無能な僕が最強魔王。追放したイケメン勇者と美少女剣聖と巨乳賢者と堅物戦士に復讐するよ
自分の好きな作家さんがいい意味でタイトル詐欺な良作を投稿しているのを読んで、触発され作ってみました。
ストーリーはありきたりですが、全体を通して随所に工夫を施しています。
どんなものかは後書きに触れていますので、文章の最後にでも読んでみて下さい。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
最近皆が冷たい・・・そのことに気が付いたのはしばらくしてからだった。
僕は思い返す。
僕ノルドと幼なじみのイース、エリナは国から馬車で東に1週間ほどの田舎にあるハレム村という村に住んでいた。昔は“東果て近くの村”という名前だったけど、はるか昔の英雄が“すろーらいふ?”とやらでこの村に来て、大勢の才媛を娶り、暮したのがきっかけでこの名前になったそうだ。
色々な意味で普通の農民の息子である僕に対し、その英雄の血を引くイースは優しくハンサムで何でもできる天才、エリナも少し気が強い美少女なだけでなく、剣で才能を発揮する剣の天才。色々な意味で凸凹トリオだったが、僕らは馬が合い、仲良くやっていた。
しかし、ある日、いきなり国から使いが来て、その日常は終わった。
何でも近いうちに魔王という魔物が誕生する。神託でイースが勇者、エリナが剣聖に選ばれた。洗礼を受けることでその才能は開花するので、2人にはぜひ魔王を討伐してほしいという。
まだ、戦も知らない若者を!と村の人々は反対したが、いずれ誕生する魔王は放っておくと、誕生した後、そのまま成長を続け、世界が危険になる。そのため、被害を最小限に抑えるには今しかないと国の者は主張した。
2人は英雄に選ばれたことが心にも影響したのか魔王を倒すことには異論はないそうだが、それでも不安そうだった。それはそうだ。いくら万能で天才肌のイースに、勝ち気で知られるエリナと言えども、いきなり世界を滅ぼさんとする魔王を倒してこいなどと言われて、全く不安が無いわけじゃない。
だから僕は言った。僕も行かせてくださいと。
当然、周囲猛反対。勇者と剣聖ならともかく、何の才能もない・・・強いて言うなら農業で鍛えた体力と若干の器用さしかない僕が行ってどうするって話だ。それはそうだ。でも、僕は見た。一緒に行くと言った瞬間、2人が嬉しそうな顔をするのを。
結局、エリナがノルドと一緒に行くなら行きます!と言い張り、時間の問題もあってか・・・皆が折れた。
その後、僕らは揃って王都に移動。そこで洗礼の儀式?とやらを終えた後、おっとりして優しげな雰囲気をしているが、国でトップクラスの魔法使いと言われる少し年上のウルディアさんに、パーティー最年長、数多の戦の経験を積んだ近接・防御において国一番と言われる大柄で筋骨隆々で勇ましさを感じる顔つきをしたオーグさんが旅と経験に不慣れな僕らをサポートするために仲間になった。
旅は決して順調ではなかった。特に僕は幼馴染2人のように選ばれた才能があるわけでも、同行した2人のように専門家ではないのだ。
それでも、必死にサポートを雑用をこなすように努めた。旅は辛いけど楽しかった。人助けをして感謝されたり、たまたま見つけた太古の遺跡でお宝を見付け、分け合ったり。珍しい料理を食べたり。村では味わえなかった経験を積んだ。
しかし、それもいつしか崩れ始めた。
(あのさぁ、いい加減にしろよ!いつまで時間がかかってるんだよ)
(あんたのせいで、怪我したわ!本当にあんた愚図でのろまね。ちっ)
(あまりうろちょろしないでくれます?回復するのも体力いるんですよ・・・はぁぁぁぁ)
(・・・もういい。後は俺がやろう。黙ってみていてくれ)
魔王の本拠地近くになり、魔物との戦いが多くなるにつれ、僕は目に見えて足手まといになった。次第に優しい皆から呆れられ、罵詈雑言を浴びせかけられ、態度も粗暴で邪魔者扱いされるようになり、特にエリナからは手や足も出るようになった。痛かった。心も体も。それでもみんなのためにと堪えて来た。
そんな環境を変えようと、頑張った僕はある日空回りして、大けがをした。
目が覚めた時、あったのは4人の安堵の顔と、温かい言葉ではなく恐ろしいまでの無関心もしくは軽蔑の眼差しだった。
結果、僕は。ひたすらに罵倒され自分を否定され、4人から追放された僕は幾ばくかの金を与えられ、とある町で放り出された。心身弱った僕に断る元気はなかった。
その後、4人は次の雑用どうする?など僕のことを一顧だにしないままケラケラ笑いながら、去って行った。
悔しかった。己の無能さが。
憎かった。彼らの態度が。
恨めしかった。選ばれた彼らと選ばれなかった世界の不条理さが。
村に帰る途中の宿屋で就寝前に、今までの辛い仕打ちと情けなさに悶えていると、その声が聞こえた。
“力がほしいか?”
“力を欲するか?”
