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62・私は間違っていない


(クソッ!エグルの奴!何処行きやがった!)


ミランは苛立ちと焦りに包まれながら、上空を飛び回り、二人の行方を捜す。

頭はちょっと足りないが、本気を出せばエグルの方が攻撃力も飛行スピードも体力も、全て自分を上回るのだ。


全ては、仲間を呼んだと聞いて焦り過ぎた、己の失策だった。


(それにしても、あの力は…)


少女がエグルの目を見ながら話しかけた。

その瞬間、エグルの目がトロンとなり、我に返った時には既に少女の言いなりだった。


”人間”には不思議な力があると聞いた事があったが、あれがその特殊能力なのだろうか。

だとしたら、多少厄介な事になる。


少女の事は成り上がる為にどうしても欲しいが、先程のエグルの様に操られていいように使われるのはごめんだった。


まぁ良い。

卵を産ませるのに、少女の意識がある必要は無い。

勿論それなりに反応があった方が楽しいだろうが、薬でも盛って眠っている間に身体を手に入れれば良いだけの話だ。


少女とエグル。後から来るらしい仲間達。

このどちらかを先に見つける事が出来れば、自分の勝ちだ。


ミランは薄ら笑いを浮かべながら、一際強く己の翼をはためかせた。



********



「クレス君、無事に脱皮が出来て良かったわ!それにしても、格好良くなったわねー…」

「はぁ、どうも…」


手を叩いて感心する美琴に、脱皮を終え、成虫になったクレスが恥ずかしそうに首を竦める。


――小さな少年は、今やフォイアーに匹敵する程の長身と茶色く光る翅と硬皮を持つ、精悍な顔立ちの青年に姿を変えていた。


痛がる声が止んだかと思うと、やっと終わった…と呟きながら岩陰から出て来たクレス。

それを見たカイザーとフォイアーは二人して唖然とした表情になっていた。


「うんうん、良いじゃないクレス!姉としても誇らしい位にカッコいいよ!これならリッカも意識してくれちゃうかもよー?」

「止めろよ姉さん…そういう事言うの…」

「えー?だってアンタ、初恋ってリッカでしょ?それに多分、リッカにアプローチしてる男共の中ではアンタが断トツでまともよ?姉さん応援してあげるから」

「アタシも応援する」

「ジーンまで…止めてくれよ、もう…」


長身を丸めながら、居心地悪そうにしているクレスの姿に、羽付き二人は顔を青褪めさせていた。

正直、男の目から見てもかなり整った顔に見える。


女王も姫も、姫の連れている蜂人の少女2人も、感心した様な顔でクレスを見つめていた。


「うぅ…何だよアイツ…どうしよう、カイザー…。リッカが盗られちゃう…」

「盗らせなければ良い。チッ…!やはり少年は置いて来るべきだったな」

「早くリッカに会いたい…」

「オレもだ」


――コソコソと話している内、二人の耳に何かの音が聞こえて来た。

風に混じった、重たい羽ばたきの音。


上空を見上げると、大きな翼の影が見える。距離はまだ遠い。


「クーゲル!女王を守れ!フォイアーは武器を出しておけ!鳥人だ!」


カイザーの号令と同時に、クーゲル・アルメー・シュバルツの3名は武器を展開した後に女王の周囲を囲み、蜂人達は槍を取り出し姫を守る。


「二人組、と言う話だったよな。上に居るのは一人か?姉さん、アイツ等とは別の鳥人?」

「待って、見て来る」


このメンバーの中では唯一、ミランとエグルを目の当たりにしたヘラが空に飛び上がって行く。


「奈々に十吾じゅうご、ヘラを護衛してあげて」

美琴は二人の子供にヘラの護衛を命じた。


「わかりました、お母さん」

永斗えいとりゅう十壱じゅういちごうあん、お母様をお願い」


――飛び立って行くヘラと蜂人の男女二人。


カイザーはチラリと後ろを見た。女王は3人に守られている。

これなら、少し側を離れても大丈夫かもしれない。


次にフォイアーを見た。大男は巨大な武器を手にしたまま、不安そうな顔を向けてくる。

小さく息を吐き、再度女王に顔を向けた。


真っすぐに、こちらを見つめている女王と目が合う。

そのまま見つめ返していると、女王がそっと頷いた。それを見てカイザーも頷き返す。


「…フォイアー、上に居る鳥人が例の二人組の一人なら、捕まえてリッカの行方を吐かせる。ヘラの後を追おう。近くに行くぞ」

「い、いいの…?」


「どうぞ。女王は我々がお守りしますから、あなた方はお好きな様に」


呆れた様な声音と苦笑で促してくるクーゲルに、片手をあげて応えながら、カイザーとフォイアーはヘラの後を追う為に背の翅を広げた。



********



理世はエグルの腕の中から、そっと下を見下ろした。

かなり低い位置を飛んで貰っている為、木々の合間の通り道も良く見える。


(ん…?)


その通り道に、人影が見える。それも複数。

そう言えば、インセクタの街で天道夫人が”蝉人の作業員が”とか言ってたっけ。

彼らが居なくなった代わりの作業員さん達だろうか。


どうしよう。叫んで助けて貰う?

でも、仲間が襲われたばかりなのに鳥人に立ち向かってくれるだろうか。

だけど今はエグルしかいない。何とかなる?


