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28・囚われた者


「もう、何時まで待たせるのかしら…?」


甲虫人の門番が「暫しお待ちを」と言って確認に行ったっきり、なかなか戻って来ず美琴は苛々としていた。

もう勝手に入ってしまおうかしら。


そう思っていた矢先、先程の門番が血相を変えて走って来るのが見えた。


「姫!」

「は、はい!?」


肩を跳ねさせながら返事をした美琴を門番は有無を言わさず抱え上げ、門をくぐり抜けて街まで疾走する。


「え!?え!?何!?」


無言で走る門番の肩越しに辺りを見回すと、遠くの方から煙が上がっているのが見えた。

街の蟻人達も、不安そうな顔で煙の方向を見ている。


「ちょっ…!ねぇ、何があったんですか!?」

「…羽付きの方々が姫をお連れする様にと。カイザー様は手が離せないので…!」


暫く走った後、「すいません飛びます」といきなり門番は硬い羽を広げ、空中に飛び上がった。


何で急に飛んだのかしら。

そう疑問に思った美琴の心の声に応える様に「我々はあまり長い時間飛べないんですよ」と門番は申し訳なさそうに言った。


確かに、カブトムシやクワガタが延々空を飛んでるイメージ無いかもしれない。

弥未とは違う、重たい羽音に美琴は暫し聞き惚れていた。



「到着しました、姫」


――美琴の目の前にあるのは、何処までも果てしなく続く平屋の大邸宅。

幾つもの階層から成り立っている玻璃鐘はりがね城とは全く違う。


美琴は邸宅の入り口で門番の彼に礼を言い、屋敷内に足を踏み入れる。

平屋と言っても日本家屋の様な造りではない。

後ろを振り返ると。門番はそのまま入り口に佇んでいた。


入った玄関には、一面大理石が敷き詰められていて靴のままで歩ける様になっていた。

取り合えず、右側に見える廊下に向かって進んでみる。

この屋敷はかなり複雑な造りの様だった。まるで蟻の巣の様に。


「姫様」


急に声をかけられ、美琴はビクリと飛び上がった。

慌てて後ろを振り返ると、そこには疲れた様な顔をした蜂人の女性が2人、佇んでいた。


「あ…」


一人は触角をもがれ、片足を引き摺り、もう一人は羽を破かれ肩口を切り裂かれている。

二人共美しい顔なのが、余計に惨さを引き立てていた。


「あ、あの」


戸惑う美琴に、女性達は「私はキハナです」「コハナです」と順に名乗った後、「…名前の無かった私達に、女王様がつけてくださいました」と寂しげに言った。


「理世が…そう…」


「私達は樹星様のお城に居ました。そこから、女王様が此方に連れて来て下さったのです」


「そうですか…。それで、カイザーさんは何処に?私、彼に話があるんです」


キハナとコハナは顔を見合わせ、「此方へ」と奥の方へと美琴を誘った。



暫く歩いた後、美琴は大きな扉の前に立っていた。

「この中に、羽付きの皆様がいらっしゃいます」


キハナが大きな扉を押し開けて行く。


ギイィ…と言う重たい音と共に、開いた扉の中は食堂と思しき場所だった。

そっと中に入って行く。


長テーブルにバラバラに腰掛けていた、軍服を着た蟻人の男達が一斉に此方を振り返った。


髪を後ろで縛った、眼鏡の男は顔に大きな分厚いガーゼを貼っている。

隣には心配そうな顔の蟻人の娘。何となく、眼鏡の男と似ている気がする。


小柄な少年の様な風貌の男。彼の裸の上半身は包帯に覆われていて、軍服の上着を肩に引っ掛けている。


短髪の黒髪の男は左半身を包帯でグルグル巻きにされ、青褪めた顔をしていた。

その身体を、顔中が切り裂かれた美しい蜂人の女性が左からしっかりと支えている。


「あ…あの…」


満身創痍、とも言える男達の様子に、美琴は言葉を失う。

そしてこの場には唯一顔を知っているカイザーはいない。


「あぁ、姫。出迎えにも行かず申し訳ありません。ちょっとバタバタしていまして」


赤茶の髪の、眼鏡の男が申し訳なさそうな顔で美琴に頭を下げた。


「いえ!いえ、こちらこそ、急にごめんなさい。私は理世の姉の、美琴と言います。それであの、カイザーさんは…?」


美琴の言葉を聞き、微かに顔を歪めながら眼鏡男は「私はクーゲルと言います。隣のは妹のメーア。そっちの小さいのがアルメー。奥のがシュバルツ、彼の横に居るのがマルハナです」と簡潔な紹介をしてくれた。


「ねぇ、リセが何処に居るのか知ってる?」


アルメーと呼ばれた小柄な男が唐突に美琴に問い掛けて来る。


やはり、彼らも知らないのか。

美琴は落胆しながらも、先程から聞いても聞いても、答えて貰えない質問を再度繰り返した。


「私も、皆さんに心当たりがないかと思って来たんです。それで、カイザーさんは?彼と話したいんです。フォイアーさんはウチの都万赤つまあかの策略に嵌って”狂い蟻”の完全体になったんですが、理性が残っていたんです。理世とも普通に会話をしていました。理世は、フォイアーさんと二人で何処か静かな所で暮らす、と言っていたんですが、私はもう一度、ちゃんと理世と話がしたくて…」


「理性が残っていたんですか!?」


驚いた様に大声をあげたクーゲルに、美琴の方が驚いた。

と言うか、フォイアーさんが狂い蟻の完全体になった事をすっ飛ばしていきなりそこで驚くの…?