“汝は資格を得た”
“我が器よ?望め”
“望むだけで、お前の欲望を満たす力が手に入る”
男のような女のような不思議な声。心に染み入るようなそれは僕の燻る負の感情に火をつける・・・。
“欲を望め・・・力を望め・・・望めば叶う・・・お前の欲が・・・さぁ望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め望め”
ひたすらに繰り返されるその声と全身を巡る渇望と感情に、抗えず、現実感が湧かないこの状況に半ば僕はこれは夢だと思い。
「欲を・・・欲望を叶える力が・・・ほしい!!」
そう答えた。心が応えてしまった。
ソシテボクハ・・・。
「色々あったけど、ついに魔王との対決・・・か」
私“剣聖”エリナは目の前にそびえたつ、旅の終着点である岩山と城が融合したような天然要塞“魔王城”を見て、今でのことを思い返す。
楽しいこともあったが、辛い旅でもあった。
場所は神託で予めわかっていたので迷わなかったが、その道中は各国が手を焼く魔物を退治する仕事を引き受けつつ、森を越え、知らぬ国を通過し、山を登り、砂漠を踏破し、遺蹟に立ち寄り、荒野を駆け抜けるなど簡単ではなかった。そしてついに、ここ無骨な岩山が連なる中に在る魔王の住処“魔王城”に辿り着いたのだ。
今までの苦労は大変だけど問題なかった、頼れる仲間がいたから。昔の私なら音をあげていたかもだけど、英雄の影響かもしくは今までの旅路で成長したのか、耐えられなくはなかった。
しかし、一点どうしても悔いが残っていることがある。
「顔色が悪いぜ。エリナ?」
私の顔色を見て、相棒であるイースが私を気遣ってくれた。
「何でもないわ。緊張してるのよ。ついに魔王と戦うのかと思うと・・・」
嘘ではない。何せ魔王は文字通り魔物の王にして最強の魔物。はたして倒せるかという不安はある。皆も不安なのだろう。ここまで数多の魔物を屠った私達のパーティーとはいえ、“魔王”に全く怯まないはずはない。
「とにかく、ここまで来た以上は怖いから帰るとはいかないからな。ノルドのためにも・・・!」
ずきん、イースが語るノルドの名前に私の心はひどく傷んだ。
するとウルディアがいつになくといっても少し強い口調で答えた。
「もう!そのことは皆言いっこなしって言ったじゃないですか・・・って、私が言えることじゃないですけど・・・」
そう、“あの件”はウルディアの提案だったが恨んではいない。確かに初めは感情的になり、反対したが、結局言うとおりだと認めざるを得なくて、全員で承認したのだ。
「どうせ、ノルドのことだ。真実を伝えれば、笑って許してくれるさ。だから行こう。全てを終わらせて、またあるべき生活に戻るため!魔王を全力で倒そう!!」
イースはその悔いを吹き飛ばすように明るく笑い飛ばした。勇者であるイースのそういう態度は本当に助かる。そうだ、魔王を倒せば終わる。そうすれば・・・きっと。
今は全ての思考を魔王を倒すために費やそう。皆の顔にも覚悟が宿っていた。
魔王の城を突き進む私たち。当然ながら魔物が徘徊している。勝てない相手ではないが、魔王の前に体力を消耗する必要はないという私たちより経験豊富なオーグの言葉を受けて、避けて進む。そのため結構時間がかかった。
特にパーティーの中で一番小柄で素早さも高い私は偵察に頻繁に行ったこともあり、疲れも倍増だ。まぁ、背が高いイース、私よりも無駄に胸と尻がでかいせいで動きが遅いウルディア・・・何が胸とお尻がつっかえますぅだ!それとパーティーで最も体躯が大きく重装備なオーグというメンバーの中では私がやるしかないのだが・・・。
そんなこんなで、体力は消耗したが、ダメージや魔力の消耗がないまま魔王がいそうな場所までやってきた。魔物がいない廊下を歩いた突き当りの大きな扉。イースが勇者の勘だろうかここに魔王がいると告げる。
重々しく、そして奇怪な模様がある扉を開けるとそこには、綺麗な石畳が並び、こう言ってはなんだが、まるで神殿の様な広々と整理された空間が目の前に広がる。
一瞬、魔王城にそぐわない光景に見惚れるが、目の前の存在を見て、一気に呑気な気分が消え去った。おかしい・・・なんで・・・?そう、そこにはここにはいない、いてはいけない存在がいた。
「・・・嘘でしょ?なんであんたがここにいるのよ!・・・・・・ノルド!!」
そう、広い部屋の奥にいる禍々しい空気に包まれ、濃厚な黒き衣に身を包んだ存在。それは・・・私達が見捨て、追放したはずのノルドであった。
「・・・どうして、どうしてお前が魔王の間にいるんだ?ノルド?」
流石のイースも呆然として、目の前のノルドに問いかける。その言葉にノルドは邪悪な笑みを浮かべ、彼に似つかわしくない哄笑をあげた。
「どうして?くくく・・・ははは。お前らが言うのか?それを?そうだなぁ・・・しいて言うなら原因はお前ら勇者パーティーだ!」
そういうとノルドは手のひらから黒い魔力を込め、飛ばしてきた。事態に追いつかず呆然とする中の奇襲。だが、そこにオーグが巨体に似合わぬ速度で前に割り込む。
「大地の盾よ!その力を持って、我らを守護せよ!!!!」
オーグが旅の途中で手に入れた秘宝“大地の盾”を真名開放し、その奇襲の攻撃はあっさり弾かれた。当然私達は無傷だ。
それより・・・あのノルドが“攻撃魔法”で私達を攻撃した?ノルドにそんな力はなかったはず!?
「よく防いだな!まぁ、今のは挨拶代わりだけどな。それでどうだい魔王の力は?ああ、そうだそうだ何故俺がここに・・・だったか?すまんな、ついハイになってしまった。えっとだな、魔王になって知ったんだが、実は、しばらく前まで魔王は生まれていなかった。まだ“卵”の状態だったんだ。まぁ、本当の卵じゃなくて比喩だがな。真の魔王は魔王の卵が“器”に入り、それが孵化することで生まれるんだ。それで、その孵化に必要なのはなんと強い負の感情なんだと」
ふのかんじょう・・・?あの誰よりも優しいノルドが?
