表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/66

21・城主の策略


「リセ…リセ…」

フォイアーはグスグスと泣きながら、カイザーの腕に抱かれて地底王国へ帰って行く理世を見送っている。


何時いつまで泣いてるのかしら)


まるで子供の様に、零れる涙を拳で拭う大男を眺めながら、美琴は複雑な思いでいた。

男達に話をする理世を見ていて分かった。

理世は、妹は元の世界に帰ると、確固たる決意を持っている。


卵の件は嘘ではないだろう。

ただ、恐らく理世には分かっているのだ。あの狂いは止められないと。


それで馬追月までに”二人の卵”と言ったのだろう。


(でも…)


美琴は頭を抱えた。

あの子は、フォイアーはともかくカイザーはどうするつもりなのだろう。


カイザーも理世に執着を見せていたが、狂ってはいない様に見えた。

身体を重ねれば、二人の間には順当に卵は宿るのではないだろうか。


それでも理世はこの世界に残るには、恐ろしく確率の低いフォイアーとの卵も必要だと言う。

しかしフォイアーが狂ったままだと卵は出来ない。


宣言通り、カイザーとフォイアーは、置いて行かれる事になる。


理世のお腹に自分の卵が宿っても、そしてそれを仮に産み落としたとしても、理世を失う事が決定づけられてしまったら。


――次は、カイザーが狂うのではないだろうか?


妹は賢い子だけど、まだ15歳なのだ。少し考えが浅い所がある。

そして天真爛漫でとても愛らしいけれど、他人を振り回す小悪魔的な面も持っている。


(どうしたら、良いんだろう…)


