46・理世VSカイザーとフォイアー
「あ、あのぉー…」
ピリピリした空気に耐えられず、理世は二人の間に割って入った。
「なぁに?」
「なんですの?」
途端に美しい、花の様な笑顔を向けて来る二人。
理世は思わずたじろぐ。が、言うべきことは言わないと、と勇気を振り絞った。
「えっと、女王様。コサージュは必ずイメージ通りにお作りします。もし、ご不満や不備がお有りでしたらお届けに行った配達員に行って頂ければ直ぐに直しますので遠慮なく仰って下さいね?そして姫様。簪、気に入って頂けて良かったです。お代は金貨2枚と銀貨1枚でどうでしょう」
「や、やだごめんなさい!私ったら、お金払うの忘れてたわ!」
美琴は後ろに控えていた蜂人の少年・季彩から財布を受け取ると、急いで言い値を支払った。
季彩はさり気なく、来店と同時に美琴が目をつけていたワンピースの支払いも行っていた。
「どうもありがとうございました」
「こちらこそありがとう。必ず使わせて頂くわ。それで、さっきの許可証の事だけど…」
「お気遣い嬉しいです姫様。でも、今回は女王様のご好意に甘えようかと思います。私は地走派に属する者ですし、他の飛天派の方達に不公平感を与えなくて済みますし…」
そう。幾ら和睦をしても、地走派は地走派で、飛天派は飛天派。
飛天の姫が一介の小娘に肩入れをするのはあまり良い事ではないと思えた。
姉は賢い人だ。きっとわかってくれる。
理世は祈る様に美琴を見つめた。
「…わかったわ。じゃあお店が開店したら必ず知らせてね?約束よ、リッカ」
「わかりました」
――名残惜し気に帰って行く美琴を見送った後、理世は店内に取って返した。
「女王様、許可証の件ありがとうございます。お手数おかけして申し訳ありません」
「いいのですよ。頼って頂けて嬉しいですわ。ところでリッカさん、準備をお一人でなさるのは大変なのでは?どうなさってるんですの?」
「はい、ここから六角城までは遠いので、内装に使う壁紙とかは全部六角城下の街で買ってるんです。それで1週間単位で泊まり込んで…」
「まぁ、お一人でですの?」
「はい、そうです。でも、飛蝗便の停留所がお店の近くにあるので、買い物もそんなに大変ではないですよ?」
交通費はちょっとかかっちゃいますけど。
そう言うと、理世は照れた様に笑って見せた。
「…まだ痛いの?」
「え…?」
「羽。まだ痛いの…?」
理世にグイ、と近付き長身を屈めて肩の辺りを見つめながら、フォイアーがボソリと問い掛けて来た。
「いえ…どうしてですか?」
「キミのお店、場所的に元武器屋だった所だよね…?キミも言ってたみたいに、そこから城下町はそんなに遠くない…。十分飛べる距離だよ…?交通費気にするなら、どうして飛ばないの…?」
理世はグッと言葉に詰まった。
そっかぁ…飛べる人はソコ気にするのね…。って言うか鋭いなぁ、フォイアーのくせに。
しかし、ここに気付かれた以上はあの言い訳を言うしかない。
(あー、じゃあお姉ちゃんにも訂正しておけば良かった…)
「あ、あの…。実は私、元々飛べないんです…。姫様に会った時には、ちょっと言い出せなくて…」
「…どういう事?」
「生まれつき、外羽が固まってくっついちゃってるんです。”羽化不十分”?とか何とか…」
シン…と静まり返る店内に、理世は罪悪感で居心地が悪くなった。
何だか、嘘ばっかりついてるなぁ。
「…け…せんわ…」
「はい?」
「尚更いけませんわ!そんなお身体で、お一人で色々準備をなさったり、なによりもこんなお可愛らしい貴女が郊外のお店に一人で泊ってるなんて!皆さんもそう思いますでしょう!?」
血相を変えて理世に詰め寄る女王に、理世は少し後退った。
ど、どうしちゃったの急に。
「オレもそう思います。そもそも飛べないのなら飛天派の地域よりも地走派の方に店を出した方が良い」
「ボクも…。キミ、鈍くさいけど可愛いし良い匂いするし…」
「全く、危機管理意識の低い小娘ですね」
「うーん確かにー。蜻蛉の時みたいに、襲われたら困るもんね」
「誰か、飛べる奴雇ったらどうだ?」
――最後のシュバルツの言葉に、女王ナーデルはポンと手を叩いた。