「特に能力が無い俺が選ばれたのは勇者と英雄という強い光に当てられ続けた結果、知らず強い闇を心に生んでいたからだ。そして無能呼ばわりされ、罵倒され、劣等感、屈辱などで闇が濃くなり・・・俺は器に選ばれたのさ。後は言うまでもないな。追放後、俺は器に選ばれ、魔王の卵が入り、強い負の感情により、魔王の卵は孵化。真の魔王として生誕した。皮肉なものだよな。勇者と英雄が魔王を生むとは。まぁ、礼を言わないとな。ありがとう勇者達よ。俺が誕生したのも君らのおかげさ!」
ノルドがべらべらと説明しているが、何を言っているのか、理解できなかった。そこにいるのはノルドなのに。
「さて、この答えで満足したかな?」
説明終了と言わんばかりに、にやつく笑みを浮かべるノルド。わからない、わからないよ・・・ノルドぉ。思わず涙が浮かぶ。あの優しいノルドが魔王になるなんて。
「泣くな!現実を見ろ、エリナ」
そこにイースから鋭い声が飛んだ。なんでそんな冷静なの!?ノルドなんだよ!?
「何言ってるの?イース?あれ?ノルドよ?ほら、私達の大切な幼なじみ・・・ほら、ノルドったら、冗談はやめて。魔王なんて・・・ねぇ!昔みたいに、元に戻って!」
私の必死の言葉。必死の叫び。必死の訴え。
だが、その答えは冷笑だった。
「敵を前に呑気なことを言う。というか、元に戻れ?それは昔のお前が言った“いつまでたっても成長しない足手まといの屑”に戻れというやつか?何のためにそんな馬鹿にされる存在に戻る必要が?女神様に選ばれし生まれながらの天才剣士のエ・リ・ナ様?」
私の一縷の願いを込めた必死な叫びにノルドはたっぷりの皮肉で返した。
その言葉に私は何も反論できず、崩れ落ちそうになった。だって、それは紛れもなく私が言った罵倒。今更、どんな言い訳をすれば、その暴言をなかったことにできるのか?
ノルドはそんな私を見ながら、冷笑を浮かべ、仲間の一人ウルディアに声をかけた。
「まだ現実を受け入れられないか?・・・そうだ、ノルドの知識にあったな。ウルディア確かお前“真実の天秤”が使えたよな。今から言う言葉が嘘かどうか確認してみな?」
“真実の天秤”
それは聖なる儀式を行った者が使うことができる特殊魔法。主に高位聖職者が覚えるものだが、ウルディアのように才能あふれる魔法使いでも覚えることもできる。
効果は“質問に対して、その答えが真実かどうか即座に判明すること”。正しき答えは青い光を発し、偽りの答えは赤い光を発する。そして、その答えは術者たる本人の意思で偽ることができず“真実のみを正直に判断する”。
裁判や揉め事などで重宝されるものの、需要に対して供給が少ない魔法でもある。
「何を馬鹿なことを!敵の前でそんな隙ができることできるわけないでしょう・・・!」
ウルディアがノルドの言葉に反論する。それはそうだ。何せ、真実の天秤の発動中は相手の言葉の真偽を自動的に確かめる無意識モードになるのだから。そこに攻撃されたら無防備で攻撃を食らうことになる。
「ウルディア落ち着いてくれ。別にまた不意打ちしかけようというわけでもなさそうだ。オーグは念のため控えてくれ。それに俺らも真実をはっきりさせたいんだ・・・頼むよ」
ウルディアが一瞬戸惑うが、イースの真摯なお願いもあって、結局“真実の天秤”の魔法を発動した。
目をつぶり、神聖な淡い光に身を包み、両手はなにかを受け止めるように差し出される。その表情は完全に無表情。今ウルディアは完全なる真偽判断装置と化しているのだ。
「用意はできたようだな。では今より真偽を判断せよ!まず俺は魔王になるにあたり、生まれ変わった儀式のために村に帰って、村を破壊し、村にいたものを殺戮した」
ぼぅっとウルディアのかざした手に蒼い光が灯された。青の光は真実。つまり今のノルドの言葉は・・・その答えに一瞬頭が真っ白になった。
「ただ、誤解が無いよういっておく“村”とは間違いなく“俺ら”の生まれ故郷のハレム村だ。いきなり俺が訪れ、混乱し、慌てふためいていたが、うるさい目障りなものはことごとく殺した。子供も年寄りも関係なしにな。いきなりの殺戮に村の皆も驚愕していたな。そうそうただ、無抵抗にいたぶられただけじゃなくて、抵抗してきたものもいたっけ」
再び青い光が光る
嘘でしょ嘘でしょう・・・
「結局、無駄だったがな。頑張れば魔王相手でも勝てると思ったのかな?当然そいつらもあっさり殺してやったよ。腕自慢だろうが一蹴だ。魔王の力は圧倒的だな。はは、あんなに威勢が良かったのに、無様に逃げたり、哀れに泣いたり、魔法で一方的だけじゃなくて素手で殺したりもした」
また蒼い光。
嘘嘘嘘嘘・・・脳裏に映るは生まれ故郷の村。決して、裕福で無いとはいえ、私達の故郷で、思い出を育んだ、綺麗で、静かで・・・大切な場所
「ただ、それも飽きてきたので、いろいろ魔王の力で“お楽しみ”をさせてもらった。巻き込まれた村人の悲鳴が心地よかったなぁ。そういえばエリナのおふくろさんもその中にいたな。最後に話したよ。お前が仕出かしたこと。泣いてたぜ。最後の最後はお前に対する恨みごとを言ってたな」
あおいひかり・・・おかあさんも?わたしのおかあさんも?
「何はともあれ、それで村での儀式は終了したわけだ。で、これが魔王の力に目覚めた俺が行った事だが、どうかな?我が所業理解してくれたかな?お前らが知るノルド君はそんなことできたかな?見せたかったよ、あの様子を・・・くくく。そうだ、俺は他にも・・・」
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!
