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37・歪み始めた想い


「えーっと…」

理世は”百足便むかでびん”と”飛蝗便ばったびん”の区別もつかないままに、百足便の停留所に向かって歩いていた。


それにしても、公共の乗り物があって本当に良かった。

それに落ち着いて考えたら、地走派は飛べない者がほとんどなのだ。

飛行以外の移動手段があって然るべきだった。


「あ、ここだ」


歩いて行く内に小さなムカデのマークの付いた、小豆色の細長い看板が見えて来た。

何だかグニャグニャした文字で”琥珀こはく通り前”と書いてある。


――地底王国に居た時、何代か前の”無垢の女王”が書いたと言う恋愛小説を読んだ事があったが、その文字は日本語だった。


しかし、この辺りの文字は全く見た事も無い文字なのに、理世には何故か読み書きが出来る。


(蟻神様が、気を利かせてくれたのかも)


理世が一人ぼっちで生きていく事を、蟻神は何だか心配してくれていた様に思う。

言語の習得位させておいてやろう、と思ってくれたのかもしれない。


「でも、そうしたら羽とかも付けておいて欲しかったなー」


勝手な事を呟きながら、理世は”百足便”とやらをわくわくしながら待っていた。



店の前をほうきで掃いていたジーンは、蜻蛉人とんぼびと飛竜ひりゅうが此方に向かって来ているのを確認し、微かに眉を顰めた。


顔はまぁまぁ良いこの男を、ジーンはどうにも好きになれなかった。


リッカが明らかに困っているのに、かなり強引な迫り方をして来るのだ。

自分に自信があるのだろうが、あの初心なリッカには手に負えない男だと思う。


案の定、飛竜は店に入って来るなり「よぉジーン。リッカは居るか?」と聞いて来た。


「リッカは居ないよ。取引先に行ってるから」


正確には”取引先になってくれるかもしれない所”だが、当然それには触れない。


何処どこだよ。蜘蛛のトコか?」

「アンタさ、仕事場にまで押しかけるつもり?リッカが困るから止めてやってよ」

「…お前に関係無いだろ。で?リッカは何処に行った?」


今までと雰囲気の違う飛竜に、ジーンは少したじろぐ。

軽薄さが無くなり、代わりにどこか追い詰められた様な雰囲気が漂っている気がする。


「仕入れに行くって言って出てった。アタシも忙しかったから、話半分に聞いててどの取引先に行ったのか知らない」


「チッ…!仕方ないな。それじゃあ上空うえから探すか」


舌打ちをしながら荒々しい足取りで店を出て行く飛竜をなすすべもなく見送りながら、ジーンは嫌な予感を振り払えないでいた。



「うっわ…予想外…!」

定刻になり、現れた百足便。


理世は、超巨大ムカデの背中に座席が縛り付けてあり、それに乗って行く、と言う様なイメージを持っていた。


超巨大ムカデ、と言う部分は当たっている。

だが、背中の平べったい硬皮が理世の良く知るムカデよりも丸く、半円の透明なドーム状になっていて中に向かい合わせの4人掛けの座席が付いている。


特有の多脚は金属様の硬皮で覆われていて、うねうね動く触角にはサーチライト。


(こ、これは生き物なの!?)


「おーい、お嬢ちゃん。乗るんなら金払ってくれよ」


頭部の透明硬皮がパカッと開き、中から小学生くらいの大きさのムカデが顔を覗かせる。


「何処まで?」

「あ、えと、蛾人の里までです…」

「毎度。銅貨2枚と石貨5枚ね」

「はーい」


理世は財布を取り出し、貨幣を数え始めた。

言われた通りの運賃を運転手と思しきムカデに渡そうと手を伸ばす。


と、突如横から伸びて来た手に伸ばしたその手をガシリと掴まれた。


「やっと見つけたぜ、リッカ。百足便に乗って何処に行くんだ?」

「ひ、飛竜さん…」


手首をガッチリと掴まれ、この前の様には振りほどけない。

恐る恐る顔を見上げると、普段の軽薄さが一切見当たらない黒い目が静かに見返して来る。


真剣、とはまた別の雰囲気を纏った男の姿に理世は背中が粟立つのを感じた。


「リッカ」

掴まれている手首に、ギリギリと力が籠められて行く。

ここは正直に言うしかない。今、手を痛めては仕事が出来なくなってしまう。


「…き、絹糸が欲しくて…。蛾人の里にお願いに行くんです…」

痛みに顔を歪める理世に、異変に気付いたらしいムカデの運転手が声をかける。


「おい、兄サン。もう出発時間だよ。痴話喧嘩なら他所でやってくれよ」

「悪い悪い。コイツは俺が連れてくから、もう行って良いぜ」


そーかい。

そう返事すると、ムカデ運転手はさっさと引っ込んで行った。


「飛竜さん!私、急いでるから、」

理世は慌てて抗議する。これは遊びに行くんじゃなくて、ちゃんとしたお仕事なのに…!


