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「…陛下は、あなた様のこの、美しい金色の髪に魅かれておいででした、まるで金の綿菓子のようだと」
「…わたがし?」
「…ハイオルトにはございませんか、蜜を煮溶かし固め、網のように幾重にも重ねたものです。細やかなものほど美しく、巧みな細工になりますと、金色の雲を集めたようなものが仕上がります」
「まあ…」
「…ずっと…触れてみたい、とお望みでした…」
女官長はしょんぼりと呟いた。髪飾りを留め直してくれる。
そう言えば、この女性の髪は赤茶色だわ、とシャルンは思い返し、切なくなる。
好いた相手が愛おしく自分を見つめて触れてくれる喜びを、得られないだろうと思うのは辛くて寂しいことだ。
「あの夜、陛下はお休みになれませんでした」
静かな声が最後のピンをそっと差し込む。
「望んだ女性が、犬の声を真似た瞬間、もう同じ部屋にはいられなかった、と」
「……」
「……できました。如何でしょうか」
そっと手鏡を差し出され、見事に結い上げられた髪の毛と、背後から覗き込む女官長のうす赤くなった目の縁が写った。
「…ありがとう。素晴らしいわ」
「……あなた様が王妃になられたら、私は女官長を辞するつもりでおりました」
くしゃくしゃと赤くなった鼻を中心に顔が歪む。
「でも、あなた様がギース様を傷つけたことを知って頂きたかったのです」
「……あなたは」
シャルンは鏡の中に微笑む。
「勇気のある女性ですね」
「…え?」
「……大事な人のために戦うのですもの」
「……」
女官長の頬を大粒の涙が零れ落ちる。
「私もきっと、陛下のためになら誰とだって戦うでしょう」
「…レダン王はお強い方です」
苦笑が女官長に顔に広がる。
「お守りになる必要など、ないのでは?」
「さあどうでしょう」
くすりとシャルンは笑う。
「百に一つ、万に一つ、私のこの細腕が陛下を庇う時があるのかもしれません」
あるいはまた。
「え…?」
「いえ……なんでもありません。私は陛下が来られるまで、こちらで待っております」
少し疲れたので休みたいと思います。
告げると、カルミラは、お部屋の水差しだけ、とすぐに使えるように準備を済ませ、頭を下げて退室して行った。
「……」
静かに閉ざされた部屋の中で一人、シャルンは考え込む。
あるいはまた。
『……ご存知でしたのですね?』
ギースの犬嫌いを知っていて、閨で無知を装って鳴き真似をした。
『でも、あなた様がギース様を傷つけたことを知って頂きたかったのです』
シャルンは繰り返し、同じようなことをしてのけている。国のために、父のために。
偽りの姿を見せ、仮面を被り、嫌われるために手を尽くし。
そうして相手に婚儀を断られ、被害者の顔を装って、見舞いと労りを受け取って。
きっと、傷つけてきたのだろう、幾人もの王を。
ひょっとしたらこの先、レダンに見えてくるのはシャルンの狡さばかりなのではないか?
あるいはまた。
レダンはそんなシャルンをまだ、見ていないだけではないのか?
だから、シャルンを愛おしんでくれているだけではないのか?
ならば、諸国訪問の後に残るのは、シャルンへの嫌悪と疎ましさだけではないのか?
そうしてシャルンは、今度こそ、本当に愛想をつかされてしまうのではないか?
「……」
溢れそうになった涙を飲み下し、長椅子から立ち上がり、窓を開けてテラスに出る。
夜気は冷たかった。
ステルンはハイオルトよりも南にあるはずなのに、それでも風が鋭いと感じた。
「……どうしましょうか…?」
誰へともなく問いかける。
「私……人に好かれる術を知りません」
嫌われる方法なら熟知している。
けれど、どうしたら好いてもらえるのか。愛し続けてもらえるのか。
ぶる、と小さく震えた、と。
「…どうなさいましたか?」
幼い声が響いて顔を上げた。




