表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/66

14・蜂人の本性


「お館様!姫様!」


息せききって飛んで来る季彩きいろに、玻璃鐘はりがね城の城主・弥未やみとその妻・美琴みことは訝し気な顔をした。


「どうした?そんなに焦って」

不思議そうな顔で問い掛ける弥未に、季彩は蒼白な顔で報告をする。


「大変です…!女王の元に向かう途中の瀬黒様が襲撃されました!瀬黒様は重症ですが、お命に別状はございません。今、医療室で治療を行っております!」


「瀬黒が!?誰に!?」


季彩は美琴をチラと見やりながら告げた。


樹星きぼし様です…」

「樹星…」


弥未は頭を抱えた。まさかアイツが動いたとは。情報管理は徹底していた筈なのに…!


「弥未?何?どう言う事?」


不安を全面に見せる美琴に、弥未は眉間に皺を寄せながら答える。


「…樹星は一見人畜無害そうに見えるんだけどね、実際は俺達城主の中でも群を抜いて冷酷な奴なんだよ。おまけに嗜虐趣味もあるし。アイツの閨の相手を務めた女は大体2、3日でぶっ壊れる」


だから俺はアイツには絶対に話を通さなかったんだ。


苦い顔でそう言う弥未の腕に縋りながら、美琴は蒼白になっていた。


「ねぇ弥未…まさか、その人が理世の元に行ったの…?」

「まだわからない。報告が入ってないからな。もし、樹星が女王を手にしていたら、俄然厄介な事になる」


弥未は頭をフル回転させていた。先日、美琴から聞いた衝撃的な話。


女王は美琴の血を分けた妹で、美琴と女王は”ニンゲン”と言う種族で、この世界の者では無い。

蜂でも蟻でも無い為、恐らくどの種族とも子をもうける事が出来る。


『…もしかしたら弥未は、私じゃなくて理世を選んでたかも』


そう拗ねた様に言う美琴が可愛くて、初めて嫉妬めいた事を口にした事が嬉しくて、思わずニヤついてしまったのを覚えている。


そんな心配は必要無いのに、と弥未は思う。

既に一度、女王は目にしている。愛らしい顔立ちはしていたが”カイザーが好きそうな顔だな”と思った位で”欲しい”とは全く思わなかった。


自分と美琴との間には、所謂”運命”と言うヤツが存在したのだと、胸を張って言える。


――しかし、樹星はどうだろうか。

もし、樹星が女王に心奪われたら、とんでもない事になりそうな予感がする。

一方で、同族として何かを期待する気も起らないでもなかった。


何事にも執着しなかった自分も、美琴に出会って自分の粘ついた執着心に気付いたのだ。


あの柔和な笑顔の下に隠れた残虐性と嗜虐性、そして自己中心的なあの男が、変わるかもしれない。

そんな姿を、見てみたい気もする。


(まぁ、どちらにしてもカイザー達は皆殺しにされるだろうけど)


美琴を悲しませたくはない。彼女は”妹”の幸せを何よりも願っている。

だからこそ、美琴に頼まれた時に樹星ではなく、言葉遣いこそ粗野なものの、気の良い瀬黒に相談をしたのだ。

でも自分は美琴を幸せにする事にしか興味は無いし、其処から先、女王がどうなろうと自分の知った事ではない。


美琴には分からないと言ったが、女王は恐らく樹星の手中にあるだろう。

独自の情報網を持つ奴の事だ。情報を掴んだ後、周到に瀬黒の後をつけて女王の元に向かう直前で襲撃したのだろうから。


弥未はそっと季彩を呼んだ。

「美琴から目を離すなよ?女王の行方について情報が入っても、美琴には知らぬ存ぜぬで押し通せ」

卵を抱く、大事な俺の妻を巻き込ませるな。冷酷な瞳でそう命を下す。


「かしこまりました、お館様」

季彩は当然の様に頷いた。


――美琴も理世も、分かってはいなかった。

親しく会話をした者でも時には平気で切り捨てる、恐ろしい程の割り切りと合理性。


それこそが、蜂人の種族特徴なのだ。



********



「さぁ、着きましたよ、女王」


理世は無言で頷く。頭の中は後悔と心配でいっぱいになっていた。


「女王」


フォイアーは大丈夫なんだろうか。彼の胸から突き出した、血濡れの槍が今でも脳裏に焼き付いている。

自分で言うのも何だが、カイザーが理世の後を追うよりも救出を優先した程の傷だったのだ。


「…女王」


耳元で聞こえる低い声に、理世はビクリと我に返った。

慌てて自らを抱く男の顔を仰ぎ見ると、一切の表情が無い笑わない瞳と目が合う。


「あ…」理世は顔を強張らせる。

その様子を見ながら樹星は「僕と居るのに何を考えてるんですか?まぁ貴女の心配の種は、直ぐに取り除いてあげますから」と言いながら、優しく唇にキスをした。


「と、取り除くって…」

「そうですね、丁度フォイアーを戦闘不能に出来た事ですし、貴女を部屋に連れて行ったら部下を連れて奴らを始末しに行って来ます」

「始末!?やだ…!止めて!」

「そう言われてもね。貴女が雁城ここに居る事が分かってる以上、彼らは貴女を取り返しに来るでしょうし、先手を打つのが得策だと思いますよ?」


理世は首を振って懸命に訴える。そんな事しないで。お願いだから。

大粒の涙を溢しながら取り縋る女王の姿に、樹星は次第に苛立ちを覚え始めた。


そんなに彼らが大事なら、何故逃げ出そうとした?何故あの時僕に腕を伸ばした?

