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60・三つ巴


「クレス、大丈夫?」

「うん、痒いの大分落ち着いて来た、そろそろ脱皮するかも」

「アンタ、服は?」

「大丈夫!脱皮近いの分かってたし、ちゃんと伸縮自在の服着てるから。姉ちゃんもだぜ?」


得意そうに胸を張るクレスの顔を優しく見やりながら、ジーンはうん、と頷いた。


「に、してもあの天道のおばちゃんに出会ったのはラッキーだったよな」

「そうだねぇ」


――ジーンとクレスは、インセクタの中心街から外れの森へと通じる道を歩いていた。


宿から出てリッカについての情報を集めようと街の中心街へと向かい、行き交う人々に玉虫の少女を見かけなかったかと聞き込みを続けた。


このインセクタでは武装をして歩いている者は皆無だ。

実際にジーンも湾曲した刃の剣を持ち、クレスは仕事用とは異なる仕様の棘の付いたハンマーを持っている。

だが、リッカは武器を持っていない。

この街ではかなり目立つのではないかと踏んだのだ。


案の定、聞き込みをかけていた雑貨屋の目の前で天道人の中年女性に声を掛けられた。


「あら?貴女達、あの子のお知り合い?」


――そこで、その女性がリッカに声をかけ、武器を手渡した事を聞いた。

ヘラと飛竜らしき二人組が森の方に向かう姿を見かけた事も話したと言っていた。


「森か…ヴォラティルとの国境が近いから心配だよ」

「おばちゃん、言ってたもんな。何だっけ?ヤバい二人組がいるんだよな?」

「ミランとエグル、って言ってたね」


自分で呟きながら、ジーンの胸に不安が膨れ上がる。

リッカ。あの子に装着させている、今は亡き義妹の翅。

玉虫系の中でも、あの子の翅は特に美しかった。


もし、その凶暴な二人組に見つかったら。

翅はくれてやって構わない。でも、”羽無し”がバレたりしたら?

恐らく命は奪われない。その代わり、確実にヴォラティルに連れて行かれるだろう。


そして、ヘラと飛竜はきっと始末される。

翅だけを奪われて。


ジーンは大きく溜息を吐いた。

アトラスが悲しむ様な事態にはさせない。絶対に。


細い道から大通りへ抜け、森の方向に向かって急ぐジーンの足が、次第に早くなって行く。

早く、早くあの子達を助けなければ。


「ねぇ、ジーン。何か聞こえねぇ?」

「ん?何?」


クレスに言われ、ジーンは耳を澄ませる。

確かに、何か聞こえる気がする。何だろう。人の声?

しかし通りの前後を見渡しても、誰もいない。


「気のせいか。行こう、クレ…「姉ちゃん!!」


クレスの叫び声に、ジーンは何かに気付いた様に上空を見上げた。


「ジーン!クレス!」


名を呼ぶ声と共に、上からドサリと落ちて来たのは、傷だらけの飛竜と兜の少女。

少女の手足はスラリと伸び、身長が一気に高くなっていた。


「ヘラ!」

「姉ちゃん!」


ヘラはぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、それでも飛竜をしっかりと抱えていた。


「ジーン大変!ヴォラティルの連中が森にいるの!リッカが…!」

「リッカ!?リッカがどうしたの!?」

「あたし誘拐された後、森に連れてかれたの。飛竜、そこでリッカを待ち伏せするつもりだったみたいなんだけど、その時に急に変な二人組が現れて…リッカ、あたしと飛竜を逃がす為に囮になったの!」

「囮!?」

「姉ちゃん、そいつらってミランとエグル?」

「え!?何で知ってんの!?」


驚くヘラを余所に、ジーンとクレスは思わず顔を見合わせる。

マズい。嫌な予感が当たってしまった。


「…ジーン、あたしリッカの所に行くから、飛竜を病院に連れていってあげて。誘拐もされたしパパに怪我とかさせてくれたけど、奴等に襲われた時、飛竜あたしを庇ってくれたんだよ」


