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12・姉妹


理世りせは慎重に夜道を歩く。

もう少しで、以前繋がれていた木のある丘の下辺りに差し掛かる。


ゆっくり歩きながら暗闇に目を凝らすと、月明かりの下でボゥッと光る青白い何かが見えた。


(お姉ちゃんの、夜光石…!)


「お姉ちゃん!」

小さく呼びかけると、夜光石をつけた人影がビクリと動いた。

姉も、気付いたらしい。はっと顔を上げると、理世の方へ駆け寄って来る。


「理世!」

「お姉ちゃん!」


走り寄った姉妹は、互いに手を伸ばし、そしてしっかりと抱き合った。



********



再会をし、様々な話をした後、姉妹は蜜飴について語り合っていた。


「それにしても、本当に美味しい!この”蜜飴”」

「でしょ?お茶に溶かして飲んでも美味しいんだよ。後ね、お城によって独自の味があるの。これはウチのだけど、これは鈴目すずめ城の蜜飴。こっちは鼈甲べっこう城ので…」


美琴みことは妹の顔が曇ったのに気付く。


「どうしたの?」


「…お姉ちゃん。随分お城に馴染んでるんだね」

”ウチ”と称してしまう程に。


「あ…そ、それは…」

美琴は思わず口籠る。妹に、何処となく後ろめたい気持ちになった。


「ねぇ、お姉ちゃん。理世ね、また蟻の神様に会ったの。その時思ったんだけど、理世達は人間でしょ?蜂でも蟻でも無いんだから、多分どの種族のお嫁さんにもなれる筈なの。それを上手く利用すれば、安全にこの世界から逃げられるんじゃないかなって思うんだけど…」


「り、理世…」


美琴は予想もしていなかった妹の言葉に驚きを隠せなかった。

よく考えれば確かにそうなのだ。しかし、自分達は”蜂と蟻”の女王と姫だと思っていた。


(タイミングの問題だったの?もしかしたら、弥未やみは私じゃなく理世を選んでいたかもしれないって事…?)


胸の奥にドロドロとした、濁った何かが満ちて行くのが分かる。


嫌。そんなの嫌。弥未は私のだもの。だって、だって私――


「…理世。ごめん。お姉ちゃんは、一緒に行けない」

「…え?」

「帰らない。此処に残る」


理世は姉の言葉に仰天した。どうして!?


「お、お姉ちゃん…?何言ってるの?ここは理世達の世界じゃないんだよ!?理世達は人間なんだよ!?あの人達は人間じゃないんだよ!?そんなのと一緒にいるって言うの!?」


「お腹の中に”卵”がいるの!!」


美琴はそう叫ぶと、お腹に手を当てた。

「弥未との、卵が宿ったの…」


――理世を見る目は苦し気なのに、お腹を撫でる手は優しく、そしてあの男の名を呼ぶ姉の声は酷く甘いものだった。


嘘でしょお姉ちゃん…。お姉ちゃんは理世よりあの蜂を選んだの?理世が、蟻達に脅されたり咬まれたり鎖に繋がれたりして、それでもお姉ちゃんと一緒に帰る事を夢見て耐えてた、そんな時にお姉ちゃんはアイツと…?


「ごめんね理世…。でも、お姉ちゃん理世が帰る為に何でもするから!何なら、弥未に頼んで馬追月までウチの城で保護して、」


「…大丈夫。そんな事したら、あの人達がそっちのお城に行っちゃうかもしれないじゃない。そしたら困るでしょ。お姉ちゃん今大事な身体なのに」


理世は心が驚く程冷えて行くのを感じていた。


(この世界には、理世を思ってくれる人は誰もいない。目の前のお姉ちゃんは、もう理世のお姉ちゃんじゃなくてあの綺麗な男の人の奥さん)


そう。それならそれで、そういう風に動けば良いだけ。

それでも姉は傷付けられないけれど、それ以外は皆、理世の為に傷付いて貰おう。


理世は姉に柔らかく微笑みかけた。


「ねぇお姉ちゃん。お姉ちゃんが”卵”をお腹に宿したって事は、もう他の蜂人ほうじんはお姉ちゃんに手出し出来ないんだよね?この前、季彩きいろ君がお城を二つ陥落させたって言ってた」


「う、うん…」

「残ったお城の蜂人さん、誰なの?」

六角ろっかく城の瀬黒せぐろと、かり城の樹星きぼし…」


ふぅん、と頷きながら理世は暫し考える。


「お姉ちゃん。どうにかしてそのどっちかを、理世に会わせてくれない?」

「ど、どうして!?」

「理世が帰るのに必要だから、かな?理世ね、晴れてる日は大体何時も、丘の上の木の下で訓練風景眺めてるの。上手く段取りがついたら、其処にこっそり来て貰えると嬉しいんだけど」


美琴は真意を測りかねる様に、理世の顔を見つめる。

しかし、妹との約束を破った罪悪感からか、「…わかった。弥未にお願いしてみる」とポツリと呟いた。


「ありがとうお姉ちゃん。じゃあ理世、そろそろ帰るね。お姉ちゃん、身体を大事にしてね」


「理世…」


バイバイ、と手を振り、振り返る事無く帰って行く妹を見送りながら、美琴はただ立ち竦んでいた。



********



「…お帰り、美琴」

思ったよりも早く、迎えの合図が来た事に戸惑う季彩を適当にあしらい、酷く疲れた体を引き摺って部屋に戻った美琴を待っていたのは、眠そうな顔をした弥未だった。


「弥未!?もう起きちゃったの!?」

明け方にはまだ、時間がある筈なのに。


「うん。…はは、嘘。本当は、まだ眠ってない」

「眠ってないの!?」


理世と会っている間、仮眠を取っていた季彩ですら、酷く眠そうにしていたのに。

満月の夜。力の強い者程、眠気が強いと聞いていたが、弥未は大丈夫なのだろうか。


「もう、何夜更かししてるのよ…」


ほら、ちゃんと眠って?

