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45・姫VS女王


理世は揺さぶられながら、姉・美琴みことに何とかして話掛けようと試みる。


「あ、あの…」

「そうだ!貴女、あの暴力彼氏とはどうなったの!?ちゃんと別れた?また酷い事されてない?」


いや、彼氏では無いし暴力も振るわれてないから!


「ち、違います、あの人は彼氏ではなくて」

「あのね?確かに見た目はお洒落な感じで格好良かったわよ?でも、見た目だけで選んじゃ駄目よ?何かあってからでは遅いんだからね?」


だから違うって言ってるのに。

最早遠い目をしている理世の手を離さないまま、美琴は尚も言い募る。


「もっとこう、包容力があるって言うか…何?」


――美琴は自分の肩をポンポン、と叩く手に気付いた。


肩に乗せられた手を見つめ、首を少し傾げ、そしてそっと後ろを振り向いた。


「あら、ナーデル女王お久しぶり。偶然ね、今いらしたの?」

「ごきげんよう、美琴姫。むしろ先程からおりましたわ。ところで、今のお話は何ですの?」

「あぁ、この子の事?彼女とは先日蛾人の里で出会ったの。その時、蜻蛉人とんぼびとの彼氏がこの子を抱えて飛んだかと思ったら、いきなり地面に落として行くものだから…」

「まぁ!何て野蛮な…!」


美琴と女王・ナーデルが話し始めたのを見て、カイザーとフォイアーも店内に入って来た。

理世は押し寄せる頭痛を堪えながら、「あの、姫様、本日は何を…」と必死に話題を変えようとする。


「何って、この前言ったでしょ?そこに居るナーデル女王と会談するから、衣装に合うアクセサリーを貴女のトコに見に行くかもって」

「あ、そうでした。それで、新しい衣装も、やはりそう言った袴タイプのものですか?」

「えぇ、そうよ?」


やっぱり。

理世は内心でガッツポーズをした。

動きやすい服装が好きなお姉ちゃんなら、きっとそうすると思った。

恐らく青系で、金色も入ってる感じで選んだんじゃないかな。


「ちょっとお待ちくださいね」


理世は想定して作っておいたかんざしを取りに店の奥へと向かった。

店に出さずに仕舞っておいたそれを持ち、美琴の元へと戻る。


「!?っきゃ…!」


急いでいた為か、床の継ぎ目に足を引っかけてしまった理世は、簪を持ったまま前につんのめった。

反射的に、壊さない様簪を胸に抱いて庇う。


「…大丈夫?キミ、本当に鈍くさいね」


横から伸びて来た長い腕に抱き止められた理世は、ホッと安堵の息を吐く。

良かった。簪を壊さずに済んだ。


「ありがとうございます」


…最後の一言はムッと来るけど、助けて貰ったお礼はちゃんとしないとね。

理世は助けてくれたフォイアーにふわりと微笑みかけ、お礼を言った。


「…」

「…?」


抱き止めた腕をなかなか離そうとしないフォイアーに、理世はおや、と言う顔を向ける。


「あの、もう離し…きゃあっ!」


不意にぎゅう、と抱き締められ、理世は悲鳴を上げた。

な、何、急に!


「キミ、何か良い匂いがする…」

ぎゅうぅ…とますます力を籠められ、理世はジタバタと暴れた。

それを見ていたカイザーが無言で近寄り、理世からフォイアーを引き剥がす。


理世は急いで後退り、フォイアーから距離を取る。

信じらんないこの人!よりにもよって、女王様の目の前で!


「申し訳ありません、リッカさん。部下が失礼を致しました」

呆れた様な顔でフォイアーを一瞥したナーデルは、理世に向かって深々と頭を下げる。


「い、いいえ…」

「…何故、飛ばなかったんだ」

「え?」


唐突に話掛けられ、理世は驚いてナーデルの背後を見た。

カイザーが、何処か憮然とした顔つきで、真っすぐに理世を見ていた。


「その男に落とされた時、何故飛ばなかったんだ?男の気を引く為に、当てつけたのか?」


「ち、違っ…」

違います、と理世が答える前に、カイザーの頬が鳴った。


「…失礼な人ね。この子は羽を痛めてたの。落石にあったんですって。男の気を引く為、なんて良く言えたものね。かなりの高さから落ちたのよ?身体中を打ち付けていた様に見えたわ。それに、ソイツはその後助けもせずに飛んでっちゃったのよ!?」


怒りに震える美琴は、カイザーの頬を打った事に、内心酷く驚いていた。


(どうして、どうして私はこんなにムキになってるの…?)