――そこで美琴は、ゆっくりと周囲を観察する。


やけに焦っていた門番。彼は美琴を送り届けた後も、洞窟の方に戻らず今も玄関を守っている。


最初に出迎えてくれた、疲れた様子の女性達に、傷だらけの蟻人達。

そしてこの場には居ないカイザー。


フォイアーが狂い蟻になった事は知らなかった筈なのに、そこよりも彼に理性があった事に驚く面々。


あぁ嘘。まさか。


「……もしかしてカイザーさんは、”完全体”になったんですか…?」


”狂い蟻の”とはどうしても口に出せなかった。



********


「私達は、何がなんだかわからないんですよ…」


クーゲルがポツポツと話し出す。


3人は連れ帰った蜂人の女達をざっと屋敷内の面々に紹介して回り、本人達の望む仕事に就かせた後、カイザーとリセが帰還するまで待機していた。


そして、二人の帰還を聞くと同時に広間に集まっていた。

程無くしてカイザーも合流をし、その時は何の変化も無かったと言う。


「リセがお風呂入りたいって言ってたらしくて、そこのメーアともう一人シュタヘルって侍女に浴場に連れて行かせた。後はそこの3人に任せてたんだ」


そこでカイザーから、フォイアーの状態が思わしくないので、資料のある玻璃鐘城に置いて来たと説明を受けた。


「…リセが伴侶に選んだのがカイザーとフォイアーの2人である事も聞きました」


酷く悔しそうな顔のクーゲルに、他の二人も複雑な顔で頷いていた。


「その時に、リセが浴場で気分を悪くしたって聞いて…」


弾丸の様に飛び出して行くカイザーを、他の3人は追わなかった。


「選ばれなかったからどうでも良いと思った訳ではないですよ?浴室で倒れたなら裸でしょう。我々が行くのはどうかと思ったので…」


心配しながらも、何となく手持ち無沙汰にしていると、廊下の奥の方から、カイザーの怒号と窓が破れる様な音がした。


「リセの部屋からだ…!」


「行きましょう、早く!」


――駆け付けた3人が目にしたのは、舞い上がる土煙の中で呆然と立ち尽くすカイザーの姿。


「リセ…リセ…違うんだ…違う…」


虚ろな眼差しで空を見つめ、ブツブツと独り言を呟くカイザーの姿に、3人は言葉を無くした。


「カイザー!何があったんですか!?リセは!?」


「リセ…リセ…リ…セ……う、うぅっ…!」

銃を取り落とし、頭を抱えながら蹲るカイザーにシュバルツが駆け寄って肩を支えた。


途端にビキビキ、と言う嫌な音と共にカイザーの軍服が弾け飛んだ。


「カイッ…!」


――虚空に一閃。黒鉄色の軌跡が走る。

ドサリ、と言う音と共にシュバルツの左腕が地に落ち、それと同時に肩口から噴水の様に血を吹き出した。


「カ、カイザー…!」


黒鉄色の大顎を振りかざし、此方を冷たく見据えるのは、ほんのついさっきまでカイザーだったもの。

狂い蟻の完全体、先祖返りしたカイザーの姿だった。