「もう、やめて・・・やめてよー!!!!」
限界だった。魔王の間に私の絶叫が響く。
“真実の天秤”に間違いはない。この魔法の対象は魂の反応であって、例え魔王であっても生きて、魂があり、知性がある以上は絶対に欺けない。
そして、ウルディアの魔法が不具合を起こすなど、万一にもない。
つまり、ノルド・・・いや魔王は私とノルドの生まれ育った村を、故郷を、村人たちを、私の親を惨殺したのだ。手に入れた力を見せびらかせる、そんな面白半分なくだらない理由で。小さくとも平和で私達の大切だった場所。ノルドが本物なら、どんな理由があろうと、そんなことをしない。ならば、アレはもうノルドじゃない。
浮かんだ涙を乱暴にぬぐい、得意げに笑うノルド・・・いや魔王を睨みつける。
「よくも私たちの村を!みんなを!母さんを!ええ、殺してあげるわ。あんた・・・イースもういいでしょう!早く、魔王を倒しましょう」
こくりと頷く。イース。彼もうっすら目に涙をため、覚悟を決めた顔をしている。
「ウルディア、オーグも戦闘準備。あそこにいるのはもうノルドじゃない。魔王だ。想いは全て封じ、世界平和のためだ討伐させてもらう。みんな用意はいいかい!?」
イースが聖剣を、私が名剣を構え、ウルディアが魔法を唱え、オーグが盾を構える。魔王は笑う。
「いい顔だ。素敵な負の感情だ。待ち望んでいたぞ。勇者達!さぁ!楽しませてくれ。魔王が蹂躙の始まりだ!簡単に終わってくれるなよ!」
その声を皮切りに、死闘が幕を開けた。
その戦いは苛烈の一言である。
初手は魔王の黒い衝撃波とウルディアの烈風魔法。互いにぶつかり合って嵐さながらの風が巻き起こる。こちらへの余波はオーグがカバーした。
イースと私はそれを目くらましにして、左右同時攻撃を行う。魔王はいつのまにか手にした黒剣で攻撃を捌く。その一撃一撃は重く、指一本の力を抜くだけで、弾き飛ばされそうである。こちらも何発かダメージを与えるが、その高密度の魔力と筋肉がダメージを軽減するのかまともに切り裂けない。
連撃の隙間をついて魔王が飛び、空中から真下に黒い衝撃波が放たれ、イースと私は凄まじい圧に釘付けになる。その内に魔王は場所を移動し、魔力を溜める。
そんな攻防が続く。
そして、一瞬の隙も気が抜けない戦闘は続き、疲労は蓄積していった。
意識が薄れる中、私は次第に勝利の意欲が消え失せるのを感じていた。
(どうして・・・こんなに頑張ってるんだっけ?)
(魔王を倒すため?でも魔王を産んだのは私達)
(私達の浅知恵が、この事態を招いた)
(私達のせいで・・・ノルドを殺すことになった)
そう意識が薄くなった次の瞬間、魔王の一撃で剣が弾かれ、相棒たる剣はあっさり飛んでいき、カランと乾いた音がして遠く離れた場所に落下した。そしてその隙を魔王が逃がすはずがない。高速の二撃目が私を襲おうとする。
「避けろ、エリナ!」
みんなが何事か叫ぶが、彼らは今、先の攻防で私をサポートできない位置にいるのを知っている。つまり助けが来ない。それでも私はもう反応しなかった。
(あんなことしなければよかった・・・ノルドをこれ以上危険な目に合わせないため、もし私に何かあっても悲しまないよう、安全な場所に行ってもらうだけのために、あんな嫌われるようお芝居うったのに・・・こんなことになるなら素直にノルドにもっと思いを告げればよかった)
目の前には振りかぶられた魔王の剣がある。まともに喰らえばおそらく即死だろう。
でもいい。これでノルドの気が済むのなら、傷つけて魔王に堕とした罪が償えるなら。いいや・・・優しい彼を残酷無比な魔王に落とした罪に私が耐えられないのだ。
走馬灯のように流れるノルドとの思い出。少しのすれ違いが無ければ平和に過ごせたであろう生活。それを壊したのは私達なのだ。
(えへへ・・・ノルド大好きだよ)
迫る刃。言葉では間に合わないので、顔で瞳で、私の想いをノルドに告げる。周りが何か叫ぶが聞こえない。目の前には黒い剣が迫り・・・。
ぽこーんという可愛い音が響き渡った。
ぽこん♪という可愛い音を頭に受け、ほんのちょっぴりの痛みと想像外の刺激に思わずへたりこむ。
「な、何が、何が起きたの?あれ?ノ、ノルド?」
呆然して、続いて混乱する私。仲間を見ると皆も目を丸くしている。すると目の前の魔王いやノルドはいつの間にか禍々しいデザインと魔力を宿った剣ではなく、黒い玩具みたいな棒をぴこぴこさせ、昔の能天気な顔をしてこういった。
「どう?エリナ。僕の勝ち!ようやく追いついたよ」
何これ?私もしかして死んで、あり得ない幻覚か夢を見てるの?
