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58・森の中の攻防


「では、出発しましょうか」


夫・弥未やみを説得した後、美琴は招待の出欠確認に出向いていた季彩きいろの帰還を待っていた。

先刻その季彩が戻った為、インセクタに向けて出発する事にした。


「…会談は明日だろ?明日行けば良いじゃないか」

「こういう時は前泊が基本なの!衣装とかお化粧とか髪を整えたりするのに時間かかるでしょ?」

「何だ基本って…」


仏頂面で見送る夫の頬にキスをした後、美琴は弥未の首にしがみついた。


「寂しがり屋さんの弥未。貴方が支えてくれるから、私はこうして自由に飛んで行けるの。貴方は私のはね。そして私の全て。誰よりも愛しているわ」


「…美琴。今言わないで欲しかったな…ますます行かせたくなくなる…」


珍しく顔を赤くしながら、妻をしっかりと抱き締め耳元で囁く。


「俺だって愛してる。美琴が側に居ないと、俺は俺でいられない」

「弥未。私、今すっごく幸せ」

「…俺もだよ」


――美琴の身体を名残惜し気に離しながら、弥未は同行する子供達の方に向き直る。

15人の子供達の内、戦闘力の高い者を5名・知略に長けた者を2名選び出した。


「お前達。美琴を…お母さんを、頼んだからな?」


「かしこまりましたお父様。お母様には何者にも指一本触れさせませんわ」

「母さんは僕達がお守りします。お任せ下さい、父さん」

「大丈夫だよお父さん!お母さんに近寄る奴等は全部殺しとくから!」


弥未は満足そうにうん、と頷くと、もう一度だけ美琴を抱き寄せ、こめかみに優しく唇を押し当てた。



********



理世はボウガンに矢をつがえ、それを上空に向けた。


「リッカ、攻撃した隙に逃げるの?」

「うーん、そういう訳ではないんだけど。逃げる事は逃げるけどね?」

「じゃ、じゃあどうするの!?」


空中の鳥人二人は、面白そうな顔をして此方を見ている。

ボウガンを持つ理世の慣れない手つきから、自分達には当たらないと確信している様だった。


「こうするの」


理世はいきなり上空に向けたボウガンの矛先を変え、地上に矢を向けた。

丁度、鳥人達の真下に相当する場所。其処に向かって炎熱矢を放った。


地面に突き刺さった矢が火柱をあげ激しく燃え盛る。

間髪入れずに、同じ場所に今度は氷凍矢を放つ。


するとジュウゥ…と言う音と共に、周囲に水蒸気が満ちた。


「ほら、逃げるよ!」

「うわぁ、リッカ凄い!」

「ヘラ!私は走るから、そのまま飛竜さん連れて街に向かって飛んで!」

「リッカを置いてくの!?そんな事出来ないよ!大丈夫だよ、二人共運べるから!」

「それだとスピードが落ちるでしょ!?良いから早く!」


言いながら、理世はヘラ達とは反対側の方向に向かって走る。

そして勢い良く振り返り、再び近くの地面に炎熱矢と氷凍矢を放った。


真っ白く熱い水蒸気が、周囲に満ちて行く。


理世は矢をつがえたボウガンをその水蒸気に向かって構えた。


水蒸気が、ゆらりと揺れる。

そしてまるで煙の中から浮き出る様に、怒りに顔を歪めた二人の鳥人が姿を現した。


「この女!ぶっ殺してやる!」

「落ち着けエグル。先ずは翅をもいでからだ。ムカつくがこの女の翅は色味がかなり良い」


鳥人達が凶悪な笑みを浮かべた瞬間、理世は水蒸気に向かって矢を放った。

バチバチと青白い光を纏わせた、雷撃矢を。


「「――――ッ!!」」


声にならない悲鳴を上げながら、感電した鳥人達が激しく身体を震わせる。

それを見ると同時に、理世は猛スピードで走って逃げだした。


早く、早く何処か身を隠す場所を見つけなきゃ!

我ながら良いアイデアだったけど、多分ちょっとしたスタンガン位の威力しかない筈。

きっと直ぐに追いつかれてしまう。


理世は走りながらも、隠れる場所を必死に探す。


(ヘラと飛竜さん、大丈夫かな…)


――この作戦の一番のポイントは、”彼らを怒らせる”事にある。

あわよくば逃げられたら、なんて思いもあったけど、あの場で3人が無事に逃げおおせる確率は相当低かった。


程々のダメージを与え、怒らせれば彼らはターゲットを理世一人に絞る筈だ。

二人にはその隙に安全に逃げて貰いたかった。


それに。


(多分、理世は殺されはしない。だって、理世は”人間”だから)


