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23・大人の見栄


「う…くらくらする…」


湯船からあがった途端、浴場の床に座り込んだ理世をマルハナが心配そうに支えている。

キハナはシュタヘルとメーアを、コハナはカイザーを、それぞれ呼びに飛び出して行った。


「申し訳ございません、女王様…」


狼狽し切った顔で項垂れるマルハナに、理世は慌てて首を振る。

元はと言えば、理世が湯船に浸かったまま、3人と話し込んでいたのがいけなかったのだ。


そのせいですっかり、お湯にのぼせてしまった。


「ごめんなさい…理世が調子に乗っちゃったから…」


柔らかい布に包まれ、マルハナに支えられている内に少し気分の悪さが治まった気がする。


(お姉ちゃんに、甘えてるみたい…)


マルハナが優しく背中を撫でてくれる。その感触に、理世は甘える様に目を閉じた。


「女王!」


キハナと共に、青褪めた顔のシュタヘルとメーアが駆け込んで来た。

手には、薄紅色の液体が入ったガラス瓶を抱えている。


「女王様、冷やした山葡萄の果汁をお持ちしましたわ!どうぞお飲み下さいませ!」

「カイザー様が直ぐにいらっしゃいますから、ご安心下さい」


うん…と力無く呟きながら、果汁を飲むべく身体を起こした瞬間、浴場の入り口付近から荒々しい足音が聞こえた。


「リセ!!」


「カ、カイザー様!女王は私達が外までお連れ致ししますので…!」


狼狽えながら制止しようとする女達に目もくれず、一直線に理世の元に向かったカイザーは、濡れるのも構わずにマルハナからひったくる様にして理世を奪い取った。


「私共がやりますから…!」


「貸せ!」


カイザーはガラス瓶を奪うと中の果汁を一気にあおり、理世の唇に己の唇を重ねた。

そのまま、口移しでゆっくりと飲ませて行く。


コクコク…と理世の喉が上下に動いたのを確認すると、カイザーはやっと唇を離した。

はぁ…と一息ついた理世の背中を優しく撫でた後、身体を包んでいる布ごと抱き上げる。


「着替えは何処だ?」


「外の籠の中に…。でもカイザー様、お着替えは我々が致しますから!」


「オレがやる。お前達は数を揃えていながら理世一人守れていないだろう」


う、と言葉に詰まった女性達は、悔し気に俯きながら後ろに引き下がる。

理世は慌ててカイザーの軍服の胸元を引っ張った。


「違うのカイザー。理世が悪いの。話がしたいならお部屋に帰ってから喋れば良かったのに、ついお風呂の中で喋っちゃったから。だから皆を叱らないで…」


カイザーは理世を抱き上げたまま、頭を振る。


「お前の事を第一に考えたら、風呂の中で呑気に話を続けたりはしないだろう。湯あたりを想定し、その行動を制止しなければならない。主人を好きな様にさせておくだけでは、”仕えている”とは言えない」


――カイザーの正論に、理世含め女性陣が全員押し黙る。


(言ってる事は正しいんだけど…何か悔しい)


しょんぼりとしているキハナ達にも申し訳ないし、湯あたりなどしてしまった自分にも腹が立つ。

理世は、カイザーに仕返しをしてやろう、と思った。


「ねぇカイザー。やっぱり着替えはいらないから」

「リセ、何度も同じ事を言わせるな。オレがやると言っているだろう」

「ううん。着替えなくても良いって言ってるの。だから、このまま貴方のお部屋に連れてって?」


そうしたら、着替える必要無いでしょ?


そう耳元で囁いてやると、「なっ…!何言って…!」とわかりやすく顔を真っ赤に染める。

暫く狼狽えていたカイザーだったが、じーっと見守っている女性陣の視線を意識した途端、軽く咳ばらいをした後、足早に浴場を後にした。



理世は焦るカイザーを見られた事で、してやったり、とほくそ笑んでいた。

とは言え、言った事は本気だった。どうせ、いずれはそうしないといけないのだ。


大浴場を出て長い回廊を真っすぐ進み、突き当りを右に曲がればカイザー達の居住区で、左に曲がると理世の部屋に向かう。


だが、カイザーはここで左に曲がった。


「ね、ねぇカイザー。貴方のお部屋は向こう側でしょ…?」


私のお部屋に行くの…?