ううん、やっぱり駄目。

エグルの戦闘力とかわからないもの。最悪、一人で全滅させられるかもしれないし。


じゃあやっぱりこうするしかない。

理世はエグルの顎の下を、人差し指でちょんちょんと突っついた。


「お、おい止めろよ。くすぐったいだろ?どうした?」

「エグル、あのね…?理世、疲れちゃった…。少し降ろしてくれない?」

「おぉ、良いぜ。じゃあどっか岩場でも探して…」


――空中でキョロキョロとするエグルの背後に、何気なく目をやった理世の表情が凍り付いた。

眼前に迫りくる、太く鋭い爪。


「エグル!後ろ!」

「何だいきなり…っ!?うぁ…っ!」


エグルの身体がビクリと震え、理世を抱く腕から一気に力が抜けて行く。


「あ…」


エグル、と言いかけた理世の口が背後から伸びて来た大きな手に塞がれる。

そのまま後ろに強く引き寄せられ、今度は別の誰かの腕の中に閉じ込められた。


苦悶の表情のエグルが、理世に向かって手を伸ばす。

理世を抱き締める人物は舌打ちをすると、エグルを長い足を伸ばして蹴り飛ばした。


悲鳴を上げようにも口を塞がれていて、理世にはどうする事も出来ない。


「…ダンナ様の目の前で、他の男の名前を呼ぶんじゃねぇよ」


そう耳元でねっとりと囁かれる声に、理世は肌を粟立てた。

ミラン。追いついて来たんだ。


「こんな低い位置を飛んでるとは予想外だったな。まぁお陰で他の連中を出し抜けた。あいつ等は上の方に居たからな」

「ちょっ…!離してよ!信じらんない、仲間を攻撃するなんて!」

「別に仲間じゃねぇよ。つるんでると色々都合が良かっただけだ」


ミランは暴れる理世を難なく押さえ込み、翼を大きくはためかせる。


「上に上がり過ぎるとマズいが風は少しだけ欲しい。仕方ない、ちょっとだけ上がるか」

「嫌!やだ、鳥の国になんて行かないから!」

「国には帰らねーよ。”巣”に良さそうな場所を見つけたからな、お前はそこで俺と一緒に暮らすんだ」

「もっと嫌!あなたなんて嫌い!」

「ハッ、何とでも言え。その内俺無しじゃいられなくしてやるよ」


ミランは劣情の籠った視線を理世に向けた。

その目を見た途端、言い知れぬ恐怖と嫌悪感が込み上げて来る。


今まで一度も、強引だった飛竜にですらこんな生々しい、下卑た眼差しを向けられた事は無かった。


――嫌だ。こんな人に、1秒でも触れていたくは無い。

でも、このままだと理世は、きっと。


…嫌。それだけは絶対に嫌!


どうにもならないって思った”前”の時は、皆の記憶を消した。

だったら今度は、理世の存在を消せば良い。


この選択も、間違ってる?

ううん。こればっかりは間違ってない。

だって、嫌なんだもの。


好きでもなんでもない人に、フォイアーとカイザー以外の人に無理矢理触れられて、それでも生きているなんて理世にはどうしても無理。


ごめんね、皆。

また、さようならになっちゃう。


お姉ちゃん。

子供達と、随分優しくなってた旦那さんと、幸せになってね。


ジーンさん。アトラスさん。ヘラにクレス。

お店、放り投げてごめんなさい。色々力になってくれたのに。

借金もそのままになっちゃった。


フォイアー。

…あの時はごめんね。

お腹の中に貴方との大事な存在があったのに。

でも理世は本当に、貴方を大切に思ってたよ。


カイザー。

もし、また何処かの世界で出会う事があったら、その時は理世の手をちゃんと掴んで欲しいな。


「…ごめんなさい」

「あ?何だ?」


理世はミランの頬を両手で挟み、その顔を覗き込んだ。

予想外の行動に戸惑い、瞳を揺らがせるミランの唇に、己の唇を押し付ける。

案外純粋だったのか、見る見るうちに顔を朱に染めるミランの両目をしっかりと見ながら理世は言葉を発した。


「ミラン。理世から手を離して。このまま地上に向かって放り投げて」


ミランはギョッとした顔になり、次いでその目をぼんやりとさせた。

だが、それでも理世から手を離さない。

ブルブルと震えながらも、理世を必死に抱き締める。


(あら、結構意思が強いのね)


ふむ、と唸った理世は人差し指と中指を、いきなりミランの口の中に突っ込んだ。

余りの事に目を白黒させるミランに、花の様な笑顔を向ける。


「フォイアーがね、これ良くやって来るの。前もってそう言う雰囲気出しといてくれれば理世だってちゃんと構えるのに、急にキスされたら普通、吃驚びっくりして唇に力入っちゃうでしょ?突然キスされていきなり深いキスには応じられないわよね。でも彼、それが気に入らないみたいで先に指突っ込んでから舌を入れて来るの」


理世はクスクスと笑いながら、ペロ、と可愛らしく舌を出してみせる。


それを直視したミランの両目が更にぼんやりして来たのを確認した所で、理世はミランに抱き着き耳元に甘く囁いた。


「ねぇミラン、我慢しないで?理世を落として良いのよ?」


駄目押しに頬にチュ、とキスを落とし瞳に力を込め、揺れるミランの両目を優しく見つめた。


――お願い。ミラン


ギリリ…と歯の鳴る音が聞こえたかと思うと、理世は自身の身体が宙に浮いたのを感じた。

理世を手放した、己の両手を驚愕の眼差しで見つめるミランが、あっという間に遠ざかって行く。


風に揉まれて舞い踊る、以前よりも随分と長くなった黒髪を暫し見つめた後、理世は微かに笑みを浮かべながら、ミランに向かってそっと手を振った。



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