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提案と変身を手伝おうと申し出てくれたのはサリストアだった。
「これほど丁寧に手入れされている髪を捨てるのは勿体無いな」
サリストアが一人ごちる。
「鬘にするよう手配しよう。何かの時に役立つかもしれないし」
「ありがとうございます」
「レダンが落ち込み過ぎたら、被ってやって慰めてやるとか」
「…」
「……戻ってやってよ」
細かな部分を整えながらサリストアが続ける。
「何とか、レダンの所に戻ってやって」
「…」
「あいつは保たないよ?」
優しく静かに言い聞かせてくる。
「あなたがいないことが、本当に辛いってよくわかる」
「…サリストア様は、陛下のことは…」
「うーん…無理、なんだよねえ」
くすりと笑う。
「私はレダンに似過ぎてて、正直一緒に居るとうんざりするんだ」
「うんざり、ですか」
「自分のみっともない所とか、つまらない所とか、そればっかりがよく見えてきて、側に居たくなくなるんだ」
今だってね、とサリストアは鋏を置いて、髪を梳り始める。
「私だからこうやって髪を切らせてくれてるけどね、もし他の誰かがあなたのことを傷つけるなら、レダンは本気でその相手を潰しに行くよ、悪意があろうとなかろうと」
やれやれと言った口調だ。
「今回アルシアが無事なのは、私が姉上を叩き潰せたからだし、あれはほんとやばかったなあ」
ひょいとサリストアは鏡の中で遠くに視線を遊ばせる。
「あの場で王位を奪えなければ、アルシアは半年先にはカースウェル、いやレダンに潰されてるかもしれなかった」
「まさか」
レダンとそこまでの非道が結びつかずにシャルンが笑うと、
「ふざけてないよ?」
サリストアが生真面目な表情を向けた。
「シャルン、彼がたった15歳でカースウェルを継いだことを甘く見ないほうがいい。確かにアグレンシア王妃の後ろ盾は残っていたけど、実際はレダンが国を制している」
父王の時代に利を貪ろうとした一群を蹴散らし、国の内外からの騒音や抵抗を跳ね除けて、今のように安定したカースウェルを仕上げた。
「カースウェルは、確かに多少の国を統治する役職は居るけれど、特権階級は作られていない。貧富の差が極めて少なく、それは豊かな土壌や毎年生み出される新たな産業に依ると言われるけれど、それらの利潤を常に国民全てに還元するように、国が作られている。同時にレダンはすごく細やかに国の状況を把握し続けている。どこにどんな不足や不満があり、どこに未解決の問題があって、誰が関わっているのかも理解している」
サリストアは整えた髪に満足したように頷き、髪の片付けと鬘作りを命じ、お茶にしようか、と場所を移した。
小さなテーブルに準備された温かな茶と、数種類の焼き菓子にシャルンの口は綻ぶ。髪を切ったばかりで襟元も頭もすうすうして落ち着かないところへ、温もりが嬉しかった。
「話を聞いたけれど、初めに下女部屋に紛れ込んじゃったんだってね?」
「はい」
そんなところまで知っているのかと恥ずかしくなったが、サリストアはからかってはいなかった。
「ルッカが機転を聞かせたから無事だったとも言えるけど、もしアルシアだったり、他の国だったりしたら、あなたはとっくに行方不明になっているよ」
焼き菓子を齧りながら続ける。
「あなたの行方がすぐにわかったのは、カースウェルが『いつもと違う出来事』に対して凄く敏感だからだ」
いつもと違う出来事なんて無数にあるだろうに、それは細やかにレダンの元に報告される。
「恐ろしい数の情報を、レダンは常に篩に掛けていて、必要な手立てを打つのに躊躇わない。私の目から見ると、その手立ても根っこのところで確実に打っている。だから、次に似たような問題は起こって来ないんだ」
嬉しい。
シャルンは微笑みながらお茶を飲む。
レダンはこれほどまで高く、しかも彼をよく知る人物に評価されているのがとても嬉しい。
「で、どうかな?」
「え?」
「レダンに惚れ直した?」
「あ、の」
「惚れ直してやってよ。でもって、レダンの側に戻ってやって欲しいんだ」
サリストアは一瞬王の顔に戻り、すぐに表情を緩めて片目をつぶった。
「やっぱりさ、隣国に何をしでかすかわからない最終兵器みたいなのが居るより、王妃に夢中で気に入られようとせっせと国を安定させてくれる王がいるほうが安心だからさ」




