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49・六角城へ

暫く、ゆるゆるとした展開が続きます…


甲虫幼女・ヘラに「邪魔なので座って貰っても良いですか」と冷たく言われ、慌ててテーブルに着いたカイザーとフォイアーは理世の淹れたお茶をただひたすら飲み続ける、と言う謎の時間を過ごしていた。


やっと泣き止んだ理世はその様子を見て首を傾げるものの、お腹が空いてないんだろうと勝手に納得をしていた。


(カイザー…。リッカの作ったご飯食べたい…駄目?)

(我慢しろ。さっき言ってただろう、子供達の為に多く作っておいた、と)

(えぇ…。もう、カイザー格好つけ過ぎ…)


コソコソと話す二人の様子を見ながら、クレスは少し気まずそうにしていた。

食べ物を勧めた方が良いのか躊躇している様子が窺える。


そんな弟に対してヘラは「食べないんですか?じゃあ持って帰りますね」と残りを包み、さっさと鞄にしまっていた。



「アトラスさん。ここ、ちょっとお任せしてても良いですか?私、このまま六角城へ行って来ます」


理世はお茶しか飲まない二人に首を傾げながらも、せっかく紹介状があるなら先に許可証を貰いに行って来よう、と思った。

許可証さえあれば、準備が出来次第お店もオープン出来るし、今のペースだとかなり早くその日が迎えられるかもしれない。


「こっちはもう少し時間かかるから行って来て良いぜ。ただし、そこの兄ちゃんどっちかに連れてって貰え」


「え…?何でですか?」


「蜂人の城は全て、飛べないと辿り着けない様になってんだ。城の出入り業者も全部飛天派の連中だしな。病気や怪我で飛べなくなった奴が商売の許可を得るには城下町にある手続き所に行く事になる。だが手続き所はいっつも混んでるからな、ひどい時は1週間待たされる時もあるんだ。せっかく飛べるのがいるんだから直接連れてって貰え。その方が早いぞ?」


「あ…そう、ですか…」


理世は目線を動かし二人の様子を窺う。

途端にそわそわとし始めた二人を見て、理世は大きく溜息を吐いた。


また、どっちか選ばなきゃいけないのか。

じゃあフォイアーに連れて行って貰おうかな。彼には運ばれ慣れてるし。


「あの、フォイアーさん…」


『…ボクを疲れさせないで』


「…っ!」


――あの時の、言葉がフラッシュバックする。

悪気が無かったのは分かってるし、彼が理世を大事に思ってくれてるのは分かってた。


だけど。


(ダメだ。理世、まだ立ち直れてない…)


理世は目を伏せ、唇を強く噛んだ。

ゆっくりと深呼吸をして、顔を上げる。そしてこちらを見つめる顔に向かって声をかけた。


「すいません、カイザーさん。お城まで連れて行って貰っても良いですか…?」

「あぁ、わかった」


無表情で立ち上がったカイザーを押し退け、フォイアーが前に進み出る。


「…どうしてボクじゃないの」

「べ、別に理由は無いです…!カイザーさんの方が近くに居たから…」

「今はボクの方がキミに近いよ…?」


――何なの、その屁理屈。


何よ…理世の事、そんなに好きじゃないクセに…!

どうせ直ぐに嫌になっちゃうんでしょ?分かってるんだから。もう、惑わされないんだから!


「じゃあ理由を言います。カイザーさんの方が色々頼りになりそうなので」

「…ボクじゃ駄目だって言うの?」

「いいえ?()()()()()()()()()()()()()し、単に年上っぽいカイザーさんの方が良いかなって思っただけです。フォイアーさんは子供達の相手、お願いします」


――嫌そうに眉を顰め、黙ってしまったフォイアーの方を見ない様にしながらカイザーの方に向き直る。


「すいません、お願いします」

「……あぁ」


斜め掛け鞄を引っ掛けた理世を、カイザーがそっと抱き上げる。

理世は身体を安定させる為、ごく自然にカイザーの首にしがみついた。


「重くないですか?疲れたら言って下さいね?」


至近距離から少女に顔を見つめられ、カイザーは慌てて目を逸らす。

そして改めて少女の言葉を確認した。


(重いだと…?むしろきちんと食事を取っているのか?)