わからない。ただ、どうしても許せなかった。

この可愛らしい子をあんな下世話な推測で貶めるなんて。

私の、大切な――を、あんな言い方で…


「カイザー。今直ぐお嬢さんに謝罪なさい」


ナーデルの声に、美琴はハッと顔を上げた。

カイザーを見つめる、その凍てつく視線に思わず息を飲む。


「…失礼な事を言って悪かった。許してくれ」


大人しく頭を下げるカイザーに、「あ、いいえ…」と理世は慌てる。

と言うか、この部分の誤解はどうにかしておきたい。


「あの、彼は本当に恋人とかじゃないんです。いえ、付き合って欲しいって言われてたんですけど、ずっとお断りしてました。それで、あの日はちょっと色々行き違いがあって…」


「そうだったの。それでも許せないわ。思い通りにならないからって、怪我してる女の子を空から落とすなんて」


「あ、それも誤解です。彼が落としたんじゃなくて、私が飛び降りたんです。家に連れて行かれそうになって焦ってしまいました。彼は助けに来てくれたんですけど、私が必要無いと言ったんです」


さぁ、もうこの話は終わりにしましょう。ご心配ありがとうございます。

理世はそう締めくくり、「姫様、これを」と簪を美琴に差し出した。


「…!素敵…!」


――青みがかった翠の貝を削り、美琴の住まう玻璃鐘はりがね城の周囲に咲く”翠花すいか”を作った。

幾つか作ったそれを、世界樹の樹液から取れる”透明琥珀”と繋げて簪から垂らす。

髪につけると、シャララ…と耳触りの良い軽やかな音が鳴るのだ。


「凄いわ!見て季彩きいろ!これ、まるで私の為に作ってくれたみたい!…って言うか、もしかしてそうなの!?」

「はい。蛾人の里で姫様が”機会があったらお店に行く”仰って下さいましたから」

「言ったけど…。でも、確実に行く保証も無いのに…」


(お姉ちゃんの性格だと、来てくれると思ってたよ)


「いえ、何となく来て下さるかなぁって思ってたので」


手を後ろ手に組み、嬉しそうに微笑む甲虫の少女に、美琴は何処か懐かしい感覚を覚えた。

何だろう。蛾人の里で出会った時から、何故だかこの危なっかしい子から目を離せない。


「ありがとう。本当に嬉しいわ」


美琴は簪をそっと胸に抱いた。そうするととても、温かい気持ちになる。

今日は来て良かった。良い物が手に入ったのと、何よりこの子を喜ばせる事が出来た。


美琴はふと、少女を撫でてやりたくなりその髪に向かって手を伸ばした。

しかし、伸ばした手は少女に届く前に、スカッと空を切る。


ナーデル女王がニコニコと微笑みながら、理世を後ろに引っ張ったのだ。


「…何のつもり?」

「いえいえ。美琴姫、とても美しい髪飾りですわね。とってもお似合いですわ?」

「ありがとう。ところで、ちょっとその子を返してくれない?」

「申し訳ございません美琴姫。彼女には”先に来ていた”わたくしが話したい事があるんですの。美琴姫は髪飾りを手に入れられましたでしょう?もうお帰りになられては?」


おっとりした言葉に乗せられた圧力に、美琴はうっ…と唇を噛む。

確かにさっき『先程から居た』と言っていた。

それに、後から来た自分が割り込んで行ったのだ。


黙ってしまった美琴を置いて、ナーデルは理世の方をむいた。


「ではリッカさん。わたくしもお願い致しますわ。わたくしは濃い紫色のドレスを着るつもりですの。先程のコサージュ、はわたくしに合わせて作って頂けますか?」


「はい、勿論です」


理世は双方の間に漂う、不穏な空気に戸惑いながらも大きく頷いた。


「そうそう。六角城の近くで開業、と言う事は六角城主に許可証を発行して貰わないといけませんわね。丁度、城主の瀬黒せぐろ様と我々は先日ご縁を持たせていただきましたの。わたくし、事がスムーズに進む様に紹介状を書いて差し上げますわ」


「本当ですか!?」


許可証の手続きは面倒だからと後回しにしていた理世は、手を叩いて喜ぶ。

ナーデルは優しく微笑み、「えぇ」と頷いてみせた。


「ちょっと待って!瀬黒君にだったら紹介状なんか無くても、私が一言伝えておいてあげるわよ?ウチの弥未やみと瀬黒君は親友だもの」


得意そうに”瀬黒君”と親しさをアピールしながら再度割り込んで来た美琴に、ナーデルは今度こそあからさまに顔をしかめた。


「あら、まだいらしたのですか美琴姫。随分お暇でいらっしゃいますのね?」


「暇ではないわよ?なぁにさっきから。あぁ、もしかしてこの子が”私の為に”簪を作ってくれていた事に嫉妬してるとか?嫌だわ、そんな暇があったら、いきなり抱き着いたり失礼な事を言ったりする部下を教育し直された方がよろしくてよ?」


「うふふ、美琴姫は無邪気でお可愛らしいですわね。仮にも他城主を”君”つけで呼ぶなど、まるで子供の様ですわ」


――突如として店内に緊張が走る。


うふふ、あはは、と微笑み合いながら見えない火花を散らす二人の姿に、その場に居る全員が硬直していた。


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