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47・緑の家鴨


理世は蟻人の女王と蜂人の姫が店に現れた翌日、新店舗に来ていた。


本当は明日、来る予定だったのだが女王一行が店を出て行ってから程無くして、刀鍛冶のアトラスが店を訪ねて来たのだ。


「おぅリッカ。元気か?」

「はい!えーと、さっきまで元気奪われてましたけど、アトラスさんの顔を見たら元気になりました!」

「…お前な、そういう事を誰彼構わず言うんじゃねえよ。ジーンにも言われたろ?」

「誰彼構ってますよー。他の人には言わないもん。それに、抱き着いたりもしてないし…」


子供の様に頬を膨らませる理世を見ながら、アトラスは頭痛を堪える様に額を押さえた。


「だから、そうじゃねぇっつーの。まぁ良い。本題に入るぞ。俺の工房にちょっと修理が入るんでな、明後日まで休みなんだよ。だから明日、開店祝いを兼ねてお前の店の看板作りに行ってやろうかと思ったんだがどうだ?勿論、ヘラとクレスも連れてくけどな」


「嘘…本当に!?」

「おう、本当に。店の名前はもう考えたのか?」

「ううん…まだです…」


色々考えてはいるのだ。

だが、なかなかいい名前が思い浮かばない。


因みにジーンの店は”ジーンの布地屋”である。


「実は気になってる事があって」

「何だ?」

「ジーンさんの妹さん。彼女がやりたがってたお店、凄く頑張ってたんならお店の名前考えてらっしゃったと思うんです。その名前、何かなぁって…」


ただ、ジーンは、妹の夢を引き継ぎながらも店の名前は自分の名前にしている。

まだ聞いていなかったのかもしれない。


「…緑の家鴨あひるだよ」


何時の間にか帰って来ていたジーンが、大量の紙束をはみ出させた鞄を背負って立っていた。

ただいま、と言いながら理世の頭をポンポンと撫でる。


「ジーンさん!お帰りなさい!」

「リッカ。妹が店の名前にしようとしてたのは、緑の家鴨。アタシにはあの子の夢は宝物だったから、敢えて店の名前にはしなかったんだよ」


でも、と理世に向き直り「アンタがもし、この名前を使ってくれるなら妹はきっと喜ぶと思う」と真剣な瞳で理世を見つめた。


緑のアヒル…。

この世界は虫が喋ったり人型になってるだけで、魚や鳥、牛や豚も普通に存在する事はもう知ってる。

アヒルだって勿論いるけど、普通の白いアヒルで緑のアヒルは居ない。


うん、凄く良い名前。

可愛くてちょっと不思議で、理世の思い描いてるお店のイメージに合うかも!


