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52・混乱の内覧会


六角ろっかく城で開業許可証を発行して貰ってから1週間後。


理世は店の周りを埋め尽くす勢いの人々に、呆然と立ち尽くしていた。


「リッカー!リッカどうしよう!プレゼント、このままじゃ全然足りないよ!?」

「そこ―押さないで―!後もう少しで入れ替えするから!この”トケイ”の針が3と6を差したら次のグループ入れるから!」


「リッカ、プレゼントは女性限定にしよっか。アタシが上手く説明しとくから!」

「おい、そこのネエさん。それは一人一個だっつっただろ?」


「すまないが、陳列してある商品には手を触れないでくれ」

「これ、まだ売れないから…。また今度来て…」


怒涛の様に飛び交う言葉に、理世は頭を抱えた。



マズい。完全に見通しが甘かった。

まさか、こんなに人が集まるなんて思わなかった。


内覧会のチラシは50枚。

何分、初めての試みなのだ。その半分も集まらないだろうと思っていた。


だから他にも招待状を用意したのだ。


店の話をくれた、蝶人の立葉たては

姉の美琴に、蟻人の女王ナーデル。

蛾人のオシラ・コナ夫妻に六角城の瀬黒せぐろ・マルハナ夫妻。

マルハナに請われてチラシを渡したものの、きちんと改めて正式に招待状を送っておいた。

そしてジーン、アトラスと子供達。斑猫はんみょうのナミ。


来てくれたお客様には、ちょっとしたプレゼントとして端切れをタンポポの様にして宝石の欠片をくっ付けた飾りピンを大量に作った。


ピンは、アトラスが「もう型から作ってやった」と言ってくれたので大量にあった。

理世はほぼ眠らずに飾りを作り、それを内職の様にカイザーとフォイアーが懸命にピンに付けてくれた。


その数、凡そ百はあっただろうか。

余ったら自分で使おう、とすら思っていたのに。


招待状には、一般客よりも早い時間”朝食後から昼食前までの間”と書いておいた。

一般客用のチラシには”昼食後から夕方までの間”と書いた。


月と日の存在と、カレンダー的な物はあるのに時計の無いこの謎世界。

理世的には前者は”朝9時から12時の間”後者は”13時から16時の間”のつもりだった。


そこの部分が上手くいった事だけが救いだろうか。


姉も女王も、多忙な身。

恐らく来ては貰えないだろうと思っていたし、他も皆忙しい。


理世は正直、形に拘りたかっただけなので、それこそジーンやアトラス達、言わば身内と楽しもうと思っていた位なのだ。


それが、招待状を出した面々は全員来てくれた。

美琴に至っては、夫の弥未やみと15人の子供達を引き連れて来ていた。


子供達、と言っても見た目は美琴と変わらない位の年齢に見える。

ある意味、甥と姪になるのか…と少し感慨深い思いになった。


皆でゆったりと店内を見学して貰い、女性陣には飾りピンをプレゼントした。

女王含め全員が感動してくれたが、やはりと言うか美琴は少し不思議そうな顔をしていた。


「内覧会に、来場者プレゼント…。元の世界ではよくある光景だけど…」


そう呟きながら首を捻る美琴に、理世は曖昧な笑いで誤魔化しておいた。


――そして問題はその後。


「皆さん、今日はありがとうございました。この後は一般のお客様がいらっしゃいますけど、お時間許す限り滞在して下さっても大丈夫です」


理世がそう挨拶した時、蛾人のコナが困惑した顔で理世の背後を指差した。


「あの…私達は帰った方が良いかしら…?」

「え…?」


振り返った理世の目に映ったのは。


空と大地を黒く染める程、大挙して押し寄せる昆虫人達の姿だった。



「申し訳ございません。予約はまだ受け付けておりませんの」

「お店が正式に開店するのは来週ですって。今日は欲しい物をチェックだけしておいて?」


「ちゃんと並べよ。列からはみ出したら殺すからな」

「父さん、僕が殺しましょうか?」

「お父様、私も殺りますわ」

「ちょっ…!弥未と弥未の子供!ウチの城の連中だけは殺すなよ!?」


「はい、商品に触らないで下さいね」

「うんうん、これ可愛いよね―、君に似合うと思うよ?」

「え?使い方?頭にぶっ刺すんじゃね?」


――吃驚する位の、カオス空間。


ヘラがプレゼントを配り、クレスが時間を知らせる。


ジーンが事態の説明に回り、最早理世の頼みをこなす事を最優先事項にし、ゼンマイ時計すら作ってみせた本業刀鍛冶のアトラスがマナー違反の客を取り締まる。


そしてカイザーとフォイアーがまだ売る事の出来ない商品を守る。


