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55・作戦会議


「アトラス!大丈夫!?」

「父ちゃん!」


――アトラスはゆっくりと目を開けた。

真っ白い天井に、我が子クレスの泣き顔とジーンの心配そうな顔が被さって見える。


(ここは、病院か…)


そう言えば、気を失う寸前に医者らしき人物を見た気がする。


全く、自分とした事が油断をしたものだ。アトラスはその時の事を思い返す。


いつもの様に刀を打っていたら、表からヘラの悲鳴とクレスの怒声が聞こえた。

そこで直ぐに駆け付けていれば良かったものを、一瞬ただの姉弟喧嘩だと思ってしまったのだ。


クレスの怒声が涙声に変わった時点で漸く異変に気付き、外に飛び出したが時既に遅く、娘のヘラが飛竜の刃の下に晒されていた。


――身体の半分が、異形に変わってしまった飛竜。

元の顔立ちが甘く整っている分、余計に悲惨さが際立っている。


「飛竜…お前…」


娘を人質に取られているというのに、アトラスの胸に過ったのは怒りよりも先ず、憐れみの感情だった。


決して、悪い気質の若者ではないのだ。初めての恋をしただけで。

叶わぬ思いに身を焦がす、哀れで普通の、ただの男でしかないのだ。


「リッカ…リッカは何処に居る?」

「ここにはいねぇよ。どっかで店開くって言って、街を出て行っちまった。行き先は知らねぇ」

「嘘をつくな…!リッカは、アンタを慕ってた!何も言わずに姿を消すなんてあり得ない!」

「んな事言われたって、知らねぇもんは知らねぇ!」


ギリ、と歯を噛み締めた音が聞こえたかと思うと同時に、飛竜はヘラの首筋を薄皮一枚切り裂いた。

つ…と伝う鮮やかな血に「姉ちゃん!」とクレスが悲鳴を上げる。


ヘラは気丈にも涙一つ溢さず、青褪めた顔で唇を噛み締めていた。


「てめぇ飛竜!姉ちゃんに何すんだよ!そんなんだからリッカに嫌われるんだよ!」

「ちょっ…クレス!余計な事言わないで!当たってるけど!」


ぎゃあぎゃあと叫ぶ姉弟に、飛竜は苛立った顔を向ける。


「黙ってろよお前等…!次は顔を切ってやるからな!?」

「止めろ飛竜!」


アトラスは飛竜の前に飛び出した。

父の姿を間近に見た事で急に気が緩んだのか、ヘラの瞳に涙が浮かぶ。


「ヘラ、じっとしてろよ?父ちゃんが助けてやるから」

「うん…!」


飛竜が此方を向き直り、片手で背中の剣を抜いた。

ヘラの首元を掴んだまま、ゆっくりとアトラスに近寄って行く。


「アンタの事は嫌いじゃなかった…。俺が他の甲虫共に馬鹿にされてる中、アンタだけは違った…。でも今は…アンタの事が誰よりも憎い!俺には絶対に向けて貰えない、リッカの笑顔を向けられているアンタが…!」


「飛竜、落ち着け。何度も言ってるだろう、リッカは中身がまだ子供なんだ。自分の行動が相手にどういう影響を与えるか、まるでわかっていない子供なんだよ」


「…かもな。アイツは本当に俺を振り回してくれる…。そこが可愛い所でもあるが、今回は少々お仕置きをしてやらないと」


「お仕置きって、お前…」


――不穏な言葉に気を取られた瞬間、飛竜が腕を一閃させた。

咄嗟に胸元の硬皮を硬くして対応したが、一瞬遅く、右の鎖骨から左わき腹までを一気に切り裂かれた。


「ぐぁっ…!」


流石に剣を主に使っている傭兵だけの事はある。

頑丈なだけが取り柄の、壁役だった自分では対応しきれない。


「パパ!」

「父ちゃん!」


子供達の悲鳴。身体からドクドクと血が流れ出ていく。

動かない身体を何度も切られ、蹴り飛ばされ、後ろの壁に叩きつけられた。


身体を硬化させ、体当たりの一つでもすれば良いのだろうが、ヘラが居る為それは出来ない。


「…リッカの奴は、俺に何かしたんだ。アイツに何か言われてから、俺はアイツにどうしても近寄れない…!会いたいのに!ただ顔が見たいだけなのに、それが出来ないんだよ!!」


そう悲痛な声で叫ぶ飛竜の異形化した瞳から、涙の様な液体がポトポトと地面に落ちて行く。


「ひ、飛竜…」


泣くな。

そう言ってやろうとしたのに、意識がドンドン薄れて行く。


(マズい…)


飛び立つ翅音に、娘の悲鳴。息子の叫び声。

かろうじてそれらが聞こえた後は、リッカが来るまでずっと気を失っていた。



アトラスは小さく息を吐いた。


リッカは飛竜に”羽無し”の能力を使ったのだ。クレスにしてみせた様に。


”羽無し”の能力は無差別的な魅了の力ではない筈だ。

もしそうだとしたら、リッカが一人で出かけたり、ましてや店を開いたりなど出来る訳がない。


恐らくは、好意を増幅させ、愛情で他者を縛る能力。

だから自分の様に他に愛する者がいる場合にはそれが効かないのだろう。


クレスの場合はリッカへの好意と子供らしい正義感が能力の干渉を促したに違いない。


だから、元から強い愛情を持っている相手にソレをやると、膨れ上がった愛を上手くコントロール出来なくなって壊れて狂ってしまうのだ。


(ったく、あの馬鹿娘!)


