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第4話 サムシング・グレート

 食事後、暇になった俺は状況把握、及びデートの為に町を散策する事にした。




「デート・・・いいですけど、日中はここを空けられないです。」

 そりゃそうだ。患者は待ってくれない。本当を言えば、夜だってそうだ。現代のように24時間体制で対応して欲しいのが病院という商売だ。


 と、頭は理性的。だが、心は「今すぐ行きたい!」とわんぱく少年のように我が儘だった。

 そんな俺に気がついたのか、華佗が俺の顔を覗き込む。


「ん・・・、じゃあ、行きましょうか。」


 俺が言わせたみたいで、ちょっと罪悪感。

 だが、俺はこの不幸な善人を救うと決めたのだ。とことん傲慢に振る舞って、毎日連れ回してやろう。
















 町に出ると、王国とはまた違った活気に包まれていた。

 ここ、バレルは、商業の町というだけあって、商人達が活発に客を呼び込んでいる。

 道行く人の中に、亜人や異国人も多数混じっている。 だからだろう、今歩いているこの大通が、何本もの交易路の収束点であるような印象を受けた。


「魔王軍の情報、ですよね?」


 確かに、ここから脱出する為に行動しなければ。

 だが、大事なのは今日のデートだ。

 驚いたことに、俺は魔王軍に連行されるよりも彼女と結ばれない未来を恐れているらしい。





「いや、最初は華佗の好きな所を案内して欲しい。」


「え?・・・いいですけど。」

 

 隣を歩く華佗は心なしか口角が上がっていた。

 横を向く。鼻筋の通った、美しい横顔。

 視線を落とすと少年のように痩せた上半身。

 そして小さな手。きっとどんな指輪でも似合う、白くて細い指。




 

「なに見てるんですか?」


「あ、いや、別に。」


「私の服、何か変ですか?」


 この世界には白衣が無いのだろうか。さっきよりもさらに医者っぽくない服を着ている。

 特に、スニーカーのような靴に、頭には黒いキャップ。

 ちょっとしたハイキングに出かけられるようなカジュアルな装いだった。





「いや、手小さいなって。その・・・繋がない?」

 右手を差し出す。


「う、ちょっと恥ずかしいです。」

 

「ご、ごめん・・・。」

 思わず謝ってしまった。くそ、傲慢になるってさっき決めたばっかりなのに。


「繋ぎたい、ですか?」

 

「いや、大丈夫。ところで、どこに行くつもり?」


 話をそらしてしまった。ここまで意気地なしだったとは。

 自己嫌悪で死にそうだ。


「人が多いの、あまり得意じゃないので。町のはずれに行こうかと。」


「そうなんだ。いつもは何してるんだ?」 


「そうですね・・・山に行って絵を描いたりしてます。」


 自然が好きなのだろうか。読書している姿を多く見ているせいで山に居るイメージが浮かばない。





「じゃあ、そこに行ってみようか。」

 彼女の脚が止まった。反射的に俺も脚を止め、振り向いて対面する。


「きっと、退屈させてしまいます。」


 君といるのに退屈するわけないじゃないか。


「それがいいんだよ。行こう。」


 困り眉の彼女を連れて行く、その義務は俺にある。

 俺が、一歩踏み出さなければならない。

 今度こそ、やってやる!





 弱い自分を飲み込み、勇気を振り絞って手を握る。

 最初は優しく掴み、次に決して離れないよう、固く指を絡めた。


 そして、目的地へと引っ張っていく。

 方角の正しさなど知らない。そんな些末な事を意識している余裕は無い。


「あ、手・・・。」


 後ろから不安そうな声。

 彼女も赤面しているのだろうか。

 緊張がバレるのを避けなきゃ。

 震えた声と赤面は見せないように、振り向かず、無言で脚を動かす。
















 彼女に舵を切られながら10分程度歩くと、民家の建ち並ぶ住宅街。

 そこからさらに遠心すると、山の入り口が現れた。

 石の階段が整備されており、日本の神社のようだった。


 入り口に立ち、視線を上げていくと、その階段は空まで続いているかのごとく延々と。

 明日の筋肉痛を覚悟せざるを得ないな。

 まあ、人の手が入っている山だったのが不幸中の幸いだ。

 ・・・そう、こんな時こそポジティブシンキングを心がけよう。

 




