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59・捕獲


理世は暗い森の中をひたすら駆け抜けていた。


正直、今自分が何処に居るのか。

街に近付いているのか更なる森の奥へ向かっているのか、それすらも分からない。


ただ一つ分かっているのは、現在とんでもないピンチに見舞われている事だった。


背後から聞こえて来るのは、鳥人達の重たい羽ばたきの音。

やはり、ダメージからの回復は早く、正確に理世の後を追って来る。


それを見越して少しでも羽ばたきにくい様に、と、道ではなく繁みの中を選んで走っているのだが、どんどん近付いて来ている気がする。


「あーもう!しつっこいんだから!」


足には自信があるけれど、トレイルランニングには自信は無い。

躓きやすい木の根や滑りやすい枯葉。

それらに気をつけながら走るだけで、随分と体力を奪われた。


もう追いつかれるのは時間の問題。


「って言うか…本当に殺されないで済むのかなぁ、理世…」


背後から聞こえる、怒声の凄まじさに、理世は涙目になっていた。



********



「ねぇ飛竜ひりゅう。大丈夫?」

「まぁまぁ…」


甲虫幼女・ヘラは傷付いた蜻蛉青年・飛竜を抱えて飛んでいた。

鳥人達の気配は全く無い。彼らは恐らく、リッカを追って行ったのだ。


「リッカ…ほんと無茶するんだから…」

帰ったら、パパにお尻ペンペンして貰わなきゃ。


「あのさ飛竜。アナタを病院まで連れてったらあたしはリッカの所に行くから。アナタはゆっくり休んだら

(改行ミス)どうかなぁ」

「…おい」

「何?」

「アトラスの事…悪かったよ。リッカに催眠術みたいなのかけられて、アイツに会えなくなってイライラしてたんだ。アイツ、お前等の前だといつも楽しそうだったから」


ヘラは意外な目で飛竜を見た。

…謝れるんだ、この人。


「シェラックに戻ったら、パパのお見舞い行ってよ。パパはアナタの事心配してたから、来てくれたら喜ぶよ」

「…あぁ」


弱弱しくもしっかりと頷く飛竜を見て、ヘラは安堵の息を吐いた。

良かった。ここでコイツが死のうものなら、リッカがどれだけ悲しむだろう。

それに、案外悪い奴じゃないし。


うんうん、と頷いていたヘラは抱えている青年を見てある事に気付いた。


「あ。飛竜、アナタ元に戻ってるよ!」

「は…?」


――工房を襲って来た時の、異形の半身が元に戻っている。

傷を負ったからなのか、リッカに会えたからなのか分からないけれど。


「良かったじゃん、これでまたリッカにアプローチ出来るね!顔だけならあの蟻人達を上回ってるし!」

「蟻人…?」

「そうそう。リッカ、羽付き二人に言い寄られてんの。これがまた変な奴等でさぁ。一人はやたらデカくて、何かあると直ぐ”リッカ…”っていじいじすんの。もう一人もデカいんだけど、こっちはムッツリっぽい。二人共にヤバい位リッカの事が好きなの。フラれたら多分、死ぬんじゃないかなぁ、あの人達」


何だそれ…と呟く飛竜に、ヘラはニカッと笑ってみせた。


「何だかんだ、アナタが一番まともな気がするよ。頑張れ!」

「そんなのと比べられてもな…」


ガックリと肩を落とす飛竜をうりゃ、と抱え直し、ヘラは限界までスピードを上げるべく力強く翅を震わせた。


********



「っしゃあ!捕まえたぜ、玉虫!」


「ちょっ…触んないでよ!!」


――足元の悪い中、走り続けていた理世の体力は限界に達していた。

岩場に手をつき、息を整えていた所を背後から抱き締める様にして捕まえられた。


「どーする?ミラン。翅をぶっちぎってから殺す?殺してからぶっちぎる?」

「嫌!どっちも嫌!」

「お前に聞いてねーよ、玉虫。エグル、もっと押さえつけろ」


理世を捕まえている鳥人の男・エグルは抵抗を封じる為に、理世の身体を両腕ごと背後から抱き締めた。

ボウガンがガラン、と音を立てて地面に落ちる。


「ん…?」

「どうした?エグル」

「いや、コイツ…」


エグルは抱き締めている玉虫の少女の首元を見つめる。

翅の生え際の、硬い部分が見当たらない。

首筋から肩甲骨にかけて、僅かに太くなった部分がある筈なのに。

いつも、其処をいかに綺麗に残して抉り取るかに苦心しているので、必ずチェックする部分なのだ。


おまけに、何だかふわふわと柔らかく、心許ない身体。

このまま力を籠めると、壊れてしまいそうだ。


玉虫は確かに、兜や鍬形と比べると硬皮は薄い。

しかし、こんなに柔らかかったか…?


