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50・城主瀬黒


理世は門番に挨拶をし、六角ろっかく城の中へと入って行った。


内部も、天井は吹き抜けになっていて正面には大きなステンドグラス。

本当に礼拝堂の様で、知らず厳かな気分になる。


――最初に門を潜る時に、門番には六角城訪問の理由を告げた。

起業に関する許可証は城主から直接発行して貰わないといけないらしく「これが城主・瀬黒せぐろ様に面会を希望する方の印になります」と、理世は腕に橙色のリボンを巻かれた。


正面に伸びて行く階段をゆっくりと登る。

そして左右に分かれた階段の内、門番に指示された左側の階段に向かいその先の回廊を二人で歩いて行く。


「緊張しちゃうなぁ…」


瀬黒の人となりは知っている。

非常に美しいが何処か酷薄な雰囲気の姉の夫とは真逆の、多少粗野な感じだが人好きのする笑顔の男。


頭の回転も速く、理世は好感を持っていた。

それに一方的とは言え、こちらは相手を知っている。

なのでそう言った緊張感がある訳では無いが、単純に起業の許可が下りるかが心配だった。


ジーン達が言っていたが、飛天派の領域で商売をしようとした地走派は未だかつていなかったとの事。


5つの城と地底王国の丁度中間の位置にある街・インセクタがこの昆虫国”蟲鳴むめい”の中で唯一、飛天派と地走派がそれなりに混在して暮らしている為、商売をするに困る事は無いらしいのだが、今回理世が店を出すのは思い切り飛天派の領土内である。


両派閥が手を取り合う事に未だに反発を覚えている輩も居ると言うし、万が一許可が下りなかったらどうしよう、と密かに不安になっていた。


因みにインセクタで起業や諸々の許可を得るには、飛天派は5つの城のどれか、地走派は蟻人の女王に申請に行くらしい。


(理世が女王の時に、そういうの経験しておきたかったなぁ…)


気難しい顔をしながら、エラそうに許可証を発行する自分を想像し、理世は思わずクスリと笑った。


「…どうした?」

「あ、いえ、何でもないです。ちょっと緊張しちゃって」


不審な眼差しを向けて来るカイザーに慌てて弁解しながら、理世はふと湧いた疑問をカイザーに聞いた。


「カイザーさんは、インセクトに行った事がありますか?」

「あぁ、時々見張りに行くからな。あそこはオレ達の天敵、鳥の国が近いだろ?」

「え!?鳥の人なんているんですか?だって…じゃあ売ってる鶏肉は!?」

「…何故そこに肉が出て来る?」


だって、小鳥は普通に空飛んでるし、元の世界には居ないけど甘燕とか、それこそ家鴨だって居るのに。

そしたら、この前食べた鶏肉の煮込みの材料は、まさか…!


「お前は余程、過保護に育って来たんだな。まぁその身体なら無理もないが。連中には毎年何人か誘拐されているんだ。ほとんどが翅や硬皮、触角を奪われた状態で見つかる。生きてはいるが、長くは保たない」


「た、食べられてるんですか!?」


「食われる訳ないだろう。あいつ等は奪った翅や硬皮で装飾品や防具を作っているんだ。蜂人の縞の毛並みやオレ達蟻人の硬皮は盾や手甲に良く使われる」


こ、怖い…!そんなの、全然知らなかった!