 華佗と共に一段一段上っていく。

 隣には息が上がる俺とは対照的に、黙々と、粛々と上っていく彼女。

 本当にここに来るのが日課なんだな。


「ところでさ、"華佗"ってどういう意味?」


「わかんないです。」

 本人がわからないのか。

 三国志の華佗は「先生」とか、そんなような意味の呼び名だったと記憶しているが。





「先生って意味じゃないかな、たぶん。」


「あ、先輩ってこの辺の人なんですか?」


「いや、違うけど。なんで?」


「華佗って、私の国には無い言葉なので。」


 彼女はきっと遠くの町から来たのだろう。

 気になるな。なぜ故郷から離れて医者をやっているのだろう。





「あ、私、和国出身なんですよ。」


 和国。名前の通り日本的な所らしいということは、忍者から聞いている。


「いつか行ってみたいな。俺の毒魔術も強化できそうだし。」


「そうだ、なんで使えるんですか?」


「和国の人に教えてもらったんだ・・・ごめん、それ、あまり話したくない。」


 フラッシュバックしてしまいそうになるから。

 フラッシュバックしてしまう。

 フラッシュバック。





「あ、はい・・・ん、大丈夫ですか?」

 その声に引き戻される。


 しまった。俺は脚を止めてしまっていた。

 でも、視界がグニャグニャと歪むせいで、一歩踏み出せない。


 何やってるんだ俺。

 彼女を幸せにしなければいけないのに、過去の事を引きずっている場合じゃないだろ。


「うん・・・。」


「ねえ、ちょっと座りましょうか?ほら、あれ。」

 彼女が指した先には木製のベンチ。

 いや、ここで甘えたら駄目だ。


「大丈夫、大丈夫。」


 今度はぐるぐると視界が回る。

 彼女の声が似ているからだろうか、悪化のスピードは落ちない。


「先輩、私は少し休みたいんですけど。」

 気を遣わせてしまった。

 何やってるんだ。馬鹿じゃないのか、俺は。

 結局、彼女に身体を支えられて、ベンチに二人で座る。





 暖かい風が吹く。太陽は優しい光で木を照らし、木陰からでもその輝きを感じ取れる。

 隣の天使は、目を閉じ、深呼吸をしている。


「ふう、いい天気ですねぇ。」


「う、うん。」

 少し収まったか。

 まだ視界の違和感が取れないが、彼女の声はクリアに聞こえるし、幻聴もない。


「あの・・・もし、辛いなら、我慢しなくていいですよ。」


 あくまでも自主性を尊重してくれる、その奥ゆかしさがありがたかった。

 そんな彼女にだからこそ、俺は何でも話してしまいたくなる。

 この傷は誰とも共有できないと諦めていたのに。


 ・・・とうとう期待してしまった。





「実は・・・。」


 俺は、文字通り全てを話した。

 まず、人を殺す仕事をしていた事。


「俺は・・・生きていて良い人間じゃないんだ。」


「そうかもしれませんね。」


「ああ、今すぐにでも、死んだ方が良い。」


「でも、生きていたいんですよね?」


 魔王討伐隊にて仲間を惨殺した事。


「大変でしたね。」


「そうでもない。簡単に殺せたよ。」


「簡単にしか殺せなかった、と・・・やっぱり、大変でしたね。」





 ・・・そして、最も恥ずべき事も。


「俺は、その忍者の事が好きで・・・多分、君をあの子に見立てているのかもしれない・・・ごめん、本当に。」


 初デートで話す事じゃない。いや、こんなの、墓場まで持って行くような事だ。

 本来、こんな簡単に心を許すなんて事はしないのに。

 俺にとって、彼女はやっぱり特別なのか?


