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38・蛾人の里


蛾人の里には、想像以上に早く到着した。

こじんまりとした里だが、丘の上に大きな工場の様なものが見える。

恐らくあれが絹糸の工場だろうと目星を付けた。


「着いたぜリッカ。どうだ、百足便むかでびんなんかより早かっただろ?」

「はぁ…はい、早かったですけど…怖かったです…」


腕から降りた後、理世は飛竜にさり気なく抗議した。

彼は”1時間で着く”と言っていたが、実際は1時間もかかっていないと思う。

それ位の速さで飛んでいたのだ。


ずっと抱いていると重いだろうと、何度も休憩を申し出たが彼は「お前、もう少し太れよ。軽過ぎ」と全く意に介さず、飛びっぱなしでここまで来てくれた。


「ありがとうございました飛竜さん。あの、私これから絹糸の工場へ交渉に行くんですけど、ひょっとしたらかなり時間かかるかもしれないんです。その、食事にお付き合いするのは後日でも良いですか?」


「何だ?お前腹減ってんのか?」


「いえ、そうではなくて。飛竜さんが”用事が済んだら付き合ってくれ”って言ってたじゃないですか」


「…食事に付き合ってくれ、なんて言ってないけど?」


「え…?じゃあ何に付き合えば良いんですか?」


キョトンとした顔の少女の顎を、飛竜がグイと掴んで持ち上げる。

驚いて身を引こうとするその後頭部にもう片方の手を回し、逃げられない様に固定すると強引に唇を重ねた。


「ん…っ!?い、嫌っ!」


押し返そうとする両手を手首の所で掴まれ、好き放題に貪られていく。

混乱と恐怖で呼吸が上手く出来なくなっていた理世は、次第に意識がぼんやりとし始めた。


「は…っ…」


漸く解放された途端身体から力が抜け、思わず男にもたれかかる。

当然の様に腰に回される腕を必死で振り払いながら、理世は涙目で目の前の男を睨み付けた。


「なに…するんですか…!」


「何って。自分の彼女にキスしただけだろ?」


「わ、私は彼女なんかじゃ」


「俺は確かに言ったよ?”用事が済んだら付き合え”って。まだ用事は済んじゃいないが、ここまで来たんだ。約束通り、俺と付き合ってくれよ。嫌だって言っても駄目だぜ?それもちゃんと伝えたろ?」


「あ…!」


理世は唇を噛んだ。確かにあの時、”食事に付き合え”と明言はされていなかった。

その前に食事に誘われたのを断っていた為、そう思い込んでしまっていた。


「ち、違います、ごめんなさい!私勘違いしてて…」


「だから、駄目だって。じゃあ俺はどっかそこらで適当に時間潰してるよ。2時間もあれば大丈夫だろ?後で工場とやらに迎えに行ってやるから。あんまり遅くなる様なら泊まって帰ろうぜ」


「待って飛竜さ…!」

「また後でな、リッカ」


身体を屈め、理世の唇にもう一度触れる位のキスをした後、飛竜は空中に飛び上がり、来た時と同じ位のスピードで何処かに飛んで行ってしまった。


どうしよう…!

理世は呆然とその場に立ち竦んでしまった。

そしてここに来る途中の、飛竜との会話を思い出す。


…あの時。ふと胸を過った違和感はコレだったのだ。

飛竜は態とあんな言い方をした。理世が勘違いする様に。


”何か変”と思った時点で、それを口にすべきだった。


今更後悔してももう遅い。

理世にはあの口の達者な飛竜を上手く説得出来る自信がなかった。


(でも…理世はあの人とお付き合いは出来ない…)


仕事が忙しいから?ううん、違う。

彼を好きになれそうにないから?それも、違う。


――他に好きな人が、居るから。

もう二度と、その胸に甘える事は出来ないけれど。


飛竜さんとのお付き合いは、どうにかして断ろう。

怒らせるかもしれないけど、自分の気持ちに嘘はつけない。


「ともかく、先ずは仕事の話をしなきゃ」


理世は気持ちを切り替え、丘の上の工場を目指して歩き始めた。



里の蛾人達は皆、かなり人型に近い。

男女ともに雪の様に真っ白い髪に真っ白い毛並みの手足に翅。

黄色味を帯びた特有の触角に、虹彩の無い黒や紅の瞳。


蛾、と言うよりも妖精に近い容貌だと思った。


理世の知っている蛾に近い、茶や斑の色をしている、所謂いわゆる”普通の蛾”風な蛾人も居るには居るが、数はかなり少ない。


絹が主な産業らしいこの里は”蛾人の里”と言うか、”蚕蛾かいこがの里”なのだろうと思った。


(小学校の時に育てたなぁ…)


呑気に考えながら歩き続けている内に、遂に製糸工場の前までやって来た。


理世は大きく深呼吸をする。

元の世界だと、こういう時には面会の約束を取り付けておかないといけないんだろうけど電話もないこの世界では仕方が無い。


「ごめんくださーい…」


意を決して声をかけながら、恐る恐る中に入って行く。

中に入って直ぐ、籠に入った大量の糸束を抱えて歩く蛾人の女性達に遭遇した。


「あの、すいません…」

「あら、はい!どちら様?」


(か…可愛い!)


