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22・仕組まれる狂気


「リセ…ボクのリセ…」


フォイアーは用意された部屋のベッドの上で大きな体を縮めながら蹲っていた。


リセは自分を好きだと言ってくれた。

それはとても嬉しい言葉ではあったが、かと言って不安が消えるものでも無かった。


カイザーに抱かれ、地底王国へ向けて帰って行くリセを見送っていた時に感じた、全身が切り裂かれるのではないかと思う程の痛み。


リセは飛べないから仕方ない、と自らに何度も言い聞かせても、彼女が自分以外の男の腕の中に大人しく収まっている事にどうしても納得が出来ないのだ。


――己の両手を目の高さに上げ、じっと見つめる。

ついこの前までは、この手の中にはお気に入りのぬいぐるみが居た。


(…あれ、何処に行っちゃったんだろう)


あんなに気に入っていた筈なのに、リセが現れてからは一気に興味が無くなった。


(まぁ良いか…ボクにはリセが居るんだから…)


再び、両手をぼんやり眺める。

カイザーが知らないリセを知っている手。カイザーがまだ触れた事の無い所にも触れた手。


「…やっぱり、リセはボクだけのものにしたい…」


――違う。それは思ってはいけない事だ。


リセが困ってしまう。リセが困る事はしないと、約束した。

それに、リセを困らせると卵が出来ない。


卵が出来ないと、リセに置いて行かれてしまう。


「…そんな事になったら、ボクは…」


絶対に耐えられない。

何としてでも、彼女を独占したい気持ちを抑え込まなければ。


爪を噛みながら、必死に気持ちを落ち着かせようと頑張っているフォイアーの耳に、コンコン、と言うノックの音が聞こえた。


「…誰?」

「入っても良いか?」


聞いた事がある声だが、誰だかわからない。

フォイアーは一瞬警戒をしたが、直ぐに緊張を解いた。


此処は蜂共の城なのだ。今更警戒をして何の意味がある。


「…良いよ」


――あてがわれた部屋に入って来た蜂人の男を見た途端、フォイアーは緩めていた筈の警戒を再度強めた。


此奴は確か”都万赤つまあか”と言った筈。

沈着冷静な、玻璃鐘はりがね城の策士。


「…何?」


都万赤は、部屋に入るなり編み上げブーツを履いたまま寝台に座るフォイアーを見て眉を顰めた。


「寝台の上は履物を脱いでくれ。お前達の居住区とは造りが違うんだから」

泥で汚したら侍女達が可哀想だ。


いきなり小言を言う都万赤に少々面食らいながら「…何か用?」と不愛想に聞く。


「そうだな、”用”と言うか、お前に知らせておこうと思って」

「何を…?ひょっとして、何かわかったの…?」


都万赤は「いや、違う」と肩を竦めた。そのまま無言で窓辺に行き、窓を開け放つ。

室内を風が吹き抜け、都万赤の羽と触角を軽く揺らしていた。


その様子に、フォイアーの胸中に一気に不安が膨れ上がる。


「…何だよ、早く言えよ」


「…門番が聞いていたそうなんだが、女王はお前を必要無いと言っていたらしい。玻璃鐘城ここで飼い殺しにしておいて欲しいと、お館様に頼んでいたそうだ」


カイザーさえ居れば、良いと言う事なんだろうな。

酷い話だ、お前がこんなに苦しんでいると言うのに。


――都万赤の言葉が、頭に、胸に、激しい痛みを持って突き刺さる。


「う…嘘だ…。だって…リセはボクを、愛してるって…!」


「そうでも言っておかないと、お前が納得しないと思ったんだろう。まぁ落ち着けフォイアー。女王が言っていただろう?あの女王が居なくなっても、お前達には新しい女王が来るそうじゃないか。そっちの女王に選んで貰えれば、」


「黙れ…!リセじゃないと意味無いんだよ…!!」


激高し、息を荒げる眼前の男を都万赤は冷めた視線で観察をする。

見る見るうちに、フォイアーの顔に黒鉄色の硬い皮膚が広がって行くのが分かった。


(頃合いだな)


「分かったよ、フォイアー。きっと門番の勘違いだろう。そうだな、女王は確かにお前よりもカイザーを頼っていた様子だったが、それはお前がまだ若いからだ。気にする事は無い。じゃあ、俺はもう行くよ。少し風にでもあたって休むと良い」