数分後
石造りの床に円陣になって座りこんだ私達は、魔王いやノルドの発言に怒声を上げた。簡単に言うと、ノルドは魔王であり、魔王で無かった。つまり力は魔王でも心はそのままだったのだ。
さっきまでのは単純に強くなったところを見せびらかせたいだけで、今までの魔王ぶりは全部演技だったのだ。
なお、余談としてノルドの剣は本人の意思で色々変化させられるらしく、最初は聖剣に劣らぬ魔剣だったが、最後に私が受けたのは玩具以下の攻撃力をもった超手加減状態だったらしい。
「よーくーもー騙したわねぇぇぇぇ!?全部嘘!?なんであんな茶番したのよっぉぉ!私本気で勘違いしたわよ!言い訳あるなら言いなさい!」
私は荒ぶるままにノルドの襟を掴んでがくがく揺さぶりながら問い詰めた。
「い、いやね?魔王になったのは本当だけど、自意識を何とか保ってね。力も制御できるようになって、折角力手に入れたし、ここはみんなに見せつけようと思ってさ」
「最っ低!なんでそんなウソついたのよ!私たち全員騙されたじゃないのよ!!」
キレそう。というか切れた。
すると、ノルドもむっとしたように言い返した。
「良く言えたものだね!騙したのはそっちが先だろう!最初はあんな仕打ちされて、どんな思いしたと思ってるのさ!少しくらい意趣返しに意地悪したっていいだろう!」
「うっ・・・それを言われると・・・」
それを言われると確かに何も言えない。
「というかオーグさんは驚いてないですねー。もしかして気づいていました?」
しゅんとした私に気を使ったのかノルドが話を変えた。見るとオーグさんは重々しく頷いた。
「ただ、最初からではない。先ほどの戦闘の途中からだ。禍々しい魔力と派手で強力な攻撃に騙されがちだが、その実、殺気がまるでなかった。皆は動揺してそこまで気が付いてないようだったがな」
むーんと厳つい空気を出す、いつも通りの堅物オーグさん。
「なーんだ。オーグさんは気づいてたんですね・・・思い返すとノリノリで魔王っぽく振舞ったあの言動恥ずかしく思えてきた・・ちょっと恥ずかしい」
ノルド赤面してふにゃぁっとなってる。うひぃぃぃ可愛すぎるよぉ。その姿にしばらく演技で冷たい態度をとっていた反動か思わず抱きついて、全身すりすりしそうになる衝動を必死でおさえこむ。
「いや、俺らもノルドに対して嘘とはいえひどいことしたからな・・・なんとなく気持ちは分かるので、つい・・・」
気まずそうにぼそぼそいうオーグさん。
そんな中、ウルディアがおずおずと手を上げて言った。
「いや、でも待ってください。さっきのノルドさんの生まれ故郷の焼き討ちの話は?“真実の天秤”は全部真実って出ていましたよ。それも嘘?」
あ・・・そうだ。その事実があったから私達はノルドを魔王と認めたのだった。
「そうよ!あれどういうことよ?どうやって真実の天秤騙したの!?やっぱり魔王独自のスキルとか?」
その問いにノルドはあっさりと言い放った。
「簡単なことさ。あの時の言葉は全部本当って話」
瞬間、空気が凍った。
「し、しょうもない嘘つかないでよ・・・あの話全部嘘なんでしょう?ねぇ?ノルド?」
どういうことなの?ノルドはノルドのままじゃなかったの?私達とは以前と変わらないように話しているのに・・・なんなのこれ?一瞬、思わず縋るような口調で尋ねた後、ノルドはあっさり“真実”を告げた。
「どれも本当さ・・・強くなった記念に村に帰郷して、村の荒れ地の岩や障害物を“破壊”し、村周辺に棲んでいる“害獣や魔物”を退治したんだからね。あはは♪」
「「「「は?」」」」
ノルドの誤魔化すようなスーパーキュートな笑みにふにゃんとなりかけたけど、聞き捨てならない言葉が。んー?どういうことかな?
「“ハレム村の生活に邪魔な村の中の物”を破壊し、僕の生まれた影響か“村の一部か周辺で暴れていた魔物”を退治したんだ。それこそ小さいものから大きなものまでね。流石に“村人が驚いて”いたけど、成長したんだーって言ったら受け入れてくれたよ。魔物も“最初は凶暴”だったけど、力の差に気付いて“逃げたり、怯えたり、哀れに鳴いて”たんだ」
「・・・」
私は拳を握る
「だけど、それで倒した獣の中にレアなレッドボアがいてさ。こいつの肉凄く美味だから“傷が少ないよう素手で倒して血抜きして”解体して“お楽しみバーベキュー大会”したんだよ。いやぁ、みんな滅多に食べられないご馳走がうれしいのか“嬉しい悲鳴”あげてさー」
「・・・」
私は拳を強く強く握る
「最後に帰る時、エリナのおふくろさんにエリナが“やってきた華々しい活躍”のことしっかちときちんと伝えたら、おふくろさん“泣いて”喜んでたよ。ほら、エリナあんまり自分のこと連絡できてないって言ってたし、おふくろさん凄い心配してたから、うん!きちんと伝えられてよかったよ!」
「・・・」
私は足の位置を調整する
「喜んでくれた?エリナ?まぁ“最後に”相変わらず家事が出来ないことを伝えたこと、昔から教えてもそこだけ努力しないのねって“恨み言”言ってたけどね」
「・・・」
私の砲台は発射用意が整った。
「ねぇ!どうかな!僕の言葉トリック!真実の天秤は嘘を見破るけど、問いかけと答え方次第では相手に嘘ではないけど誤解を招かせる真実を語らせることが可能なんだよね!どう!僕の巧みな話術!勘違いしたでしょう?僕は“人”を殺したとは一言も・・・!?」
私は無言でドヤ顔のノルドの顔面に全力でパンチした。
「もう!どこまで馬鹿なの!あんた!一回死ね!あっ、嘘。死んじゃやだ。ちょっと苦しみなさい!死ぬほど驚いたんだからね!私!」
いたいよーところころ地面を転がるノルド。その姿はちょっと可愛らしいけど・・・ふ、ふん!許してやらないから!
