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03・天の姫


理世りせ!?」

つんざく様な妹の悲鳴。美琴みことは木の実を放り出し、池の辺に駆け戻った。


其処にさっきまで居た筈の、妹が居ない。


「嘘…理世!何処に居るの!?」

震える声を必死に絞り上げながら、妹の名前を呼び続ける。


「お姉ちゃ――ん!」

池の反対側の方向から、理世が走って来るのが見えた。

「理世――!!」


「見――つけた」

妹の方に向かって行こうとした瞬間、美琴は背後から伸びて来た手にガッチリと抱き込まれていた。

美琴は咄嗟の事に悲鳴も出せず、ただ妹の方を呆然と見る。


その妹は、追いかけて来たと思しきやたら背の高い軍服の男に捕まっていた。

眉間に皺を寄せたその男は、抵抗する理世を軽々押さえ込んでいる。


あぁどうしよう、理世。早く助けないと。美琴は背後をキッと睨み付けた。


「ちょっと!離し…!」

言い終わる前にいきなり身体を反転させられ、自身を抱き締めていた何者かに唇を奪われる。

「んぅっ…!?」


訳が分からないまま、懸命に胸を押し返して抵抗を続けていると、漸く唇と身体が解放される。

息苦しさに、滲んだ涙の向こう側に立っていたのは一人の若い男。


美琴より頭一つ分背の高い男は、金と黒が混じった様な長目の髪を緩く後ろに流していて、着崩した着物に下駄姿。開けた胸元に片手を突っ込み此方を見やるその顔は、女性と見紛う程に美しい。


(…あ。触角がある)


見た感じからすると、これが”蜂人ほうじん”と言うヤツか。

と言うか、許可無くいきなりキスしてきたのは許せない。


「アナタ誰よ。女性に無理矢理キスするなんて最低!」

「俺は弥未やみ。キスは別に良いでしょ?だって、姫は俺のだし。ホラ、早く城に帰ろう?」

「私はアナタのではありません!お城にも帰りません!」

「えぇー?困るなぁ。姫が来たって、蜂人の間でもう情報が回ってるんだよ?みーんな姫を狙ってるんだから早く帰らないとー。幾ら俺が強くたって、流石に集団で襲われたらちょっと大変」


負けはしないけどね。そう言いながら、弥未は再び美琴の腰に手を回す。


「ちょっと…!」

手を払いのけ、後退る。そうだ、理世…!


「理世…きゃあっ!」

妹の元に向かおうとした美琴を、弥未と言う男は舌打ちをしながら抱き上げた。


「良い加減にしないと怒るよ?姫。俺が居るのに、他所見よそみしないで」

「理世!理世!」


男の言葉を聞いているのかいないのか、美琴は妹の名を呼び続ける。

当の本人はジタバタと暴れていたが、背の高い男に同じ様に抱き上げられていた。

その周りを、後から駆け付けて来た数人の男達が取り囲んでいる。


「カイザー!今は休戦してやるから、女王サマを早く連れてけよ!姫が落ち着かなくて困ってるんだ!」

弥未は妹を捕まえている背の高い男に向かって、叫んだ。


「黙れ弥未!次に会ったら殺すからな!」

カイザーと呼ばれた、妹を捕まえている男は片手で器用に軍服の上着を脱ぐ。それを理世に押し付け持たせると腕を一振りし、透明な羽を展開させた。


それに伴い、他の男達も羽を広げ、空中に舞い上がって行く。


「えっ!?」

美琴は驚く。自分の元に居るのが蜂人ならば、彼らは蟻人ぎじんではないの!?


「ん?あぁ、カイザー達の様に”力と地位のある雄”は羽があるんだよ。俺達程は速くも飛行時間が長くも無いけどね」

興味無さそうに呟くと、「姫。もう良い?俺達も行くよ」と着物のもろ肌を脱ぎ自身も羽を広げた。


「待って!妹が」

「駄目。待たないよ」


弥未は美琴を抱いたまま、細かい羽ばたき音を響かせながら空中へ舞い上がった。


「理世――!!」

「嫌―っ!お姉ちゃーん!!」



――姉妹は互いを呼び、届かないと分かっていても必死に手を伸ばす。

美しい男は苦笑しながら、鋭い顔の男は苛立たし気に、其々別の方向に身体を向けた。


「じゃあなカイザー!女王サマに気に入られる様に精々頑張れよー。お前、顔怖いから無理かもね」


カイザーは可笑しそうに笑う男を「…鈴目すずめ城の連中が直ぐ近くに居たぞ。お前が単独だと言う事を伝えておいてやるよ」と射殺しそうな視線で睨み付けた。


「えっ本当!?うわ大変!ごめんごめんカイザー、冗談だよ、お前なら女王の心を射止められるって!クーゲルに17票、シュバルツに12票、アルメーに9票、フォイアーに8票って結果だったけど、俺だけはお前に1票入れてやったんだから!」