「え?何を謝って・・・?」


「いや、だから、その・・・。」


「よくわかんないですけど、先輩が面倒くさい人なのはわかりました。」


 にやにや。いや、にたにたと見つめてくる彼女は、俺の心の闇などものともしないようだ。

 歪みを受容する彼女が頼もしく思える。だから、甘えてしまった。





「それでも・・・俺と居てくれ。じゃないと俺は。」


「断るわけないじゃないですか。先輩、スッキリしました?」


 右手から伝わる圧力が、彼女の優しさ。

 きっと、彼女の無意識。なぜかって、痛いくらいにきついから。

 手を繋いでいる事自体を忘れるなんて。

 クールな振る舞いとは裏腹に、どれだけ心配してくれているのか。


 その優しさに答えなければな。精一杯強がろう。


「おかげさまで。さあ、日が落ちる前に行こう!」

 立ち上がり、先程同様手を引っ張って行く。今度は恋心を隠すために。
















「や・・・やっと登り切った。」


 脚の痛みと、肺の悲鳴。

 登り切った先には、憩いの場が広がっていた。

 どうせならベンチなんかじゃなくここでゆっくりしたかったな。


「えっと、こっちです。」

 まだ歩くのか、という言葉を飲み込み、彼女に足並みを合わせる。





 草むらに入っていき、道無き道を歩いて行くと、高所恐怖症であれば絶対に近寄りたくないであろう、落ちたら死ぬ高さの崖があった。

 そして広がるパノラマ。夕日に照らされる町。人々がかなり小さく見える。

 華佗の診療所は・・・どこだろうか。





「あの・・・どうですか?」

 声に振り向くと、不安そうに胸に手を当てる彼女。


「来て良かった。華佗、連れてきてくれてありがとう。」


「うう、はい。」


 俯く彼女の頬は赤い。その色はきっと、夕日のせいではない。

 愛らしさに、思わず腰から崩れ去ってしまいそうになる。


 だから、確かめたくなった。確かめて死ぬ方を選ぶ。

 その方が怖くないから。





「あ、あのさ、俺の事、どう思ってる?」


「え・・・あ。」


 何を言わせようとしているんだ。

 ここは、俺から言わなきゃ駄目だろう、馬鹿。


「俺は・・・・俺は・・・・、華佗が必要だ。だから、君を置いてこの町を出るつもりは無い・・・だから、さ、あの・・・。」


 情けないことに、言い切る前に自分が大それた事を口走っていると気づいてしまい、口ごもる。


 ともあれ、出会ってまだ一日も経っていないだとか、そんなのは些末な事だった。

 少なくとも今の俺には、彼女を失うという選択肢は存在しないのだから。





「私は戦闘向きじゃありませんし、お役に立てないかもしれませんよ。」


 何を言っているのか。そんな実利的なモノを恋人の必須条件に上げるような変人に見えているのだろうか。 ・・・いや、確かに変人なのは認めるけど。


「それの、何が問題なんだ?」


「え?」

 心底意外だったのか、まさに鳩が豆鉄砲を食らったように、きょとんと目と口を空けた。


「いや、だから、役に立つとかはどうでもいいんだよ。」


「えっと、じゃあ、なんで私が必要なんですか?」


 デリカシーの無い女。

 それを言語化する無粋を為せ、と言うのか・・・まあ、華佗が望むならするけど。





「そ、それは・・・君が優しくて、繊細で、俺がいないと不幸で・・・その・・・可愛いから・・・好きだから・・・もう、さっきからそう言ってるだろ!馬鹿!」


 何を怒っているのか、俺は。

 そうだ、こんな大事なことを、自信なさげに言っている自分に腹が立つのだ。


「私が・・・医者じゃなくても、ですか?」


「だから、さっきから何の話してるのさ!」


「う、怒らないでください。」

 

