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27・祓われた闇

人型ではない蟻型との深い接触を示唆する描写があります。


「ねぇフォイアー、今夜泊まる所どうしよう?」


「そうだね…ご飯付きじゃなければ、直ぐにでも見つかると思うけど…」


「えぇー…。理世、お腹空いたなぁ…」


ブツブツと不満を溢す理世の頭を優しく撫でながら、フォイアーは長身を屈め、その髪にそっと唇を落とした。



********



――玻璃鐘城を脱した後、暫くの間、当ても無く空中散歩を楽しんだりフォイアーに命じて小鳥を追いかけさせたりしていたが、そうこうしている内に大きな湖を見つけた。


そのほとりに降りて貰い、裸足になってパシャパシャ水飛沫を上げて遊んでいると、巨大羽蟻・フォイアーが脚を理世の身体に絡め、そっと草むらに押し倒して来た。


「ん…何?」


「リセ…本当に傷付けないで出来るか、試してみても良い…?」


「うん。でも本当の理由を言って?」


「え…本当の理由って…?」


「…その姿のままでも、理世が嫌がらないか、確かめたいんでしょ?」


途端にギチギチと震える羽蟻を、両手を伸ばして愛し気に抱き締める。

身体は大きいのに、臆病な人。あ、蟻か。


「蟻のままだと肌が冷たいのが難点ね。夏場はむしろ良さそうだけど」


頭部の横でそう囁くと、フォイアーは「リセ…リセ…」と呻く様に声を発しながら、6本の脚で理世を絡めとっていった。



「んん…」


理世は薄っすらと目を開けた。何時の間にか眠ってしまっていた。

目を横に向けると、フォイアーは居ない。ガサゴソと身体を起こし、辺りの様子を窺う。


身体の上には、理世の身長程もある肉厚の大きな花びらが、毛布の様にかけてあった。


身支度を整えながら、全身の状態を確認する。特に痛みも無いし、そもそも肌には傷一つ無い。

むしろ、人間体の時の方が体格差・身長差もあって大変だった気がする。


「良かった。こっちの方が身体が楽で」


呑気にそう呟いた後、理世はアハハ、と一人笑った。

何だか、随分メンタルが強くなった気がする。


さっきのなんて、他の人が見たらきっとホラー以外の何物でも無い絵面だっただろう。

どうみても、巨大羽蟻に食われそうになっているとしか思えないもの。


(まぁ、違った意味で食べられてたんだけど)


湖の水で顔をパシャパシャと洗い、ふぅ、と一息つく。


(うーん、身体も洗いたいなぁ…)


理世は少し考え、一度着直した服を再度脱ぎ始めた。

水浴びをしようと考えたのだ。


下着姿になった所で、突然背後から伸びて来た腕に強く抱き締められ、理世は身体を強張らせた。

胸の前に回されたのは、シャツの様なものを着た男の腕。


素早く辺りを見回す。フォイアーの姿は何処にも見えない。


(何で肝心な時にいないのよ…!)


すっかり油断していた。自分はどの種族の雄でも誘惑出来るのだ。

と言う事は、他の種族の男に襲われる可能性も考えていなければいけなかった。


どうしよう。とにかく、落ち着かなければ。

震える身体を抑えながら、理世は必死に深呼吸をする。


「ひ…っ!」


うなじにチュッと吸い付かれた。理世の全身に鳥肌が立つ。

耳をパクリと銜えられた時点で耐え切れなくなり、理世は背後の人物に向けて思いっきり肘打ちを放った。


「うっ…!」

呻き声が聞こえた。ダメージは与えられた様だった。


不審者の腕が離れたのを見計らい、前方に猛ダッシュで逃げる。

背後から息を飲む気配がした。そして一拍の間をおいて追って来る気配もする。


「もう―!何処行っちゃったのよフォイアー!このままじゃ襲われちゃうじゃない!」


――先程、そのフォイアーと体力を使う行為をしていた為か直ぐに息が上がって来た。


「んぅっ!?」


あっという間に追いつかれ、伸びて来た手に口を塞がれる。

理世は無我夢中で、その手に噛み付き大声を上げた。


「嫌――っ!助けてフォイアー!何処居るのよぉ――っ!!」


「ボク!ボクだよリセ…!」


「え…?」


突如聞こえた覚えのある声に、理世はピタリと動きを止めた。

恐る恐る、背後を振り返る。


「あ…」


クセ毛の髪に、金色の瞳。見上げる程の長身。鈍色の触角に透明の羽。

シャツとズボンに編み上げの長靴。そしてマントの様な物を羽織っている。


――蟻人の姿に戻ったフォイアーが、申し訳なさそうな顔で理世を見ていた。



********



「季彩、ありがとう。もう戻って良いわ」


「姫様…」


美琴は、地底王国の入り口である洞窟の前に立っていた。

本当はここまで送らせるつもりは無かったのだが、季彩ががんとして譲らず遂には「どうしても一人で行くなら、僕を殺して行って下さい!」と半泣きで言うので、そこは美琴が折れたのだ。


「じゃあ行って来るわ。弥未をよろしく。必ず帰るから、安心してね」


「……はい」


あからさまに不満そうな季彩に、美琴は苦笑いをする。

そして弥未。旅立つ美琴を見つめる目には、後悔と諦念が浮かんでいた。


(結局のところ、私を完全に信じてくれてはいないのね…)