形だけの笑みを浮かべながら、都万赤は部屋を後にした。


――さぁフォイアー。()()()()()()()()()()()()女王の元へ向かうと良い。


そして女王を食ってしまえ。

そうすれば、女王は永遠にお前だけのものだ。



********



「女王様!お帰りなさいませ!」


カイザーに連れられ、部屋に戻った理世を出迎えてくれたのはシュタヘルとメーアだった。

勝手に出て行ったのにも関わらず、変わらぬ笑顔で出迎えてくれた二人に理世は申し訳ない気持ちになった。


「た、ただいま…」


「女王、浴場のお支度は整っております。お供致しますね」


ありがとう、と呟きながら、あの樹星の元に居た女性達はどうなっただろう、とふと思った。

その疑問をそのまま二人に聞いてみる


「あぁ、あの方々ですわね?私達と同じ様に、女王のお部屋付きになりました。ご本人様達のたってのご希望でしたので…」


「そうなんだ…。良かった」


理世はホッと胸を撫で下ろした。

幾らカイザー達が許可した所で、女性陣に受け入れられないと彼女達も居心地が悪いだろうと心配をしていたのだ。


「今、何処に居るの?」


「浴場で待っておりますわ。私とメーアはその間にお茶の準備をしておきます」


そうなの、と頷きながら理世は内心溜息を吐いた。


また、他の人に身体を洗われる羽目になるのか…。シュタヘルとメーアにですら、慣れるのに時間がかかったのに。


(…温泉とかで人前で裸になるのとはまた別なんだよねー…)


裸…。


「…あ!待って駄目!」


いきなり立ち止まり、大声を上げる理世をシュタヘル達は驚いた顔で見つめる。


「どうかなさいました!?」


どうかなさいました、どころじゃない!

だって裸になんかなったら、その、何て言うかフォイアーにアレコレされた痕、とか見られちゃうし…!

そんな事になったら流石に死ねる。恥ずかしくて。


「あ…えっと、お風呂、後にしようかな…」


「女王様?何処か体調でもお悪いのですか?それでしたらば、お部屋に戻りましょう。あの方達にはまた後程、浴場に来て貰いますから」


あ。と理世はまた声を上げた。

そっか…理世が我が儘を言ったら、彼女達のせっかくのお仕事が無くなっちゃうんだ。


「ううん、何でも無い。ごめんなさい。お待たせしてるんだよね、早く行きましょ?」


理世は二人を安心させる様に笑って見せると、足早に浴場へと向かった。



「女王様…」


シュタヘルとメーアに服を脱がせて貰い、大浴場に入って行った理世を出迎えてくれたのは、樹星の元愛妾達の柔らかい笑顔だった。


「皆さん…!無事で良かったです!…っあ、ごめんなさい、こんな格好で…」


――大浴場の中に、華やいだ笑い声が響いた。


「あの、今更なんですけど、皆さんのお名前を教えて頂いても良いですか?」


身体中に散らばる、赤い花の痕を見ても彼女達は顔色一つ変えなかった。


気が緩んだ理世は、身体を柔らかい、海綿状のもので洗って貰いながら女性達に聞いた。

3人の蜂人の女性達は、困った様に顔を見合わせる。


中で最も年長と思われる、顔中を切り裂かれた女性が「…私達には名前は無いのですわ」とおずおずと言った。


「私達は蛹の頃から選定され、城主様の閨のお供を務める為だけに育てられるのです…。成人を迎えると床入りをし、飽きられたら下働きに戻る。それだけです。…樹星様の場合は、殺される事がほとんどでしたけど…」


樹星さん。

彼を思うと、理世の胸に小さな痛みが走る。


分かっている。自分のこの気持ちが、”悪人が一瞬見せた優しさ”に絆されているだけだと言う事を。

彼が自分に優しかったからと言って、それまで行って来た蛮行が帳消しになる訳ではない。


事実、仮にも”元・愛妾”であり、すくなくとも命を奪わない程度には情を向けられていたのであろう彼女達は、樹星が死んだ事を聞いて全員がむしろホッとした顔をしていた。


「じゃあ、私がお名前を付けても良いですか?何だか偉そうだけど、今後お名前が無いと困ると思いますし」


「本当でございますか!?」



嬉しそうな顔をする女性達に、「はい」と笑い掛けながら理世は思いついた名前を告げた。


――羽を破かれた女性は”キハナ”

触角を引き抜かれ、片足を引き摺っている女性は”コハナ”

年長の、顔中傷だらけの女性は”マルハナ”


「えぇと…どうかしら」


身体を洗い終わり、湯船に浸りながら理世は3人の顔色を窺う。


「こんな…!本当に素晴らしいお名前ですわ!」

「ありがとうございます、女王様!」

「私達も、お互いの名前を覚えなくてはね?」


顔を見合わせて笑い合う、キハナ・コハナ・マルハナの3名の様子を眺めながら、理世は温かい気持ちに包まれていた。



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