ジーンは血塗れの飛竜を見下ろす。

アトラスも言っていた。アイツは悪い奴じゃないんだ、と。

ただ、恋に目が眩んだだけで。


その飛竜はヘラの腕から抜け出し、立膝をついて弱弱しい呼吸を繰り返しているものの、命に別状は無い様子だった。


「お…俺も行く…」

「何言ってんの。却って足手まといになるだけだよ。ヘラ、ちょっと待ちな。飛竜、アンタ一人で病院行ける?クレスもじきに脱皮する。森にはアタシら全員で行った方が良い」


ジーンは優しく飛竜の肩を叩く。

飛竜は尚も言い返そうと口を開けたが結局黙り、「…わかったよ」と微かに頷いた。

そして背中の剣を外し、ヘラに向かって投げつけた。


「…今のお前なら使えるだろ。持ってけよ」

「うーん、剣は使った事ないんだけど…まぁ良いか。じゃあ借りてく」


ヘラは重たい筈の剣を軽々振り回した後、剣帯を腰に巻き付けた。


「飛竜、ちゃんと病院行くんだよ?じゃあアタシ達は早くリッカの所に行こう。早くしないとヴォラティルに連れて行かれてからじゃ遅い」

「うん、リッカと別れた場所は覚えてる。そこからお互い反対方向に逃げたから…!」


飛竜を壁際に座らせると、3人は森へ向かうべく翅を大きく広げた。


「…待て」

「待って!」


――突如として背後からかかった低い声と高い声。

驚き振り返った3人は、目に入った光景を見て大きく息を飲んだ。



「…リッカがヴォラティルに連れて行かれる、とはどういう意味だ」

「どうしてあの子がここにいるの!?お仕事なんじゃなかったの!?」


――森へと向かう道の横には、2つの細い道があった。


左側の道の前には、驚きに目を見開いた蟻人の女王と5人の羽付き。

右側の道の前には、青褪めた顔の姫と、7人の蜂人の男女。


(えぇー…。何でこんな所に姫と女王が…)

(どうしよう、ジーン)

(どうもしないよ。誤魔化すしかない)


コソコソと話す3人の前に、カイザーが足音荒く近付いて来た。


「もう一度聞く。リッカに何があった」


「別に何も?アタシ達は丁度用事があったから1日早く招待に応じただけ。ヘラも、アトラスの具合が良くなってきたからこっちに来たの」

「そう。そしたら偶然飛竜を見かけたから、もうリッカに纏わりつくなってボコってやっただけ」


嘘を付くのは女性陣に任せた、と言わんばかりにクレスはひたすら頷き役に徹している。


「…それはおかしいですわ。硬皮の色味からすると兜のお嬢さん、貴女はまだ成虫になってからそれ程時間が経ってはいない筈です。でも、そちらの蜻蛉の御方の出血は固まって既に色が変色している。いくら甲虫人が力が強いと言っても、蛹の身で蜻蛉人の成虫をボコれる訳がございませんわ」