「…まぁ、俺は片手でも武器は使えるから良いんだけどな。こいつ等じゃなくて良かったよ」


肩を竦めながらおどけて見せるシュバルツに、支えるマルハナは気づかわし気な目を向ける。


「何故、あのタイミングで一気に狂いが進んだのか、皆目見当がつかないんです。それこそリセに選ばれなかった我々の誰かならともかく、選ばれたカイザーがどうして先祖返りする程に狂ったのか。理由が、わからないんです…!」


テーブルを拳で殴り、声を荒げるクーゲルの背を、妹のメーアがそっと撫でていた。


美琴は目を閉じ、考える。

理世は、あの子は良くも悪くも正直で、思い通りにならないと拗ねる我が儘さも持っている。


そして、意趣返しにその人が困ったり悲しんだりする事を言ったりやったりするのだ。


しかし、今までの場合それは”お姉ちゃんのお迎えなんかいらないもん!”や”食べない!お姉ちゃんのご飯なんか食べない!”などの本当に困るがそれと同じ位に可愛らしい我が儘だったのだが。


カイザーさんが具合を悪くした理世を迎えに行った時、二人の間で何かがあったのではないだろうか。

それこそ、理世の機嫌を損ねる様な何かが。


そこで理世は何かを言ったのだ。カイザーさんを傷付ける何かを。


”アナタが嫌い”とか?ううん、そんな言い方はしない。


きっと、もっとこう、何と言うか恐らく、本人はその言葉でまさかカイザーさんが狂うとは思ってはいない様な言葉を、言ったに違いない。


――だけど、どんな言葉よりも抉ったのだ。彼の心を。


「それで、彼は何処に?」


「何とか牢に閉じ込めています。でも姫、カイザーには理性は残っていませんよ?フォイアーは本当に完全体だったのですか?」


「えぇ、それは間違いないわ。…でも、彼がその状態で理世を探してどうするつもりだったの?」


弥未達の事もある。彼らが同じ様に、理世を害そうと考えないとも限らない。


「…カイザーは我々が楽にしてあげるつもりです。誇り高い彼の事ですから、きっとそれを望むでしょう。その前に、リセに会わせてやりたいと思っただけです」


美琴はカイザーの姿を思い浮かべた。


フォイアー程ではないが、長身に黒髪。鷹の様に鋭い目。

非常に冷静な、理知的なイメージ。


(話せば、理性を取り戻すかもしれない)


美琴的には、妹を任せるのだったら正直、あの精神的に不安定そうなフォイアーよりはカイザーの方が断然良かった。


(理世みたいな甘えん坊で我が儘な子には、カイザーさんの様な大人の男性が合ってると思う)


よし、と美琴は心を決めた。

会ってみよう。カイザーさんに。それで、一緒に理世を探して話を聞こう。


「あの、私をカイザーさんに会わせて下さい」


ニコリと微笑みながら言う美琴を、周囲は唖然とした顔で見つめていた。




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