42・本当の名前
「はぁ…間に合った」
理世はそう呟くと、自室の机に突っ伏した。
立葉への納品は明日。漸く、注文のブローチが出来上がった。
造り上げたブローチは3つ。
先ず1つ目。銀色の絹織物を花びら型に切り、それを組み合わせて縫い、ピンにくっ付けてコサージュの様にしてみた。
花芯の部分には、鉱物屋に行って宝石の欠片を分けて貰い、それを使い花びら部分は銀色に濃淡をつけ、遠くから見ると立体的に見える様にしてみた。
2つ目はその宝石の欠片を組み合わせて台にくっつけ、紫と桃色の小鳥が飛んでいる様に見える形にした。
3つ目はアトラスに急遽追加して作って貰った少し大きめの、細長いピンに”翠花”の小花がぶら下がっている様に見える、ブローチと言うよりもストールや羽織り物を留める様なピンを作った。
”翠花”はこの世界の花について調べている時に、ジーンから教えて貰った透明感のある翠色の美しい花。
草むらに良く居る、”碧玉蛇”と言う巨大な蛇が落とす鱗の色に似ている事から、この花をモチーフにしようと考えたのだ。
鱗は草むらを這いずり回って拾い集め、樹脂で固めて花びらに仕上げた。
どれも納品が惜しくなる程の出来栄え。ジーンも手放しで褒めてくれた。
そのジーンは、理世が”告白”をした時には大層驚いていた。
自身が”羽無し”である事は元より、”記憶の改変”を行った事、何故それをするに至った経緯なども言葉を尽くして説明をした。
聞き終わった後、暫く難しい顔をしていたジーンの姿に不安になったが、例え信じて貰えなくても、騙していた事に対して罵倒されても、それを受け入れようと思っていた。
「あの、ジーンさん…」
――恐る恐る声をかけた理世を待っていたのは、優しい抱擁だった。
ジーンは特に何も言わなかった。
嘘をついた事に関して、否定も肯定もしなかった。
ただ一言。
「馬鹿な娘だね…」
そう言って、後はひたすら抱き締めてくれていた。
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地底王国の訓練場で、カイザーは疲れた様に座り込むフォイアーに近付き、声をかけた。
「フォイアー、まだ眠れていないのか?」
「うん、あんまり…。怖いんだよ、寝るの…」
「そうか…」
女王から話を聞いた後、直ぐにフォイアーに話を聞きに行った。
最初は『何でもない』と頑なな態度を崩そうとしなかった。
そこでカイザーは先に自身の身に起きている違和感についてフォイアーに話をした。
何かに対する喪失感に加え、ここの所は幻聴も聞こえる様になっていた事を。
『カイザー、ねぇ――を部屋に連れてって?』
とても、好ましく可愛らしい声。
だが、女王では無かった。声が違うのだ。
カイザーが弱みを晒した所で、フォイアーも素直に色々話してくれる様になった。
『このまま夢から覚めないと良いのに』
『最近は目が覚めた瞬間に、死にたくなるんだ』
そう聞いた時には、流石に心配で蜘蛛人の医者に頼んで眠り薬を貰って来てやった。
『これなら、夢を見る事無く眠れるよ』と言われた少し強力なソレをフォイアーに渡してやったが、どうやら使ってはいない様だった。
後で酷く苦しむとわかっていても、夢の中の”誰か”に一瞬でも会いたいのだろう。
「…少し休んでろ」
座り込み、項垂れるフォイアーの頭を軽くポンと叩くと、カイザーは再び訓練に戻って行った。
********
「これは…素晴らしいわ…!」
納品した作品を見た時の、立葉の感嘆の言葉に、理世は内心でガッツポーズをした。
自分でも会心の出来だと思う。
「ありがとうリッカさん。貴女に頼んで良かったわ。では、この3つで金貨12枚払わせて頂くわ」
「き、金貨12枚ですか!?」
此方から金額を提示する前に、立葉から告げられた金額を聞いて理世は目を見開いた。
嘘でしょ。
理世は3つで金貨5枚って思ってたのに。
「えぇ。私のお店では一つ金貨7枚、もしくは8枚と銀貨1枚で売るつもりよ?」
それでもきっと、直ぐに売れてしまうと思うわ。
サラリと言う立葉に、理世は言葉を失った。
嬉しい。嬉しいけど、本当に!?
