プロローグ
「こ、この冷血人間!毎日言ってくれた、あの愛の言葉も全部?全部嘘だったの!?」
真昼。
陽光鮮やかな大草原で、俺を囲む女性達3人は地に膝を付けている。
怒りを露わにする剣士。隣には静かに涙を浮かべる僧侶。
そして一番長い付き合い、忍者はいつも通りのポーカーフェイスで、じっと俺を見つめている。
「君たち、少しは自分を省みるという事をしたらいい。」
ふっ、と冷笑してしまう。さあ、言葉を続けよう。
なぜなら、俺の勝利は確定しているのだから。
「その醜悪さを認識しても尚、正気を保っていられるかは保証出来ないが。」
3人は、立ち上がれなかった。今にも草原に這いつくばらんとする身体を、意識を失いそうな頭を、気力で必死で支えている。
「な、なんで・・・こんなに、毒の回りが早いの?」
涙も涸れたのか、僧侶が首をあげて、問うた。
焦点の合わない瞳で見つめられる。乱れた金色の長髪を気にもせず一心に。
ああ、その忍耐の姿は、まさに聖職者だ。神々しい。
だがそんなもの、問うたところで意味は無い。どうせ死にゆく身なのだから。
まあ、せめて解は与えてやろう。それが、手向けの花代わりだ。裏切り者共にはお似合いの花だろう。
「君達二人は知らないよな。」
忍者だけは、暗殺家業をやっていた頃の俺を知っている。俺の"殺し方"を。
異世界に転生してから、俺は困窮した。
背に腹は代えられず、倫理的にも身の安全的にも問題がある暗殺業に手を染めた。その報酬の高さたるや、少なくとも、向こう10年の生活費は心配しなくても良くなった。
だが、それだけではない。適性があった。俺の"気質"が、優秀な暗殺者たらしめたのだ。
仕事の連絡は止まず、とうとう国の仕事である魔王討伐を、俺を含めたこの4人で担う事になり、今に至る。まさか、全員魔王の部下だったとはな。
「君達の身体の構造、魔術様式を把握しただけの事だ。猟師たちが見事に動物を捌くのも、構造を良く理解しているからだろう?」
「あなたは、最初から私たちを殺す気だったの!?」
剣士の怒号に話の腰を折られる。彼女は、その真っ赤な髪色に違わず、情熱的だ。唾が飛ぶ勢いで一言言う奴だ。そんな一心不乱な彼女を、とても愛しいと思っていた。
「剣士、俺は君を愛していた。だから、そんな誤解は悲しい。殺す気が無くても、俺たちはお互いの事を良く知っているだろう。ただ、それだけだ。」
「じゃあなんで・・・ぐすっ、あたしに毒を?」
ああ、泣かせてしまった。俺にとって彼女は希望。輝いていて欲しい、今日の太陽のように。
出会った時から彼女達に仕込んでいた毒。別に信頼していなかったわけではない。心の底から仲間だと思っていたさ。ただ、予防線を張らずにはいられないほど、俺がひどく心配性なだけで。
だから、そろそろ取り除くつもりだった。絶対の信頼をもう少しでできそうだったから。
でも、残念ながら、心配性の俺が正しかった。いざという時は、来てしまったのだ。
「それが、彼の、彼そのものだから。」
忍者が、その表情と同じくらい、無感情な声で呟く。
他の二人と違い、黒髪のお団子頭は、普段通り整っている。
彼女はあまりにも、何もかもが平静すぎて、実は俺の毒魔術が効いていないのではないかと心配になるくらいだ。
心配だ。ああ、心配だ。もし効いていなかったらどうしよう。
近接戦は言うに及ばず、距離をとっても、クナイの投擲に耐えられる自信が無い。
そもそも、俺は魔術師とは言っても、毒専門なのだ。そして、毒はじわじわ効くものだ。
まあ、だからこそ最も怖いのだが、こと白兵戦においては全く役に立たない。