「特にリッカ。お前達玉虫の翅は奴等の間で高値で取引される。お前は飛ぶ事が出来ないし、近付かない方が良いだろうな」


「気をつけます…」


――そんな話をしている間に、雪の様に白い石造りの扉に金の取っ手が付いた部屋の前に辿り着いた。


扉前の護衛に、腕のリボンを見せる。


「瀬黒様は中にいらっしゃる。何か持っているか?」

「あ、はい…。蟻人の女王様からの紹介状を持ってます」

「そうか。まぁカイザー殿が同行してるなら問題は全く無い。入って良いぞ」

「ありがとうございます」


理世はペコリと頭を下げ、護衛が開けてくれた扉の中に入った。



中は扉と同じ白石の長椅子が並び、本当に教会の様だった。


てっきり、だだっ広い部屋の中で左右にズラリと配下が並び、その先の玉座に王様がふんぞり返っているイメージを持っていた理世はかなり戸惑う。


教会で言う司祭が居る辺りに同じ様に台があり、その向こう側に怠そうな顔をした瀬黒が肘をつきながら何やら大量の書類と格闘していた。


「瀬黒…様」

「おー、カイザー久しぶり。で、その子がアレか、今度ウチの近くで店出したいって甲虫だな?」

「は、はい!リッカと申します。この度は、瀬黒様の治められる六角城下でお店を出させて頂きたくて、そのお願いにあがりました」


カイザーの声に反応し、パッと顔を上げた瀬黒が人の良さそうな笑顔を浮かべる。


「つーか、止めてくれよ、いきなり”瀬黒様”とかさぁ。今まで散々呼び捨てしといて…」

「申し訳ありません」

「いや、だから…」


まぁ良いか、と頬をポリポリ掻きながら、瀬黒は理世の方を向いた。


「店って、何の?」

「あ、主にアクセサリーです…。後は雑貨とか…」

「ふぅん…アクセサリーねぇ…。俺には良くわからねーけど。どんなのか見せてくれよ」

「はい」


そんな事もあろうかと、用意しておいた髪飾りを数点、鞄から取り出して見せた。

背後の護衛が頷くのを確認してから瀬黒の元へ近づき、それらを手渡す。


「へぇ、綺麗だなぁ。これは紫蓮華しれんげか」

「そうです。せっかくお店が紫蓮華の群生地真っただ中にありますから」


髪飾りを手に取り、物珍し気に見ていた瀬黒はおもむろに護衛の方を振り返った。


「なぁ、奥サン呼んで来てくれよ」

「かしこまりました」


(わ、瀬黒さん奥さん居たんだ)


素早く後方の扉の中に消えて行く護衛を見送りながら、理世は軽く驚いていた。

”以前”会った時には確か奥さん居なかった筈。

あぁでも、そっか。蜂人は姫じゃなくても同族同士で卵出来るんだった。


カイザーと待っていると、瀬黒の後方から人影が出て来た。


「えぇっ!?」


少し恥ずかし気に出て来たのは、美しい顔を無残に切り裂かれた蜂人の女性。


(マ、マルハナ!?)

何で、どうして彼女がここに!?


思わぬ再会に理世は思わず大声を上げた。

その途端、マルハナは頬をサッと染め、顔を俯けてしまった。


――瞬間、その場に凍える様な殺気が広がる。


「…何だお前。俺の嫁に何か言いたい事でもあんのか…?」


先程までの柔和な顔から一転、突き刺す様な視線を向けられ、理世は漸く自分の反応がマルハナの容姿に対してのものだと誤解された事に気付いた。


瀬黒はゆらりと立ち上がり、輝きを放ち出した手の甲の紋様を見せつける様に手をかざす。


「瀬黒様!」

「だ、旦那様、お止めになって下さい…!」


慌てたカイザーが理世を庇う様に前に立ちはだかり、青褪めたマルハナが瀬黒の腕に取り縋る。


「どけカイザー。俺の嫁を馬鹿にする奴は例え女でも許さないからな」

「ち、違います!私、そうじゃなくて…!」


樹星の元から地底王国へ連れて行った筈のマルハナ。

記憶の改変の現場にも居た彼女が、六角城に、それも瀬黒の妻になっているなどと夢にも思わなかった。


だが、それを言う訳にもいかない。

ど、どうしよう。何て言えば良いの?


「あの、その、瀬黒様に奥様がいらっしゃるとは知らなかったんです。もし知ってたら、奥様に贈り物をご用意したのに、と思いまして…!」


これはまごう事無き本心だった。

マルハナにまた会えるとわかっていたなら、彼女に合いそうなネックレスの一つでも持って来たのに。


「…マルハナは、いや城主夫人は元々は雁城に居た。そこではあまり良い扱いを受けてはいなかったらしい。城主が事故に遭う直前、我々の元に逃げ出して来た所を保護していた。飛天派との和平が成立してから、王国に遊びに来ていた瀬黒様が見初めたんだ」


カイザーの説明に、そう…と頷きながら、理世は胸の痛みと温かさを同時に感じていた。


樹星さん。理世を庇ったから命を落としたのに、亡くなった原因が事故になっているのね。

マルハナ。理世が名付けた名前のままで、新たな人生を、幸せを掴んでくれた。


(女王様が、”瀬黒様と縁を持った”って仰ってたのはこの事だったのね)


感慨深そうにマルハナを見つめる理世を見て、瀬黒はゆっくりと手を降ろした。

横でマルハナがホッと息を吐いたのがわかる。


「何だ、そういう事か。悪かったな、お嬢ちゃん。結婚する前もした後も、アレコレうるさく言う連中が居たんでちょっとピリピリしてた」

まぁ全員殺したけど。


はは、と笑いながらサラリと言う瀬黒に引き攣った笑みを返しながら「い、いいえ…」と首を横に振った。


理世に謝った後、瀬黒は優しい手つきでマルハナの頬を撫でる。

それに対し、はにかんだ様に笑い返すマルハナは本当に美しかった。



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