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02・地の女王



「キャ――――ッ!!」

理世りせは悲鳴を上げ、姉に抱き着く。

「何!?お姉ちゃん何!?怖い!蟻と蜂が喋ってる!しかもデカい!シェパード位ある!」


美琴みことは怯える理世をなだめながら、「妹が目を覚ましたら説明してくれる約束でしたよね?さぁ、早く話して下さい」と巨大蜂と巨大蟻に詰め寄った。


美琴に気圧されるかの様に、蜂神が口を開く。


「そうですね。先ずはこの世界の話からしましょうか。此処は我々昆虫人の住む国”蟲鳴むめいと言います。この国は決まった王などは居ないのですが、その代わり”飛天ひてん派”と”地走ちそう派”に分かれていまして、長年覇権争いをしています。飛天派は”蜂人ほうじん”が、地走派は”蟻人ぎじん”がその権力を手にしています」


次いで蟻神が引き継ぎ、説明を続ける。


「その二つの主流派閥が今、繁殖時期なんですよ。それで、能力の高い雌を呼び寄せる術を使ったら、うっかり手違いで貴女方を呼んでしまいました。以上です。お分かりいただけましたか?」


「全く分からないです」


冷たく言う美琴に、「こんなに分かりやすく説明したのに…」と両神はたじろぐ気配を見せる。


「分かったのは今居る場所の名前と派閥があるって事だけ。”能力の高い雌を呼ぶ”って何ですか?」


「えー、あの、通常は通常に恋愛的な段階を踏んで繁殖活動があるんですが、ここの所、飛天と地走の小競り合いが絶えないんですよ。で、強い個体程繁殖活動を起こす暇が無くてですね、それだと種の存続が危ぶまれるんで、雌を呼ぶアレをアレしたんですけども」


答弁の下手な政治家の様な言い訳に、中学生の理世ですら納得がいくものでは無い事が分かる。


「私達は此方の世界の”雌”、言わば女性ではありません。速やかに帰して下さい」

氷の様に冷たく、切れ味鋭い美琴の言葉に「ううん…」やら「ええと…」など歯切れの悪い言葉を返す虫神達。


「ねぇ」

理世が不意に虫神達に話掛けた。

「アナタ達、人間が来たって言うのにどうして残念がってないの?どうして理世を”女王”、お姉ちゃんを”姫”って普通に呼んだの?」

理世達、間違いで此処に来ちゃったんだよね?


胡乱な眼差しで問い掛ける理世に、虫神達はあからさまに狼狽え始める。


「と、ともかく!この機に此方で気に入った雄を見つけて楽しく過ごしては如何でしょうか!我々は古き者なので見た目はこんなですが、新しき者達は貴女方と見た目ほとんど変わりませんし!」


「そうそう!因みに”姫”は最も強い雄が手に入れる事が出来ます。これから姫を巡って蜂人の間でひと悶着ある事でしょう。”女王”は逆に好みの雄を選ぶ事になりますので、女王の愛を得ようと、数多くの男達が貴女様にかしずく事でしょうね」


…面倒な揉め事が起こる予感しかしない。姉妹は顔を見合わせ、二人して嫌な顔をした。

「断れないの?」


「姫は強い雄のものになりますが、最終的な決定権と言うか拒否権はあります。女王には逆に雄を従わせる事の出来る”強制力”が備わってますが、雄の意思が強かった場合や狂った雄は従わせられません」


「「では、我々はこれで!!」」


”シェパード級の蜂と蟻”は一気に空へと舞い上がる。


「待って!ちょっと!私達、どうしたら帰れるの!?」

「「出来れば帰らないで下さーい!!」」

「横暴!最低!虫の癖に!」


理世の罵倒に傷付いたのか、ちょっとは申し訳ないと思ったのか、虫神達は少し顔を見合わせると「馬追うまおい月の新月の日に、そこの門をくぐれば帰れますよ―!」と言い残すと、これ以上は何も喋らない、とばかりに急いで何処かへ飛んで行ってしまった。