「なんで彼は不安な顔を?」
僧侶が再び問う、今度は忍者に向けて。
「げほっ!・・・はあ、はあ・・・私が立ち上がったらどうしようって、心配だから、でしょ。」
血反吐を吐いてまで会話をしなくてもいいのに。
キュートな紺色の忍服が赤く染まって台無しじゃないか。
でも、そのおかげで毒が効いてるって、安心できた。
「その通りだ。俺は何もかも心配で、狂いそうだよ。」
中でも、気づかないうちに殺されてしまう"毒殺"は、あらゆる殺し方の中で最も恐ろしく、俺の心配を喚起する。
それは、異世界転生前からそうだ。目を離した隙に、俺のコップに誰かが何か入れていないか、という不安に、何度も心が崩れそうになった。
結局、その陰謀論めいた妄想は、年を重ねるごとに悪化していった。
ついには、引きこもるしかなくなった俺は、死の恐怖から逃れる為に、皮肉にも毒を飲んで自殺した。
だから、俺が毒専門の魔術師になったのは必然に違いない。
過去の事を思い返したからだろうか。感情が、抑えたいのに、溢れてしまう。
頬を伝う涙は、いつだって言うことを聞いてくれない。
「泣いて、るの?」
剣士は、泣きはらした声で俺に近づこうとする。
腕で地を抉り、脚をずるずると引きずって、鎧をかちゃかちゃと鳴らせて。
俺を・・・慰めようとしているのか?
なんだって、そんな事をするんだ。俺が泣いていたって、もう君には関係が無いことなのに。
「ああ、当たり前だろ。」
当たり前に決まっているだろう。君の作った料理を、何の疑いも無く食べている俺を見ただろ。
生前は、母の料理ですら信用しなかった俺。
でも、君達から貰った物だったら、たとえ雑草だって口に入れた。
こんな初心な気持ちは恥ずかしくて、今でも秘密にしているけれど、本心なんだ。
・・・ああ、もう限界だ!
こんな純粋な愛を、真っ向から裏切ってきた奴らに、怒りを抑える事なんてできない!
「なぜ、なぜ魔王の味方をする?俺は、君達の事を本当の、本当の仲間だと・・・家族だと思っていた!」
3人が、目を伏せる。反応すらしてくれないのか。
もういい加減愛想も尽きた。
「なんで、なんで俺だけ仲間外れにされるんだ!」
静寂。誰も、何も、俺に情報を与えようとしない。
「俺だって人間なんだ!!!裏切られれば悲しい!お前らだけはそれを、わかっていたんじゃないか!!!!!」
もう、まともじゃいられない。せっかく格好つけて、冷静に振る舞っていたのだがな。
とても前後不覚で、もう、どうだっていいやって、なった。
そして俺は、彼女達の体内を巡る毒を、その効果を発現させた。
「がはっ・・・ああああ!」
それは誰の声だったか。
各々、個性に溢れる断末魔を上げ、四肢を踊らせた。
そして、皆同じく、泡を吹いて絶命した。
俺の毒は即効性がある。
これも、俺の病的な心配性の産物だ。
自分が毒を誤飲した時の為に、解毒術を学んでいたのがきっかけとなった。
俺は術を使いこなし、毒をどう避けどう受けるべきか、完全に理解した。
当然、毒による効率的な殺人術も身に付いた。
なぜなら、それらは表裏一体だから。
人を生かそうとする医者が、必ず人の死を考える事になるのと同じ。
そんな、どうでもいいことを考えるのはなぜなのだろうな。
ああ、さみしいな。また、ひとりぼっちだ。
人影無き草原に一人、立ち尽くす。
きっと、国に帰ったら、仲間殺しとして投獄される。
一方で、魔王を一人で倒せるわけもない。
進むも地獄、戻るも地獄。
いったい俺はどうすればいいんだ。
途方に暮れる俺を、夜の闇が包む。
月の光だけが、優しく照らしてくれた。