「そうですわね、それが良いですわ。リッカさん、ここのカイザーとフォイアーを護衛を兼ねたお手伝いに出しますからどうぞご自由にお使いになって?」
女王の思わぬ申し出に、理世は大慌てで首をブンブンと振る。
「いえいえ!皆さんは女王様のご結婚相手でいらっしゃるんですよね!?そんな方達をお手伝いになんて、そんな…!」
あら、とナーデルは美しく笑う。
「フォイアーはもう、わたくしの配偶者候補から外しているんですの。そしてたった今、このカイザーも外れましたわ」
「「「「え!?」」」」」
理世のみならず、クーゲル達3名も驚きの声を上げる。
フォイアーと当のカイザーは、表情の窺い知れない顔をしていた。
「い、いえいえ!あの、有難いんですけど私のお店は装飾品を扱うんです。こんな身体の大きい男の人二人にウロウロされたら、ちょっと困っちゃいます…」
せっかくのナーデルの申し出、出来れば角が立たない様に断りたいがここはハッキリと言うしかない。
理世は申し訳なさそうな顔をしながら、おずおずと伝えた。
それを聞いたナーデルは少し思案した後、両手を腰に当ててカイザーとフォイアーの方を向く。
「…二人共、リッカさんの邪魔にならない様に出来ますね?」
「はい」
「出来ると思う…」
――幼稚園児か。
理世の突っ込みも虚しく、ナーデルは「はい。では頑張って下さいね?」と満面の笑みを浮かべていた。
◇
やんわりとナーデルに押し切られた理世は、仕方なしに二人を臨時で雇う事で合意した。
無償のお手伝いは諸々頼みにくいので嫌だ、と譲れない部分を主張したら、そこだけは渋々折れてくれた。
「あの、このお店に居る時は私はジーンさんに雇われてる身分なんです。だからお二人には新しい店舗の方でのみお手伝いをお願いします。労働条件に関しては書類作っておきますので、明後日新しいお店までいらして頂けますか?出来れば、お昼前位でお願いします」
「でも、明後日キミはここから飛蝗便で行くんでしょ…?ボクが飛んで連れてってあげるから、明後日まで街に泊まってても良い…?そうしたら交通費かからないよ…?」
「駄目です。今日は帰って下さい。雇うのは明後日からです」
「どうして…?」
「駄目と言ったら駄目です」
「交通費、気にしてたクセに…」
不満を訴えるフォイアーと頑なに拒む少女を、カイザーは一歩後ろに下がって見ていた。
何となく、入り込めない雰囲気が漂っている気がする。
だが、カイザーは怯む事なく二人に近寄り、フォイアーとの間に割り込んで行った。
そして厳しい顔で理世に向き直る。
「明後日からまた暫く泊まり込むんだろう。荷物も沢山あるだろうし、オレ達が居た方が良い」
「ですから、お仕事は明後日からで大丈夫ですってば…!」
「何かあったらどうする。オレ達が側にいれば守ってやれる」
「…じゃあ、お二人からは誰が守ってくれるんですか?」
理世は腕組みをし、下から見上げる様にしてカイザーを睨み付けた。
「な、何だと…?」
狼狽えるカイザーを他所に、理世は人差し指を頬に当てながら可愛らしく首を傾げた。
「あ、お二人に襲われちゃうって思ってる訳じゃないですよ?そこまで自惚れてはいませんから。あのですね?お店を開店したばかりの小娘が男の人を二人も連れ込んでるって思われたら困るんです。お客さんが来なくなっちゃうかもしれませんし、変な風に誤解されて私が結婚とか出来なくなったらどうしてくれるんですか?」
「結婚…したい相手が居るのか!?」
「まだ居ませんけど」
「な、ならば別に…!」
「私の今後の事を考えて下さい。今はお仕事が楽しいですけど、将来的には温かい家庭を築きたいなぁ、なんて思ってるんですから。その前に変な評判とかついたら困ります」
ただでさえ、”羽付き”の皆さんは目立つのに。
そう膨れっ面をする理世に、流石のカイザーも言葉を失った。
「とにかく、私がお二人を雇うのは明後日からです。それまで街に滞在するのは好きにして頂いて良いですが、私は飛蝗便で行きますので、またあちらのお店でお会いしましょうね?」
きっぱりと言い切る理世の言葉に、カイザーとフォイアーは渋々、頷いていた。




