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48・傷つきたくない


「アトラスさーん!ヘラにクレスー!お昼ご飯にしましょーよー!」

「おぅ!今行く!」

「わーい、ご飯だご飯だー」


――アトラスが看板やアヒルの置物を作ってくれている間、理世は子供達を連れて六角ろっかく城下の町に買い出しに行った。

アトラス達は今日の夕方には帰るが、理世はまた1週間は泊まり込んで色々準備を進めるつもりだった。


(許可証を発行して貰ったら直ぐにお店を開店出来る所までにしておかなきゃ)


1週間分の食料や日用品、今までは町と店を2往復して揃えていたのだが、今回は人手がある。

特にクレスはまだ子供とは言え流石の甲虫人、力が強いのだ。

他にもちゃっかり、アクセサリー作りに使う材料も購入してそれを持って貰った。


今日のお昼ご飯は、肉巻きおにぎりとサンドイッチ。かぼちゃに似た野菜のポタージュスープに新鮮な野菜のサラダ。デザートは果物。


小麦粉はともかく米が存在するのには非常に驚いたが、米店の従業員が穀象虫こくぞうむしだったのにはもっと驚いた。


施設に居た時、調理担当の職員さんが「美味しいお米なんだけど、コレが湧いちゃうんだよねー」言っていたのを思い出す。

理世含め、子供達できゃあきゃあ言いながら一匹ずつ駆除したりしていたので、穀象虫の見た目は良く知っていた。


米を選ぶ際、薄っすら人型の穀象虫の店員に「これがおすすめですよー」と勧められた米を買った。


ヘラとクレスは「お米食べるの初めて!」と目をキラキラさせていた。

聞くと、飛天派の主食は米で地走派はパンなのだそうだ。

そう言えば、地底王国でもパンばかりだった気がする。


炊飯器は当然無いので、居住空間とは別に誂えてある煮炊き用のかまどに合わせたサイズの鉄鍋を買った。


買い物を終えた後、飛べる子供達は先に帰らせて理世は飛蝗便ばったびんで帰った。



料理を作り終えると、大量のそれらを店の外、敷地内ではあるがちょっと離れた所に置いたテーブルに並べて行く。

このテーブルは以前は店内で短剣を並べていた物だったらしいが、それを見晴らしの良い場所に置いたのだ。


季節になると、紫蓮華に囲まれる事になるこの店。


花の無い今でも、柔らかい草が風にたなびいてとても眺めが良いのだ。

暫くは花瓶に花でも生けて飾っておき、店が軌道に乗って来たらカフェスペースにしようと企んでいる。


「すっげぇ!美味しそう!」

「リッカ凄いね!ヘラにも教えてー?」

「おぉ、これは旨そうだなぁ。でもちょっと多過ぎねぇか?」


理世はうふふ、と笑って薄く加工してある木の皮を取り出す。


「皆、夕方には帰っちゃうでしょ?ヘラ、そこから夕飯作るの大変だろうなぁって思って多目に作ったの。持って帰る分はコレで包んであげるからね?」

サラダは無理だけど、スープは壺に入れてあげるから。


ニコニコと笑うリッカの言葉を聞き「やったぁ」と喜ぶ子供達を見ながら、アトラスは人差し指でポリポリと頬を掻いた。


「ありがとなリッカ。それは凄く嬉しいんだが」


困った様な顔のアトラスに、理世はん?と首を捻る。


「…そこでじーっと物欲しげに見てる兄ちゃん達にも、食べさせてやってくれよ」


「え」


アトラスの目線の先を追い、自分の背後を振り返る。

そこに立っていたのは、鋭い眼差しの長身の蟻人と、クセ毛の前髪で両目を覆ったもっと長身の蟻人。


「や、やぁ…」

「勘違いするな、お前との約束を破った訳じゃない。六角城主への紹介状を持って行く様に女王に言われたから来ただけだ」


理世は胡乱な眼差しで二人を見つめた。

紹介状を書いて下さると仰ってたから、それを持って来てくれるだろうとは思っていた。


でも。


「…別に明日でも良かったんですけど。それに、どうして私が今日ここに来てるってわかったんですか?来るのは明日だって言ってあったのに?」


「それは早朝からお前の後をずっと尾行していたからな」


「…尾行って言うか、ちょっとキミの顔が見たくて夜明け前からお店の前に立ってただけだよ…?そしたらそこの甲虫人のオジサンと楽しそうに待ち合わせなんてしてるから…気になってつい…」


