51・既視感
「見てみろよマルハナ。今度、このお嬢ちゃんがウチの領土内で店出すんだってよ。こういうの取り扱うらしいぜ?」
瀬黒が理世の持参した髪飾りをマルハナに手渡す。
それを見たマルハナの顔がぱっと明るく輝いた。
「まぁ!何て素敵なの…!」
マルハナが手に取ったのは、緑と青の二枚の絹布の間に極薄い金属板を挟み、縁を縫い付けた後でそれを折り鶴の形に折り、金属櫛にくっつけた二色の折り鶴の髪飾りだった。
「ええと…これは櫛なのかしら?」
「髪飾りです、奥様。ちょっと失礼します」
理世は髪飾りをマルハナの手から再び受け取ると一度脇に置く。
そしてマルハナの側頭部の髪を一房手に取り、緩く編んでクルリと丸め、そこに折り鶴の髪飾りを刺した。
「こんな感じです。どうですか?」
理世は鞄から鏡を取り出し、マルハナに見せた。
彼女の黄色味がかった柔らかい髪に、ちょこんと乗った小さな折り紙がとても似合っている。
マルハナは、まぁ…と言う感嘆の声を上げながら、嬉しそうに夫・瀬黒の方を振り返った。
「如何ですか?旦那様…?」
「おぉ、すっげー可愛い!それ、買ってやるから今日ずっと着けてろよ」
「本当ですか?嬉しい…!」
瀬黒の言葉を聞いて理世は慌てた。
これでは商品を売りつけに来たみたいになってしまう。
「あ、あの!それは奥様に贈らせて頂きます!」
「いや、お前これから商売するんだろ?金貰わないでどうするんだよ」
許可証は直ぐに出してやるから。
そう言う瀬黒の横で、マルハナも大きく頷く。
「玉虫のお嬢さん、旦那様の仰る通りですわ。こんな素敵な物…とっても手がかかっているでしょうに…」
理世は大きく首を横に振った。
「いいえ、奥様。奥様が身に着けて下さるだけで良いんです。それでもし、”それは何処で手に入るのか”と誰かに聞かれたら”紫蓮華平野の真ん中にあるお店”緑の家鴨”で手に入る”と伝えて頂けますか?」
「そ、それだけでよろしいの?」
「はい」
理世の返答を聞き、話を理解したらしい瀬黒が面白そうな顔になる。
「成程。ウチの嫁を宣伝に使おうってのか。なかなかやり手だな、お嬢ちゃん」
そう言いながら、マルハナとのやり取りの間に書いておいてくれたらしい許可証を理世に手渡してくれた。
赤い紙に黒い文字で番号と日付、店の名前と瀬黒の名前が意外に綺麗な字で記載されている。
「許可証を無くしたら金貨2枚で再発行出来るけど、失くすなよ?紛失後の再発行許可証は紙が青になるんだ。許可証は店頭に置いておかないといけないから、直ぐバレる。客の信用度が下がるだろ?」
「はい、ありがとうございます」
「それと三月に1回、場所代として金貨一枚支払って貰う。青の許可証の店はそれに銀貨一枚も追加徴収になるからな」
「はい」
――この、言わば税金の様なものの存在はアトラスに教えて貰った。
『六角城は5つの城の中で最も金額が低いんだ。それでもあそこはかなり経済的に賑わってる。城主の人徳だろうな』
因みに最も高額なのは雁城だったらしい。
らしい、と言うのは城主が交代してから額が若干下がったからだそうで、これまでは場所代が”一月で金貨二枚”だったらしく、地味な店はなかなか長続きしなかったそうだ。
流石、瀬黒さん。お店の話頂いたのが六角城の近くで良かった。
「だけど女王の紹介状持ってるからな、最初の三月は金かかんねーぜ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
――許可証を受け取った理世は、内覧会の案内を配る許可も貰い、瀬黒とマルハナに挨拶をしてその場を後にした。
「じゃあ、カイザーさんはフォイアーさんと合流して貰えます?私、お城の中でコレ配って来ますから」
理世は19枚の紙束をペラペラと振った。1枚はマルハナに請われてその場で渡して来たのだ。
「一人で城の中をフラフラするつもりか?オレが行くからお前はフォイアーの所に…」
カイザーは言葉を途中で止め、何やら考えた後に理世から紙束を取り上げた。
それを近くに居た蜂人の侍女らしき女性を掴まえ、「すまないがコレを適当に配って貰えないか?城主の許可は取ってある」と紙束を無理矢理握らせた。
いきなり蟻人の男に紙束を押し付けられた女性は当然戸惑っている。
理世が慌てて口を出そうと前に出るが、グイと腕を掴まれカイザーの背後に追いやられてしまった。
「城主夫人もコレには興味を持っていたぞ」
そう一言だけ言い置き、カイザーは理世の腕を掴んだままスタスタと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってカイザーさん…!」
急いで後ろを振り返ると、侍女は暫く困惑した表情で紙を眺めていた。
が、徐々にその顔が輝きだすのが見て取れた。
弾かれた様に駆け出して行く女性の背中を見送りながら、理世はホッと安堵の息を吐いた。
「カイザーさん酷いです。私が勝手にお城の人を使ったって思われるじゃないですか…!」
「気にするな。瀬黒は細かい事は気にしない男だからな」
「もう…相変わらず、こう言うトコは強引なんだから…んにゃっ!?」
ブツブツ言いながら歩いていた理世は、不意に立ち止まったカイザーの背中に鼻をぶつけた。
以前もこうやって鼻をぶつけた事があった。今回は何なの?
