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3

 遅い春がハイオルトにもやってきた。

 穏やかな日差しをシャルンは楽しんでいたが、

「一体レダンは何を考えているんだ!」

 突然やってきたサリストアは髪の毛を逆立てんばかりに憤っている。

「あ、あの」

「あなたを手放すなと言ったんだぞ、私は!」

「…はい」

「あなたにも頼んだはずだ!」

「……はい」

「なのに、私が国の整理をしている間に離縁しているなんて、どういう了見なんだ!」

「…サリストア様」

 説得を諦めて、シャルンは微笑みかける。

「まずはお茶をいかがですか?」

「お茶を飲んでいる暇なんか、あるものか!」

 輝く緑の瞳は炎を吐き出さんばかりだ。

「はい持って参りましたよ!」

 ちょうどいい具合にルッカが割り込んできた。

「はいはいとってもいいお茶です、とっても美味しくてとっても熱いです、ぶつかると怪我しますからね、おっと危ない」

「うわっ」

 がしゃりとこれ見よがしに茶器を揺らされて、サリストアが顔色を変えて飛び退く。

「危ないじゃないか!」

「申し上げましたよ私はええ、何度も何度も、それに」

 じろりとサリストアを睨みつけてから、お茶を並べる。

「これぐらい避けられなくてアルシア国王が務まるなんて、まあ姉君ともどもお幸せにお育ち遊ばして、ぬるま湯のような平和な良い時代になりましたこと、戦闘国家アルシアも末末までご安泰でございますねえ」

「うっ」

 姉の所業を皮肉られ、さすがにサリストアも忸怩たるものがあったらしく、不承不承唇を曲げながら席に座る。

「正式の表敬訪問じゃないからって、かなりな扱いだよ、これは」

「正式の表敬訪問じゃないからって、姫様面前で罵倒を繰り返していいわけじゃありませんよ」

 ふん、と腰に両手を当てて胸を張るルッカに、サリストアがげんなりする。

「けれどさあ、愚痴ってもいいと思うんだ、これはあんまりだろう、これは」

「…陛下にはお考えがありましたから」

 シャルンはお茶を勧める。不服そうに唇を突き出しつつ、サリストアはカップを傾ける。

「そりゃあ確かに、レダンの考えはわかるよ」

 がりがりと焼き菓子を噛み砕く。

「ダフラムが何か仕掛けてきそうな時に、ミディルン鉱石は枯渇していないなんてわかったら、ハイオルトなんて風前の灯火だ。アルシアが出張ったら全面戦争になるし、ラルハイドだってまだ事を構えたくないだろう。間に挟まれたカースウェルだって困る」

 ティベルン川を遡られたら厄介だしね。

「それぐらいなら、枯渇したのを黙ってたってことにした方が、ダフラムの興味も薄れるし、離縁したから博覧会への招待もなし崩しに流れたし、しばらくは安泰が続くだろうさ」

 お代わり、とカップを示すサリストアに、はいはいとルッカが新たなお茶を注ぎ入れる。

「…『虹の7伯』が崩れて、ミディルン鉱石を独り占めしていた4伯が牢に入り、あなたはハイオルト王から玉座を継承した」

 愚痴る気持ちを切り替えたのは、検証して改めて、レダンの策があながち間違ってもいないと理解したのだろう。

「見たかったな、私も」

 ちらりとルッカに目をやりながら笑う。

「凄かったんだって? ハイオルトの王にあなたが迫ったって聞いたよ」

「サリストア様を見習ったのですわ」

「こらこら」

 私のは下克上だけどさ、あなたは違うだろう。

 サリストアがくすぐったそうに笑い、シャルンも微笑み返す。


『お父様、私は多くのものを見てまいりました』

 玉座に座ったハイオルト王は驚いた顔で見上げていた。

『ご決断下さい、今ここで』

『私に王位を譲られるか、それとも、ハイオルトにミディルン鉱石ありと知られて他国の侵略に最後の一兵卒となって戦われるか』

 父王は一言も反論しなかった。

 反論できるようならば、これまでの無策はなかっただろう。

 ぐずぐずと崩れ込むように玉座に身を竦め、ただ一言。

 我がシャルンに全てを譲る。


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