ホントだってー!と大声で言いながら慌ててスピードを上げ、飛び去って行く弥未を、蟻人一同は呆れた顔で見送った。


「ハハ…アイツ等、賭けてたんですね。私達もやります?」

「流石だねクーゲル。17票かぁ、僕も頑張らないとー」

「チッ!2番手かよ、ムカつくな」

「カイザー…ボクにも女王…抱っこさせて…」


――自由過ぎる蟻人達の会話に、姉と引き離されたショックも一時忘れ、理世は唖然とした顔で男達を見回していた。



********



「理世…」

美琴の両目に涙が浮かぶ。守ると誓ったばかりなのに、あの子を奪われてしまった。

こんな事なら、一緒に連れて行けば良かった。悔やんでも悔やみきれない。


…ううん、本当はそのもっと前。

様子を見に行こう、なんて言わなければ良かった。せめて、理世を家の中に入れておけば少なくともあの子だけは安全だった筈なのに。


男の腕の中で、声を殺してボロボロと涙を溢す美琴を、弥未は溜息を吐きながらそっと見る。

まさか、姫と女王が姉妹だったとは。過去の記録でもそんな例は見た事が無い。


――時折”姫”や”女王”に、羽や触角、甲皮を持たない雌が現れる事があるのは記録で知っていた。

飛べもせず、牙も爪も持たず、硬い皮膚で身体を守る事も出来ない脆弱な姫と女王。


だが、その弱い筈の雌は通常よりも強いフェロモンで雄を惹きつけ、その間に生まれた子は高い能力を持つと言う。


自分やカイザー達も結局、その”脆弱な姫と女王”の子孫なのだ。


(それにしても)


”蜂人の姫”と”蟻人の女王”が血縁とは一体どういう事なのだろう。

まさか、蜂でも蟻でも無いと言う事なのか。


(いや、そんな事ある訳は無い。きっと義姉妹か何かなんだ。ウチにも沢山居るし)


弥未は其処で一旦考えるのを止めた。先ずは姫を慰めなければ。


「ねぇ姫。名前教えてよ。さっきも言ったけど、俺は弥未。玻璃鐘はりがね城の城主。姫の事は何て呼べば良い?あ、と言ってもほとんどの奴は”姫”って呼ぶと思うけど」


努めて明るく話しかけると「…美琴」とポツリと答えて来た。

その返答を聞いただけで、今まで感じた事の無い胸の高鳴りを覚える自分に少し戸惑いながら弥未は「そっか」と嬉しそうに笑った。


「あのね美琴。女王サマだけど、そんなには酷い目には遭わない筈だよ。ホラ、蟻人の方は女王が相手を選ぶ権利があるから」


「…そんなには?」

うーん、と弥未は苦笑いをしながら「ちょっと休もうか、姫。俺も疲れたし」と、崖の途中にある窪みに降りて行く。


「俺の膝に座る?」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

「…っ!?そ、そう?」


笑わせようと冗談のつもりで言ったのに、ふんわりと微笑んでお礼を言われ、弥未は顔を真っ赤に染めた。女の子に頬を染めさせる事は数多くあれど、自分がこんな見っともない顔するなんて。


「ごめんね、重かったでしょ」

「いやいや全然!むしろ軽過ぎ!あ、俺が疲れたって言ったから?アレは蟻連中の相手に疲れたって事で…!」


マズい。さっきからペースを乱されっぱなしだ。

弥未は咳ばらいを一つして「で、さっきの続きなんだけどね?」とやや強引に切り出した。


「女王サマが”そんなには”酷い目に遭わないって言った意味なんだけど。何て言うか、女王の相手候補、今回5人居るんだけど、アイツ等ちょっと癖が強いんだよね」

「癖が強い?」

「そ。先ず、女王サマをガッチリ捕まえてたデカい男いたでしょ?アイツはカイザーって言うんだ。色々問題ある奴なんだけど、一番は”咬み癖”かなぁ。大事なものに咬み傷付ける癖あるんだよねぇ。アイツの愛用の銃、銃把に傷が5ヶ所もあるんだよ。女王サマには特に執着してたみたいだから…」


言葉を濁す弥未に、美琴は顔色を変える。

「り、理世も咬まれちゃうの?」


弥未は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。あの執着の仕方からすると、身体中咬まれてもおかしくないとすら思う。


「で、眼鏡の優男がクーゲル。アイツは比較的まともかな。”泣き顔を見るのが好き”って位。カイザーよりもデカいのがフォイアー。無口で大人しい奴だけど、”抱き癖”があるんだ。気に入ったものをずっと抱いてる。この前見かけた時には魚のぬいぐるみ持ってたよ。何か手作りっぽいの」


「……」

黙ってしまった美琴の頬を人差し指でそっと撫でると、話を続ける。


「ヒョロヒョロしたのがシュバルツ。暑苦しくてウザい。で、”嗅ぎ魔”。気になるものを時と場所考えずに匂い嗅ぎまくる。一番小柄なアルメーはガキ。…なんだけどエロガキ。寝た女の数は5人の中で断トツじゃないかなぁ」


「本当に個性的な人達なのね…」

額を押さえ、困惑した様に呟く美琴に「うん。だからね、上手く相手を選べば安全だと思うよ?」と頬を撫でていた指を顎に滑らせ、そのまま顔を近付ける。


美琴は顔を逸らさなかった。先程の強引さなど欠片も無い、何処か遠慮がちなキスに何だか微笑ましい気持ちになってしまう。


「ねぇ、貴方達って敵対関係にあるのよね?どうしてそんなに相手の事に詳しいの?」

唇がそっと離れて行くと同時に、ふと湧いた疑問を口にする。


「ん?だって俺達、子供の頃は良く一緒に遊んでたから」

大人になってから、それぞれの立場に沿った行動を取る事になったんだよ。

少し寂し気に言いながら、弥未は美琴の額に軽くキスをし、両手で頬を挟み込む。


「姫…もっとして良い?」

「…駄目」


何だよ、もう…と口を尖らせる男の髪の毛を、美琴はそっと、優しく耳元にかけてやった。



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