ぷんすこする私とおろおろするウルディアと泰然とするオーグさんという、少し空気がだれてきた中、イースが声をかけた。
「しっかし、話は変わるけどノルド。良く魔王に乗っ取られて、意識保ってたよなー?普通、魔王の力だけ手に入れ、意識保つってできるものなのか?」
イースは気が緩んだのか勇者モードではなく、村の時の言葉遣いに戻っている。
でも、確かに、さらっと流したけど魔王化を防ぐというのは普通ではありえない。簡単に防げる程度ならば、国の人も危険視はしないだろう。やっぱり、ノルドが無事だったのは・・・私の愛のおかげだったり?きゃっ☆
と内心悶えていると、ノルドが説明し始めていた。
「簡単に説明したので、その辺り誤解招いたかもだけど。普通は選ばれて、乗っ取られた時点で意識や心は強制的に魔王のものになるんだ」
「だったら、何でノルドだけ無事なんだよ?」
と当然の疑問を突っ込むイース。
「よくわからないけど、これのおかげみたいね。ほら、この首飾り覚えてるかな?」
そう言って、ノルドが差し出したのは綺麗な首飾り。
それは、かつて旅の途中で謎の遺蹟を見付け、探検した時に見つけて、手に入れたお宝だ。イースは宝剣。私は“ノルドが”渡してくれた指輪。ウルディアが宝玉、オーグさんが秘宝にして神具“大地の盾”。それでノルドが首飾りだった。でも、あの時は綺麗な薄青い色の宝石だったのに、今は真っ黒だ。
「何が起きたのか、と言われると、僕も詳しくは分からないけど。意識が薄まりそうな瞬間、この首飾りが発光して、気が付くと魔王の知識と力はあるのに、自分を保ったままだったんだよ。気が遠くなるときに“何故、あの太古に消えた大女神の神具がここにー”とか声が聞こえたけど・・・あれはなんだったのかな?それで魔王の意識だけはなぜかこの首飾りに封印されたみたい」
確かに、あそこの遺蹟は相当古く、宝物もウルディアの魔法の知識をもってしても首をかしげる理解不能な物があったけど。
まさか、あの時の首飾りにそんなとんでも効果が隠されていたとは。
「意外ですね。この小汚い首飾りにそんな力があったんですか?気になりますね。えいえい」
「いやぁぁぁ!?ウルディアさん!?やめて!それ僕以外の人が触って刺激すると魔王の魂出ちゃう!」
気が付くと興味ありげに首飾りをつんつんしているウルディア、それを見てノルドが悲鳴を上げる。するとウルディアが、え?という顔のまま、突如首飾りから出た黒い霧に覆われた。そのまま霧はウルディアの体に吸い込まれるように消えた。
あっという間の出来事。気が緩んでいたせいか、ノルドや私はもちろん、イースや経験豊富のオーグさんも反応できずに呆然と見ていることしかできなかった。
そして霧が消えた後に出てきたのは大きなヤギの角を生やし、纏う空気が変わったウルディアだった。
「ウ、ウルディア?」
ウルディアの文字通りの変貌に、思わず声をかけると、ウルディアは聞いたこともない哄笑を上げた。それは奇しくも先ほどのノルドの魔王(演技)の笑い方に似ていた。
「あーははははは!一時的な逃亡先で選んだものの。これはなかなかどうして欲望が強い。まぁ、居心地が悪いが、我が器としては及第点ではあるな!この力を持って今貴様らを倒し、世界征ふ・・・ノルド君との愛の園を築きたーい!」
時が凍った瞬間だった。
「いや、待て我は何を言ったのだ?違う!我は魔王!世界を負の感情で染め上げ・・・ノルド君とラブラブに過ごす世界をつくるのよ!」
「「「「・・・」」」」
魔王ウルディアの前半の大物じみた言葉と、甘ったるい後半の落差に何も言えない私達。そして焦る魔王。
「止せ!黙れ!これはわ、我の言葉ではない!何だこの欲望は!?黒ではなく桃色!?欲望は解放されているのに、我が意志が思うようになじまぬ!?・・・あぁん♡もう研究職で喪女扱いだったけど、私だって普通に恋したいの!だけど、旅の途中で優しくしてくれたノルド君に私の心は釘づけ♪あぁん、ノルド君と****な****したーい!折角、ノルド君に冷たくして、後で抜け駆けして優しくしてべた惚れさせる計画立てたのに!潰れちゃったから・・・違う!我はこのような・・・もうこの力で****?えへへ!」
どういうわけか、でかいむねをぶるぶるさせて一人二役しつつ、心の内を吐露しまくるおっぱい魔王。
というか、そんな考えであの“闘いが激しくなってノルド君大怪我したら大変だけど、無駄に頑固なので説得しても聞かないから、冷たくする演技をして一時的に追放して、後で謝ろう計画”を提案したのか、こいつ?
・・・許し難いな。ノルドを冷たくしたときどんな気分でいたと思っていやがる。よし処刑しちゃえ。
「変態死すべし。慈悲はなし!」
と、剣を抜く私を慌てて止めるイースとオーグ。どいてやめて2人ともあいつちょっきんできないじゃない!
すると、ノルドが呆然として呟いた。
「知らなかった。ウルディアさんがそんな人だなんて・・・僕、ウルディアさんのことけっこう好きだったのに・・・」
「肉の園でずーっと一緒に暮らそうね・・・って・・・え?」
「え?な、ななな何言ってるの!?」
変態妄想をさらけだしている肉魔王と私の言葉が重なった。
「ノルド!?ノルドは私のことが好きなんでしょう!?そう誓ってくれたよね!ねえ!?」
はぁぁぁぁ!?そうよ!ノルドは私が好きって言ってたもの!今の言葉はまやかし!嘘に決まっているわ!ぜーったいにありえない!!
「え・・・その・・・いや・・・エリナはその大事な家族みたいなもので、命かけてもいいほど大切だけど・・・正直僕ウルディアさんのように清楚で可憐でスタイル抜群のほんわかお姉さんがタイプで・・・」
しどろもどろに言うノルド。ありえないあり得ない!