「…相変わらず、とはどういう事だ」
「はい?」
「お前は今、オレに対して”相変わらず強引だ”と言った。オレとお前はまだそう頻繁に会ってはいない。お前は一体、”何時のオレ”と比較をしたんだ」
「あ…!」
しまった。つい、うっかり。
狼狽え、目を泳がせる理世の顎をカイザーがそっと掴む。
上向きにさせられた勢いで顔を上げると、怖い位の真剣な眼差しと目が合った。
「あ、あの、深い意味は無くて、その…!」
「リッカ。お前と出会ってから、オレは少しおかしい。僅かな時間も、お前の事ばかりを考えている。どうしてだと思う?」
「…わかり、ません…」
望まない方向に話しが向かっている事に、理世は内心歯噛みをしていた。
やっぱり、女王様が何と言おうと、彼らが近くに来る事を断れば良かった…!
後悔している間にカイザーの腕が腰に回り、そのまま強く引き寄せられる。
理世は焦るが、こんな時に限って廊下には誰も通らない。
「リッカ…」
「待って、カイザーさ…ん…んっ…!」
顎を掴まれたまま無理矢理唇を重ねられ、理世は小さくもがいた。
だが腰をがっちりと抱かれていて、全く身動きが取れない。
好き勝手に貪られている内に、口の端から唾液が零れていく。
溢れたソレがつ―…と顎を伝って行く感触にゾクリと背中を震わせた瞬間、カイザーが急に理世を抱え背後に飛んだ。
「んはっ…あ…な、何…?」
漸く解放され、ゲホゲホと咳き込む理世が見たものは、怒りに震えるフォイアーの姿だった。
「何…してんだよカイザー…!」
前髪の隙間から、ギラついた光を放つ金の瞳が見える。
理世は先程から襲い来る既視感の様な光景の連続に頭を抱えた。
「どうしてカイザーがリッカにキスしてるの…!?ボクがリッカの事好きなの知ってるでしょ…!?」
「オレだって好きだと言った筈だ」
「…ボクの方が先に好きになったんだよ!ボクのリッカに勝手に触らないで…!」
「先だろうが後だろうが関係無い。…リッカはまだお前のじゃないだろう」
「だからボクが居ない所で勝手にそんな事しないでよ…!?殺すよ!?」
「じゃあお前が近くに居れば何しても良いのか?お前にオレを殺すのは無理だ」
――ぎゃあぎゃあと揉める二人を、理世は遠い目で見つめていた。
何でかなぁ。どうしてこうなっちゃうんだろう。
あーもう、面倒くさい。何も考えたくない。早く帰ってアトラスさんの優しい顔と子供達の笑顔見て、もう寝ちゃいたい。
「あの!」
突如かけられた理世の大声に、二人はビクリと動きを止めた。
そして二人で理世の方を見る。
その様子を確認した後、理世は先ずフォイアーにビシリと人差し指を突きつけた。
「フォイアーさん、渡した紙はどうしました?」
30枚渡した紙を、フォイアーは1枚も持っていない。
まさか捨てた訳はないだろうが、極端な人見知りの彼が許可が下りたかわからない段階で積極的にチラシを配ったとは考えにくい。
「あ、アレ…。門番の奴が何だって聞くから、1枚渡してやったんだ…。そしたら、もうすぐ交代で仕事終わったら街に行く、自分が配っておいてやるって、言うから…」
ソイツに全部渡した。
そう答えるフォイアーに、理世は「ありがとうございました」と笑顔を向けた。
嬉しそうな顔をするフォイアーから即、目線を外し今度はカイザーに向き直る。
「カイザーさん。さっきみたいな事、もう二度としないで下さい。急に何して来るかわからない人を雇って一緒にお仕事なんて、怖くて出来ません」
「う…すまない、つい…だがオレは、お前の事が」
「この際ですから、はっきりと言っておきます。私は、当分は誰ともお付き合いする気はありません。もし、何かを期待して私のお手伝いをしようとしてるなら、それはお断りします。女王様にもその様に伝えます」
途端にしょんぼりとする二人に、多少の罪悪感が湧かないでもなかったが、仕方がない。
これは自分の心を守る為なのだから。
そう思いながら、理世は込み上げる甘い感情から必死で目を逸らし続けていた。




