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04・綺麗なモノには棘がある

蜂と蟻の生態などには何の関連性も御座いません

創作としてご覧いただけると幸いです。


「じゃあ姫。そろそろ俺の城に行こう?」

弥未やみ美琴みことの手を掴みながら、立ち上がる。


美琴は少し迷った素振りを見せたものの、「うん…」と頷き一緒に立ち上がった。

理世りせも今は居ないし、そもそも行く所が無い。此処はついて行くのが得策だろう。

でも、その前に。


「ねぇ、弥未。”馬追うまおい月についてなんだけど…」

あの虫神達は『馬追月の新月に石門をくぐれ』と言っていた。それは何ヶ月後の事なのか。


しかし、美琴は言い淀んだ。この男は自分の事を”この世界の雌”だと思っている節がある。

恐らく、理世を捕らえている男も。

自分達が異世界の”人間”だとバレても大丈夫なものなのだろうか。


この世界の雌として振舞うなら、馬追月が何ヶ月後か、などと聞くのはおかしい。


「馬追月が、どうかした?」

首を傾げながら顔を覗き込んで来る弥未に対して、暫し悩んだ後「ううん、何でも無い」と言い、この場での情報収集は諦める事にした。


「…そう」

弥未はそっと、自分よりも少し下にある美琴の顔を見下ろす。

人差し指を顎に当て、何やら考え込んでいるらしい美しい”姫”。

蟻人の女王と違って積極的に逃げようとはしていないが、その分、油断をしてはならない気がする。


(何を考えていても構わないけど、俺からは逃げられないからね?)


口の端だけ持ち上げ、微かに笑うと弥未は再び美琴を抱き上げ、羽を広げた。



「お城って、何処にあるの?」

「んーそうだね、後20分位かな?」


男の腕に抱えあげられたまま、美琴は弥未の綺麗な顔を見上げる。

肌もすべすべだし、金と黒の混じった髪の毛も、少し垂れ気味のルビーの様に赤い瞳も、造り物の様に美しい。よくよく見ると、右目の下に小さな黒子があり、何とも艶めかしい。


(何か、腹立つ)

