は起こるんだよ。」


「だから、先輩は後方でゆっくりしてたらいいんですよ。」


「そんな夢物語みたいな戦術・・・。」

 と、ここでタイムアップ。言葉を遮られる。





「二人とも!喧嘩しないで!悪いのは私だから、私を叱ってよ!」

 途端に空気が変わる。


 ・・・そろそろ大人にならなきゃな、俺たちも。


「アルちゃん、先輩とは仲良しですから心配しないで。」

「アル、違うんだ、これは喧嘩じゃなくて、その。」

 二人同時に弁明。


「もう!二人して似たような言い訳しないでよ!」

 自然な表情、涙。

 やっぱりこいつ、あの人形師と別人じゃないのか。

 それともあのいびつな表情は顔芸だったのか?


 ・・・まあとにかく、華佗とのくだらない喧嘩を終わらせよう。





「ごめんなさい。」

 華佗に先手を取られた。ぺこりと頭を下げられる。


「いや、そういう性格だって分かってたのに言った俺が悪い。ごめん。」


「いえ、私が少し熱くなりすぎました。」


「じゃあ、仲直り。」

 左手で彼女の右手をすくい取る。

 そして、社交ダンスのように腰に右腕を回し引き寄せる。


「はぁ、相変わらず強引ですね。」

 と、いつものクールな華佗。

 だが、今日からは迂闊にいちゃいちゃできない。なぜなら・・・。


「あ、あの、先輩・・・み、見られてますよ。どうします?」

 小声。視線の先には銀髪の愛娘。

 

 だが、見られて困るモノなど何も無い。

 俺はさらに抱き寄せ、耳元で囁いた。

「見せつけてやろうぜ。」

 

「見せつけてやろうって・・・この色情狂。」

 地獄耳め。

 そんな悪態なんて無視だ。どうせお母さんを取られて寂しいだけだろうし。





「ん・・・。」

 今度は、奪うというより、求め合うように。

 柔らかな感触。互いの吐息を混じり合わせて。

 身体はいつのまにか、互いを暖め合うかのように包みあっていた。


「な、長い・・・。」

 アルにそう言われると、余計に引き延ばしたくなる天邪鬼な心が姿を見せる。

 

 目を開くと、美しき青。

 その瞳に、俺はどう写っているのだろう。

 不安は無いけれど、愛しすぎて。

 いつまでもこの青の住人でいられますようにと、願ってしまう。





「ふぅ・・・苦しいですね。」

 唇から離れていく。

 その温もりが名残惜しくて、もう一度抱きしめてしまいたくなる。


「うん。次はもっと長くしよう。」

 

「ふふ、何時間でも付き合います。」

 

「もう、お母さんまで毒されてどうするの、まったく。」

 不機嫌。でも、どことなく本気ではない。

 

 この調子なら、川の字で寝ている時に隣で弟か妹を作っても許されそうだ。

 ・・・いや、流石に無理か。


「毒されるって・・・はは、毒魔術師だけに?」


「面白くない!」


 洞窟中にエコーするやかましい声に、俺たちは胸を撫で下ろした。

 ・・・やっぱり、華佗もそれが気がかりだったのか。 


 うん。アルが元気になって、本当に良かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