僕の胸に頬を寄せて、甘えて来たのは何だったんだ?


――少女の体温を感じた時に、今までどんな女を相手にした時にも感じた事の無かった、甘い感情が沸き上がって来た事に、樹星は戸惑っていた。


愛くるしい顔を見た時に”傷付けたい””壊したい”などの感情と共に胸に込み上げる”優しくしたい””甘やかしたい”と言う甘やかな気持ち。


なのに、この少女は違う男達の事を想い涙を流す。


樹星は理世を降ろした後、顎を掴み顔を寄せ「…じゃあ、僕を止めてみて下さい。そうですね、これから身体を綺麗にして、僕の好きそうな衣装を着て、可愛く僕を誘惑してみては?彼らの所へ行く気なんか無くなる位に」と意地悪く笑った。



理世は浴室内に入った途端、震える身体を両手で抱き締めた。


雁城の風呂は、良い香りのする木で造られていて地下邸宅内の石造りの風呂とはまた趣が違う。

馴染みのある風呂は造り的に此方の方である筈なのに、あの不便な程に広い浴場に、無性に帰りたかった。


(馬鹿な理世。勝手な事ばっかり思って)


風呂は旅館のちょっと広い温泉位の広さだからか、身体を洗う侍女などは居なかった。

風呂桶や手ぬぐいも用意してあり、ドロリとした蜂蜜の様な液体が瓶に入っている。


これで全身を洗うのだろうか。


恐る恐る液体を手に取り、擦ってみる。すると、フワフワとした泡が立った。

泡を身体に乗せ擦り、身体を洗って行く。


(お風呂から出たら、樹星さんを誘惑、しなきゃいけないんだよね)


流石に”誘惑”がどんなものかは理解しているし、その先に待つものが何なのかも分かっている。

正直怖い。怖いし、そもそもその事態を避ける為に理世は色々画策していたのだ。


でも、今はもうそんな事はどうでも良い。愚かな自分がその代償を払うだけの事。


(それでもやっぱり、初めては好きな人が、良かったなぁ…)


湯船に浸り、束の間目を閉じる。そして、意を決した様に立ち上がり、浴室からゆっくりと出て行った。



風呂から出ると、脱衣所に女性が3人、平伏して待っていた。


其々が柔らかそうな布、つるつるした質感の下着、裾がフレア状に広がった透けたレース素材の短い浴衣の様な夜着を持っており、夜着はよく見ると凝った刺繍が施してある。


「あ、あの…」


「姫様。失礼致します」

布を持った女性が寄って来て、理世の身体を拭いていく。

風呂の世話をされるのは慣れて来ていたから、そこは気にならなかったが、理世は女性のある部分に目を奪われた。


羽が、左右ともビリビリに引き裂かれていて、肩口には引き攣れた様な傷痕があった。

何となく嫌な予感がして残りの2人をそっと盗み見る。


一人は触角が一本しか無く、無い側の片足を引き摺っている。

もう一人は、顔中に切り裂かれた様な傷痕があった。


どの女性もハッと目を引く程美しいだけに、その姿は違和感を酷く揺さぶるものがあった。

思わず凝視してしまった理世の視線に気付き、女達は恥じる様に顔を伏せる。


「見苦しい姿を晒し、申し訳ございません姫様」


「いえ!いえ、そんな事は無いんです!ただ、その、どうしたのかなって思って…」

蜂人は女性も戦闘に参加するのだろうか。でも、戦闘員が何故、こんな侍女の様な事を…?


女達は顔を見合わせ、何かを確認するかの様に頷き合った後、理世に顔を向けて話し始めた。


「…これは、樹星様に閨でのご奉仕中につけられた傷です」

「樹星様はとても変わっていらっしゃるので…。その、女が苦しむ姿を見るのがお好きと言うか…」

「私達は運の良い方なのですわ。樹星様に飽きられても、まだ命があるのですから」


理世は絶句した。巻き戻せるなら時間を巻き戻したい。何で、こんなサディストの腕になんか飛び込んじゃったんだろう…!


罰を受けるのは仕方ないが、正直苦しい目には遭いたくない。

身体や顔に傷を付けられたら元の世界に帰っても困る事になるし、痛いのは絶対に嫌だ。


「えっと、皆さんのソレは、別に樹星さんを怒らせたとかじゃなくて、急にいきなりですか?」

分かりやすい地雷があるなら、それを避けて通る事が出来るのでは。


女性陣は少し考えていたが、やがて「わかりません…」と俯いた。


「私達は普通にしていたつもりですが、樹星様のお気に召さない行動を取っていたのかもしれませんし…。急に、と言われれば、その通りではあるのですが…」


「姫様。早くこちらのお召し物を。樹星様は待たされるのは何よりお嫌いですから」


「わ、わかりました」

理世は女性達に手伝って貰いながら、慌てて着替えを始めた。いきなり出だしから躓くのは困る。


女達は着替えを済ませた理世を廊下に連れ出し、奥の方に向かって歩き始めた。

暫く歩いた後、豪奢な造りの扉の前に立つ。


「此処が、樹星様のお部屋です。姫様、どうか…」


女達は微かに怯えた顔で頭を下げた後、その場から去って行った。


理世は大きく息を吸い込み、深呼吸をした。

去り際の彼女達の言葉。姫様、どうか――


『お気を付けください』


何をどう気を付ければ良いのかわからないけど。理世は、”責任”を取らなくちゃ。


ごめんね皆。絶対に皆の所には行かせないから。どんな事をしても。


理世は扉に手をかけ、ゆっくりと開け放ち、室内へ足を踏み入れて行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