「すごいねリッカ!良かったじゃない!」
まるで自分の事の様に喜ぶジーンに、理世ははにかんだ笑顔を向ける。
そんな二人を微笑ましそうに見ていた立葉が、「あぁっそうだわ」と何かを思い出した様な顔を理世に向けた。
「ねぇリッカさん。ここからは少し遠いのだけど、六角城の近くに良い空き物件があるの。元は武器屋。だから石造りの建物で頑丈に出来ているの。短剣や爪を陳列していたケースはそのままになってるし、宝石や装飾品を並べるのにも良いと思うわ?此方と同じく2階に居住区があるから、仕事場に通う手間も無い。欠点と言えば、ちょっと城下町からは離れている所かしら」
「はぁ…」
唐突な話に、理世とジーンは顔を見合わせる。
立葉はクスリと微笑み、話を続けた。
「でも、貴女の作る装飾品なら絶対にお客が来ると思うわ。武器屋って基本的に周囲に危険生物が多く住んでいる所に作るのが一般的なんだけど、そこは紫蓮華の群生地の真ん中にあるの。環境も良いわよ?」
一瞬早く話を理解したジーンの顔が驚きと喜びに包まれて行く。
「リッカさん。そこでご自分のお店を持つ気はない?その気があるなら、私が仲介してあげる」
――立葉の顔を見つめ、ジーンの顔を見つめ、漸く話を理解した理世は突如降ってわいた幸運に、ただ混乱をし立ち竦んでいた。
◇
「リッカ、どうするの?アタシ的には凄く良い話だと思うよ。アンタの装飾品造りの腕も、洋服のセンスも良いし、珍しい物を作る事も出来る。いずれは自分の店を持たせてやりたいって、思ってたし…」
そう言ってくれるジーンに、理世は緩く首を振る。
お店は持ちたいが、ここシェラックからそう遠く離れるつもりは無かった。
六角城と言えば、蜂人の城。
その近くと言う事は、空き店舗のある場所は飛天派の真っただ中になるのではないだろうか。
和平が成り立った今、身の危険はそう感じないが理世の懸念は”移動手段”だった。
自らが飛行可能な飛天派が多い土地では、全く飛べない者への配慮が成されていない可能性がある。
今の理世は見た目だけは甲虫人なので、”飛べない”と思われるのは困るのだ。
理世はその懸念をジーンに伝えた。
「…確かに、その点は心配だね。アタシも六角城までは行った事無いんだよ。ところでリッカ。アンタの事だけど、アトラスに相談してみても良い?正直、アタシだけだとアンタに何かあった時に直ぐに助けてあげられないかもしれない。アトラスなら信頼出来るから」
ジーンは理世の背中をトントン、と叩く。
言外に”羽無し”の事を言っているのだとわかった理世は少し考え、やがて大きく頷いた。
「うん。その方が良い。アタシら甲虫人は地走派に属しているけど飛べるから、前から飛天派の一部とは商売上の付き合いはあったんだよ。アトラスは刀鍛冶だし、その閉めちゃった武器屋の事も知ってるかも。その辺りの情報も聞いておこうよ」
「はい!」
元気よく返事をする理世を、優しく見ていたジーンが「あ、そう言えば」と切り出した。
「アンタって、本当の名前は”リセ”なんだよね?そう呼んだ方が良い?」
「いいえ。今の私は”リッカ”ですから」
理世は胸に手を当て、真っすぐにジーンの目を見て言い切った。
ジーンは「やれやれ、頑固なトコも妹そっくりだよ」と呆れた様に笑い、「わかったよ。リッカ」と理世の額を指でピンと弾いた。