「あ・・・ごめん。でも、俺は君と恋人になりたいって言ってるんだ。断るんだったら、はぐらかさないでよ・・・。」

 心が溢れ、涙をこぼしそうになるが、必死で耐える。 


「・・・あ、先輩って・・・ふふ。」

 口を手で隠し、心底嬉しそうに笑う彼女に不思議と違和感は無く。


「な、なんだよ・・・怒った事は、ごめん。」

 ついにクールダウンしてしまった。もう・・・駄目か。きっと、彼女は俺なんか・・・。





「いえ、大丈夫です。私、付いていきます、きっとどこまでも。」




 あまりの驚きに呼吸の仕方を忘れた。むせそうな喉を堪えて、排気と吸気を一歩一歩確かめる。


 ・・・何の心変わりだろう。彼女の心中は、完全に理解不能である。


「こんなに人に好かれたの、初めてです。たぶん私、先輩みたいな変な人を待っていたんだと思います。」


「変な・・・人?」

 悪い気はしない。


「それに、私、そんなに可愛くないですよ。」

 そう言っている仕草の可愛らしさは、無意識が成した偶然なのだろうか。


「そんなわけあるか。俺の趣味に文句を付ける気かよ。」


「趣味・・・あはは。私、本当にどうしたらいいんですかね。あははは!」

 何が面白いのか、不気味なくらい笑っている。

 仲間外れにされたみたいでむっとする。





「あははは、ご、ごめんなさい。私、女の子だったんですよね。ふふ、そうですよね!」

 当然の事を言って喜ぶ彼女。

 若干狂っているのではないか、などと思ってしまう。

「あ、ああ。というより、それ以外の何者でも無いと思うけど。」


「ふぅ・・・はいはい。じゃあ、これからよろしくお願いしますね、先輩。」


 その一言で、やっと告白の成功を実感できた。

 無論、崖から落ちそうな程驚喜した。

 















 沈みゆく赤に照らされて、俺たちは来た道を戻っていた。


 階段は下るのもきつい。特に膝が破壊されていく。

 ああ、きつい。あのベンチでもう一回休もう。

 と、横を見ると、洞窟のような穴があった。

 気になって、脚を止める。





「あ、なんですか?」


「これ、何かわかる?」

 指を指す。


「ああ、忘却のなんちゃら、みたいな名前の洞窟です。」


「アルツハイマー的な?」

 疲れが俺に適当な発言をさせる。


「ある・・・?あの、中に魔物が住んでいるので、あまり入らない方がいいですよ。」

 ふーん。どうでもいいや。違う話題っと。





「わかった。ところで、晩ご飯はどうする?」


「何が食べたいんですか?」


「麺類。パスタがいいな。」

 即答できるのは準備の賜物。優柔不断な所は見せたくない。

 心配性な俺はこんな事まで準備万端なのだ。


「ラーメンが名物なんですけどね、この町。」

 三国志風の名前といい、いろいろ中華なんだな、この町。


「ああ、それでもいいけど、作れるの?」


「ふふ、作れないものはありませんよ。」


 言い切った。これまでの言動から類推すると、無理にでも謙遜しそうなものだが。


「なんでそんなに万能なんだ?」


「万能、ですか?えっと、分析術、ですかね。」





 分析術。俺も使える数少ない魔術の一つ。


 人や物の構造と魔術構造を文字通り"分析"し、理解する術。

 一見実利的な魔術ではないが、毒魔術とのシナジーを期待して会得した。


 白兵戦において使いどころは少ないのは想像に難くないだろう。

 が、暗殺における使用頻度は少なくない。 

 殺害対象を分析する時間さえ確保できたなら、効くところ、ウィークポイントを見つけることができるからだ。

 上手くそこに毒を注入することで即時抹殺でき、安全に任務をこなせる。





「あんなに美味しいご飯が作れるなんて。今度そのすごい分析術を教えてもらいたいな。」


「いいですよ。私の取り柄ですから。自信あります。」


 どや顔をされた。

 ああ・・・普段は謙遜しいなくせに、料理とか医療とか、分析を使うものには自信過剰なのか。かわいい。


「でも、難しくないか、あれ。よく出来るな。」

 