「でも、なんでそれなら!パーティー出て、魔王にとりつかれたのよ!私に振られてショックだったからでしょ!?“大好きな私から嫌われたのがショック”だからよね!?ねえ!?」
「エリナ落ち着いて!?出て行ったのは馬鹿、クズ、無能呼ばわりされ続けて、心が弱りまくったのが原因で・・・魔王は色々あったけど別にエリナだけが原因ではないよ。だから純粋な好みでいうのなら、個人的にはウルディアさんの方が好みだった・・・のかな・・・」
むおぉぉぉんと黒いオーラを出し、ところどころが魔王化していたウルディアはしばし沈黙すると落ちていた首飾りを拾って胸にずぼっと突っ込む。“なんだ!我が封じられ!なんだこの負の感情と似て非なる力は・・・うわぁぁぁ”という断末魔の声が聞こえ、ぽいっと再び真黒な首飾りをとり出した。
その瞬間、ウルディアの人外化していた部分はぽんっとはじけ飛んできれいに消え、さっきまでの人の体に戻った。
「なーんちゃって!ウルディアお姉さんのジョークでしたー。こんなのここに封じてぽい!」
そんでもってウルディアが首飾りをとぽいっと放り投げた。
「いやあぁぁぁ!?投げちゃダメぇ!!イース!それ聖剣で壊せ壊せ!放置するとまた他の器に取りついて魔王化するよ!?」
「よ、よし!わかった!聖剣で斬ればいいんだな!?せいや!!」
ノルドの叫びに、我に返り、慌てたイースが聖剣を首飾りに振り下ろし、頑強そうなそれはがっしゃぁんという意外に澄んだ音を立てて粉々になり、その破片はあっという間に塵になり、消え去った。
「やったぞ!こ、これでいいのか?」
「・・・確認した。消滅しているよ。さっきまで感じていた魔王の気配が完全にない。これのことは魔王の時に知識があったんだ。首飾りは仮の肉体の様なもの。他人が触れれば乗り移る危険はあるが、頑丈なので基本壊れない。壊せるのは聖剣のみ。壊せば魔王は死ぬって。早く言えばよかったね。でも、これで魔王は滅んだよ。僕らの世代ではもう復活しない」
わからないけど、魔王はウルディアによって強制的に封じられ、聖剣で消滅したらしい。だが、それはそうと敵はまだ滅んでいない!
「いやぁん!ノルドくぅん。ごめんなさぁい。さっきのウルディアジョークだから!ちょっと驚かせたね?魔王が悪さして色々無理やり言わされたけど、私本当はもっとおしとやかで家庭的な女なのよ。あっ、好きなのは本当だからね?だけど、ノルド君も好きなら好きと言ってくれたらいいのに♪私も好きだから両思いね。もう、結婚しましょう♪」
いきなり元魔王ウルディアが駆け寄ってきてダイビング。乳臭いでかい肉がノルドに押し付けられる。こいつ何言ってんの?
「ウルディアぁぁぁ!この淫売年増が!ノルドに何やってんの!?ノルド!この年増はねー!パーティーの洗濯係してたけど、いつもノルドの下着顔に当て深呼吸していた変態なの!」
そうこの変態女は魔術師として、仲間として認めているが、女としては死ぬほど気が合わない。何せ、毎回ねっとりいやらしい目でノルドを見つめているのだ。イースとオーグさんは気づいてなかったようだが、ノルドの全てを知る私にとって気づくことはたやすい。
「ノルド君騙されないでください!よりにもよって変態ですって!?良く言えたわね!あれは芳しい香りに我を失っただけですぅ!貴女こそ食器洗い係やってるとき、ノルド君の食後の食器べろべろ舐めてたでしょう?ノルドの唾最高の調味料♪とかいって残飯も一緒に舐めまくって、うほぉとかしてたでしょう!この変態!」
目の前の変態淫乱ばばあが何か言っている!ふざけんな!あんなのは幼馴染なら別に普通の行為だっての!
ああ、ノルドが変態おばさんにドン引きしてる。確かに私の行動は幼馴染だからセーフだけど、ウルディアの行動はどう見てもアウトだもんね。
「イ、イース君?君も何か手助けを!おい!何オーグさんに膝枕してもらって見物してるのさ!?この2人止めてお願い!!」
動揺しているノルドがイースに助けを求める。そういえばイースのこと忘れたわーって、いつの間にか、イースの奴がオーグさんに膝枕されている。
「いや、もう魔王も倒れて平和になったし、良いかなーって。後はお前らの問題だろう?ねーオーグさん♪俺らも将来のこと話そうよ。ああ、この膝枕気持ちいい」
そういうと、イースがオーグさんの太腿にくりくり頭を擦り付けている。そこにオーグさんが顔を真っ赤にして叫んだ。
「イース聞いてくれ!以前から何度も言っているだろう。俺はその好意を受け取れない!わかってくれないか!?何度も言うが、俺は“女”だが、年齢はお前より一回り以上も上で、顔も見てのとおりごついし、それに見ろこの体。女らしさが無い、でかくて傷だらけで筋肉でがっしり覆われた武骨な身体なんだ!」
普段の落ち着いた空気はどこへやら、オーグさんは叫んだ後、ふぅふぅと頬を染め、一転落ち着いた声でイースに話しかける。
「だから、な?お前ほどの男ならこれからも俺よりもっと小柄で、若くて、美人でスタイルがいい女性が現れる。だから諦めてほしい・・・」
オーグさんは普段冷静沈着で頼れる性格と巨大で厳つい身体をしているけど、結構こういうところ女の子っぽいのよねー。
「いやですね。俺オーグさんの年上で筋肉質で背が高くて、厳ついところがいいんだああああああ!」
で、イースはオーグさんの発言完全無視。甘えるようにオーグさんの足をスリスリする。
