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「どうしたの、ルッカ」
「ガストが間に合えばいいのですが」
ルッカが険しい顔で囁いた。
「それとも、この場を離れる準備をすべきか」
「どういうこと?」
「あれは、本物の、戦場用の準備です」
「え、で、でも」
シャルンは血の気が引いた。
「武闘会でしょう? これは皆が武術の優劣を競うだけの大会のはずでしょう?」
「そのはずだったのですが」
ルッカが不愉快そうに高座に身を乗り出すミラルシアに目をやる。釣られて振り仰ぐと、相手はきらきらと瞳を輝かせてレダンを見下ろしていた。
「どうも、レダン王の剣技が余分な血を刺激したようですね」
ルッカの声に顔を戻す。
「余分な血?」
「アルシアには戦いこそ人生と言うつまらない血が流れているのですよ」
吐き捨てるようにルッカが呟き、やがてほっとした顔で場内を見下ろした。
「ああ、間に合いました」
「飛び入り参加、カースウェル王国、ガスト・イルバルディ殿!」
「何と、殿下相手に2人とは!」「そう言うことか、あの出で立ちは」
ざわめきが興奮に変わっていく。どうやら不思議なことに、サリストアが出てきたのでレダンに補佐が付くのを周囲は歓迎しているらしい。
レダンが2人を見つけ、いきなりにっこりと笑う。晴れ晴れとした空のように光り輝くような微笑みだ。
「おお怖い怖い」
「…ええ、ルッカ…」
シャルンもぞっとして頷いた。
「何でしょう、私も凄く怖い……陛下は一体どうされたのかしら」
「ああ、えーと、その」
ルッカは何か非常に飲み込みにくいものを口にしたようにもごもごした。
「どうされたのか、は明白だと思いますけど」
「明白?」
「ええ、あの、つまりですねえ」
まさかわかっていらっしゃらないのかしら、そんなに鈍かったかしら姫様は、まさかね、気づいてないとかそう言うことはないでしょう、それではあまりにもあまりにもレダン王がお可哀想すぎる気がするんだけどねえ。
何やら呪文のようにぶつぶつ口の中で呟いているルッカが、はっとしたように目を動かす。
「姫様、始まりました!」
「あ…」
綺麗。
そんな場面ではないのに、周囲がいきなり静まり返り、目の前で繰り広げられる3人入り乱れる凄まじい闘いに緊張する中で、シャルンはふいと心が凪ぐのを感じた。
打ちかかるサリストア、受け流すレダン、隙を見て飛びかかるガスト、体を翻して避けるレダン、追い迫るサリストア。
まるで巧みに練られた演舞のようで、全てがカチリと隙なく組み合わされていて。
見惚れる。
「…陛下…」
「大丈夫ですよ、姫様、レダン王はお強くて」
不安になったと思ったのだろう、慰めようとしたルッカに、シャルンは首を振る。
「違うの、ルッカ」
「はい?」
「…陛下はきっと安心されたわ」
「え…?」
ルッカはシャルンが緊張のあまりおかしくなったのかと案じたのだろう、心配そうに覗き込むのに微笑み返す。
「だって、あれほど陛下のことを分かってくださるお2人が付いていて下さるんですもの」
「…姫様」
「きっと……私なしでも……きっと大丈夫…」
薄く滲みそうになった涙を飲み込む。
「あああ」
ルッカが微妙な声を上げた。
「いろいろ言いたい所はありますが、姫様、私、お育て方を間違えたのかもしれません…」
「…え?」
シャルンが訝しく首を傾げた瞬間、叫び声が上がった。