姫と女王が問い合わせに対応し、城主達とその子供が客の秩序を保ち、クーゲル達が店内の客の相手をしている。


理世は、レジカウンター内で追加のピンを作りながら、激しい自己嫌悪に襲われていた。


”仕事”は部活動ではないのだ。

あらゆる事を想定し、それに対しての対処法も考えておかなければならなかった。

そもそもこの内覧会は集客の為に行ったのだ。


何故、”そう大して来ないだろうから”などと軽く考えていたのだろう。

あまつさえ、招待客の手を借りる羽目になるとは、もう”大失態”と言う言葉では表せない。


(もう…どうして理世はいつもこうなんだろう…)


きっと、お姉ちゃんだったらこんな事にはならなかった。

お姉ちゃんだったら、自分のやりたい事だけやってそこで満足するなんて事、絶対になかった。

お姉ちゃんだったら――


「おい、お前」


考えれば考える程落ち込み、涙目になって来た理世に、突如ぶっきらぼうな声がかかる。


「は、はい!?」

「向こうの椅子とテーブル借りて良いか?妻を休ませたいんだ」


思わず見惚れる程の美貌、姉の夫の弥未が理世をじっと見下ろしていた。


「あ、はい、どうぞ!そっか、お姉ちゃ…じゃなくて姫様はお腹に卵がいらっしゃるんですよね、すいません気が付かなくて」

「本当にね。迷惑な話だよ」

「すいませんでした…」

「まぁ、美琴も子供達も楽しそうだから良いけどね。お前も少し休んだ方が良い。顔色が悪いよ」


理世は驚き、マジマジと弥未の顔を見つめる。

すごい。あのお姉ちゃんの事しか考えてない腹黒自己中美人が、他人を気遣う素振りを見せた。


「…何だ?」

「いえいえ!何でもありません!あ、今お茶をお持ちしますから!」

「いいよ自分でやるから。ポットは台所?」

「はい…」


店の奥には、元武器屋の名残で大きな竈がある。

理世はそこを少し改造して、台所にしていたのだ。


「…はぁ、あんな人でもあんなに変わるって言うのに、どうして理世はこう成長しないんだろう」


店奥に消えて行く弥未の背中を見ながら、理世は大きく溜息を吐いた。



「あの、皆さん本日は誠に申し訳ありませんでした」


大混乱の内覧会も何とか無事に終わり、理世は手伝ってくれた面々に深々とお辞儀をした。


テーブルには弥未と美琴・瀬黒とマルハナの城主夫妻と女王ナーデルが着席し、他は草むらに敷物を敷いて座って貰った。


自分の店や工房もあるのに、残って台所でお茶や軽食の準備をしてくれていたオシラ・コナ夫妻と立葉たてはがお茶をカップに注ぎ、クッキーやサンドイッチを配って回っている。


カップはあの混乱の最中、オシラが街へ買いに行ってくれていた。


「従業員用のカップを新しくしようと思っていたから、済んだら持って帰るよ」


澄ました顔で言うオシラに理世は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、しっかりと頭を下げた。



「それにしても、凄い人だったわね」

「えぇ、本当に。でも、とても楽しかったわ」


「俺は疲れたよ」

「俺も。帰ったら膝枕してくれよ、マルハナ」

「え!?えぇ、わかりました…」


楽しそうに話す美琴と女王の元に、理世は近付いて行く。


姫と女王、と言う立場の利点も多少あったのかもしれないが、あれだけの大混乱の中、結局最後までクレームが出る事も無く無事に内覧会を終了させられたのは紛れもなくこの二人のお陰だった。


「あの…本当にご迷惑おかけ致しました…」


おずおずと謝る理世に、気にしないで、と笑う二人。


「ううん、もう本当に楽しかったもの。今日一日でナーデルとの距離が縮まった気がしたし、2週間後の会談が今から楽しみなの」

「わたくしもですわ、美琴」


顔を見合わせ、笑い合う二人に理世は胸中に温かいものが広がるのを感じた。


お姉ちゃんが、理世以外の人とこんなに楽しそうなの初めて見たかも。

施設でも、学校で高等部に居る姉を偶然見かけた時も、こんな笑顔は浮かべてはいなかった。


そんな事を思いながら、そっと周りに目を向ける。


誰も彼も疲れた顔をしていたが、その顔には多種多様の笑顔が浮かんでいた。


(あぁ、理世はこういう事をしたかったんだ。皆を笑顔に出来るお店作りを)


その為には反省すべき所は多々あるし、そもそも自分はもっと大人にならなければ。


理世は今日の事を、絶対に忘れない、と固く心に誓った。



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