53・看板娘
内覧会から更に1週間後。
理世は無事にアクセサリーショップ”緑の家鴨”をオープンさせていた。
あれから追加で色々作り、ジーンの店に置いていた物も引き取り、以前から作り置いていた物も合わせてなかなかの数の商品を店に並べる事が出来た。
カイザーとフォイアーとは内覧会終了の時点で期間限定雇用の契約を解除した。
二人はかなり愚図ったが、翌週には女王と姫の会談があるし、店番には新たにヘラを雇ったからだ。
「リッカ、ここは飛天派の領域だけあってカンザシの売れ行きが良いわ。髪飾りは高額な物を後2、3点で良いんじゃないかな。先ずは売れる物を重点的に補充しましょう!」
「う、うん…」
ヘラは幼いながらも、流れを読む目に長けている事がわかった。
的確な指示を理世に出し、客扱いもなかなかのもので既に看板娘である。
理世は時折、商品についての質問を受けた時にそれに応える位で、後は黙々と奥で新しい作品を作り続けていた。
足踏みミシンの様な物を買ってから、布を使った小物は作成がかなり早くなった為、内覧会の時には置いていなかった巾着袋や布鞄も数点置いている。
店のシステムもしっかりと考えた。
基本的には一般の商品の予約は出来ない。
ただし、金貨5枚以上の高価な物なら予約を受け付ける、と言う事にした。
営業時間は朝9時から夕方16時半まで。
アトラスに作って貰ったゼンマイ時計の絵を描き、針の様子を表しておいた。
因みに、美琴はこの時計には驚いていなかった。
遠回しに探りを入れた時、何と姉は”時計が無い=時間の概念が存在しない”事に気付いていない様子だった。
姉は、理世が驚く程天然な部分があるのだ。
(それにしても)
カイザー達に給料を渡す段階になって、二人がいきなり謎の行動を取り始めたのには困った。
「すまない、リッカ。オレはこの後用があるんだ。また今度取りに来るから」
「あ…ボクも…」
最初の契約で1日金貨1枚、と言う事で合意させた。
日給か契約終了時にまとめて払うかを選択させた時、二人共に契約終了時の支払いを希望してきた。
だから働き振りと拘束時間を何となく計算して、それを加算した金額をきちんと用意しておいたのに。
「?この袋を受け取るだけですよ?」
給料袋をグイと差し出すと、その分後ろに後退る。
「じゃあオレはこれで」
「ボクも…またね…」
バタバタとまるで逃げる様に帰って行く二人を、理世はキョトンとした顔で見送ってた。
◇
レースの花びらをちまちまと縫い付けながら、理世はレジカウンター下に除けてある二つの給料袋を見て溜息を吐く。
あれから「ちょっと近くに来たから」「今日は休みだから」と二日と空けずに店を訪れる二人。
来たなら、と給料を渡そうとするのに、その都度何だかんだ理由をつけて受け取らずに帰って行く。
基本給の金貨と、手当分の銅貨や石貨がジャラジャラ入った袋は正直邪魔だし、ただ働きをさせて店をオープンしたみたいであまり気分も良くない。
”羽付き”である二人はきっと高給取りなんだろう。
一緒に居た時も、フォイアーはかなりお金を持っていた。
たかだか金貨8枚程度、彼らにははした金なのかもしれない。
しかし商売を始めて、お金の大事さをより一層痛感した理世にはどうも納得が出来なかった。
(このお給料だって、今の理世からしたらかなりの出費なんだから)
理世は、給料袋をじっと睨み付けていた。
「リッカ、お昼ご飯にしようよ」
ヘラがトコトコやって来て、給料袋を睨む理世をじっと見つめる。
暫く袋と理世を見比べた後、あぁ、と言った顔になった。
全く、あの蟻人の二人と来たら。
きっと、お金を受け取ったらリッカと縁が切れてしまうとでも思っているんだろう。
だからあぁやってお金を受け取らない様に必死になっているのだ。
二人共にリッカの事が好きなのは傍から見ても丸分かりである意味微笑ましいのだが、それでリッカが困る事に思い至っていない所は正直見ていて痛い。
「大人って、面倒なんだね…」
