表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/66

29・甲虫の街


美琴は薄暗い廊下を、一人進んで行った。


『カイザーさんに会わせて』


こう告げた時、当然周囲からは大反対を受けた。


『シュバルツの腕を見ましたか!?貴女もそうなる可能性があるのですよ!?』

『あのさぁ、姫に何かあったら弥未が激怒するでしょ?今、僕らは戦える状況じゃないから…』

『姫様に何かあったら、女王様が悲しみますわ!?』


――でも、これは大事な事なのだ。

理世にはきっと、悪気は無かった。ひょっとしたら、むしろ優しい言葉をかけていたのかもしれない。


けれど、あの子は無邪気に人を傷付けた。それこそ、相手が狂ってしまう程に。

姉として、その責任は負わなければと思う。


あちこち曲がりくねった長い廊下を、ひたすら歩いていると前方にぼんやりと灯が見えた。


「姫様」


大人びた風貌の蟻人の女性が、ランプを持って立っている。

その後ろには、大きな石造りの扉。


恐らくその扉の向こうがカイザーの閉じ込められている牢なのだろう。


「こんにちは。私は理世の姉の美琴です。カイザーさんはこの奥?」

「シュタヘルで御座います姫様。…はい、この奥に…ですが…」


口籠るシュタヘルに、美琴は優しく笑いかけてみせた。


「大丈夫です。扉を開けて頂けます?」

「…かしこまりました」


シュタヘルは小さく息を吐き、重たい扉に手をかけた。



********



「わぁ、すごーい!!見て見てフォイアー!」

「リセ動かないで…。後、街に着いてもボクの言う事ちゃんと聞いてね…?」


蟷螂人の夫婦に別れを告げ、甲虫人達の暮らす街へとやって来た理世とフォイアーは空中から街を見下ろしていた。


”甲虫人の街”と言う事で、勝手に武骨な建物が立ち並んでいるのだとばかり思っていたが、煉瓦造りの家々が立ち並ぶ牧歌的な雰囲気に、理世は思わず歓声をあげた。


「ねぇ、早く降りて!」

「わかったから、動かないでってば…」


理世をしっかりと横抱きにしたまま、フォイアーはゆっくり街の中に降下して行く。

キラキラとした目で辺りを見回す少女の様子を見て、フォイアーはほんの少しだけ面白くない気持ちになる。


リセが現れてから、自分がどんどん欲深くなって行くのがわかった。


最初は、ともかく女王に選ばれたいと思っていた。その次は皆で選ばれれば良いと思い、その内自分だけのものにしたいと思い始めた。


カイザーと二人で選ばれて、嬉しくて悔しくて、カイザーを殺したくなって、リセを手に入れて喜んでまた嫉妬して。


リセが受け入れてくれて、一旦は”カイザーと二人でリセを守れれば良い”と思った筈なのに。

今はまた、彼女が自分以外に目を向ける事に不快感を感じている。


(ダメだなボクは…。このままじゃリセに嫌われちゃう…)


「…リセ、街を見るのは後でも良いでしょ?先に、今日泊まる所を探そう…?」


「えぇー、そっちが後じゃ駄目?」


「…ダメ。甲虫人は戦闘力も高いし、頑丈だから傭兵が多いんだ。この街にも傭兵ギルドが沢山あるんだよ…。そいつらに依頼する為にあちこちから人が押し寄せて来るから、夕方以降は宿が混むんだよ…」