「蛹だったからこそです女王様。あたしが子供と思って油断したんです」


じゃあアタシ達はこれで。

そう言いその場を立ち去ろうとする3人の前に、大きな人影が立ちはだかった。


「…じゃあソイツの傷口にくっついている白い羽根は何?」

「知らないわよ白い羽根なんて。大体、アイツ等は茶色と黒の――」

「ヘラ!」


ジーンの声に、ヘラはハッとした様子で慌てて口元を押さえる。

そして己を誘導尋問に引っ掛けた男・フォイアーを悔し気に睨み付けた。


そのフォイアーは右手に青い炎を揺らめかせながら、カイザーの方に向き直る。


「…カイザー。リッカは明日来ない事になってたの?カイザーはそれ知ってた?ボクに黙ってたの?」

「すまない。だが、リッカが居ないとなったらお前はやる気を無くすだろう。だから内緒にしていたんだ」

「失礼だなぁ…ちゃんとやるよ、お仕事は…。そんな事より、リッカは今インセクタに居るんだよね?で、ヴォラティルの奴等に狙われてるんだよね?」


フォイアーはカイザーから目線を外し、ゆらりと身体を動かすと今度は甲虫3人の方を向く。

身体の向きを変えると同時に右手を横薙ぎに払い、黒鉄色の巨大なガトリングガンをその手に出現させた。


「…リッカはどこ?言わないと、殺す」

「何?アタシ達とやろうっての?」


「ねぇ、待って!」


睨み合う甲虫達とフォイアーの間に、突如として美琴が割り込む。

仰天して駆け寄って来る子供達を手で制しながら、ジーン達に向かって頭を下げた。


「…お願い、何があったのか教えて」


「お、お母様!?お母様が頭を下げる必要などありませんわ!?」

「貴様ら!よくも母さんにこんな真似を…!」

「止めてお母さん!僕がこいつら痛めつけて喋らせるから!」


美琴は色めき立つ子供達の方を向き、人差し指を唇に押し当てた。

途端に大人しくなった子供達に”良い子ね”と言う様に笑顔を向けてやった後、再びジーン達の方に向き直る。


「お姫様。蜂人の姫である貴女がどうしてそこまで、リッカの為に?」

「…わからない。私にもわからないの。ただ、あの子を見ていると、胸がざわざわするの。大切な何かを忘れている様な、忘れてはいけない事を忘れている様な、そんな気持ちになるの。上手く言えないんだけど、あの子はその”大切な何か”な様な気がするの」


真摯な姫の言葉を受け、ヘラとクレスが困った様にジーンの方を見ている。

その顔を見て、ジーンは心を決めた。

仕方ない。姫様にここまで言われたら。


それに、きっとリッカにもその方が良い筈だ。


「…わかりました。これまでの経緯と現在の状況を、全てお話します」


――飛竜が工房を襲い、ヘラを人質に取りアトラスを負傷させた事。

ヘラを返して欲しければ一人でインセクタに来る様に、と言われたリッカが単独で来た事。

森の中でミランとエグルと言う鳥人に襲われ、ヘラを庇って負傷した飛竜とヘラの二人を逃がす為に自らが囮になり、今も森の中を逃げ回っているであろうと言う事。


「何て事…!」

「何故、オレ達に言わなかった」

「言ってくれたら、リッカを一人で行かせたりなんかしなかったのに!」


「リッカがそう言ったんだよ!」


詰め寄って来る面々からジーンを庇う様に立ち塞がりながら、クレスが大声で叫んだ。


「絶対に、カイザー達にこの事を話しては駄目、って!」

「…心配、かけたくなかったんじゃないの?アンタ達、リッカの事になると目の色変えてたじゃない。今は飛天派と地走派にとって大事な時期だし、一個人の為に姫と女王が人員を動かす様な事があってはいけないってパパも言ってた」


甲虫姉弟の言葉に、その場の一同は言葉を失う。

確かに、言っている事は何一つ間違ってはいない。


しかし。


「…会談は明日。なら、明日までに解決すれば良いじゃない。皆でリッカを探して助けて、明日の会談までに片をつければ何の問題も無いわ」


「そうですわね。そもそもわたくし、お散歩に来たんでしたわ。森に行くのも良いかもしれませんわね」


「あ、なら私も森にお散歩に行くわ」


――姫と女王がニッコリと、笑顔で頷き合う。


ジーンはその光景を見て、胸が締め付けられる様な感覚を覚えた。


(もう、馬鹿リッカ。アンタはこんなに大切にされて愛されてるのに、わかってないんだから)


道案内をするヘラの後ろを蟻人と蜂人の集団が付いて行く。


ジーンは一瞬目を閉じると、その後を急いで追いかけていった。



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