美琴は去って行った妹を思いながら、項垂れる大男をいつまでも見つめていた。



********



「リセ、起きろ。着いたぞ」


「うん…」


玻璃鐘はりがね城から地底王国までは多少距離がある。

カイザーに抱かれて飛んでいる内に、何時しか理世は眠ってしまっていた。


「ごめんなさい、寝ちゃった…」

「気にするな。湯を浴びたら、また少し眠ると良い。疲れてるだろう」


理世は眩しそうにカイザーを見上げる。

こういう気遣いはフォイアーには無い。彼はいつだって理世を求めるばかりで、理世に何かを与えてくれる事は少ない。


強いて言えば母性本能をくすぐられる事位だろうか。


「…ありがとうカイザー。今日は他の皆に説明もあるし、夜は一人で過ごしたいけど、明日はお部屋に行っても良い…?」


「あ、あぁ勿論だ。だが無理は、しなくて良いからな?」


大胆に誘いをかけて来る理世にわかりやすく狼狽えながらも、カイザーは頷いた。


「うん。じゃあお風呂行くからこのまま連れてって?」

「わかった」


理世を抱いたまま、屋敷内に歩いて行くカイザーは狂えるフォイアーの事をふと思う。

リセを求める気持ちは、自分を含めほぼ全員が抑えきれない所まで来ていた筈だ。


なのに、フォイアーのみ狂気が加速していったのは、本人の一途な性格からだろうと思う。


クーゲルは沈着冷静。だが、少々冷た過ぎる所がある。

アルメーは無邪気。しかし、時々”コイツは自分にしか興味無いのでは”と思う事がある。

シュバルツは飄々として誰にでも優しいが、案外他人に関心が無い。


フォイアーは幼蟻の頃から、関心を持ったものを持ち歩いたりするなど、執着心が強かった。


顔立ちは整っているし、恵まれた体格に、生み出す武器も強い。

だが、年の近いアルメーが女達と遊び歩いている反面、女性関係は非常に不器用だったと思う。


基本的に蟻人の”羽付き”は女王以外とは卵を作れないが、関係を持つ事は出来る。

個体能力が格段に劣るとはいえ、姫以外の女とも卵を残せる蜂人とは其処が違うのだ。


唯一の強き雄を受け入れる姫と違い、複数の雄を選べる女王ならではの特性だろう。


カイザーも、羽付きとして生まれ、幼蟻から若蟻になる時には、来るべき女王との交合に備え、恐らく本能的に練習を兼ねていたのだろうが蟻人の女とよく関係を持っていた。


リセに対しても、欲の深さは既に行為の快楽を知っている自分の方が強いと思う。

が、その分理性も強いのだ。


フォイアーもアルメーに時々無理矢理、歓楽街に連れて行かれていた様だが、半ば義務的に過ごしていた節が見受けられた。


フォイアーは羽付きにしてはある意味異端なのかもしれない。

一人の雄が姫を独占する、蜂人に感覚が近いのではないだろうか。


だから、心を持って行かれたリセには次第に抑えが利かなくなっていったのだろう。


だが。


リセの身体に、フォイアーが触れたと感じた途端、自分のたがも緩み始めている気がする。


自分自身はフォイアーと二人で”夫”になる事には異存は無いが、フォイアーが原因でリセを失う事にでもなったら、果たして自分は正気を保っていられるだろうか。


「カイザー?どうしたの?」


無邪気な瞳で見上げて来る、愛しい女王。


「いや、何でもない」


――狂ったフォイアーを、羨ましいと感じる心に固く蓋をしながら、カイザーは歩き続けた。



********



「弥未、どう?何かわかった?」


古ぼけた文献を難しい顔で読み進める弥未に、お茶を差し入れながら美琴が声をかける。


「うーん…どうだろうな…」

「その、”姫を食べた”って言う蜂人がおかしくなっていく過程の記録とかは?」


その過程がわかれば、何か彼を救うヒントが見つかるかもしれないし。

美琴はそう言いながら、横から文献を覗き込んだ。


「う、読めない…」


美琴の眼には”文字”とは到底呼べない、何やらグニャグニャした線が幾つも描かれている。

よく”ミミズが這った様な文字”などと言うが、これはまるでボウフラが躍っている様な文字。


弥未は難しい顔で黙り込んだ美琴を見て、内心安堵の息を吐く。


(読めないのか。それは良かった)


狂い蜂関連の文献を探している時、偶然”無垢の姫”の事について書かれた資料が見つかった。

その資料には、ある時”姫”が天道てんとう月の満月の夜に現れた、とあり、雄との間に卵を儲ける事なく霞の様に消えていった、と書いてあった。


またある”姫”は保護された城から逃げ出した後、行方が分からなくなり、後日見つかった時には既に気が触れており、しかし腹には卵を抱いていた。


その姫が産み落とした卵からは蜻蛉人の幼子が生まれた、とある。


その他の情報を総合すると、やはり美琴や女王は”異界の者”である事が明白だった。


女王は帰るには”馬追月の新月に石門を潜る”と言っていたが、どうやらその他にも帰る方法はある様に思える。


文献に書いてあった”霞の様に”消えた姫は、恐らく何らかの方法で元の世界に逃げ帰ったのだろう。

この文献は破棄しようと思っていたが、美琴が此方の文字を読めないのなら丁度良かった。


「…食われた姫の状況や、その狂った蜂人が死んだ事は書いてあるけど、過程までは書いてないなぁ」

もう少し遡って見てみるか。


首をゴキゴキ鳴らしながらそう言う弥未を見つめ、美琴は思い切って自らの思いを口に出してみた。


「…ねぇ、弥未。フォイアーさんなんだけど。正直、私は彼をもう理世に会わせたくない。どうしたら良いと思う?」


「そうだね。一番簡単で確実なのは、さっさとフォイアーを殺す事だな」


「ん…やっぱりそうなっちゃうのか…」


――止めはしないのか。

てっきり大慌てで否定して来るかと思いきや、案外落ち着いて考えている美琴を見て、弥未は意外な思いを抱いた。


美琴にとって、妹である”理世”は非常に大切な存在らしい。

彼女が本来持っている優しさをあっさり封じ込めてしまえる程に。


(俺にとっては、フォイアーよりも女王の方が目障りなんだよなぁ)


弥未は苦々し気な溜息を吐く。

美琴は俺と、俺との間に出来た卵の事だけ考えていれば良い。


――こうなったら女王は、フォイアーに食わせてしまおう。


こっそり元の世界に帰らせると言う手も考えたが、美琴が万が一帰りたがったら困る。


弥未は心を決めた。

そうなったら、後は上手くフォイアーを誘導し狂気を加速させるだけだ。


美琴は酷く悲しむだろうが、”文献の通りだった”だのなんだの適当に誤魔化しておけば良いだろう。

どうせ、文字は読めないのだ。


「美琴。お茶のお代わりと、何か甘いモノ持って来てくれない?ちょっと疲れちゃったよ」

「わかった。ちょっと待ってて」

「後で膝枕もして」

「ふふ、良いわよ?」


クスクス笑いながら部屋を出て行く美琴を見送りながら、弥未は背後に声をかける。


「…フォイアーはどうしてる?」

「部屋で大人しくしています。時々女王の名前を呟いてますが」


成程。

弥未は美琴に向ける甘いものとは真逆の、酷薄な笑みを浮かべながら片手をヒラヒラと振った。


「俺はこの後美琴とゆっくりするから。適当な所でフォイアーにこう囁いておいて。”女王はこのまま戻って来ない。カイザーさえ居れば良いといっていた。お前は騙され、見捨てられたんだ”って」


「畏まりました、お館様」


背後の気配が消えると同時に、お茶とお菓子を乗せたお盆を持った美琴が部屋に戻って来た。


「弥未?今何か言った?」

「いいや?…ねぇ美琴、お菓子食べさせて」

「なーに?急に甘えん坊になって」


美琴は呆れた様な顔をしながらも、小さな餅菓子を一つ摘まんで弥未の口の中に入れてやる。


「どう?美味しい?蜜飴をお餅生地に練り込んでみたの」

「うん、すごく美味しい」


良かった、と嬉しそうに微笑む美琴の頬を撫でながら、そっと引き寄せ唇を重ねる。


――ごめんよ美琴。


キミが優しさを捨ててまで、守りたいと思っている”理世”にはこの世界から消えて貰う。



俺が守りたいのはキミだけなんだ。


大丈夫だよ。悲しいのは最初だけだから。

後は俺と、俺達の卵が支えるから。


甘える様に頬を摺り寄せて来る美琴を優しく抱き締めながら、弥未はひっそりと笑っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