そう問う意味を込めて、カイザーの鋭い目をじっと見つめる。


視線に気付いたのか、カイザーは目線だけを降ろしフッ…と小さく息を吐いた。


「…無理をするなリセ。まだ身体は疲れているだろう。姫が心配していた様に、フォイアーとお前は体格が全く違う。自分で思っているよりも相当、負担がかかっている筈だ」


「べ、別に平気だもん…!そんな事言ったら、カイザーだって理世より全然大きいじゃない!どうしたって負担がかかるなら、今日でも明日でも明後日でも変わらないわよ」


理世の無茶な理論に多少鼻白んだ様子を見せたものの、「今日は駄目だ」と苦い顔で言い聞かせながら理世の部屋に向かって歩く足を止めようとしない。


理世は軽く頬を膨らませ、不満を露わにしてみせた。

カイザーはいつだって正しい。まるで、聞き分けの無い子供を導く理想的な大人の男性だ。


悔しい。女子としてのプライドも多少傷付いたし、こうなったら何としても彼の部屋に行ってやる。


理世はカイザーの首に両手を回した。

そして精一杯の甘い声で「お願い…。貴方のお部屋に連れてって…?」と上目遣いで強請ってみせた。


先程まで”多少狼狽えていた”程度だったカイザーの顔があからさまに苛立ちで歪む。


「…いい加減にしろ、リセ」

「どうして?」

「…お前を、大事に思っているからだ」


――瞬間、理世はスッ…と己の心が冷えていくのを感じた。


「ふぅん…。やっぱり此処は理世達”人間”の世界とは違うなぁ。鎖に繋いで自由を奪うのが、”大事に思う”って事なんだ」


「そ、それは…!」


「もう良いわ、ここで降ろして。理世の部屋までもう少しだから後は歩いて行く」


苦し気な顔をしながら、何とか言い訳をしようと思っているらしいカイザーの口が開いたり閉じたりするのに冷めた視線を送りながら、理世は苛立つ感情を目に込める。


「離して」


「っ…!」


”女王の強制力”に支配されたカイザーが、ゆっくりと理世を床に降ろす。


「ありがとー」


裸足で床に降り立った理世は、床の冷たさに一瞬顔を顰めた後、布に身体を包み直して歩き出した。


あーあ。くっだらない。何が”大事に思ってる”よ。

バッカみたい。…お姉ちゃんは楽しそうで良いなぁ。いっつもお姉ちゃんばっかり当たり引くんだから。


背中に、カイザーが向けて来る痛い程の視線を感じる。

振り返ってやる気などサラサラ無かった理世は、そのまま部屋まで一人で歩いて行った。



カイザーは歩き去る理世の後ろ姿を見つめながら、激しい後悔に襲われていた。


リセを、傷付けてしまった。

彼女の言う通りだ。


まだ幼い子供だと思っていたリセが、既に自分達を受け入れられる年齢であった事を知ってから、自分達は随分と勝手な行動を取っていた。


宥めすかしたり、高圧的に出てみたり。早く手に入れたくて、全員が焦っていたのだ。


遂には、彼女を鎖で繋いで監禁すると言う暴挙を仕出かし、結果的にそれがリセの逃亡を助長した。

それでも、彼女は自分達の元に戻って来てくれたのに。


先程、リセが部屋に来たがった時に何故、本当の気持ちをきちんと伝えなかったのか。


――自分でも呆れる位にお前が欲しいと思っている。

気持ちを落ち着かせてからでないと、きっと壊してしまう。

だから、少しだけ待ってくれ。


正直に、そう伝えれば良かったのだ。ただ、リセに余裕の無い自分を見せたくなかった。

それで無駄に格好をつけた結果が、これだ。


肩を落としたまま、自室へと戻りかけ、やがて足を止めた。


…違う。ここで引き下がっては駄目だ。リセに、きちんと伝えなければ。

そうしなければ、今まで以上に後悔する事になる気がする。


――リセ、お前を愛している。

明日は必ず、オレの元へ来てくれ。


思い立った瞬間、急ぎ振り返るも長い回廊の向こうには既にリセの姿は見えない。


カイザーは軍服の裾を翻し、リセの部屋に向かって走りだした。




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