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第1話 諦観の毒魔術師

 あれからどこまで、どれくらい歩いたのだろう。

 景色は、ただただ豊かな緑が続いていた。あいにく、天気もずっと晴れだ。

 

 これだけ変化が無いと、時間はいつも通り進んでいるのか不安になる。

 後方を見て、歩いてきた距離を精神安定剤にする事も叶わない。

 

 だからせめて、気を紛らわす為に自分の眼球を勤勉に動かしている。

 少し遠くに似たような木々、さらに視点を上げると、白い雲を山頂で突き破るほどの高い山々が小さく見える。


「世界は広いな。」


 呟く。そしてフラッシュバック。暖かい思い出は、何度俺の心を抉れば気が済むのだろう。





















「じゃあ、毒魔さんの世界は小さかったんですか?」


 目を燦々と輝かせる僧服の彼女は、その保守的な装いとは対照的に、荒唐無稽な話を好む。


「うーん、そうとも言えないんじゃないかな。大きさっていうのは相対的なモノだからさ。」


「もう、勿体ぶらないでさっさと答えなさいよ。」


 せっかちな剣士。彼女は勇者を自称している。

 本人曰く、「槍も斧も使えるし、勇気百倍!」だそうだ。


「うう、あう。」

 無意味なうめきを上げてしまう。病的な心配性の俺は、こういう予想外の突っ込みに弱い。

 言葉を失っている俺を見かねたのか、忍者が「あっ」と口を開けた。


「建物が大きい?」

 忍者が囁くような小さいボリュームで言葉を紡ぐ。

 彼女が話し始めようとすると、一斉に聞き耳を立てる。これは俺たちとっての日常風景だ。


「そ、そう。それ。建物が大きくて、空も山も小さく見えるんだ。」


 懸命に説明する。こんなふうに集中している時、彼女達はどんな表情をして、どんな動きをしていたんだろう。全く記憶に無い。

 自分の話に夢中で、見れていなかったのだろうな。俺の脳のワーキングメモリーが少ないのが原因だ。

 今思えば、自分の話より、彼女達の話や表情をもっと覚えておくべきだったと後悔する。

 そうすれば、今でも一緒に居れたのかな、なんて。





















 妄想から現実に戻ると、赤の世界が待っていた。

 夕暮れはいつだって気分を落ち込ませるので嫌いだ。

 今日も、当てもなくひたすら歩いた。彼女達の妄想に心を殺される一日がようやく終わる。

 夜に行動するのは危険なので、今日はここで野営だ。

 太陽が完全に沈む前に国から貰った魔術テントで設営し、脚の疲れを頼りに長めの睡眠を取ろう。


 魔術テントに魔力を通すと、がばっと、布が翻る音がした。そして一瞬にしてテントが設置された。

 

 テントに入ると、子供の頃、両親がよくキャンプに連れて行ってくれた事をふと思い出した。別段楽しかった訳では無いが、外で焼いた肉や野菜は不思議な程美味しかったな。

 などと思いつつ、広いテントの中で一人、干し肉に噛みつく。塩気が強く、粗雑な味だが、今はありがたい。暖かい食事はフラッシュバックの呼び水となるからだ。次こそ完全に心を壊されてしまう気がする。




 味の濃い、味気ない夕飯を終え、1人で眠るには大きすぎるベッドに入る。目を瞑ると、シーンという静寂の爆音が耳をつんざく。


 さて、これからどうしようか。毎夜考えるが、未だ答えは出ない。

 また自殺したら、転生できるのかな。次は、どんな過酷な世界なんだろう。


 なあ、君達の居ない世界なんて、何の価値があるんだ。

 君達の居ない俺に、何の意味があるんだ。


 目が覚めて、世界が終わっていても、もう何の感情も湧かないのだろう。


 この人生に何の未練も無い。ただ死んでいないから続いているだけ。

 これじゃあ、転生前と一緒じゃないか?