男のくせに、女の子に気後れさせる位美人だなんて。


急に不機嫌になった美琴の気配を感じたのか、弥未が少し戸惑っているのが伝わって来る。


「姫?どうかした?」

「どうもしない」

「何怒ってるの?」

「怒ってない」


今まで普通に話してくれてたのに…と急な美琴の変化に困惑する弥未の触角がピクリと動く。

空気が細かく震えているのを感じる。そして複数の羽の振動音。


「チッ…!マズいな」

膨れっ面をしていた美琴は、弥未の言葉に顔を上げる。


「どうしたの?」

「多分、違う城の奴らが近くに居る。カイザーの奴…!」


文句を言いながらも弥未は素早く辺りを見回し、少し離れた所の切り立った岩山に急いで向かう。

岩山の中腹にある尖った巨石の元に降下すると、美琴をしっかりと抱き締めその陰に身を潜めた。



「居たか!?」

「いや、見当たらない。だが連絡では玻璃鐘城に戻った形跡も無い。まだ帰還ルートの途中に居る筈だ」


2人の蜂人ほうじんの男が、空中で言い合って居るのが見える。

その様子を窺っていた美琴は、弥未がホッと力を抜いたのを感じた。


「良かった。もんは居ないみたいだ。って事はカイザーは何も言ってないのか」

「モン…?」

鈴目すずめ城の城主だよ。まぁまぁ強い奴」

ま、俺よりは弱いけど。そううそぶく弥未に、美琴は思わずクスリと笑う。


「何だよ姫。本当だって。ねぇ、それよりさっき何で怒ってたの?」


意外と気にしていたらしい弥未が不安そうな顔で聞いて来る。「美琴」と尚も返答を求める弥未に対して押し黙っていた美琴は「…綺麗だったから」と気まずげに答えた。


「何が?」

「弥未が」

「俺!?」

「だって弥未、とっても美人さんなんだもの。そんな人に”姫”なんて呼ばれて、私何だか居たたまれなくなっちゃって…」


微かに頬を膨らませながら俯く美琴を、弥未は驚きの目を持って見ていた。


この姫は、自分がどれだけ美しく、どれだけ雄を惹き付けているのかを分かっていないのだろうか。

最初に姫を見つけてから今まで、自分には余裕なんて何一つ有りはしないのに。


「…美琴。今ね、紋が居ないったって結構危ない状況なんだよ。俺もね、一応焦ってるの」

「?うん」

「城主が居ないって事は此奴等はただの斥候。カイザーは俺を売ってはいなかったけど、どっちにしても奴らを逃がすとマズいんだよ」

「う、うん…」

「だから、そんな可愛い事言われると困る。取り合えずアイツ等倒して来るからちょっと待ってて」


弥未は自身の背中に手を伸ばした。羽と羽の間の紅い痣が不思議な紋様を描きながら光りだす。

其処から西洋の騎士が使う突撃槍の様な物が現れ、それを掴むと美琴に当たらない様に注意しながら大きく一振りした。


「姫、直ぐ戻るから。絶対にそこから出たら駄目だからね?」

そう言い残すと、弥未は岩陰から飛び出し、素早く羽を広げると一直線に二人組の所に突進して行く。


「うわっ!弥未!?」

「やぁ、紋の奴が来ない内に倒させて貰う、よ!」


”よ”の辺りで一人の蜂人の胸に、躊躇なく槍を突き刺す。男の背中から槍が飛び出し、それと共に血飛沫が宙に舞った。

弥未は男の胸に足をかけ、力任せに槍を引き抜くとその勢いのまま槍を振り抜き、もう一人の男の首を跳ね飛ばす。


反撃する隙も無く、地上に落下して行く蜂人の男達の亡骸を、美琴は呆然と見つめた。

返り血を浴びながら、槍で肩をトントンと叩いている弥未の姿は溜息が出る程美しかったが、それと同時に激しい恐怖感も込み上げて来る。


そして思い知った。

この男はただ美しいだけの男では無い。派閥が有るのだとしても、少なくとも同族を何の躊躇いも無く殺せる男なのだ。


ひょっとして、彼の機嫌を損ねたら、自分も。


「お待たせー。まぁそんなに待たせてはいないと思うけど。もう俺の城は直ぐそこだからね」


弥未は美琴に近付きかけ、自身の身体を見ると少し首を捻った。

そしておもむろに開けさせていた着物を破くと、身体に付着した血を拭う。


拭った着物の端きれを無造作に放り、槍を背中の痣に収納すると再び美琴を抱き上げた。



「姫、大丈夫?怖かった?斥候の奴らを殺ったから、暫くは大丈夫だからね」

「えぇ…」

美琴は機嫌の良さそうな弥未を怒らせない様に、慎重に言葉を返す。


(玻璃鐘城に鈴目城…。蜂人の城は後幾つ位あるんだろう)


鈴目城の主・紋とやらはどういった人物なんだろうか。その他の城主は?

”姫”は強い雄に所有権が有ると言っていたけど、最終的な決定権は此方にあるとも言っていた。


何だかんだ言って一番最初に保護、と言うか接触をして来た弥未につい気を許してしまったが、このままこの美しくも残酷な男に、身を委ねていても良いのだろうか。


「ね、ねぇ弥未」

「ん?何?」

「お城って、全部で幾つ有るの?」

「全部で5城かな。俺の玻璃鐘城、紋の鈴目城、瀬黒せぐろ六角ろっかく城にやまと鼈甲べっこう城。後は樹星きぼしかり城だね」


出来れば残り4つのお城の情報も知っておきたい。美琴は更に質問を重ねる。


「ふぅん。で、他の城主様はどんな人達?」

「…何でそんな事知りたいの」


若干、弥未の声のトーンが下がった気がする。

美琴は冷や汗を掻きつつも「何となく気になっただけ」と素知らぬ風を装った。


この世界は、予想以上に恐ろしいかもしれない。誰が敵で誰が味方か、慎重に見極めていかなければ。


(理世…)

美琴はこの世界で唯一の、絶対的に信頼出来る相手・妹の理世に思いを馳せていた。



(やれやれ。ちょっと失敗したかな)


鈴目城の連中を倒して戻って来てから、美琴の様子があからさまに変わった事に直ぐに気付いた。

話しかければ応えるし、時折笑みも浮かべてくれる。


しかし、先程までは無かった壁の様なものが、美琴との間に張り巡らされていると感じた。

腕の中の身体もどこか強張っているし、話しながらも何か別の事を考えているのが伝わって来る。

これでも城主なのだ。他人の機微には聡くないと務まらない。


(さっきはあんなに可愛かったのになぁ)


寂しい気持ちが込み上げると共に、苛立ちも沸き上がって来る。

俺はただ、姫を失いたくなかっただけ。守りたかっただけなのに。


「…美琴」

「何?」

「俺が怖い?」

「っ…!」


腕の中でビクリと震える身体に、思わず苦い笑いが込み上げる。


「ごめんね、怖がらせて」

「えっ!?あ、ううん、別に…」


ワタワタと慌てふためく美琴に優しい笑みを向けながら「これから怖がらせない様に頑張るけど。でも美琴」と顔をグッと近付ける。


「…俺から逃げようとしたら、すっごく怖い目にあって貰うよ?」



美しいが一切笑っていない瞳で見つめられ、美琴は魔法にかかったかの様に、ゆっくりと頷いた。



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