首を捻りながら、腕の中の少女をクルリとひっくり返し、自分の方に向ける。

顔立ちは悪くない。むしろ可愛い。


胸元より少し長い黒髪は、ほんの少し緩く巻いてあり、大きな黒目に長い睫毛。

小さな顔は透き通った様に白く、ずっと自分達から逃げる為に走っていたからか、頬が上気して薄桃色に染まり、血が通った唇は紅色に色づいていて、まるで熟れた果物の様な瑞々しさに満ちて――


「いやいやいや!おかしいだろ俺!」

「な、何だよエグル。どうした?」


驚いた様な顔のミランに問い掛けられ、エグルは何と言って良いか迷う。


――昆虫人と自分達は、種が違うのだ。これまで昆虫人達を何十人と襲って来た。

その中には見目の良い者も数多く居たが、あくまで”上物の素材”としか思わなかったのに。


「い、いや…何て言うか、その…」

「あ!?何だよハッキリ言えよ」


ヤバい。頭イカれたとか思われる。って言うか、イカレてんじゃねぇか、俺。


「か…」

「か…?」


「可愛い!可愛いんだよこの玉虫!」

「ハァ!?何言ってんだお前!」

「いや、俺にもわかんねぇけど!だってコイツ、何か可愛くね?いや、そんな訳無いか?…やべぇ、俺さっき頭とか打ったかも。あー!何か、すっげぇチューとかしてぇ!」

「触んないで変態!!」


――ぎゃあぎゃあと揉める相棒と玉虫。

呆れと言うよりも、意味不明な事を言う相棒に対して激しい苛立ちを感じたミランは、エグルの腕から理世を引き離す。


「…お前馬鹿か?ふざけた事言ってないでさっさとソイツの翅持って帰るぞ。逃げた蜻蛉と兜も追わなきゃいけねーんだから」


ミランは理世の肩をギリ、と掴んだ。次の瞬間、ミランは微かに片眉を上げた。


「痛い…っ!」

理世は痛みに顔を歪めながら、懸命に身を捩った。


「お、おいミラン。あんま乱暴にしたら…」

「黙ってろエグル」


――ミランは少女をじっと見つめる。その頭部からは触角が生えているし、翅もある。

だが、何処か不自然な気がする。


(この違和感は何だ…?)


この可愛らしい玉虫が飛ばなかった事だろうか。

いや、別に不自然じゃない。玉虫如きが俺達から飛んで逃げられる訳がない。

ならば、飛ばずに木や葉を利用しつつ地を這って逃げた方が良い。当然の事だ。


事実この少女を捕まえたのは、遮蔽物の無い開けた場所だった。


(…まさか)


肩から少し手を下ろし、二の腕の辺りを掴む。

そこにはあるべき硬い皮膚が無く、指に伝わるのは柔らかく頼りない感触。


「…成程な、わかった。悪かったよエグル。お前は馬鹿じゃなかった」

「そりゃ良かった…ってミラン、どうした急に」


理世は弾かれた様に顔を上げた。獰猛な顔で嗤うミランと目が合った。

嫌な予感がする。


「離してってば!」


ミランの腕を振り払い、その胸を強く押して距離を取る。

そのまま素早く身を翻し、茂みの中に飛び込もうとした。


「っ…!痛っ!」


背後から伸びて来た手に髪を掴まれ、強引に引き摺り戻される。

ブチブチと髪の引き千切れる嫌な音が耳元で聞こえた。


「ミラン!」

エグルの焦った様な声に、ミランは待て、と言う様に片手を挙げて制する。


「見ろよ、エグル」

ミランは理世の触角を掴み、思い切り引っ張った。

そして手にしたモノを見つめ、「やっぱりな」と呟く。


――手の中には、触覚が縫い付けられている黒のカチューシャ。


それを、頭を押さえ涙目で睨む理世の前にポイと放り投げた。


「ミ、ミラン。これって…!」

「あぁエグル。ヤバいな、俺達ツイてるぜ?コイツ”人間”だ」

「マジかよ…!人間なんて噂でしか聞いた事ねぇ…!」

「昔っから、人間は何故か昆虫共の国にしか落ちて来ねーんだよ。それでもご先祖サマが何人か虫共からかっ攫って来たらしーけどな」


すげぇすげぇ、と興奮する相棒を冷静に見つめながら、ミランは少し考えた。

さて、この少女をどうしたものだろう。

さっさとヴォラティルに連れて帰るか、それとも二人で独占するか。


(…独り占めするか、だな)


ミランは理世の背を探り、翅の留め具を探し当てると指で弾いてそれを外した。

パサ、と地に落ちた両翅を見た途端、理世の胸に恐怖が急速に込み上げる。


どうしてこの人達は昆虫人以上に”人間”に詳しいの?

さっきミランって奴が言ってた様に、このインセクタに”落ちて来た”若しくは逃げだしたりして迷い込んで来た人間は、ヴォラティルに連れてかれてたから?


――あぁ、でも何となくわかるかも。


鳥人は昆虫人よりも更に見た目が人間に近い。

仮に大昔の鳥人が今より鳥っぽかったりしても、虫よりは受け入れやすかったのだろう。

ひょっとしたら、自分の境遇とかを話したりしてたのかもしれない。


もし、それが当たらずとも遠からずってトコだったら。


――理世、今、予想以上に大ピンチなのかもしれない。



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