 それはそうだ。だって、馬鹿は死んでも治らないのだから。



 


















 どんどん、どんどん。壁を叩く音。

 目は開かない。寝起きはいつもそうだ。

 

 どんどん、どんどん。これは壁じゃなく、魔術テントの扉を叩く音。


 どんどん、どんどん。機械的に、同じリズムで鳴らされるノック。

 そろそろ、来客対応しないと失礼に当たるか。




 目を開け、テントの白と赤の天井が視界に入ってきた。どういう仕組みかは知らないが、天井は遮光カーテンよりも遮光できているので、朝なのか夜なのか全く判別が付かない。


 毎日のウォーキングで軋む身体に鞭を打ち、出口までふらふらと歩き、取っ手を回す。

 ガチャリ。意を決してドアを押し開けると、外はまだ黒に包まれていた。そして、客人らしき影も見当たらなかった。

 なぜ、誰もいない?ああ、心配だ。危険を感じた俺は勢い良くノブを引っ張り、扉を閉める。




 なんだ、なんなんだ。いや違う。意味を考えるんじゃなく、ここは冷静に生き残る方法を考え、自らの安全を確保しよう。


 さて、テントには、この状況を打破するうってつけの機能がある。それは、"瞬間折りたたみ"。文字通り、瞬間的にテントを持ち運びサイズにできる。


 常識的に考えて、来客者がこの機能を知っている可能性は低い。

 まあ、数ヶ月しか過ごしていないので、本当に異世界の常識が身についているかは疑問だが。

 ともかく、魔術テントが市販されている店はおろか、そもそも魔術を使った道具というもの自体があまり流通していない。

 希に店頭にマジックアイテムが並んでいるのを見たことがあるが、高価な割に、大した能力も無く、耐久性も低い。要は実用に耐えないものしか無かった。


 つまり、この世界において非常識だからこそ、相手の裏をかくのにはテントが適任だということだ。


 やり方は簡単で、内部から魔力を通すだけ。

 そして、外に出た瞬間に周囲を確認し、突然の事に慌てふためく来客者に先んじて状況を把握する。

 これでかなり有利になるだろう。孫子を引用するまでもなく、情報は力なり、だ。 

 