――堂々とストーカー宣言をした二人に、その場に居た全員が言葉を失った。


「キモ…」

「止めなよ、クレス。確かにすごい気持ち悪いけど、それを言葉に出しちゃ駄目」


軽蔑の眼差しで二人を見ながらコソコソと話す子供達を、アトラスはコツンと小突いて黙らせる。


(…全く、リッカ。お前は何だってこんなのばっかりに好かれるんだ)


「リッカ。紹介状があるのと無いのとじゃ許可証発行の時間が全然違うぞ?有難く貰っておけよ」


「わかりました…」


理世は渋々、二人に近寄り「…わざわざありがとうございました」と右手を差し出した。


「あ、あぁ…」

カイザーが軍服の胸元から紹介状を取り出し、理世に手渡す。


それをひったくる様に受け取った理世は「では、また明日よろしくお願いします」と素っ気なく言いクルリと背を向けた。


「リッカ!」


アトラスの大声に、理世はビクリと身体を震わせる。

恐る恐る顔を上げると、温厚なアトラスの顔に見た事も無い様な厳しい表情が浮かんでいた。


「リッカ。何が気に食わないのか知らねぇが、仮にも女王の使いで来てるんだぜ?お前がそんな扱いをしてるって事が周りに伝わったら、女王の顔が立たないだろ?それにお前はこれから商売をやって行くんだ。幾ら気に入らない事があっても、それを態度に表すもんじゃねぇ」


声を荒げた所など見た事もないアトラスに叱られ、驚いた理世の大きな瞳にみるみる内に涙が浮かぶ。


「はい…ごめんなさい…」


――わかってる。自分の態度が良くない事なんて。

でも、カイザー達が”また”理世に構って来るから。

理世はもう、彼らとは関わらないって決めたのに。


だって、もう2回も言われたんだよ?

”疲れる”って。


多分、理世のこう言う、直ぐ感情を出しちゃう所が駄目なんだろうなって思う。

理世はまだフォイアーの事が好きだし、カイザーの事だって気になってる。

だけどもう、傷付くのは嫌なんだもの…!


「…うぅ…ふえぇ…」


堪えきれなくなり、大粒の涙をボロボロと溢しまるで子供の様にしゃくりあげる。


でもそうだよね、これはお仕事なんだもの。

一人で生きていく為に始めた、大事なお仕事。

公私混同しちゃいけなかったんだ。


「お、おいリッカ…!」


「ちょっとパパ!最低!リッカは飛竜ひりゅうとかヤバいのに言い寄られて困ってたの知ってるでしょ!?こんなデカい二人組にグイグイ来られて、怖いに決まってるじゃない!自分を守る為に強気に出て何が悪いの!?」

「父ちゃん、いつも俺に”女の子に優しくしろ”って言ってるクセにさぁ…。母ちゃんが見たら怒るだろーなー」


「す、すまないリッカ!オレ達が悪かったから、泣かないでくれ…!」

「リッカごめんね…!ボク、もう後をつけたりしないし待ち伏せもしないから…!」


――厳しい顔から一転、オロオロとし始めるアトラスに子供達からの容赦ない言葉が突き刺さる。


「い、いや、俺はただ…」


正に飛竜の事があったから、敢えて蟻人の若者達を庇ってみせた。

この二人がどういう性質なのか自分にはわからない。

だから飛竜の時の様に、相手のプライドを傷付けない様に殊更リッカに厳しく振舞ってみせたのだ。


後でフォローすれば良いと、簡単に考えていた。

まさかこんなに泣かれるとは思ってもいなかったアトラスはすっかり狼狽えてしまった。


「わ、私こそごめんなさい…。紹介状、どうもありがとうございました…。お昼ご飯、私の作ったもので良ければ、どうぞ…」


グスグスと鼻を啜りながら、テーブルの上を指し示す理世にカイザーとフォイアーはどうしたら良いのかわからず、ただ立ち尽くしていた。



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