そうなの、と頷いた理世は、ふと気付く。

甲虫人は飛行可能とは言え、地走派。だが、ここは理世が居た地底王国からはかなり離れている。


「フォイアー、随分詳しいのね」


「この街にはたまに来るから…。ボクの身体に合う服とか靴、あんまり地底むこうじゃ手に入らなくて…」


確かに、行き交う人々は男性も女性も含め、長身で体格の良い者が多い。

2m近い身長のフォイアーが普通に見える位に、甲虫人は体格に恵まれたものが多い様子だった。


人型ではあるが、見た目も蟻人や蜂人程には人に近くなく、顔や腕、足などは硬皮で覆われていて、人によっては手が4本ある者なども居た。


「わかった。じゃあ先に泊まる所探しましょ?フォイアー、何処か心当たりあるの?」

「そうだね…ボクだけだったら何カ所かあるんだけど…リセはお風呂ないと嫌でしょ…?」

「うん…ごめんなさい…」


そこで”大丈夫、気にしないで”と言えないのが自分の悪い所なんだなぁ…と理世はひっそり思う。


考え込むフォイアーにもたれかかりながら辺りを見渡していると、鮮やかな布を店頭に置いている店が目に入った。


(布地屋さん…?)


理世は洋裁は出来ないが、洋服やアクセサリーのデザインを考えるのは好きなのだ。

その布類を眺めながら”コレとコレ組み合わせたら可愛いワンピースできるだろうなぁ”などとぼんやり考えていた。


「リセ、ちょっとここで待ってて…」


フォイアーが理世の手を引き、丁度布地屋の前辺りまで連れて行く。


「近くに蟻人が経営してる酒場があるから、そこで聞いて来る…。知らない男について行ったりしちゃダメだよ…?」


何で男限定なのよ。そんなホイホイ男の人についてかないわよ。

いまいち釈然としない思いを抱えた理世の頬にキスを一つ落とし、フォイアーは細い路地の奥に消えて行った。


手持ち無沙汰になった理世は、布屋に近付き、布を一つ手に取ってみる。


「うわぁ、すっごい柔らかくて肌触りが良い!」


思わず歓声をあげながら、布を少し広げて見る。

全体に滑らかな艶があり、そしてサラサラとした肌触り。

シルクでも木綿でもなさそうだが、これは一体何から出来ているのだろう。


「いらっしゃーい」


理世が布をマジマジと眺めていると、奥から女性が現れ、理世に声を掛けて来た。

店主だろうか。

虹色の短い髪に、同色の触角。こめかみ辺りから同じく虹色のギザギザとした角の様なものがあり、半袖のシャツから覗く腕も手の甲まで硬く光る硬皮に覆われている。


甲虫人なのだろうが、かなり人型に近く背丈も他と比較すると小柄、と言える若い女性。


それでも理世よりはだいぶん身長が高いのだが、人好きのする笑顔に、人見知りの激しい理世も警戒心をすっかり緩めた。


「あの、この布は何で出来ているんですか?」


「あぁこれ?蜘蛛人の糸で織られた布なの。それにアタシが独自に開発した染料で染めてるの。蜘蛛糸ってちょっと硬いんだけど、この染料に漬けてから織るとこの肌触りになるんだよ」


「へぇー…」


理世は感心しながら布を引っ張ったり光に透かしてみたりした。

女店主はそんな理世をニコニコと眺めていたが、ふと訝し気な顔になる。


「あれ、アナタ…羽も触角も角も牙も無い…。幼生体にも見えないけど…」


女性は無遠慮に理世をツンツンと突き、「うわっ!柔らかい!」と叫び「やっぱり幼生体…?」と独り言を呟きながら首を捻る。


「あ、えと…幼生体、とかでは無いんですけど…」


何て言おう。

でも、いきなり”私は異世界のニンゲンです”とか言うのはどうかと思う。


それにしても、”無垢の”ナントカの存在は蟻と蜂以外の種族には知られていないものなのだろうか。


でも、蟻神達が言っていた様に異界の人間の血が混じると人型に近くなる訳だし、多少の差はあれど甲虫人達はほぼ人型。


遠い昔の何処かで異界の、つまり理世達みたいな連れて来られた女の子がソウいう事をしたんだよね?