「…だから俺が連れて行ってやるって。俺のスピードなら1時間で着くぜ?その代わり、用事が済んだら付き合ってくれよ」


有無を言わせない雰囲気の男に、理世は観念して頷いた。

ともかく早く蛾人の里に行きたかったし、いずれにせよ食事位なら付き合っておこうとこの前決めたからだ。


「本当だな?ちゃんと付き合えよ?後から嫌だって言っても遅いからな?」

「…?はい、大丈夫です、けど…」


――理世はこの時、飛竜の様子に微かな違和感を抱いた。

だが、直ぐに気のせいだろうと思い、それ以上考えるのを止めた。


飛竜の顔を見た時には一瞬うんざりとしたが、百足便より早く現地に到着出来る上に食事に付き合うと言う面倒事まで今日一日で終わらせる事が出来る。


(不幸中の幸いってヤツかも)


呑気に考えていた理世は、自らを見つめる男の目に明確な欲望の光が宿っていた事に全く気付いていなかった。



「リッカ、もっと身体くっつけて掴まれよ」

「あ、はい」


飛竜に軽々と抱き上げられた理世は、両手を伸ばして首にしっかりとしがみつく。

男の髪からは、何だかとても爽やかな良い香りがした。


「ねぇ飛竜さん。髪に何か付けてるんですか?」

「ん?あぁ、沢椿さわつばきの実から取れたオイルを樹脂に混ぜ込んだものだよ。俺の髪はクセ毛だからな」

「ふぅん…」


理世は相槌を打ちながら、感心をしていた。

この世界は結構面白く出来ている。

電話は無いけど、郵便局があったり銀行があったり、公共の乗り物があったり。


ネックレスやイヤリング、指輪はあるのに、ブローチやブレスレット、時計は無い。

飛竜がつけている様なヘアワックスはあるのに、香水などは見た事も無いしネイルをしている女性も見当たらない。


(こうなって来ると、やっぱり持ちたいなぁ…自分のお店…)


香水や時計は自分では無理だけど、今回だってブローチを作る予定だし、ネイルもその内やってみたいと思っていた。

こちらの世界に無い物を知っている強みもあるし、上手く行けば一人で生きて行くのに支障が無い位には収入を得られるかもしれない。


「おい、何ぼんやりしてんだ。準備は良いか?」

「は、はい!ごめんなさい」


自分の考えに浸っていた理世は、慌てて飛竜に抱き着き直す。


じゃあ飛ぶぞ。

そう言うと飛竜は一気に上空に飛び上がった。


「きゃあぁっ!」


抱き上げられて飛んだ事は何度もある。

蜂人の樹星に抱かれて飛んだ時には、カイザー達蟻人とのスピードの差に驚いたものだった。

だが飛竜のコレは次元が違う。段違いのスピードだった。


地上が一瞬にして遠ざかる光景を目の当たりにし、理世は思わず悲鳴をあげた。


「きゃ…っ!飛竜さん、もっとゆっくり飛んで…!」

「何でだよ。早い方が良いだろ?ほら、しっかり掴まってろ」


クツクツと笑う飛竜はますますスピードを上げて行く。

少女が必死でしがみ付いて来る感触が心地よかった。


彼女は先程、自分の髪の香りを気にしていたが、風に嬲られる少女本人の長い黒髪からは、不思議な甘い香りがする。

どさくさに紛れて、チュッと音を立てながらこめかみにキスをしても、速さに気を取られた少女は全く気付いていなかった。


身体の奥底から、ゾクゾクとした何かが込み上げて来る。

さっさと蛾人の里に連れて行って、仕事の話でも何でも好きにさせよう。


――もう、言質は取ったのだから。


飛竜は薄ら笑いを浮かべながら、羽に力を込めて更にスピードを上げて行った。



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