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 『水晶亭』はまだまだ賑わっている。宵の口だからだが、貧しいハイオルトの感覚でいるシャルンにとっては、夜になっても赤々と灯されている明かりや、ひっきりなしに訪れる客、次々運ばれる様々な酒にただただ目を見張るばかりのようだ。

 広々とした店内には大小様々の酒樽に板を載せてテーブルと椅子代わりにしたものが点在している。男達が胡坐をかく板間や女達が時にしなだれかかり時に忙しく料理を並べる細長い台があり、その後ろには見たことも聞いたこともない飾り立てられた酒瓶が所狭しと並んでいる。奥の方には間仕切りがあり、そこにはきちんとしたテーブルや椅子も並んでいるようだ。

 何れにせよ、ほとんど全ての座席に人が座り、その間を注文の声に従って料理や酒のコップを運ぶ男女が、甲斐甲斐しく歩き回っていた。

「これはこれは」

 ガストが軽く口笛を吹いた。

「思った以上の盛況ぶりですね」

「上がりは大したものだろうな」

 レダンが棚の酒瓶に顎をしゃくった。

「ブロイラインがあるぞ」

「マドロンもザカリッシュもありますね」

 シャルンは首を傾げた。

「お酒の名前ですか」

「かなり高級な」

「ついでに手に入りにくいものもある。ザカリッシュはダフラムの酒だ」

 ガストとレダンが素早く目配せをした途端、

「ステルンから来られたお客かな?」

 朗らかな声が背後から響いた。

 シャルンはぎょっとして身を竦めたが、レダン達は驚いてもいないようだ。むしろ楽しげに、

「お初にお目にかかる」

 振り向いて明るく応じる。

「慧眼で名高い『水晶亭』の主、バラディオス・クレラント殿かな」

「…如何にも」

 相手はちょっと黒い眉を上げた。長い黒髪を背後で一纏めにし、晴れ上がった空のような真っ青の目、口元に蓄えた髭も丁寧に手入れされていて、どうしてどうして場末の酒場の主人とも思えない風格だ。着ているものこそ、周囲とあまり変わらぬ洗いざらした上下だが、腰には短剣が下げられていた。

「私のことに随分詳しいようだが、どんな用だ?」

 警戒した表情になって、レダンとガストを交互に眺める。シャルンは従者と思い込んでいるのか、フードの下を覗き込む気配さえない。

「我らはステルンからやって来た。『水晶亭』の主人ならば、職の当てがあると聞かされたのでな」

「職探しか」

 バラディオスは苦笑した。

「ステルンからとは珍しい……だが、残念ながら人は足りている。あなた方の望むような仕事はないだろう」

「売り物があるのだが」

 レダンは構わず話を続ける。

「美しいものばかりだ」

「…ほう」

 バラディオスの目が冷たい光を帯びた。

「込み入った話のようだな。奥に場所を用意しよう。商談ならば大歓迎だ」

 軽く手を振ると、女達が慌てたように奥へと走る。それほど待つまでもなく、1人の女が戻って来て、ご用意できました、と告げた。

「ああ待て、そいつも一緒に来るのか」

 奥へと促した後で、レダンの後ろから付き従うシャルンにようやく目を向ける。

「商談にはふさわしくないな」

「2つ目の話に関わって来る……人探しもしているのだ」

「ふうむ?」

 声を低めたレダンに、バラディオスは無遠慮な視線をシャルンに注いだ。

「まあいいだろう。扱いが難しくなれば始末させてもらうが、それは了承してくれ」

「っ」

 おそらくはシャルンを『殺す』と言ったのだろうが、口調はあくまで軽く朗らかで、それが一層恐ろしい。まるで軒先にかかった蜘蛛の巣を払うような言い草だ。

「腹は足りているか。必要ならば準備させるが」

「感謝する、が、必要ない」

 くす、とバラディオスは唇の端で笑った。

「賢明だ」

 俺は賢い男は嫌いじゃない。

 砕けた口調にひんやりとしたものが漂って、シャルンは身を竦めながらレダンのマントを握りしめた。


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