弥未の腕を取り、寝台へと誘おうとした美琴の身体を、弥未はぎゅっと抱き締めた。


「美琴…。駄目だな、俺は。信じているつもりだったのに。もしこのまま美琴が戻って来なかったらって思った。不安で、怖くて、どうしても眠れなかった…」


震える腕で縋り付く様に抱き締めて来る弥未を、美琴は愛し気に見つめた。


「馬鹿ね、弥未。私の帰る場所は貴方が居るここだけなのに」

「美琴…」


安心感からか、フラフラとする弥未を必死に寝台まで支え、そのまま一緒に横になる。


「お行儀悪いけど、二度寝しちゃおうかな。弥未、ギュッてしてて?」

「うん…」


嬉しそうに微笑む弥未を自らも抱き締め返しながら、美琴はそっと目を閉じた。



********



理世は自室に戻り、ベッドに潜り込んだ。

目を閉じてもなかなか眠りにつく事は出来ない。脳裏に浮かぶのは、幸せそうな姉の姿。


(守ってくれるって、言ったのに…!)


「酷いよ、お姉ちゃん…!」


理世はシーツを頭から被り、声を殺して泣き続けた。



********



「他の城の連中に会いたい?」

「え、えぇ…。駄目、かなぁ」


結局昼過ぎ位まで眠ってしまった弥未と美琴は、遅い昼食を取っていた。

そこで、美琴は理世の頼みを切り出してみたのだ。


「何で?」

「わ、わからない…けど…」


――聞いてはやれなかったが、恐らく理世は何か辛い目にあっているのだ。

時々、身体を押さえていた様子を思い出す。


自分達側ではない蜂人に助けを求めたい何かがあるのだろうか。

何故、ちゃんと話を聞いてやらなかったのか。美琴は酷い後悔に苛まれていた。


「”城持ち”じゃないと駄目なのか?そうすると、もんやまとは実質”城持ち”じゃないから瀬黒か樹星になるけど?」


「あ…それは分からないけど、でもお城持ちの方々の方が良い気がするわ」


美琴は弥未に、理世の仮説を伝えるかどうしようか悩む。いや、伝えておこう。

弥未に隠し事はしたくない。


「弥未、聞いて。あのね…」



********



「女王様。如何なさいましたか?」


昼食は一人で取りたい、と部屋に運んで貰った筈なのに、全く手を付けずぼんやりとする理世に、シュタヘルが心配そうに声をかけた。


「何でもないです…」


理世は溜息を吐きながら、ようやくスープを一口だけ飲んだ。

パンをちぎった所で「すいませんがカイザーを呼んで下さい」と後ろに控えていたメーアに声をかける。


かしこまりました、とメーアが出て行った所で、理世はシュタヘルに「カイザーが来たら、ちょっと席を外していただけますか?」と告げる。


「…かしこまりました。ではカイザー様のお茶のお支度をしておきます」

「ありがとうございます」


パンにかぷっと噛みついた所で、「女王様、カイザー様をお連れしました」とメーアの声がした。


「はーい、どうぞ」


カイザーが入って来ると同時に、頭を下げたシュタヘルがそっと部屋を出て行く。


「…どうした、女王」

気まずそうに立ち竦むカイザーに、「座って?」と向かい側を指差す。


カイザーが言われた通りにするのを確認すると、理世は手ずから紅茶を淹れてやり、それを差し出した。


「ねぇ。カイザーは、理世の何処が好きなの?」

「な、何だ急に…!」


何処、と言われても困る。強いて言うなら”全て”なのだが、それをどう伝えたものか。


「…結局、”理世”がいなくても大丈夫なのよね。”女王”さえいれば」

「そんな事は無い!」

「そんな事あるのよ。貴方達が気付いてないだけで」


理世は自分の分の紅茶に砂糖を一匙入れ、クルクルと掻き混ぜながらカイザーを見つめた。

見返して来る鋭い眼差し。その瞳に咎める様な色が含まれているのに気付き、理世はクスリと笑った。


「…リセ」

「もう、何度言えば覚えてくれるの?名前呼ばないでって言ってるでしょ?」

「リセ」

「………なぁに?」


根負けした様に返事をする理世に、カイザーはふっと頬を緩めた。

この女王は、仕草の一つ一つが本当に愛らしい。


「愛してる」


「なっ…!?何、急に…!?」


奇しくも先程のカイザーと全く同じ反応を返しながら、真っ赤になる理世を、ゆらりと立ち上がったカイザーは長身を屈めて後ろから腕を回し、壊れ物を扱う様に、華奢なその身体を抱き締めた。


「やっ…離して…」


カイザーは回した腕に力を込める。理世の抵抗が弱まった所で親指で唇を優しく撫でながら、耳元で「リセ。愛してる…」と小さく囁いた。



――可哀想な人達。理世でなくても本当は平気なのに、”女王”の呪縛に縛られて。

愛してると思い込まされて。


大丈夫だよ。直ぐに理世が、解放してあげるからね。


理世はカイザーの腕に抱かれたまま、その腕に手を添え、委ねる様に身体を預ける。


そして、そっと両目を閉じた。



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