甲虫人と。いや、違う。恐らく巨大カブトムシかクワガタと。


(レアケースだったから広く知られてはいないのかなぁ。基本蟻と蜂が独占してたみたいだし…)


複雑な顔をして黙り込む理世を不思議そうに見つめながらも、女店主は「ホラ、これなんてアナタに似合いそうだよ?」と銀糸で織られた薄手の、大きめのストールを差し出して来た。


「わぁ素敵!」

「これは自信作なの」


得意げに胸を張る甲虫人の女店主。

彼女はストールを広げ、フワリと理世に纏わせてくれた。


「やだ…可愛いー!」


両手でストールを抑え、端を目の前に持ち上げて見る。

中央付近には、細かく透かした様に模様を織ってある所があり、見れば見るほど美しい。


理世はコレを欲しい、と言う欲求を抑えられなくなっていた。


どうしよう。でもお金が…。じゃあ諦める?やだ、絶対に欲しい!


「リセ…!」


ストールを握り締めたまま、考え込む理世の背後から、少し焦った顔のフォイアーが駆け寄って来る。

そして女店主に一瞥をくれた後、理世をギュッと抱き締めた。


「リセ…知らないヤツと話しちゃダメだって言っただろ…?」


「違うでしょ。”知らない男についてっちゃ駄目”って言ってたじゃない。このお店の人は男の人じゃないし、ついて行ってもないもん」


口を尖らせ、そっぽを向く理世に何か言おうと口をパクパクさせた後、諦めて項垂れるフォイアーの姿を見ていた女店主は、クスクスと笑いだした。


「格好良い彼氏さんだね。ところでアンタ蟻人でしょ?この子、小さくて羽も何も無いし皮膚もふわふわで柔らかいし、あんまり一人にしない方が良いと思うよ?ほら」


女店主が顎先でしゃくった方向を見る。

そこには、黒く艶のある角を持った甲虫人の若い男が、理世を粘ついた視線で見つめていた。


「っ!…リセ、ここに居て。アイツ殺して来るから…!」


「フォイアー!そんなのどうでも良いから、コレ買って?」


不穏な空気など全く意に介さず、銀糸のストールを広げてみせる理世に、既に右手に青い炎を展開していたフォイアーは「え」と面食らった様に動きを止める。


「リ、リセ。ちょっと待ってて…。先にアイツをどうにかしないと…」


「あぁ、あのさっきから理世をじーっと見てる気持ち悪い人の事?もう…いちいち妬かないでってば。理世が愛してるのはフォイアーだけよ?わかってるでしょ?そもそもあの顔タイプじゃないし。ねぇ、今日泊まる所決まったら、夜あんな事やこんな事いっぱいしてあげるから、お願い!これ買って!」


――そこそこ大きな理世の声は、通り中に響き渡り、件の男は顔を引き攣らせていた。



「わーい!ありがとフォイアー!」


買って貰った銀糸のストールを巻き付けた理世は、鏡の前で何度も自分の姿を見返していた。


「うんうん、アタシの思った通り!とっても可愛いよ。ね、彼氏さん」


「うん…可愛い…」


嬉しそうにはしゃぐ姿に目を細めるフォイアーに、理世はクルリと振り返り、その胸に飛び込んで行く。

首を限界まで上げて顔を見上げながら「…泊まる所決まった?」と聞いた。


フォイアーは少し口籠る。見つかる事は見つかったのだが…。


「ええと…リセ、お風呂我慢出来る…?出来るなら、二カ所あるんだけど…」


ピタリ、と動きを止めて腕の中で考え込むリセの背を撫でながら、フォイアーは辛抱強く返答を待った。

これで無理だと言われたらどうしよう。少し時間はかかるが、また別の街に行くか…?



「…じゃあウチに泊まる?」


突如、横からかかった声に、理世とフォイアーは声の方向に同時に顔を向けた。


「ウチの店、二階がゲストルームになってんの。遠方から糸を持って来てくれる取引先を泊めたりする事もあるんだ。アタシは裏手の自宅に帰るから、好きなだけ”あんな事やこんな事”してくれても平気だよ?」


サラリと恥ずかしい事を言いながらも誠実そうな笑顔を見せる女店主に、リセとフォイアーは同時に顔を真っ赤に染めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