昔から知ってはいるけど、イースの年上筋肉好きも気合入っているわー。オーグさんは嬉しいような困ったような顔をしている。
「あああ・・・頼む。みんな!何とか説得してくれないか?流石にこの年齢差は受け入れられない!ああ!そこはダメだ!」
「抱きしめられても、喜んでたし。今普通に膝枕してにまにまして何を言ってんのよ・・・まんざらでもなさそうじゃない」
私がぼそりというと、オーグさんが泣きそうな顔で反論する。
「いやいやいや違うぞ!昔から俺は体や顔が大きくて厳つくて人や子供に好かれなくて、こんなかわいい子に甘えられるのに慣れてなくて・・・しかも告白されて・・・なんというか・・・その・・・な?わかってくれるだろ?な?ノルド、エリナ、ウルディア?」
「「「あー。はいそうですねーお幸せにー」」」
縋り付くオーグさんからそそくさと距離をとる私達。
「逃げないでくれぇぇ・・・ああ!だめだこれ以上甘えないでくれイース!」
珍しくオーグさんの縋る悲鳴が聞こえたが無視。
それより、大事なことは・・・・
「好きです!ノルドさん!んちゅうううう!」
「うわ!?」
肉牛女が汚い唾液で清らかなノルドを穢していた。はい、切れた。私切れたわー。
「私のノルドに触んじゃないわよ!デカ乳ばばあ!洗っていない牛さんみたいなくっさい匂いがうつるでしょう!うわ、まじでくっさい!」
無理やり、肉牛女からノルドを引っぺがして、抱きしめる。すると、ノルドの頬から唾液の臭いがするので思わず悲鳴を上げた。うわぁ最悪ぅ。牛さんは可愛いけど、牛ちち女の唾液は最低ぇ。
「いきなりなんですか!?私の体液は芳しい香りです!高級なハーブ水の様な香りです!!風評被害は止めてくださいな!まぁ、貴女のようにどちらが背中と胸かもわからないお子ちゃまボディじゃぁ、嫉妬するのもわからないでもないですけどね。ぷーくすくす」
胸の無駄肉プルプルさせて、モーモー女が笑いながら何か言っている。まったくいい加減現実を見てくれないかな?
「好き放題言ってくれてますけどぉ。ノルドは私の幼馴染で、昔に結婚と永遠の愛を誓っているのよぉ?あなたのはいる隙間なんてこれぽーっちもな・い・の!」
「ノルドさん!本当なんですか!?」
「彼女の勘違いです!エリナとの誓いは昔ままごとでやっただけです!エリナ、僕らは家族みたいなものだから!恋人とか考えられないから!流石に!」
んもぅ!ノルドったら照れ屋さん♪人前だからってそんな遠慮しないの。でも、そんなところもす・て・き♪照れているのかノルドが身じろぎするので、抱擁から解放する。
うふふ、あまり一方的に抱きしめられるのも苦しいものね?私ちゃーんと、気が利く良い大人の女でしょ?と余裕たっぷりに馬鹿女を見ると・・・
「肉クッションあたーっく♪ノルドさん♪そんな貧相なお子ちゃまより、愛情も身体も豊富なお姉さんと恋の123お勉強しましょうぅ。ほーら、男の子の夢がたっぷり詰まったおっぱい触り放題ですよ♪っぶ!?」
「豚は死ね!!」
どさくさまぎれに、何やってんのこいつ!?何が肉クッションよ。もう豚まんの間違いでしょう?この牛豚女パンチしてもいいでしょう。というかもうパンチした。
すると、ウルディアがぷんすこしながら反撃してきたので、私も反撃する。
私達がもめていると、ノルドが涙目で叫んだ。
「ねぇ!もう落ち着いてよ!特にエリナ!エリナは今・・・」
「まだ10歳なんだよ!!!!!」
今更何を言っているの?ノルド?
確かに私は10歳だ。18歳のイースとノルドに比べたら、まだ子供だろう。でも並ぶために大人びた言葉遣いや言動で対等になろうと努力して、実践しているじゃない。
それに、この体は英雄の加護と天賦の才により小柄な骨格だけど筋力・体力は大人並みだし、偵察にも役に立つ機能性もある。
そう、ウルディアのように無駄な肉が生活の何の役に立つというのか?というか、恋に年齢や肉は関係ないから!
「よりにもよって、イケメン幼馴染が重度の年上筋肉フェチで、妹のように見ていた幼なじみの女の子と理想のお姉さんが変態で!頼りになる一番男らしくて大人の先輩が一番乙女で女の子らしいってどういうことだよ!?・・・もう・・・もう魔王とかこりごりだよー」
そしてノルドの哀しげな悲鳴と、私は違うぞ!というオーグさんの声が魔王城に響き渡った。
こうして、すったもんだありつつも魔王退治は終了した。
その後、国からご褒美をもらった私達は村に帰った。何故かウルディアという名のでかい胸した牛のような女とオーグさんも一緒に。
闘いは終わった。でもこれは始まりでもある。そう、私のノルドに対する恋の闘いはこれから始まるのだ。見ててねノルド!あなた好みの女の子に成長するからね!
それはそうと、ノルドが最近、臭い家畜にまとわりつかれ、疲れた顔してるから、もっと癒してあげないといけないわね!うふ♪
最後まで拙作を読んでいただきありがとうございます。
ざまぁも復讐もない追放作品ですが、お気に召していただけましたでしょうか?
平凡なストーリーですが、その分「性別」「年齢」の表現をわざとぼかしたり、「会話」にギミックを仕込みました。
一連の会話ギミックについては中盤から露骨で分かりやすすぎましたかね?
一応( )と“ ”は無視して「 」の分の最初と最後の文字だけが対象となります。
初めて使うギミックだったので未熟な部分があるでしょうが、少しでも面白いと思ってもらえたら幸いです。