 未だに苦手意識は抜けない。

 勉強していてわかったが、たくさんある魔術の分野の中でも、分析はダントツに難しい。

 その上、性格的にも向いていない。分析術は職人的な性質を持っている。要は効率や打算を無視した無限の努力が成せる技なのだ。


 また、学習環境も独学者に厳しい。

 大学で魔術を研究する者には必須らしいので、参考書はある程度充実している。

 しかし、その実、大学教員の書くそれは無駄に難解で、初学者に読破できるものではなかった。

 かといって、大学関係者以外だと怪しい知識の本しか無い。





 それでも身につけた・・・生きるために。

 苦手なものはやっぱり苦手だけれど、得るものはあった。

 それは、どんなに自分を偽って自己暗示をかけても、結局は逃げられないということ。

 自分は誤魔化せないという気づきだ。



 ・・・だから、俺は"諦観"したのだ。





「え、そうなんですか。だいたいこれしかできないですよ、私。」

 華佗は分析術特化型の魔術師なのか。もし王都に産まれたら良い研究者になっただろうに。


「名付けて、"分析魔術師"だな。」


「・・・、なんかじめじめしてて嫌ですね、それ。」

 確かに。風呂にも入らず研究所にこもってそうな、そんなイメージだ。やめておこう。
















 家に着き、彼女の手料理に舌鼓を打つと、あっという間に眠気が。

 運動した日のサンドマンは勤勉すぎる。


「眠くなっちゃいましたか?」


「うん。ベッドはどれを使えばいい?一緒に寝よう。」

 眠気で意識が混濁し、言いたいことが言える。

 普段飲酒しないのでわからないが、酩酊状態とはこんな感じなのだろうか。





「え・・・それは、どういう?」


「だめ?」


「う・・・もう、仕方ない人ですね。わかりました。一緒に寝てあげます。」

 ちょろい。もしかして尻軽の気があるのではないか、などとひどいことを考えてしまう。




 

 そして「ちょっと待っててください。」という台詞と共に、ダイニング・・・つまり彼女の部屋から追い出された。 


「もういいですよ。」

 中から響く声。金属のノブを回し、ドアを押して入る。

 ベッドがメイキングされていた。だが、驚いたのはそこじゃない。


「ん?どうしました?」

 パジャマの華佗。可愛い。

 ライトブルー地にインディゴブルーの水玉模様。

 髪色と相まって、まさに彼女の為にテーラーメイドされたかのように似合っていた。


「パジャマ、いいね。」


「あ、そうですか?普通だと思いますけど。」

 普通・・・だと?この世のどこにそんな普通があるのだろう。

 きっと目の前の賢い愚か者の頭の中だけだろう。





「それはそうと、もう寝ます。」

 彼女は布団の中にサッと入った。


 言い出したのは自分。だが、実際に寝ている彼女を見ると、怖じ気づいてしまう。

 ・・・ベッドに入ったとして、俺は一睡でも出来るのか。いや、無理だろう。





 ・・・勇気が出ない。そんな緊張が伝播したのか、華佗も口を布団に隠し、俺を見つめてそわそわ。


「は、はやく・・・恥ずかしいです。」

 

 布団に遮られた声は震えていた。

 ごくり、と生唾を飲む。

 覚悟を決めるか・・・寝不足上等。


 彼女の青い視線に捉えられながら、俺はかけ布団を手にとり、勢いよく身体を潜らせた。


「よし・・・って。」

 顔が近い!目が大きい!そして、布団の、いや、彼女の体温が・・・暖かい。


「み、見つめないでっ。」

 

 言われてとっさに目を閉じ伏せる。

 視界が暗くなったからか、彼女のミントのような爽やかな香りが強調され、俺はますます緊張した。


「ご、ごめん。さ、さあ、寝よう。」


「うう・・・おやすみなさい。」


 ああ・・・聴覚が、触覚以上に彼女の存在を知らせてくれる。

 問題は呼吸音だ。

 小さな彼女の身体に見合った、細い音。吐息に混じる呻きは、性行為時のそれを想起せざるを得ない。





 予想通り、こんなにも疲れているのに全く眠くならない。

 ・・・今日のサンドマンは有給休暇でも取っているのだろうか。

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