愛され体質であるくせに、自分に自信が無さ過ぎるのだ。

それが、結局こういう事態を招く。


飛竜は”お仕置き”と言っていた。確実にリッカに何かをする気なんだろう。

まぁ大体想像はつく。


アイツの異形の瞳には、明らかな欲と渇望が浮かんでいた。

リッカをおびき出し、拉致監禁して後は…ってトコだろう。


だが、そんな事をさせる訳には断じて行かない。

リッカは大事な、自分のもう一人の娘なのだから。


「ジーン…蟻人の兄ちゃん達に連絡してくれよ。リッカがヤバい事になってるって」

「駄目だよ父ちゃん!リッカが言うなって言ってただろ!?」

「クレス、お前は黙ってろ」


リッカの”命令”を律義に守っているクレスを黙らせ、アトラスはジーンに目を向けた。

だが、自分に賛同してくれると思っていたジーンは意外にもクレスに同意した。


「…アタシも、カイザー達には言わない方が良いと思う…」

「はぁ!?何でだよ」


――無言でジーンが差し出して来た物を目にしたアトラスは、顔を顰め大きく舌打ちをした。


「クソッ…!なんてこった…!」


クリーム色の上質の紙に金色の縁取りがしてある二つ折りのカード。

蟻人の女王と蜂人の姫の会談への、招待状だった。


「会談を、一般公開すんのか」

「うん…。多分だけど、リッカの店の内覧会の時に女王と姫、凄く仲良くなってたじゃない?それで、どうせなら仲良く話す所を広く見せつけて、反対派を抑え込もうとしてるんじゃないかなぁ…」


アトラスは頭を抱え込んだ。

これはもう、最悪のタイミングだ。

女王と姫、二人だけでやってくれるならまだ良かったのに。


反対派への牽制も兼ねているのなら、護衛の羽付き達を借りる訳にはいかない。

それでも、頭を下げれば女王も姫も、喜んで動いてくれるだろう。


女王もリッカを可愛がっていたし、姫は、妙にリッカに拘っていた様に見えた。

リッカに想いを寄せるあの二人は言うまでもない。


だが、女王と姫が、一個人の為に会談を中止したと言うのが周囲に知られる事になったら。

飛天派・地走派、どちらからも大きな反発が来る可能性がある。


「アタシ達だけで何とかするしかないよ」

「仕方ねぇな…。こうなったら、商工会の連中も駆り出すしかない。皆リッカを可愛がってるし、力になってくれるだろ」

「…リッカが羽無しだって事はどうする?」

「話せ。飛竜の奴もヤバいが、インセクタに呼び出されたって事は、鳥連中に目を付けられる危険もあるんだ。隠し事はするな」

「…わかった」


アトラスとジーンは暫く話し合い、これからの事を決めた。


先ず、今夜臨時の商工会の会合を行う。

そこで今回の事と、リッカの事を話す。


女王と姫の会談は明後日。

招待状には、リッカとアトラス一家、そしてジーンの名前が書いてあった。


ジーンとクレスは招待に応じる。

アトラスは仕事中の事故で入院と言う事にし、ヘラはその付き添いをする。

リッカは急に大口の仕事が入り、材料集めに出かけた為欠席、と言う体にする。。


「…よし、この筋書きで行くか」

「わかった。当日はそれで誤魔化すよ。クレス、全てはアタシらの演技にかかってるんだからね?油断するんじゃないよ?」

「わ、わかった…」


そこまで打ち合わせをした後、アトラスは疲れた様に目を閉じた。

暫くしてから、頬に冷たいものが触れた。ジーンの手の平だと直ぐにわかる。


「…何だ」

「心配したんだよ、もう…」

「お前に心配して貰えんなら、こうして怪我するのも悪くねぇな」

「ち、調子に乗らないでよね」


ジーンは顔を赤くしながら、アトラスの肩をポカリと叩く。

アトラスはその手を掴み、クレスに見えない様に注意しながら細い指先にチュ、とキスをした。


「馬鹿…」


ジーンはぶっきらぼうに呟きそっぽを向きながらも、握られた手を決して振りほどこうとはしない。

そんな二人を見て気を使ったのか、クレスはそっと病室から出て行った。


「ねぇアトラス。取り返そうね、アタシ達の家族」

「おう。リッカの奴は帰って来たらお尻ペンペンするって決めてんだ」

「…アンタがやると色々問題ありだから、アタシがやるよ」


――真っすぐで短絡的で、浅はかだけど素直で可愛いアタシの妹。


「心配すんな。ヘラがしっかり守ってくれっから」

「…逆だけどねー。攫われてるのヘラの方なんだけどねー」



ジーンとアトラスは一瞬見つめ合った後、二人で声を出して笑った。



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