もし、私と卵が戻らなくても、彼はあの表情を浮かべながらこれまで通りに過ごすのだろうか。

恐らく、そうだろう。彼は胸の内を明かさない人だから。


だったら、尚更何が何でも彼の元に戻って、驚かせてやろう。

それで理世を狙った事は許してあげる。


美琴は洞窟の中に進み、巨大な門の前に立つ。

困惑の眼差しを向けて来る甲虫人の門番に「カイザーさんを呼んで下さる?」とニッコリと微笑みかけた。



********



「もうっ!怖かったじゃない馬鹿ぁっ!どうして黙って近寄って来るのよ!元の姿に戻ったのも知らなかったのよ!?襲われちゃうって思って、でもフォイアーはいないし、理世…!」


不安から解き放たれたのか、次第に涙声になっていく理世を、フォイアーは必死に慰める。

ただ、その内心は安堵と喜びに包まれていた。



愛し合った後、疲れて眠ってしまったリセを、節くれだった脚で包み込み抱き締めていた。

先祖返りした身体は、目を閉じる事が出来ない。

だから、リセの寝顔をずっと眺めていた。


リセは受け入れてくれた。こんな姿の自分を。キスする事すら出来ないのに。


――いつの間にか、自分も眠ってしまっていた。

目が覚めた時には、元の姿に戻っていた。

何故かは分からないが、リセが受け入れてくれた事が関係している気がする。


取り敢えず全裸は困るので、服を調達に行った。

近くに蜘蛛人の洋品店があったのを、空中から見つけていたのでそこに向かった。


着替えて戻って来た時、リセが水辺で服を脱いでいた。

水を浴びたいのだろう、と直ぐ気付いたが、驚かせてやろうと後ろからいきなり抱きついてみた。


瞬間、リセの身体が強張ったのを感じた。

少し不安になったが気のせいだろうと、うなじに吸い付き、耳を噛んだ。

先程はやりたくても身体の構造上、出来なかった行為。


そこで予想外の事が起きた。

リセが自分に対して肘打ちをし、あろうことか全速力で逃げ出したのだ。


――浮かれていた心が、一気に凍り付いていく。


リセ。やっぱり、ボクの事が嫌だったの?気味が悪かった?だからボクから逃げるの?

フォイアーは予想以上に早く走る少女に焦る。

そう言えば、最初に彼女を見つけた時も、カイザーからすごい勢いで逃げていた。


追いついた所で、悲鳴を上げられる前に後ろから口を塞ぐ。

聞きたくなかった。リセの口から、自分を拒む言葉が紡がれるのを。


指を咬まれた時には、絶望の余り目が眩みそうになった。


だが、リセの口から放たれたのは、自分に助けを求める声だった。

そこで漸く気付いた。リセは、ボクが元の姿に戻ったのを知らないんだ。


「リセ!ボクだよ!」


一旦動きを止めた後、怯えながらも振り返ったリセは、大きな目に涙をいっぱい溜めていてとても可愛かった。



手を繋ぎ、ひたすら歩き続けてやっと食事と風呂付の宿を見つけた。

蟷螂人とうろうじんの夫婦が営んでいる宿は、こじんまりとした居心地の良い部屋だった。


念願の温かいお風呂に入り、機嫌良くフォイアーの膝に甘える理世は、そう言えば…と気になっていた事を聞いた。


「ねぇ、元の身体に戻った時って、裸よね…?それでお洋服買いに行ったの?お金は?」


「…仕方ないだろ。でも裸のままで行った訳じゃ無いよ…?木の皮を剥がして身体を覆って行ったよ。お金は服を手に入れてから、後で払いに行ったんだ」


「払いに、って…。何処にお金持ってたの」


「持ってないよ?銀行に行っておろして来ただけだよ…?」


「銀行があるの!?」


「当たり前だろ…?普段そんなにお金持ち歩いてどうするの…?」


「……」


あるんだ…銀行とか…。


理世は、この世界に来てほとんど直ぐに地底王国の屋敷に行った為に、世界どころか王国の有様すらも全く知らない事に気付いた。


「…ねぇフォイアー。この国って結構広いの?」


「広いと思うよ…。地底王国は基本的にボク達蟻人が暮らしてるけど…ここの宿はちょっと離れた所にあるけど、蟷螂人や蜘蛛人は地上に大きな街を作ってるし…。身体が頑丈だから、門番や用心棒に雇われてる甲虫人の街はここから結構近い所にあるんだ。明日、行ってみる…?」


「うん、行ってみたい」


――馬追月までは後半月ほどある。


それまでに、きちんと自分と向き合って本当にどうしたいか考えよう。

この国の、世界の事をもう少し知ってからでも遅くはない。


「リセ、ご飯の時間だよ…行こう…?」


ふわりと抱き上げられ、食堂へと向かうフォイアーの腕の中で、理世は思う。


その時の事はその時になって考えよう。

今は、この腕に甘えていたい。


フォイアーの胸元に、そっと頬を摺り寄せると、頭の上から、優しい笑い声が聞こえた。



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