「お姉ちゃん…どうしよう…」

「アイツ等!馬追月ったって、それ何ヶ月後なのよ!そして今は何月なのよ!?」


既に泣き出しそうな理世を横目に、美琴は何とかして状況を打開しようと必死に頭を回転させる。

”新月に門をくぐる”とは、恐らくこの石門の事だろう。先程まで青白く光っていたが、今はもう輝きを失っている。

自分達が通って来たからだろうか。それならば。


「理世。この場所で何とか馬追月とやらの新月までやり過ごそう。月が分からなくても、多分帰れる様になったら其処の門が光る筈だから」


周りを見渡す。幸い、澄んだ池がある。飲み水や身体を洗うのには困らないだろう。

食べ物は、何とか探し出そう。ともかく、理世だけは絶対に守らなければ。


「理世。此処にいて。お姉ちゃん、何か食べ物探して来るから」

「待って!理世も行く!」


美琴は追い縋る理世の頭を優しく撫でた。

「理世は門を見張ってて。大丈夫、直ぐに戻るから。ね?」


姉は理世の我が儘は大抵聞いてくれる。それが、今は有無を言わせない目で、理世を見ている。

これはきっと、どんなにお願いしても無駄だろう。諦めて、姉の言う通りにするべきだと思った。


「分かった…」

「うん」


美琴は素直に頷いた理世を池の辺に座らせ、森の方へ歩き始めた。



一人取り残された理世は、姉の言いつけ通りに門をじっと見張っていた。

(ここには蟻、居ないな…)

日差しはポカポカ暖かく、柔らかい草は程よく乾いていて、とても気持ちが良い。

理世は必死に眠気と戦っていたが、その内草の上に倒れて眠ってしまった。



「うーん、このキノコ食べられるかなぁ。キノコは止めておいた方が良いかしら」

森に入って直ぐの所に、林檎に似た木の実があった。取り合えず、これを持って一旦理世の元に戻ろう。

美琴は木の実を4つ程もぐとそれを持って引き返す事にした。



「ん…」

理世は頬に何かが触れる感触と、浮遊感で目を覚ました。ぼんやりとした頭で、それでも門を確認しようと横を見る。

(あれ、門が無い)


おまけに、景色が動いている。理世は反対側に顔を動かした。目に入るのは、黒い服。

まるで機械仕掛けの様な動きで顔を正面に戻し、恐る恐る目線を上に上げる。


「目覚めたか、女王」


――理世は見知らぬ男に抱き上げられ、何処かへと連れて行かれる最中だった。

(誰!?…って言うか、また誘拐!?)


1日に二度も誘拐されれば逆に肝が据わると言うもの。理世は男に気付かれない様大きく深呼吸をした。

「えいっ!」

身体を思い切り捻り、男の腕から逃れる。腕から落下した際に地面に叩き付けられた身体が痛いが、気にしている暇は無い。


猫の様に素早く身体を起こすと、そのまま猛ダッシュで走り始める。


「っ!待て、女王!」


焦った様な男の声が聞こえるが、当然待つ訳は無い。

ひたすら走り続け、男の姿が見えなくなった辺りで、香りの強い巨大な花の陰に飛び込んで隠れた。


「チッ!くそ、何処へ行ったんだ!」


花の陰に隠れた直後、荒い足音を響かせながら男が走って現れた。

(早っ!不意をついたのでなければ、危なかったかも…)

そっと、顔を覗かせ様子を窺う。


――男は黒鉄色の軍服を身に纏い、マントの様な丈の長い布を巻いている。

髪は黒く、肌は赤銅色。整ってはいるが何処か荒々しい雰囲気の男。

男の周りには、後から同じ軍服を纏った男達が何人か走り寄って来ていたが、誘拐犯の男はその中でも一際背が高い。


そして。

全ての男達の頭部には、軍服と同じ黒鉄色の節くれだった硬そうな触角が生え、顔の一部は硬質化した鎧の様な皮膚で覆われていた。


(蟻だ…!あれが、蟻人?)