不思議そうに小首を傾げる女性達に、理世は不覚にもときめいた。

この柔らかそうな毛並みをモフモフしたら、どんなに気持ち良いだろう。


「甲虫のお嬢さん、何か御用ですか?」


「あ、そうだ、はい!あの、私リッカと言います。アクセサリーを作ってお店で売ったりしてるんですけど、今回受けた注文で、是非絹糸を使わせて頂けないかなーと思いまして…」


「あら…」


女性達は暫し顔を見合わせる。

そしてぼそぼそと何事か話し合った後、「ちょっとお待ち頂けます?ここのあるじに聞いてきますから」と理世にその場で待つように言い、別の部屋に行ってしまった。


理世は手持ち無沙汰に辺りをプラプラとする。

と言っても、今居る所は丁度、部屋と部屋を繋ぐ通路の様な場所らしく、特に機械の稼働音などは聞こえない。


「って言うか、絹糸ってカイコの繭を煮る所から始めるんだよね?小学校の時は冷凍だったけど…。え!?こっちの世界はどうやって糸取るの?ま、まさか、幼いカイコの子供を…!?」


幾ら何でも、それはちょっと酷過ぎる…!


「…何をブツブツ言ってらっしゃるんですか?」

「お待たせしましたぁー」


突如かかった声に驚き、後ろを振り返る。

そこには不審な顔つきの蛾人の男性と、柔和な笑みを浮かべた蛾人の女性が立っていた。


「こんにちは、玉虫の娘さん。私はコナと言いますー。こっちは夫のオシラ。…装飾品作りに絹糸を使いたいとか…?」

「衣類ではなく装飾品、と言うのが今一つ想像つかないですね。真面目に言ってらっしゃるんですか?」


「勿論です!あ、私はリッカと言います。えっと、こういう風なのを作りたいんですけど…」


おっとりとした話し方のコナに引き換え、神経質そうな物言いのオシラに多少たじろぎながらも、理世は鞄から紙束を取り出しブローチのデザイン画を見せた。


「まぁ!見てオシラ。こんなの見た事が無いわ!すごいわ、まさか絹織物をこんな風に花びら型にして組み合わせていくなんて…!」


目を輝かせる妻の横から、デザイン画を覗いたオシラも一瞬目を見張った。


「確かにこれは珍しいし美しい。ただ」


「た、ただ?」


「…花びら型にするとなると、かなり布を切り刻まないといけませんよね。花びらを切り抜いた後の、絹はどうするつもりですか?」


理世はうっ…と言葉に詰まった。

確かに、これだと端切れが多量に出てしまう。今までは細長く切った布を編み込んで作っていたからそれほど無駄にはなっていなかったのだ。


「え、えぇと…」


交渉した際の感触は悪くなかった。この問題さえクリア出来れば、何とかなるのではないだろうか。

考えなきゃ。今、この場で。


パッチワーク?いや、絹じゃ難しいかも。

強引に編み込む?駄目、短すぎる。


じゃあ、バラバラに切って、それで――


「あ!これ、こういうのに使います!」


端切れを細く切って、束ねて真ん中を縛って解せばタンポポみたいな形になる。

それをヘアゴムとかカチューシャにくっつければ、可愛いヘアアクセサリーが出来る!


理世は急いで、ザッとデザイン画を描いて見せた。


「きゃーっ!可愛いわ!ねぇオシラ、私これ欲しい!」

「成程ね。…こら、落ち着きなさいコナ」


きゃあきゃあ飛び跳ねる妻を優しい目で見やったオシラは、理世に向き直り片手を差し出して来た。


「リッカさん。貴女の独創的なアイデアと、織物を無駄にしない様に一生懸命考えてくれた気持ちに応えたいと思います。是非、取引をさせて下さい」


「は、はい!こちらこそよろしくお願いします!」


理世はオシラの手を握り、二人に向かって深々と頭を下げた。



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