「ジーンさん、お店の名前、”緑の家鴨”にします!良いですか?」

「リッカ…。勿論だよ…!」


「よし、じゃあ青銅を使って緑の家鴨を作ってやるよ。それを店の前に置くと良いんじゃねーか?」

思わず涙ぐむジーンの肩を軽く叩きながら、アトラスが豪快に笑いながら言った。


「ありがとうアトラスさん!その代金も借金の中に入れておいて下さいね?」


「馬鹿。開店祝いなんだからタダで作ってやるよ」

「リッカ、遠慮しないでやって貰いなよ」


アトラスとジーンに同時に言われ、理世は暫く戸惑った顔をしていたものの、やがて嬉しそうに頷いた。



********



カイザーはフォイアーと共に甲虫の街、シェラックで宿を取っていた。

上着を脱いだ状態でベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を眺める。


それにしても、昼間に会った甲虫の少女。

フォイアーの願いを受けて銀蘭の丘に行くべくこの街に来た時に、道の端で転んでいるのを見た。

何故か、少女の身体に怪我が無いかが妙に気になった。


今思えば、あの時から自分もおかしくなって来た気がする。


少女・リッカが蜻蛉人の男に乱暴されたと耳に挟んだ時には、形容しがたい怒りが湧いて来て、自分でも内心驚いていた。

女王が彼女の手伝いをする様に、と命じてくれた時には、らしくもなく胸が躍った。


あの愛らしい少女の側に居られる、と。


しかし、少女はあくまで仕事として付き合いたいと遠回しに言って来た。

何度もフォイアーと粘ったが、彼女は頑として聞き入れてくれなかった。

ならばせめて、とその時から手伝いをする事を申し出たが、「契約は明後日からです」と素っ気なく言われてしまった。


リッカにそこまで言われてしまっては、流石にあれ以上無理を言うのは気が引けた。

取り敢えず引き下がったが、どうせ明後日には六角城近くまで行くのだ。

このままシェラックに宿を取った方が効率が良いと考えた。


その旨を伝えると、女王は二人が側を離れる事を快く許可してくれた。


「くれぐれも、リッカさんにご迷惑おかけしない様に。ですが、申し訳ありませんが一月後の美琴姫との会談の時には戻って頂けますか?」


「かしこまりました、女王」

「わかった…」


――確か、リッカの店も一月後辺りで開店する予定だと言っていた。

まさか同日になる事は無いだろうが、万が一そんな事になったら。


「カイザーさん?どうなさいました?」

「いいえ、何でもありません」


考えても仕方が無い。

もし、そうなったらその時はその時だ。


そう開き直り、フォイアーと共に街外れの宿に向かった。



考え込んでいたカイザーは、部屋の扉がノックされる音に気付いた。


「…誰だ」

「ボクだけど…」

「フォイアー?どうした?」

「うん…ちょっとカイザーに話したい事があって…」


カイザーは少し首を捻り「ちょっと待て」と言うとベッドから起き上がって扉を開けてやった。

扉の向こうには、風呂あがりなのか髪の毛により一層クセのついたフォイアーがだらしなくシャツを着崩し、立っている。


カイザーは宿に風呂など無くても良い、と言ったのだが「嫌だ…。明後日にはあの子に会うのに…」とフォイアーが愚図り、それもそうかと少し値の張る宿にしたのだ。


「どうした?」

「うん…ちょっと、カイザーに話しておきたい事あって…」

「何だ?話しておきたい事って」

「うん…」


ともかく部屋に入れ、とフォイアーを掴んで中に入れる。


「で?話とは?」

「あのね、カイザー…。ボク、あの子の事好きになっちゃったみたいなんだ…」

「あの子?」

「リッカ…。玉虫の子…」


(成程。そういう事か)


フォイアーがリッカを気に入っている事位、とっくに気付いていた。

店でもやたら触りたがっていたし、側に居たそうにしていた。

この宿に泊まる事になったきっかけだってそうだ。


だが。


「…奇遇だな。オレもだ」


自分も、彼女に惹かれていた。

彼女の声を聞いていると、どこか胸を締め付けられる様な感覚に陥る。

カイザーは自分よりも背の高い、フォイアーの顔を見上げながら真面目な顔で答えた。


「えぇ…。また…?」

「?また、って何だ」


フォイアーはあれ、と言った顔になる。

まるで自分の発した言葉の意味を良くわかっていない様なその様子に、カイザーも訝し気な顔でフォイアーを見た。


「大丈夫か?」

「あ、うん…。大丈夫…。何でかな…」


うーん、と首を傾げながら「でも」と前髪の隙間からカイザーを真っすぐに見つめ「カイザーには負けないからね…」と何処か挑戦的な眼差しで宣言をした。


その眼差しを受けたカイザーは、己の内側に微かな諦念と喪失感が沸き上がって来るのを感じた。

そうか、と平静を装いながらも既に敗北を認めたかの様な己の感情に、酷く苛立ちを覚える。


「オレも、お前には負けたくはない。…だが、お前はこうと思ったら真っすぐだからな。その勢いで欲しいものを手に入れられるかもしれない」


「カイザーは格好良いから…。あの子、きっとカイザーを好きになる…」


「お前に褒められるとは思わなかったな。だがアルメーがよく文句を言っていたぞ?お前は”女に興味無さそうなのにやたらモテる”と。見た目もあるんだろうが、お前の何考えてるか良くわからない所が女の気を引くのかもしれないな。話す事は一々無神経だが、それも可愛いと思われているのかもしれない」


「えっと…それ褒めてるの…?」


「勿論だ」


――相変わらず真面目な顔で頷くカイザーの顔を見下ろしながら、フォイアーは思う。


おかしい。自分はかなり独占欲が強い筈なのに。

何故、こんならしくない事を思う?


良くわからない、何故こう思うのか良くわからないが、あの子の笑顔を側でずっと見ていられるならカイザーと二人で彼女を愛し、支えていくのも悪くないかもしれない。


そんな事を考えながら、カイザーの顔をただじっと見つめていた。




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