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56・インセクタ


理世は百足便むかでびん飛蝗便ばったびんを乗り継いで、インセクタの街へ足を踏み入れた。


「うわ…凄い…」


飛天派と地走派は混在して暮らす街。

両者は文化が違う。

街並みにもそれが如実に表れていて、西洋の洋館風の建物や日本風家屋が入り混じって建ち並んでいる。


だが雑多な雰囲気は感じられない。賑やかで明るく、活気のある街だった。


ただ、やたら武器防具屋が多いのが気になる。

道歩く人々も、様々な種族が居るがその全てが何かしらの武装をしていた。


買い物袋を下げた普通の主婦、と言った様相の天道てんとう人の女性の腰に大きなナイフがぶら下がっているのを見た理世は仰天した。


カイザーが言っていた、『鳥の国が近い』事が関係しているのだろうか。


「でも…何処に行けば良いの?」


クレスからは、飛竜さんが”インセクタに来い”って言ってたとしか聞いていない。

でも、インセクタの何処とまでは聞いていなかった。


「あら?お嬢ちゃん、どうかしたの?」

「え…?」


突然背後から声をかけられ、理世は驚き振り返った。

そこに立っていたのは、先程理世が目にした天道人の主婦。

ニコニコとした人好きのする笑顔で、理世を物珍し気に見つめている。


「あ、えっと、人を探してまして…」

「あら。誰を?」

「あの…昆虫人の女の子と、蜻蛉人の男の人を…」


主婦は、あら?と言った顔になる。


「えぇと…あの二人組かしら。いえ、今朝方お散歩に出かけた時にね?見たの。可愛らしい兜のお嬢さんが、”てめぇフザケてんじゃねー!”とか何とか叫びながら、マントを頭からすっぽり被った男の人と飛んでたの。ちょっと変だったから声かけたんだけど、”兄妹喧嘩だ”って言われちゃって…」


なら仕方ないわね。

そう思ったんだけど、良く考えたら”お兄さん”の方が背中に透明な翅が4枚あったの。

あれって蜻蛉人よね?

じゃあ、兜のお嬢ちゃんと兄妹って、おかしくない?


「あの!その二人、どっちに向かってました!?」

「森の方。…まさか貴女、そこへ行くの?」

「はい!」


天道夫人は呆れた様な顔で理世を見た。


「貴女ねぇ…。あそこはヴォラティルとの国境が近いでしょ?丸腰で行くなんてもっての外よ?特に貴女、とっても綺麗な玉虫さんじゃない。見つかったら速攻で拉致られるわよ?」


…おっとりした夫人の口から出る物騒な言葉の数々に、理世は顔を引き攣らせる。


”ヴォラティル”とは例の鳥の国の事だろうか。


「あの…どちらにしても私、武器とか使えないので…」

「まぁ!武器も使えないのにこのインセクタに来たの!?」

「え、はい、まぁ…」


呆れた、と言葉に出して理世を非難した夫人は「まぁ良いわ。ちょっとこっちいらっしゃい」と手招きをする。


「あ、あの」

「武器。嫁いだ娘のお古だけど、ボウガンが一丁あるから、それを持って行くと良いわ。私の家は直ぐそこだから」


ボウガン。

使った事どころか、リアルで見た事すらない。

それに、持っていても有事の際には恐らく自分はそれを使う事が出来ない。

そう判断した理世は、有難い申し出ではあるものの、断ろうと思った。


「あの、私やっぱり…」


「知ってるだろうけど、この街は時々ヴォラティルの連中に襲われる。でもそれも随分少なくなってたの。それがここ最近で一気に狩られる人数が増えた。襲って来るのは”ミラン”と”エグル”って言うとびたかの二人組。硬皮には興味無いみたいで翅ばかりを狙って来るの。これまでも硬皮を奪われた者は命を落とす事が多かったけど、翅狙いの場合は生きて帰れることがほとんどだった。だけど、今は違う」


「ち、違うって…?」


「…先日ね、百足便の運転手が見たんですって。森で作業中の蝉人が肩の肉ごと翅を取られて、殺されるのを。その時、互いの名前を呼んでいたから、情報が入って来たの。当の運転手は勿論無事よ?『翅が付いてなくて良かった』って言って、皆に顰蹙ひんしゅくかってたけど」


何それ。怖過ぎなんだけど。でも、じゃあ尚更急がないと駄目じゃない。

ヘラも飛竜さんも、翅が付いてる。その二人組に出会っちゃったら?


