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『変身はね、成り切ることが肝心だからね』
カースウェルの自室の鏡の前で、シャルンはサリストアのことばを思い返す。
『その者の真似をするというよりは、その者が暮らしている環境に居るって考えたほうがいい』
鏡の中から見返してくるのは、耳の後ろあたりまでに短く切られたくるくるした金髪をまとめ、洗い晒した粗末な上着とズボンを身につけた少女だ。手足がか細く伸び、哀れな雰囲気この上ない。
「…陛下は……お嫌い、でしょうね…」
しょんぼり呟き思わず美しいドレスを振り返りかけてはっとし、首を強く振る。
「だめだめ、シャルン、ちゃんと諦めなくちゃ」
それでも足りなくて、両掌でぱんぱんと頬を叩いた。
髪を切る時に席を外したほどだから、レダンは短い髪が嫌いなのだろう。来た時にドレスをたくさん選ばせたほどなのだから、みすぼらしい格好も好まないのだろう。
もう一度鏡の中を覗き込む。
「私は…ハイオルトの下町に居た…」
言い聞かせるように囁いた。
「毎日のご飯も碌になくて、いつもひもじくて、寒くて、凍えて…」
脳裏を過ぎった光景にぞくりと身を竦める。
馬車での巡視の時だった。
埃と泥の中に座り込んでいた少女。痩せこけた頬に虚ろな眼差し。投げ出した膝には無数の傷が手当もされずに放置されていて、膝さえ覆えぬ短い衣服の上に小さな箱が乗っていた。
『あれは何?』
『痛ましいことです、シャルン王女。我が国の未来を支える子どもが、あんな風に捨て置かれて』
『何をしているの?』
『物乞いです。道行く者から今日の食べ物をもらうのです』
『…では馬車を止めて与えなくては』
『お待ちください、殿下』
ベーツ伯はシャルンの手を抑えた。
『1人に与えれば、あの通り全てに与えなくてはなりません』
示された場所には、確かに同じような子ども達が点々と座り込んでいる。
『お、親達は』
『働いておりますとも、北の採石場で。けれどしかし』
じゃらりとベーツ伯の胸元で金鎖が揺れる。
『ミディルン鉱石の産出は減っております。働き手もそれほど多く必要としません。仕事がなければ、食べ物も手に入りません』
『では国庫からの支出を。そうでなければ、何か新しい仕事を』
『私共もなるべく多くの者を雇い入れておるのですよ。けれど我が国は産業に乏しく、国庫も尽きかけております。殿下のお働きのみが唯一、ハイオルトを支えているのです』
思い悩んだような声が今も蘇る。
「…違うわ」
シャルンは鏡の中を覗き込む。
「あの子と私は違いすぎる」
白く傷のない手足。艶のある肌。みすぼらしくとも洗濯が行き届いたお仕着せ、短くはあっても豊かに光を跳ねる髪。
哀れな雰囲気かもしれない、だが、下町で座り込んでいたあの少女とは厳然と違う。
「……違う……」
シャルンの脳裏に煌めく金鎖が過ぎった。
「…なぜ…?」