彼らはかなり人型に近かった。

ともすれば、蟻人や蜂人よりも人に近い容姿をしている。


元々そうだったとも考えられるけど、やはり長い歴史の中で異界に落ちて来た”人間”の血が関係しているのではないだろうか。

だとしたら、人間である理世にはきっと”違う使い道”がある筈だ。


「はぁ…何かこういうのばっか…」


理世は溜息を吐きながら、ひたすら森の中を駆けて行った。



********



「女王、此方へ」


クーゲルに手を取られながら、蟻人の女王・ナーデルはインセクタで最も高級とされるホテルの入り口を潜った。

その後ろにはアルメーとシュバルツが続く。


「部屋の確認は済んだ。問題は無い」

奥からカイザーが現れ、部屋の確認が無事に終わった事を告げる。


「わかりましたカイザー。では女王、参りましょうか」

「えぇ。カイザーさんとフォイアーさんは明日まで自由になさってて構いませんわ。そうだわ、リッカさんに何かプレゼントでも買うのはどうでしょう」

「…あれ?女王、玉虫ちゃんに招待状出してたでしょ?プレゼントは良いけど、本人に選ばせた方が良いんじゃない?」


アルメーの言葉にナーデルは立ち止まり、しまった、と言った顔になった。

「あ、あの、そうですね、そうしましょう…」


クーゲルの腕に縋り、部屋に向かおうとするナーデルの前にカイザーが立ちはだかる。


「女王」

「えぇっと…」

「…女王」


フゥ、と溜息を吐いたナーデルは申し訳なさそうな顔でカイザーを見つめた。


「…出発の直前に、美琴姫から使いが来ましたの。リッカさん、お仕事が入って明日はいらっしゃれないそうですわ…」

「あの小娘!女王からの招待よりも仕事を優先したんですか!?」

「いいえ、違います。招待状が届く直前にお仕事の話が入ったそうで…」


表で通りを見張っているフォイアー以外の、その場に居る全員がカイザーの顔をジッと見る。


「オ、オレは、別に…!」


「カイザー、玉虫ちゃんがいなくてもお仕事頑張れる?」

「良いじゃないですか。むしろその方がまたあの小娘に会う理由が出来るでしょう。給料を受け取らないなどと言う姑息な真似をする必要もありませんし」

「そーだな。贈り物を渡すって言う大義名分があんじゃねーか」


仲間達に口々に言われ、カイザーは鼻白んだ。

何故、バレていたんだ。リッカに会えなくなるのが怖くて、給料を受け取らなかった事が。


「バレバレでしたわ」


止めの一言に、カイザーは何かを言おうと口を開けたが、やがて諦め、そっと項垂れた。

そして、ハッとした様に顔を上げる。


「フォイアーには、この事は…!」


「当然ギリギリまで伏せておきますわ。彼は”公私混同”と言う言葉をご存知ない様ですから」


――今度はカイザーも含め、全員の顔に納得の色が浮かぶ。


リッカから送られて来たメッセージカードを握り締め、いつまでもグスグスと鼻を啜っていた大男。

仕事に対し、あからさまにやる気の無い態度を隠そうともしなかったフォイアーに、『インセクタで会えるでしょう?』とクーゲルが言い聞かせてやっと言う事を聞いたのだ。


”リッカが来ない=会えない”と言う事が分かったら、恐らく高確率で帰ってしまうだろう。

それでは困る。何か会った時に、フォイアーの戦闘力は絶対に必要なのだ。


通りを見ていたフォイアーが此方を振り返り「?」と言う様に首を傾げる。


それを受け、蟻人一団は一斉にブンブンと首を横に振るのだった。



********



ジーンとクレスはインセクタの中心地から少し離れた所にある宿に来ていた。

ここはアトラスの知り合いが営んでいるのだ。


急遽集まって貰い、事情を説明したシェラックの商工会のメンバーは明日、来てくれる事になっている。


自分達はただの招待客。

本来は明日、会談の時間に合わせてインセクタにくれば良いのだが、居ても立っても居られず前日入りする事にした。


「クレス、荷物置いたら街に出てみようか。リッカの事とか聞いてみようよ」

「うん!…それにしても、会談の場所がまさかインセクタになるなんてなぁ。蟻人の兄ちゃん達や蜂の姫様に出会ったらどうする?」

「誤魔化す。良い?アタシらは入院中のアトラスに頼まれ事があったから前日に来たって言うんだよ」

「わかった」


まぁ出会わない事を祈ろう。どうせ彼方あちらさんはもっと良いホテルにお泊りだろうし。


「行くよクレス」

「あー、うん…」


――ボリボリと身体を掻きむしるクレスに、ジーンはおや、と言う顔になった。


「クレス、アンタもしかして…」

「うん…ごめん、脱皮近いみたいでさ、身体中痒くて仕方ないんだよなぁ…」

「あぁ脱皮。アンタももうそんな年になったんだねぇ…」


このタイミングでクレスの脱皮が始まるのは幸運かもしれない。

成虫になると甲虫人は格段に力が上がる。


鍬形くわがた系や黄金こがね系も雄はかなりの力を得るが、兜系は段違いの力を誇るのだ。

それも、雄雌共に、である。


「あ」


って事は。

思わずクレスの方を見る。クレスもそれに気付いたのか、同じく「あ」と言ってジーンを見つめ返した。


「姉ちゃん!」「ヘラ!」


――誘拐された、クレスの姉のヘラ。

弟のクレスに脱皮傾向が見られるのなら、姉のヘラはもっと早くに脱皮をするかもしれない。


賢くて気転の利くヘラ。

あの子が成虫になったら、俊敏さはともかく、少なくともパワーでは飛竜を圧倒的に上回る。

自力で脱出、若しくはリッカを連れて逃げて来る事も可能かもしれない。


『心配すんな。ヘラが守ってくれるから』


「アハハ…そう言う事ね…」

これなら、自分達で何とか出来そうだ。


ジーンは身体をボリボリと掻くクレスと共に、インセクタの街中に向かって歩き始めた。



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