「全く。だから私に任せておけと言ったのに。貴方の顔が怖いから女王が逃げちゃったじゃないですか」

「黙れクーゲル。オレの女王をオレが迎えに行って何が悪い」


背の高い男の後ろから、頭半分程背の低い、赤茶色の髪の優しい顔立ちの男が現れた。

長い髪を後ろで縛り、眼鏡の様なものをかけたその男も、やはり触角が生えている。


「カイザー。まだ貴方の女王じゃないです。勝手に決めない様に」

「アレはオレのだ。勝手に触れたら殺す」


長目の前髪を苛立たし気に掻き上げ、優男を睨み付ける背の高い男。


そこまで観察をした所で、理世はその場を立ち去ろうとそっと腰を上げ、慎重に後退さった。


パキン


「あ」

枝を踏んづけてしまった。途端に男が弾かれた様に顔を上げる。


「わっ!やばっ!」

慌てて身を翻し走りだそうとした瞬間、腰に男の腕が回り込み強い力で引き寄せられた。


「嫌っ!離して!」

「捕まえたぞ、女王。もう逃がさないからな?」

カイザーと呼ばれていた背の高い男が、理世を一瞬強く抱き締めると、ひょいと右肩に抱え上げた。


「やだってば!離してよー!」

男は足をバタバタとさせ、暴れる理世の太腿を左手の指先を往復させながら軽くくすぐる。

ひっ…と息を飲む理世の様子に、喉奥でクツリと笑うと「行くぞ」と号令をかけ、機嫌良さそうに歩き始めた。


「初めまして、女王。私はクーゲルと申します」

赤茶の優男が肩上の理世に何事も無いかの様に挨拶をして来る。


「あ…理世、です…」

「リセ。とても可愛らしい名前ですね。貴女にピッタリです」

「はぁ、どうも…」


条件反射で挨拶を返してしまった。優男は蕩ける様な甘い笑みを浮かべていて、何となく居心地の悪くなった理世は顔を逸らして俯く。


「…おい」

地を這う様な低い声。ん?私に話掛けてるの?


「はい…?」

「それ以上口を利くな。黙ってろ」


ビクリと震える理世に「お気になさらず。貴女の名前を先に私が呼んだ事に怒ってるんですよ、カイザーは」とクーゲルは呆れた様に肩を竦めた。


(お姉ちゃん…助けて…)

瞳にジワリと涙が滲む。どうしてこんな事に。一体何処に連れてかれちゃうの。

そしてハッと思い至る。先程、男から一瞬逃れた際にかなり走った。今、あの門からどの程度の距離に居るのか。


「あ、あの。カイザー、さん」

喋るなと言われたが、試しに話しかけてみる。


「…何だ」


あ、応えてくれた。


「あの、私さっき池の近くに居たと思うんですけど、今そこからどの位の所に居るんですか?」

「何故そんな事を聞く」


まぁそうなるよね。


「髪留め落としちゃったみたいなんです…。取りに戻ったら駄目ですか?」

「そんな物は無かったと思うが」

正解。今日は髪留めは付けていない。


「お願いです、カイザーさん…。お気に入りなの…」

抱えあげられているせいで顔は見えないが、精一杯甘えた声を出してみる。


男の歩みがピタリと止まった。

「…クーゲル」

「えーと、女王がかなり走って戻りましたからね。結構近くですよ。戻ります?」


カイザーは少し逡巡した様につま先をトントンと打ち付けながら、おもむろに理世を肩から降ろした。

ただし、手を強く握ったまま離しはしなかった。戸惑う理世の顎を掴み、上向かせる。


「…髪留めは他の奴に取りに行かせる。それから今後、あんな可愛い声をオレ以外に向けるな。分かったか、リセ」


「あ、えと…」

「分かったかと聞いているんだ」

「はい…」


――ここはあの門に近いと、言っていた。

分かったわよ。”可愛い声”とやらはアナタ以外に聞かせちゃ駄目なのね?

じゃあ、可愛くない声なら良いんでしょ。


理世は男の胸をトン、と軽く押して距離を取った。


そして。


「キャ――――――ッッ!!!お姉ちゃ――ん!助けて――っ!!」


と、空気を切り裂くような大声で叫んだ。



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