「え!?何、どうしたの急に」
「何でも無い。じゃあご飯にしよっか」
ヘラは大人びた様子で肩を竦めながら、レジカウンターの上に持参したお弁当を広げ始めた。
◇
「じゃあリッカ、また明後日ね」
夕方店を閉めた後、リュックを背負って外に向かうヘラに理世は笑顔で頷いてみせた。
――この六角城下の店とヘラの家があるシェラックはかなり離れている。
その為、ヘラは理世と同居しながら働いてくれる事になったのだが、何分残して来ているのは男所帯。
時々まとめて休みを取って貰う事にした。
その間理世は少し大変になるが、まだもう一人所業員を雇う程ではないのだ。
内覧会の時の人の集まり具合に、正式オープンの日には戦々恐々としたものだったが、あの日は恐らく物珍しさもあったのだろう。
それなりにお客は来てくれたが、店内を歩けない、と言う程では無かった。
客数も一定で、理想的な形に落ち着いた、と胸を撫で下ろしたものだ。
「うん、アトラスさんやクレスによろしく」
「パパ、リッカの我が儘聞かないと最近落ち着かないって言ってたよ?リッカも偶にはウチに来てね?」
「ふふ、もう少し落ち着いたらね?」
内覧会の後、完全に引っ越しをした理世はまだシェラックに帰ってはいなかった。
ナーデル女王に頼まれたブローチを完成させた後、イヤリングも頼まれ、会談に間に合う様に必死に作っていたからだ。
だがそれも、ヘラが接客を一手に引き受けてくれていたお陰で余裕をもって完成させる事が出来た。
なので、理世は明日お店を休みにしてシェラックに帰るつもりだったのだ。
驚かせようと、ヘラには内緒にしておいた。
「ヘラ、気をつけて帰ってね」
「うん!リッカもね!変な男家に入れちゃ駄目だよ?」
「……うん」
どうして、男限定なんだろう。
理世は釈然としない思いを抱えながら、帰宅の途につくヘラに手を振っていた。
◇
「うん、これで良いわ」
――翌日、理世はクッキーとナッツ、水の入った瓶を詰めた愛用の斜め掛け鞄を持ち、女王に送るブローチとイヤリングを入れた箱を持っていた。
ついでに、カイザーとフォイアーの給料も一緒に送る事にした。
しかしそのまま送り付けるのも流石に素っ気ないかと思い、『ありがとうございました。リッカ』と書いたメッセージカードを添えておいた。
それを持ち、飛蝗便の停留所で待ち、やって来た飛蝗便の運転手に預けた。
飛蝗便は荷物や手紙も預ければ運んでくれるのだ。
シェラック方向には、この時間は百足便しかないので、理世本人は百足便で帰る。
「あ、来た来た」
振り回される触角のサーチライトが朝の光に光って見える。
理世は百足便に颯爽と乗り込み、席に座るなり朝も早かった為に早々に眠ってしまった。
◇
「おーい、お嬢ちゃん。シェラックに着いたぜ?起きてくれよー」
「うぅん…あ…もう着いたの?」
六角城下からシェラックまでは百足便で4時間と少し。
その間、夢も見ないで眠っていた。
ここの所の忙しさ。
別に平気だと思っていたが、案外疲れていた事にやっと気付いた。
久しぶりにぐっすりと眠った事で、何となく身体が軽い気がする。
「ありがとうございました」
理世は百足便を降り、先ずはアトラスの工房へ向かった。
色々とお願いを聞いて貰ったし、ヘラまで連れて行ってしまったのだ。
口頭だけでああだこうだと伝えたゼンマイ時計まで作ってくれて、最近本業はほとんどクレスがやっているとヘラが言っていた。
「クレス、案外評判良いんだよ。あんな感じなのに、結構繊細な仕事するの」
そう誇らしげに言っていたヘラの顔を思い出す。
甲虫人は子供でもかなり力が強い。
鉄のハンマーを軽々と振るクレスの姿をしっかりと見ておこう、と理世は楽しみにしていた。
(皆に、夕飯でも作ってあげようかな)
先に顔を出して驚かせてから、ジーンの所に行こう。
洋服のデザイン画を渡してからお買い物に行って、また工房に戻って、それから…。
理世は鼻歌を歌いながら、工房に向かってのんびりと歩いて行った。