 戦術は先手必勝。もし亜人とか、少しでも怪しそうな奴だったら排除してやるぞ。ああ、差別主義者と呼べば良いさ。でも俺は俺の命の方が大事だ。差別万歳。




 目を閉じ、右手から白い床に魔力を通す。テントが軋み、設営した時と同じく、布が翻る音と共に、宵闇が姿を表した。


 身体ごと振り向き、周囲を確認。

 ああ、嫌な予想って当たるんだな。

 3人のオーク、つまりでかい亜人が、腰に野蛮な棍棒と斧を携えて立っていた。


「貴様ら、こんな夜更けに何用だ!」

 恐怖心をかき消すために、なるべく大きな声で話しかけた。弱い犬ほど吠える。


 真ん中の亜人が口を開く。

「俺たちは、魔王様のしもべ。お前を連れてくるよう申しつかった。手荒なまねをするつもりは無い。同行お願いいたします。」


 ずいぶん丁寧な口調だ。声も綺麗なバリトンボイス。だが、そうやって油断させる気なのだろう。


 俺は体内の魔術様式に魔力を通し、密かに毒の術式を描いた。これで、身体に触れた瞬間に即死するほどの毒を注いでやれる。


「魔術・・・手荒なまねはしたくなかったんだがな。」

 各々腰や背中に携えた武器を取る。だが、奴らがそれを振るう瞬間でなければ、俺も攻撃できない。


 じりじりとすり足で距離を詰める3つの巨体。その大きな斧が俺の首筋に命中するまで、まだ5歩分の距離がある。

 もどかしいな。何をすべきかわかっていても、恐怖で心が震える。




 毒魔術の弱点は、レンジだ。相手に触れて毒を注ぐか、毒を注いだモノを相手の体内に入れるかしなければ、相手を無力化させる程の威力が出ない。

 だから、魔術師のくせに、白兵戦においてはクロスレンジがメインだ。つまり、危険を冒して息のかかる距離まで近づかなければいけない。


 だが、これ以外の術は実戦に堪えない熟練度なのだから、俺に他の戦い方を選ぶ権利は無い。

 たとえ卑怯、汚いと言われても、これしか無いんだ。




 両手を上げる。そして、顔に恐怖を浮かべる。

「わ、悪かったよ。すまんすまん。怖くて、やっちゃっただけなんだ。ほ、ほら、今すぐやめるから。降参!」


 魔力の流れを止めると、亜人達は、武器を戻し、何の疑いも無く近づいてきた。


「よし、話のわかる男でよかった。申し訳ないが、先は長い。ご足労願う事になる。」


 営業マンじみた対応から考えるに、こいつは魔王軍の窓口なのだろうか。


「ああ、失礼な行いを許していただけるのですね。ありがたい。ところで、どちらに?」


「魔王城だ。」


 魔王城、だって?耳を疑う。

 いや、確かに魔王城と奴は言った。

 まがりなりにも魔王討伐隊の一員だった俺は、きっと拷問されて殺されるだろう。

 絶対に行きたくねぇ!


「あ、ああ、こ、こ、光栄、でしゅ。」


 まずい、平静を保てない。身体の震えが止まらない。視界ですら定まらない。

 こんな時には・・・とりあえず当初の計画通りにしよう!そうだ、それしかない。


 俺は隠密術式を発動させ、魔術行使を隠蔽した。次いで毒術式を発動させる。

 ここまで完璧な隠蔽魔術を見たことが無いのか、亜人共は全く気づいていない。

 

「ははは、心配しないでいただきたい。取って食うわけではないのだから。」


「は、はは、ですよね。あの、ちょっと脚が痛いので、手を繋いでもらっていいですか?」

 そう言い、亜人の大きな手の平をつかみ、毒を注ぐ。


「おっとっと。」

 バランスを崩すふりをして、他の二人にも触れ、同じく毒を注ぐ。




 俺は勝利を確信し、心の中でガッツポーズをした。 

 これが、暗殺家業時代からの必勝法だ。


 毒は、一旦体内に入ると、一定時間残留する。

 残留した毒は、離れた場所からも発動させることができ、対象を苦しめる事ができる。

 普通であれば、毒は身体を巡る魔力の流れに乗せられ、自然排出されてしまう儚い存在だ。

 

 だが、俺は"毒魔術師"なんだ。


 第一の能力、"不滅の毒"。

 毒魔術師と自称する所以はここにある。


 俺の特異性は、あまりにも長い残留時間にある。

 実際に試したことは無いが、解毒術を使わない限り、恐らく永久に毒が逓減しない。まさに不滅。


 つまり、俺は奴らの首に死の首輪を付けてやったのだ。いざとなれば、奴らの体内にある毒を発動させてやる。

 奴らの生殺与奪権は、いまや完全に俺の手の中にあるという事だ。ああ、やっと安心できた。




「おお、これは申し訳ない。もっと配慮すべきでしたね。ここで一旦休憩していきますか。」

 なんて紳士なんだ、この亜人。ちょっと罪悪感を抱いてしまうじゃないか。


「いえ、行きましょう。魔王様にお会いできるなんて、光栄の極みですから、お待たせするわけにはいきません。」

 最大限のおべんちゃらを述べる。


「そう言っていただけるとありがたい。守りはお任せください。いかなモンスターが現れようとも、我々が命を賭して戦いますゆえ。」


 その誠実な振る舞いは、侍じみた、と表現されるべきものか。

 ともかく、その礼儀正しさも相まって、連中が山賊海賊の類いでない事はよくわかった。

 もしかして、魔王の軍というのは、世間で言われているほどひどい集団では無いのかもしれない、と勘違いしてしまいそうになる。

 

 まあ、いずれにしても、俺は奴らに不倶戴天の敵とみなされているだろうから、魔王城での寛容な処罰など、基本的には期待すべきではないだろう。一抹の希望はこの紳士的な亜人から得られたけれども。




 さて、魔王城までおとなしく連行されるか、それともその辺で亜人を殺して逃げるか。

 判断する為にも、歩きながら情報を聞き出そう。


 ・・・と、歩き出すと、不思議と足取りが軽い。

 俺は馬鹿なのか、それとも・・・一人旅で病んでいた頃よりはマシだって、感じているのか?

 心が躍っている自分に驚く。はは、唯一の仲間さえ奪ったこのひどい性格が、まさかこんなショック療法で改善するとはな。皮肉なものだ。


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