まるで羽の様に軽い少女の身体にカイザーは不安を覚えた。

ちょっと力を込めただけで壊れてしまいそうだった。


そこでふと違和感に気付く。

少女は足首位まである薄手のワンピースに長袖の羽織り物を着ていて手足を露出しない様にしている。

それは良いのだが、抱き上げた時の感触が甲虫にしては柔らか過ぎる気がする。


端の方でキビキビと片づけをしている可愛らしい幼女も、手足には硬い硬皮で覆われている場所がある。

しかし、この腕の中の少女はどこもかしこもふわふわと柔らかく、頼りない。

羽化不全で固まったままと言う外翅は玉虫らしく硬いのに、何故手足がこんなに柔らかいのだろう。


「どうかしました?」

「いや…。お前、硬皮も羽化不全なのか?」

「どうしてですか?」

「玉虫にしては、身体が柔らか過ぎる」


――瞬間、腕の中の少女がビクリと強張った気がした。

まさか、触れてはならない部分だったのだろうか。


「…すまない。別に良いんだ」


慌てて少女に謝り、空中に舞い上がるカイザーは何故かわからない気持ちの高ぶりに困惑をしていた。


(この感触、オレは知っている気がする)


一瞬、それを少女に伝えてみようかと思った。だが、直ぐに思い止まった。

これもまた良くわからないが、それを話してしまったら二度と、この少女に会えなくなる様な気がした。



********



「ふわぁ…近くで見ると、とっても綺麗…」


カイザーに抱かれて飛び立った後、およそ15分程で六角城に着いた。


城下町に買い物に行った際に、遠目に見た事はあったが近くで見ると姉の居る玻璃鐘はりがね城やかつて行った事のあるかり城とはまた違う趣の城。


玻璃鐘城は”城”と言うよりも”要塞”に近い造りで、何処となく重々しい雰囲気があった。

雁城は中心に城があり、そこから東西南北に朱色の欄干のついた長い回廊が伸びていた。


そしてここ六角城は、真っ白な外壁にステンドグラスの様な鮮やかな硝子が幾つもはめ込まれており、まるで空中礼拝堂の様な造りになっていた。


「素敵…こんな所で結婚式とかしたらきっと、インスタ映えするだろうなぁー…」

「…っ!リッカお前、結婚したい相手はいないんじゃなかったのか!?ひょっとして蠅人と付き合ってるのか!?」

「いませんし、その蠅じゃないです」


面倒くさいので適当に流しながら、城門に歩いて行く。

門扉には不思議な紋様が刻まれていた。


「何のマークなんだろう…?」

「あぁ、これは…」


「…六角城の印だよ」

「へぇ、そうなの…って、何!?」


背後から聞こえる声に、カイザーと共に振り返る。


「フォイアー、お前…」

「だって…納得がいかないんだよ…ボクも一緒に行きたかった…」

だから来たんだ。


そう悪びれもせずに言うフォイアーに、理世は呆れた顔を向けた。


「…私の後をつけたりしないって、言いませんでした?」

「ボクはカイザーの後をつけただけだから…」


「子供達の相手は?」

「…あの子達…生意気…」


ツンとそっぽを向き、子供の様に膨れっ面をするフォイアーの様子に思わずカイザーと顔を見合わせる。

そして二人同時に、笑いだしてしまった。


「お前の方がよほど子供みたいだな」

「ふふ、本当」


理世は笑い過ぎて溢れた涙を指で払い、拗ねるフォイアーの長身を見上げながらふわりと笑った。

途端に真っ赤な顔で俯くフォイアーに「はい」と鞄の中から取り出した紙束を渡す。


「何…?」

「お店の、内覧会の案内です。許可出たら城下町で適当に配って来て貰っても良いですか?」

「な、内覧会…?」


――店の宣伝をするには、これが一番と考えた。

それを聞いたジーンは非常に驚いていたが、同時に感心もしてくれた。

元の世界では良くある事なのだが、こちらではそういった取り組みは新鮮に見えるらしかった。


斑猫はんみょうのナミの印刷所にチラシのデザインを渡し、50枚程お願いをした。

完成したそれを先日、ジーンが仕事のついでに取って来てくれたのだ。


「やだ…。知らない人と話なんて出来ない…」

「大丈夫です。無言でグイグイ押し付けてくれれば良いので。フォイアーさん大きいし、きっと皆怯んで受け取ってくれると思いますから」


フォイアーには30枚渡した。残りは城内で配るつもりだった。


「許可貰えたら、直ぐにカイザーさんに連絡して貰いますから。ここでちょっと待ってて下さい」


待って、置いて行かないで…と悲し気に呟くフォイアーを城門前に置き去りにし、理世はカイザーと共に六角城の門を潜った。



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