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夜になり、レダンとシャルンが泊まった宿にガストが疲れ切って戻ってきた。
「強行軍でしたねえ」
溜め息をつきつつ、衝立の向こうで、宿の者に申しつけた水で汚れを落としにかかる。
「首尾は」
「悪くないと思いますよ」
じゃぶじゃぶと布を濯ぐ音、ごしごし体を擦る音の合間に、返答がある。
「マイン伯はなかなか切れ者ですね、こちらの接触を予想していたみたいな振る舞いです。門のところに手の者がいたのか」
「ふん」
レダンは部屋に運ばせたパンを噛み締めながら頷く。シャルンがテーブルに落としたパン屑に気づき、止める間もなく拾って口に入れ、慌てる彼女ににこりと笑った。
「陛下、そんなお行儀の悪い」
「あなたが落としたものなら、床に落ちても食べるよ」
「っ」
シャルンが今度は落とすまいと必死になるのを、レダンは笑顔で見守っている。
「ユルク伯、ティルト伯とはお会いする算段をつけました」
「俺が必要なら出向くぞ」
「そうですね…」
考え込んだのか、しばらくガストの声が途切れる。
「…まあいずれ」
衝立が退けられると、打って変わってすっきりした顔のガストが現れた。頭に見知らぬ薄緑色の布を巻いていて、普段見慣れないだけに違和感がある。
「お出まし願うかもしれませんが、今はまだいいです。それより」
ちらりとシャルンの方を見た。
「一杯やりに行きませんか」
「……会えそうなのか」
「今夜は来る予定だそうです」
「挨拶に出向くか」
レダンがシャルンを振り返る。物問いたげな視線に、
「如何されましたか?」
「酒場に出かけます。怖いならば、ここで待つこともできますが」
「参ります」
シャルンは急いで残りのパンを飲み込み、コップの水で飲み下した。
「どなたが来られるのですか」
「昼間見た市場を仕切っている男ですよ」
ガストが教えてくれた。
「『水晶亭』と言う酒場をやっています。ちょっと用がありまして」
ただ、奥方様には少々怖いかもしれません。
「…危険な場所なのですか」
不安になって尋ねるシャルンに、レダンは笑って見せる。
「大丈夫です。あなたには指一本触れさせない」
「ほどほどにお願いしますよ」
ガストが引きつった。
「大事な相手なんですからね」
「シャルンに手を出すなら別だ」
「あの」
シャルンは急いで身支度しながら口を挟んだ。
「大丈夫です、私大人しくして、へ、ラグン様にご迷惑をおかけしませんから」
「ですって、ラグン様」
レダンが残念そうに舌打ちした。