今の飛竜さんだったら、ヘラを犠牲にして自分だけ逃げるって事もあるかもしれない。


「はい、ここよ」


理世がパニックに陥りながらも色々考えている内に、天道夫人の自宅に辿り着いていた。

案内されるがままに、家の中に入って行く。


殺風景なジーンの自宅とはまた違う、生活感のある何処か懐かしい感じのする家だった。


「主人は街の中心街で武器屋を営んでるの。傭兵向けだから、得物も大ぶりだし高価なのよね。玉虫さんには扱えない代物ばかりだから、お古でごめんなさいね?」


「そんな、とんでもないです!」


見ず知らずの理世を自宅に招いてくれて、娘さんの武器まで貸してくれるなんて元の世界では先ず有り得ない親切なのだ。


「ちょっと待ってて」

夫人はそう言いながら隣の部屋に入って行く。


程無くして出て来た夫人は、小型のボウガンに加え赤い袋と青い袋、そして黄色の袋も一緒に持っていた。


「はい、これ。ここに矢をセットして打つだけだから。赤い袋に入ってるのが”炎熱矢”青いのが”氷凍矢”黄色が”雷撃矢”よ。娘が改造してるから、軽くて小さいけど威力は抜群だから。矢が当たりさえすれば確実に殺れると思うわ」


――ボウガンは理世でも軽々持てる位に軽く、矢も15センチ程しかない。

相手に向かって打てるかどうかは置いておいて、扱い自体は難しくなさそうだった。


それを手に取り、まじまじと見つめる。

打てるだろうか。

相手がその凶悪な鳥達なら撃てるとは思う。理世は死にに行く訳ではないのだから。


だが、それが飛竜だったら。

もし、彼が襲ってきたら自分は撃てるのだろうか。

会話が可能だった事から、狂いはまだ完全ではない様子なのが分かる。


自分に危害を加えて来る可能性は恐らく低いとは思う。

だけどその、最後に会った時の彼の様子から、命の危機よりも貞操の危機の方が高そうな気がする。


正直、そんな場面で彼に矢を向けられるのだろうか。

別にその程度、と思っている訳ではない。


”2回目”とは言え、やっぱり最初は好きな人じゃないと嫌だし…。


うぅん…と考えていると、訝し気な顔の夫人と目が合い、理世は慌ててお礼を言った。


「本当にありがとうございます。でも良いんですか?お借りしちゃっても」

「あら、貸すんじゃないわ?あげるわよ、それ。娘のカスタムだから、オバサンには使いにくいし」

「カスタム?」

「ほら、把持部に花柄が彫ってあるでしょ?そんな可愛いデザイン、この年で使えないわよ」


見ると、確かに木製の把持部に細かい柄が彫り込んである。確かに可愛い。

可愛いが、これはボウガン。

スマホカバーを可愛くする感覚に近いのだろうか。


(久しぶりに、種族ギャップ?世界ギャップ?を感じたなぁ)


「森に行くならそれ持って行きなさい。連中に遭遇したら迷わず打つのよ?貴女の翅はとても綺麗だから、見つかったら終わりだと思いなさい。あいつ等のスピードは蜻蛉人ですら凌ぐから、飛んで逃げても無駄よ。隠れながら慎重に進んで」


真剣な顔の夫人に、理世の顔も引き締まる。

自分が殺されたら元も子もないのだ。


「ありがとうございます」

「えぇ。気をつけてね?無事に戻って来れたら、一度ウチに顔出してくれる?」

「はい、必ず!」


理世は天道夫人に挨拶をした後、ボウガンを片手に教えて貰った道筋に沿って森へと向かった。

飛竜さんの狂いが完全なものになる前に、早く彼の所に行かなければ。


(話し合いだけで、済むと良いんだけどなぁ)


ヘラは必ず助ける。アトラスさんとクレスに約束をした。


そして飛竜さん。

彼の事も助けなければ。

カイザーやフォイアーの様な目に遭わせる訳にはいかない。


理世は小さく頷くと足に力を込め、森に向かって駆け出した。



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